【パーパスを社員の“自分ごと”にするには】
いよいよ今年度も、残すところあと1カ月。新年度を前に改めて、組織への経営理念やパーパスの浸透について目を向ける経営者の皆さまも多いと思います。
ここ10年ほど、経営の現場では「パーパス(存在意義)」を掲げることがトレンドとなってきました。特に社長が新たに就任したタイミングで、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)に加えてパーパスを策定する企業は少なくありません。代理店に依頼してワークショップを行い、提案された中からしっくりくる言葉を選んで発表する──。そのプロセスは、いまやお決まりのようにもなっています。
しかし、果たしてこうして生まれたパーパスは、社員一人ひとりの内側に根づき、組織の行動指針として力強く浸透していくのでしょうか?
パーパスを掲げたはずなのに、社内に活気や一体感が生まれない。日々の仕事のなかで、パーパスが行動と結びつかない。こうした状況は、どの企業にも起こりうるものです。
パーパスが「作ること」には熱量が向く一方で、「どう浸透させるか」「どう自分ごと化させるか」は後回しになりがちです。連載最終回のテーマは、前回に引き続き、パーパスを浸透させるために経営チームに求められている姿勢についてお伝えします。
「メタファー」を通して答えを見つける
自社のパーパスをいかに社員に浸透させるか――経営者やリーダーのなかには、このことを真剣に考え、さまざまな取り組みを行っている方も多いのではないでしょうか。
しかし、あえて申し上げたいのは、「パーパスは浸透させるものではなく、探索するものだ」ということです。そして、そのために大切なのが「探索の場をつくること」です。
探索の場とは、「自分の言葉で見つけた」という実感を持てるような場のこと。人は誰かに与えられた答えよりも、自分で探し、見つけた答えにこそ、強く納得し、深く根づくものです。パーパスもまた、頭で理解するだけではなく、腹落ちしてこそ本当の力を持ちます。
こうした探索のきっかけとして大切なのは、「問いを立てること」や「メタファー(比喩)を共有すること」です。問いは人の思考を深め、メタファーは感情や想像力に働きかけます。これらは、聞き手の内面を動かし、自らの中に答えを探す力を促すのです。
ここで、印象的なエピソードをご紹介したいと思います。
アメリカの指揮者であり、音楽学校の校長でもあるベンジャミン・ザンダー氏は、ある日、ヨーロッパから著名なピアニストを招き、コンサートを開催しました。ところが、満席のはずの会場には、一部に空席がありました。確認してみると、それは音楽学校の生徒たちの席で、彼らは無断で欠席していたのです。
ザンダー氏は憤慨しました。「なぜ、あのような貴重な機会を逃すのか」と怒りを抑えきれなかったといいます。怒りを抱えたまま帰宅した彼に、奥さまがこう語りかけたといいます。
「リーダーには、いつも3つの選択肢がある。
1つ目は、説き伏せること。リーダーはいつだって部下や周囲を自分が正しいと思うことに賛同させようとする。
2つ目は、妥協すること。わからないならもういいや、といって妥協してしまう。
そして3つ目は、みんなの可能性をひらくこと」
「みんなの可能性をひらく」とは、いったいどういうことなのか――その夜、ザンダー氏は考えました。そして翌日、ザンダー氏は生徒たちを集め、こう話したのです。
「君たちが来なかったことを、最初は許せないと思った。このコンサートに出席することが、どれだけ君たちの可能性を広げることにつながっているか、わかっていないと思った。でも考えてみると、そのことを私はきちんと伝えきれていなかった。だからこれからは、意味と意義を、ちゃんと伝える努力をする」
このエピソードはメタファーの例です。まるで推理小説のように、最後まで聞いて初めて全体が見えてくるような構成で、聞き手の想像力を喚起し、「自分だったらどうするか?」という思考の余地を与えてくれます。「説明」ではこのような思考は生まれません。
経営者やリーダーがパーパスを語るとき、つい「自分の体験を伝えること」に集中してしまいがちです。もちろん、自分の体験や思いを語ることは大切です。しかし、それだけでは「一方通行」になってしまい、「上から語られているだけ」と受け取られる危険性もあります。
重要なのは、話しながら問いを投げかけ、聞き手とともに“発見”の旅に出ることです。推理やミステリー小説のように、話の最後まで聞かないと答えが見えてこない。聞き手が、「あ、自分の中にも同じような経験があった」「なるほど、そういう捉え方もあるんだ」と思えるような語り方をすること。これが、パーパスを“自分ごと”として内面化する第一歩になります。
「批判的な問い」を立てることがカギに
企業における「パーパス(存在意義)」の重要性が語られるようになって久しいですが、実際の現場では「なかなか浸透しない」「掲げたはいいが、社員の行動に結びつかない」といった悩みの声も多く聞かれます。
私たちはパーパスを「伝える」ことに注力しがちですが、それだけでは人の心は動きません。本当に重要なのは、その言葉をどうやって自分のものとして“受け取ってもらうか”、つまりオーナーシップをどう育むかという視点です。
多くの企業では、「パーパスのために何をしますか?」「このパーパスをどう実現しますか?」という問いがよく使われています。一見すると、社員の行動を引き出す建設的な問いのように見えるかもしれません。しかし、こうした問いかけがうまく機能しないケースが少なくないのです。
なぜでしょうか――それは、こうした問いが、前提として「そのパーパスは正しいものだ」という“是”からスタートしているからです。
パーパスを「受け入れること」が当然とされ、そのうえで「あなたはどうするのか?」と問われてしまうと、人はあくまで“与えられた目標に従う存在”として扱われているように感じます。このような構造では、パーパスに対して「自分で発見し、意味づけた」という感覚を得るのは難しく、オーナーシップも育まれにくくなってしまいます。
だからこそ重要になるのが、「批判的な問い」を立てることです。ここで言う「批判」とは、「否定する」という意味ではなく、「よく観察し、本質を問う姿勢」のことを指します。パーパスをあたかも“完成された正解”として扱うのではなく、その意義や言葉の選び方について、立ち止まって問い直してみるのです。
「自分にとって、どういう意味があるのか」
たとえば、前回の例に出した架空のパーパスで考えてみましょう。
「学びの機会をすべての人に。好奇心を力に変える社会をつくる。」
このパーパスを組織に浸透させるために、「各部署でこのパーパスをどう実現しますか?」と問いかけても、表面的なアイデアや施策の話に終始してしまう可能性があります。むしろ大切なのは、次のような問いを投げかけてみることです。
- 「学びの機会をすべての人に」という表現は、教育系企業でよく見られるような言葉ですが、なぜ当社がこの言葉を使うのでしょうか?
- 「好奇心を力に変える」とは、具体的にどんな状態を指しているのでしょうか?
- そもそも、「好奇心」とは私たちにとってどんな意味を持つものなのでしょうか?
- なぜ、「学びの機会」をすべての人が手に入れなければならないのでしょうか?
こうした問いは、パーパスの中に込められた言葉の一つひとつに対して、参加者自身が意味を探る“探索”のプロセスを促します。
そして単なる理解を超えて、自分なりの解釈が生まれたとき、人はその言葉に自らの価値や感情を重ねることができるようになります。つまり、「これは自分にとって、どういう意味があるのか」を問い直すことで、パーパスが“自分ごと”として息づき始めるのです。
こうした探索的な対話は、1回だけのワークショップやキックオフイベントで完了するものではありません。むしろ継続的に、「問いを立て、ともに考え続ける場」を持ち続けることが大切です。
たとえば、経営トップやマネジメントチームが定期的にパーパスについて話し合う時間を設ける。各部門での定例会議の冒頭に、パーパスに関する問いを1つだけ投げかけて、5分間話してみる――。
こうした“日々の中に問いを差し込む”工夫が、パーパスをただのスローガンではなく、組織の文化として根づかせるためのカギとなるのです。
【皆さんへの問い】
- そもそもパーパスとは何でしょう? ミッションとの違いは? バリューとの違いは?
- なぜパーパスは企業経営にとって大事なのでしょう?
- パーパスを明確にしている会社と、していない会社では、どんなところに差が生まれるのでしょう?
- あなたの会社のパーパスは何ですか? 言語化されていますか?
- あなたは、そのパーパスに対してどのくらいオーナーシップを持っていますか?
- あなたの会社は、パーパスの浸透に向けてどのような手段を取っていますか?
今回で連載は最終回です。最後までお付き合いくださった皆さまに、お礼を申し上げます。少しでも読者の皆さまのヒントになれば、私も嬉しく思います。
この記事はNTTドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております 。
文:鈴木義幸
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集:鈴木毅(POWER NEWS)








