【企業のストーリーを支えるパーパス】
いよいよ年度も終盤、新しいスタートに向けて改めて、組織への経営理念やパーパスの浸透について目を向ける経営者の皆さまも多いと思います。
ここ10年ほど、経営の現場では「パーパス(存在意義)」を掲げることがトレンドとなってきました。特に社長が新たに就任したタイミングで、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)に加えてパーパスを策定する企業は少なくありません。代理店に依頼してワークショップを行い、提案された中からしっくりくる言葉を選んで発表する──。そのプロセスは、いまやお決まりのようにもなっています。
しかし、果たしてこうして生まれたパーパスは、社員一人ひとりの内側に根づき、組織の行動指針として力強く浸透していくのでしょうか?
パーパスを掲げたはずなのに、社内に活気や一体感が生まれない。日々の仕事のなかで、パーパスが行動と結びつかない。こうした状況は、どの企業にも起こりうるものです。
パーパスが「作ること」には熱量が向く一方で、「どう浸透させるか」「どう自分ごと化させるか」は後回しになりがちです。連載最後のテーマとして、パーパスを浸透させるために経営チームに求められている姿勢を、前後編に分けてお伝えします。
パーパスが根づかない理由
パーパスが組織に浸透しない理由――それには、さまざまな要因があります。その内容については、この連載の第5回でもお伝えしましたが、パーパスを考える大前提になることですので、ここで改めて振り返っておきます。
最初に挙げられるのは、経営陣自身が「パーパスは本当に重要である」と心から理解していない、または信じ切れていないケースです。
ただ形式的に「いまどきはパーパスが必要らしい」「他社もやっているからうちも作ろう」といった動機で策定されるパーパスでは、当然ながら組織に根づいていくことはありません。
あるいは、経営陣が「なんとなく重要だとは思う」というレベルで止まっており、その本質的な意味や意義を十分に咀嚼できていないという場合も多く見受けられます。
その結果、社員に対して自分の言葉で語ることができず、抽象的な言葉のまま社内に掲げられるだけになってしまいます。これでは社員の共感や自発的な行動にはつながらず、むしろ「パーパス疲れ」を招く可能性すらあります。
また、パーパスの重要性自体を強く認識している経営者や経営チームであっても、「では、どうすればそれを組織全体に浸透させられるのか」という実践的な方法論を持っていないことも少なくありません。
その結果、展開される施策が表層的になってしまったり、社内報やポスターなどの一方通行のコミュニケーションにとどまってしまったりするのです。これでは、社員一人ひとりの内面に働きかけることは難しく、パーパスが行動と結びつかなくなってしまいます。
さらに厄介なのは、経営チームがパーパスの意義も、浸透のための手段もきちんと理解しているにもかかわらず、日々の業務に忙殺され、パーパスに関する取り組みを後回しにしてしまうというケースです。
経営には常に「重要かつ緊急」な課題が山積しています。そのなかで、「重要だけれども緊急ではない」パーパスに関する活動は、優先順位の低いものとして扱われがちです。しかし、こうした姿勢が続けば、どれだけ良いパーパスを掲げても、それが組織文化として根づくことはありません。
有名な「石職人の寓話」が示すこと
人間は「意味」を欲する生き物です。どれだけ合理的に考えたとしても、感情の奥深くでは「なぜ、これをやるのか?」「自分がここに所属している意義は何か?」という問いを抱えながら日々を過ごしています。私たちが仕事においてエネルギーを発揮し続けるにも、「意味」が必要不可欠です。
このことを象徴的に表している、有名な「石職人の寓話」があります。
ある日、旅人が村を歩いていると、石を積んでいる職人Aに出会いました。旅人が「何をしているのですか?」と尋ねると、Aは「石を積んでいる」と淡々と答えました。
次に職人Bに同じ質問をすると、彼は「壁を造っている」と言いました。さらに職人Cは、「教会を造っている」と答えます。
最後に職人Dに同じ問いを投げかけると、彼はこう言いました。
「私は、人の心を癒す空間を造っているのです」と。
4人とも、実際には同じ「石を積む」という作業をしているにもかかわらず、答え方には大きな違いがあります。職人Aは単なる「行為の説明」にとどまり、Bは「目的」を語り、Cは「大目的」まで視野に入れています。そして、Dはさらにその先の「意味」を見据えているのです。
この寓話が示しているのは、私たちが同じ仕事に取り組んでいても、「どこに視点を置くか」によって、モチベーションも、充実感も、成果もまるで違ってくるという事実です。
私たちは、無意識のうちに「ストーリー」を構築しながら日々を過ごしています。「いまの行動が、自分の人生や未来にどんな意味を持つのか」という文脈をつくりながら、日常を解釈しているのです。そして、このストーリーを支える柱のような存在が、まさに「パーパス」なのです。
「どくろマーク」にも意味を感じる
一方で、人生や仕事には、ストーリーにうまく馴染まない“異物”がしばしば登場します。私はそれを「どくろマーク」と呼んでいます。
思い通りにいかない出来事、理不尽に感じる問題、自分の努力とは関係のない困難……。それらは「なぜこんなことが自分に?」と感じるような、自分のストーリーの外側からやってくるものです。
しかし、この「どくろマーク」も、しっかりとしたパーパスを持っていれば、ストーリーの一部として取り込むことができるのです。
たとえば、「学びの機会をすべての人に。好奇心を力に変える社会をつくる。」というパーパスを掲げている会社があったとしましょう。このような会社でパーパスが組織に深く根づいていれば、たとえお客さまから厳しいクレームを受けたとしても、「私たちにとって必要な学びの機会」として捉え直すことができます。
「なぜこんなことが起きたのか?」ではなく、「この出来事は、私たちのパーパス実現にどうつながっていくのか?」という問いに変換することで、ネガティブな出来事でさえ、自分たちのストーリーの一部になり、意味あるものとして前向きなエネルギーに変えることができるのです。
逆に言えば、パーパスが組織に浸透していなければ、そうした出来事はただの混乱の種でしかありません。
社員一人ひとりが迷い、立ち止まり、ときには情熱を失ってしまう――。会社という組織は、一人ひとりのエネルギーの集合体です。そのエネルギーを再点火し続けるためにも、パーパスは必要なのです。
“背景となる意味”を語る効果
当社のリサーチ部門であるコーチング研究所で行った調査では、「リーダーが組織のパーパスを示して部下と対話することは、部下の主体的なアクションを引き出し、組織の変化につながる」という結果が出ています。
特筆すべきは、「変化を推進するリーダー」よりも「パーパスを示すリーダー」のほうが、メンバーにより深く影響を与えていたことです。
変化を推進するリーダーとは、既存のやり方にとらわれず、新しい方針や手段を柔軟に取り入れるタイプです。もちろん、この姿勢は極めて重要です。しかし、変化を起こす際にその“背景となる意味”を語れないと、周囲はついてこられません。
パーパスがあってこそ、変化は目的ある挑戦に昇華され、人は前向きに巻き込まれていくのです。
実は、パーパスの重要性を発信している私たち自身も、かつてその意義を見失いかけたことがありました。
上場を目指していたある時期、私たちの組織は業績達成に意識が集中しすぎてしまい、創業時に掲げたパーパスが少しずつ後景に追いやられていきました。「社会にどう貢献するか」よりも、「目の前の目標をどう達成するか」が優先されるようになり、社内の空気も徐々に変化していったのです。
このままでは、自分たちが大切にしてきた風土が崩れてしまう——。そう強く感じた私は、審査終了を目前に控えたタイミングで、上場の延期という決断を下しました。あらためて立ち止まり、私たちのパーパスを再確認し、「何のためにこの事業をしているのか」を言語化し直しました。
パーパスとは単なるスローガンではなく、組織の“魂”そのものであるということです。大切に扱わなければ会社の根幹を揺るがしかねないものでもあるのです。
最終回となる次回は、論をさらに深掘りし、パーパスを組織に根づかせるために必要なことについて解説します。
この記事はNTTドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております 。
文:鈴木義幸
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集:鈴木毅(POWER NEWS)








