「技術一本足打法」で日本は負けた
ビジネスも人生も、すべてはデザイン思考で考える──。
そう語るのは、最大90%の節水を可能にした節水ノズル「Bubble(バブル)90」(2009年発売)を生み出したDG TAKANO 代表取締役の高野雅彰さんです。
2023年には、特殊加工で油汚れも水だけで流せる環境配慮型の食器「meliordesign(メリオールデザイン)」を発売。こちらも省エネ大賞「審査委員会特別賞」を始め各種デザイン賞を受賞するなど、大きな注目を集めました。
これらの成功を導いたのが「デザイン思考」です。
そもそも「デザイン思考」とは何なのか? なぜ「デザイン思考」なのでしょうか。
高野「日本はずっと『技術を高めれば勝てる』という“技術一本足打法”を信じてきました。その一方で、デザインとは意匠に過ぎないと見下してきたのです」
デザインやブランディングを軽視し、高い技術力を競うことに注力する。それが「失われた30年」の敗因の一つだと高野さんは語ります。
高野「国内の家電メーカーが携帯電話の画素数やテレビの4K/8K競争をしている間に、世界から置いてきぼりになっていたのは、まさに技術至上主義の敗北だといえるでしょう。
テレビのリモコンを考えてみると、技術とデザインの関係性がよくわかります。付加価値を高めるために技術を詰め込もうとする技術者。意匠デザイナーは、どんどん増えるボタンをなんとかリモコンに収めようと、誰も開けない蓋(ふた)をつくりボタンを押し込んだのです」
そこには「誰の、どの課題を解決したいのか」という根本的な設計が欠けていると高野さんは指摘します。
高野「誰も望んでいないボタン(技術)を形だけ整えても、使い手は幸せになれません。もちろん、技術は私たちの誇りです。しかし、いまやそれだけでは未来は描けない時代です」
必要なのは上流を設計するデザイン力
技術至上主義は、技術者が専門領域ではない「何をつくるか」を考え、デザイナーはその下に位置づけました。その結果、技術者は本来の仕事ではない「何をつくったらいいか」を考えることに行き詰まってしまったと高野さんは指摘します。
高野「本来は、一番上流にあるのがデザインです。コンセプトや世界観をデザインして、その次に中流でプロダクトやブランド、マーケティング戦略をデザインする。さらにその下流にあるのが意匠デザイン。技術は意匠デザインと並列で実装するのが役割です。
設計の順番が逆転し、上流の“問い”がないまま下流の意匠デザインをいくら磨いても価値は上がりません」
売れない苦境とDysonの衝撃
自分の強みは「上流のデザイン」と語る高野さんですが、Bubble90を開発した頃は「技術さえあれば勝てる」という技術至上主義者でした。
高野「これだけの性能を持つのだから、放っておいても絶対に売れる、と。しかし、蓋を開けてみると、まったく売れない時期が5年も続きました」
売れなかった理由はいくつかあります。当時は節水よりも節電だったこと。環境商品への感度もそれほど高くなかったこと。そして何より、デザインの力を理解していなかったため、商品の魅力と使う人の体験が接続できていなかったことです。
高野「資金が底をつきそうになり、『これでもう終わりかもしれない』と夜も眠れない日が続きました」
優れた商品なのに、なぜ売れないのか──。
そんな自問自答を繰り返す高野さんの目の前に現れたのが、「Dyson(ダイソン)」の羽根なし扇風機でした。
高野「普通の扇風機が2000〜3000円で売られている横で、Dysonの羽根なし扇風機は5万円以上。しかも、飛ぶように売れていたんです。
扇風機の機能は風を送ること。その機能が同じでも、見た目のデザイン(意匠デザイン)でここまで価値が変わるのかと、大きな衝撃を受けました」
この経験から高野さんは「いくら技術が100点でも、デザインが0点なら50点にしかならない。自分の技術至上主義は間違っていた。意匠デザインには技術と同じ価値がある」と思い知らされます。
この気づきは、のちの「meliordesign(洗剤のいらない食器)」や「meliordesign 5a faucet(節水ノズル内蔵型水栓)」のデザインへとつながっていきます。
そんな中、Bubble90に起死回生のチャンスが訪れます。ターゲットを企業から飲食店に変更したのが功を奏したのです。決め手となったのは、大量の水を使うことから節水によるコスト削減を切実に考えている飲食店オーナーに直接営業ができる点にありました。
高野「コストを削減し、環境負荷を減らせて導入工事も不要なBubble90は、売れない理由がないと言われていました。しかし、当初は『ユーザーは誰か?』という解像度が低かったため、売れなかった。ここでのユーザーとは、コスト削減に切実な人=企業トップ・飲食店オーナーだったのです。
しかし大企業では、営業先はトップではなく、購買担当者や現場の担当者となります。残念ながら、当時の彼らはコスト削減や環境にそれほど興味がありませんでした。それに対して、飲食店オーナーは、まさにBubble90を必要とする真のユーザーでした。彼らに直接話して営業することで、課題を解決できる商品を届けることができたのです」
発売5年目の2013年は売り上げ1500万円、借り入れが1億5000万円という危機的状況でしたが、ターゲット変更をきっかけに6年目の2014年から売り上げがV字回復。2015年の売り上げは2013年の100倍を記録します。
高野「首の皮一枚つながって、なんとか生き延びることができました。必要とされるところに届ける。これもマーケティングのデザイン思考の一例です」
上流デザインで実現した洗剤のいらない食器
さらにデザイン思考を具体的に落とし込んだのが、同社のmeliordesignの食器です。この「洗剤のいらない食器」は、特殊加工により洗剤や大量の水を使わなくても、十分きれいになるのが特徴です。
高野「自分たちの技術を使って何をつくるかという視点で考えると、節水ノズルが成功したら、次は節水蛇口、節水シャワー、節水トイレという発想になっていきます。でも、それでは小さなTOTOになっていくだけ。それが、ものづくりの会社の視点の限界です。
我々はデザインの会社ですから、“水問題の解決”が上流コンセプトです。そこから考えると、節水蛇口の次は“洗われる側の皿だ”という発想になる。これこそがデザイン思考です」
高野さんは、蛇口は水栓メーカー、皿は食器メーカーの領域という既存の概念を取り払い、あくまでも水問題の解決にどうアプローチするかという視点で、思考を深めていきました。
高野「皿洗いで一番大変なのが油汚れです。それを解決すれば、水を大量に使わずに洗える皿になる。『洗剤のいらない皿』は、まさに“誰の、どの場面が、どう変わるか”をデザインしました」
さらに使い手に体験価値を伝えることも重視。「水を何%節水できるか」よりも、「皿を洗う時間が短くなる」「動作が簡単になる」という変化を体験として落とし込んでアピールしました。
高野「大事なのは“上流→中流→下流”の流れの順番です。それを中途半端に中流からスタートしたり、下流だけをやってしまったりすると、商品やサービスが不完全で弱いものになってしまいます」
デザイン思考で水問題の解決に取り組む高野さん。第2回では、高野さんの組織づくりにフォーカスします。
この記事はNTTドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております。
編集・取材・執筆/久遠秋生
撮影/小禄慎一郎
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)








