年間1800件の提案を支える「地道な仕組み」
社員が日々の業務改善案を現場からボトムアップで提案する「提案活動」は、1981年から続いている制度です。提案の内容は本当に幅広く、営業や事務に関わるところではエクセルでの資料作成の効率化から、工場ではガラスの印刷に使われるゴムヘラの研磨方法の改善、インクのロス削減まで、現場の細かな工夫が数多く寄せられています。
具体的な例を1つ挙げると、工場での工具の整理整頓の改善案があります。例えば、引き出しにスポンジを敷き、工具の形状にくりぬいて置き場所を作る。工具がなくなると穴が見えるので、紛失や置き忘れがすぐにわかるという仕組みです。
これにより、日常業務の中で工具を探すために費やされていた無駄な時間を減らすことができます。こうした「当たり前だけど効果的」な改善が、年間5000万円相当のコスト削減効果を支えています。
40年以上、この提案活動を続けられている秘訣は、地道にコツコツやるということに尽きます。ただし、提案の評価作業には相当な手間がかかっているのも事実です。
毎月、各事業所や工場で提案を取りまとめて集計し、評価を行っています。 評価が上位のものについては月1回、私も出席する会議で発表してもらっています。そして優秀な提案には、表彰第一席に3万円、第二席に1万円といった報奨金を支給しています。
私自身もできるだけ多くの提案に目を通すようにしており、特に表彰対象になったものについては、事業所を訪問した際にその提案者へ直接声をかけるようにしています。
年間で約1800件ですから、月に150件程度の提案が全社から上がってくる計算です。すべての内容について詳細に見るのは、当然大変です。それでもできる限りしっかり見て、しっかり評価して、そしてしっかり声をかける。この積み重ねが、提案活動が全社的に浸透し、長く続けられている理由だと思います。
量から質へ──制度改革が促す意識の変化
実は数年前、提案活動の制度について、内容を大きく変えました。それまでは社員1人当たり月1件、年間で12件の提案を出してもらうように目標を設定していたのですが、これが思わぬ弊害を生んでいました。
達成率を見ると、全社でほぼ100%になっていました。一見すると素晴らしい成果に見えますが、その達成がノルマとして捉えられてしまい、改善案を提案すること自体が目的になってしまっていたのです。そこで、思い切って年間の提案目標件数を1人当たり6件に減らし、量より質を重視する方向性にシフトしました。
大切なのは、目の前の仕事をただルーチンワークとしてこなしているだけでは、業務は現状維持にとどまってしまうということです。「もっと効率的にできるはず」「お客様によりよいサービスを提供するには」といった意識をもつのは大変ですが、提案活動を通じて、そうした意識醸成の面で非常に成果が出ていると感じています。
こうした改善の積み重ねが会社の実力値を確実に押し上げており、その成果は4年連続のベースアップ(2024年度は平均5%)というかたちで社員に還元されています。提案活動が、社員一人ひとりの成長と会社の発展を同時に実現する仕組みとして機能しているのです。
予測不能な時代に求められる「自律型人材」
実は、提案活動の制度改革は、より大きな目標の一環として進めてきました。その目標とは、社員の自発性や自律性を伸ばしていくことです。VUCAと呼ばれる予測不可能な時代に突入したといわれていますが、当社の事業環境も非常に激しく変化しています。そうした環境で必要になるのが、一人ひとりが自律的、自発的に考えて行動することです。
そこで当社が目指しているのは、価値観を軍隊的なものから冒険的なものに転換することです。当社は工場もあり、規律は重要で、上からの指示を正確に実行することが求められるような組織でした。これは外部環境の変化がある程度予測可能で、マニュアル通りにやれば成果が期待できる状況では有効だったと思います。
しかし、予測不能な環境では、統制型の組織運営だけでは追いつきません。AIのように急速に進化する技術には、柔軟な考え方や対応が求められるからです。
この冒険的な価値観を組織に浸透させる取り組みの一つが、自律型人材の育成を目指す「クリティカルシンカーズ」という研修制度です。
課長職を中心とした選抜制の研修で、6カ月間のプログラムは基本的な論理的思考力やシステムシンキングに関する座学から始まり、2〜3チームに分かれて具体的なテーマに取り組むグループワークへと続きます。最後には発表の場を設けており、私も参加します。
プログラムの内容は固定化しておらず、外部の講師と連携しながらメンバーのレベルに応じてリアルタイムに調整しています。クリティカルシンカーズという名前のとおり「批判的思考力」を養うのが狙いで、時には私に対しても批判的な意見を言えるような人材になってほしいと考えています。
こうした研修と同時に、現場レベルでの自律性も重要です。業務改善のアイデアや知恵は、実際に作業している現場の人たちが最も多く持っているからです。大切なのは、「どうなるかわからないけれども、まずはやってみよう」といった、トライ・アンド・エラーを恐れない気持ちを現場に根付かせることです。
「リスクを恐れず前進する」AI活用を支える哲学
こうした組織文化の変革の考え方は、AI活用を推進する今後の展開にも生かされています。前編の記事でお話しした「AIアイデアマラソン」も、今年の1回だけで終わらせるのではなく、社員がAIを日常的なツールとして自然に使いこなせる状態を目指して続けていきます。
そのために「伝える・共有する・実践させる」という3段階のアプローチを計画しています。まず社内でAIの活用が想定されるイメージを伝え、活用を進めるなかでいい事例があれば共有し、広く実践してもらう。この繰り返しが重要です。
いま考えているのは、AIの活用例を100個ほど、リスト化することです。「どんなテーマでAIを使えばよいのかわからない」という戸惑いを払拭するため、具体的にどういった場面で活用できるかを示し、より多くの社員に試してもらいたいと思っています。
ワークショップのようなかたちでAIに触れてもらうことも検討しています。従業員が自らの業務へいかにAIを活用できるか考えられるよう、支援していく予定です。
一方、AIの活用を進めるうえで避けて通れないのが、セキュリティーや情報漏洩のリスクです。確かに一定のリスクはありますが、あまり慎重になりすぎると前に進めません。リスクよりもAIを使うメリットを重視し、どんどん先に進んでいこうと考えています。
イケダガラスは「挑戦・成長・利他の心」という3つの言葉を行動指針に掲げています。40年続く提案文化という土台の上に、最新のAI技術を組み合わせることで、社員一人ひとりがテクノロジーを駆使しながら、主体的に考えて行動する組織をつくっていきます。
この記事はNTTドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております。
執筆・編集:加藤智朗
撮影:曽川拓哉
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)








