【キャリアのゴールは年齢ではない】 私がラッシュジャパンの人事部長だった2018年、65歳を上限としていた定年制を廃止し、「人生100年時代」の新たな働き方として話題を集めました。
これは私自身が常々、年齢によって一律に雇用に区切りをつけるのはおかしい、という疑問をもっていたこと、そしてシニアの技術や経験をもっと活用できると確信していたことから実現したことです。
キャリアとは、42.195キロを走り切るマラソンのようなものだと思います。そして、定年廃止という判断に至るには、「キャリアという壮大なマラソンで目指すべきゴールは、年齢なんかではない」という哲学がありました。今回は、その哲学についてお伝えします。
ラッシュジャパンで「定年廃止」を提案した理由
日本では当たり前の定年制度ですが、じつは世界では必ずしも当たり前ではありません。僕はかねて日本企業の「定年」という考え方に疑問を持っていました。そうした考えを持ったきっかけは、不人気業界と言われる「小売業」にどうやって人を集めようかと考えたことでした。
不人気の小売業で人材を確保し続けていくために必要なのは、働く場所としての魅力を高めること、そして元気なシニアを活用していくこと――この2大テーマを人事として考えていくなかで、「そもそも定年という考え方自体がおかしくないか?」と思うようになったのです。
ほとんどの会社が、建前であれ、雇用条件では「年齢で差別しない」と明言しています。つまり、会社は社員の仕事の職務能力と、与えている責任に対して給料を払っているのであり、年齢を根拠にしているわけではありません。
僕の4回目の転職先だったラッシュジャパンは当時、多くの会社と同様に「65歳定年」でしたが、「64歳23時間59分59秒」まで会社が認めていた社員の職務能力が、時計の針が1秒進んだだけで「なくなる」なんてことは、実際にはありえません。
ところが、制度上は「なくなった」という体で「定年」となります。言い換えると、「65歳になったので、あなたの市場価値はない、働く場所はない」と言うようなものです。
こんな理不尽な話はないと思い、私がラッシュジャパンの人事部長だった2018年、「定年を廃止したらどうだろう」と経営陣に提案してみると、「確かにそうだね」と賛同する声が集まりました。そして、「われわれは定年制をやめよう」と正式に決断したのです。
もともと同社の賃金体系は、年功に基づくものではなかったので、一気に制度改定に踏み切ることができました。さすがにイギリス本社は急激な制度変更に「本当に大丈夫なのか」と心配になったようでしたが、説明を尽くしたうえでOKをもらって定年制をなくしたのです。
旧態依然としたゴールだけが残っている状態
こうして実現した定年廃止は、メディアにも取り上げられ、社内でもかなりポジティブな評価がなされ、自分としてはとてもいいことをしたつもりでいました。ところが、です。
定年廃止後の社内の声を聞こうと、LUSH製品をハンドメイドで作っている神奈川県愛川町の工場を訪ねてみたときのことです。そこで働く当時61歳のベテラン社員に「〇〇さん、定年制なくしましたよ」と声をかけてみました。僕はてっきり感謝されると思っていましたが、彼は苦笑いしてこう言いました。
「実は、まだ妻には話してないんですよ 。ずっと『定年がゴールだ』と思って夫婦で頑張ってきたから、これでまた働かなきゃいけないのかと思って、言い出しかねていて」
僕はもうびっくりして、返す言葉もありませんでした。でも同時に、そういうことかと、大事な気づきがありました。
つまり、日本のほとんどの人は、この「定年」というゴールを目指して働いている。「定年」というゴールを目指してマラソンを続けてきたけれど、突然、「ゴールはありません。もっと走れますよ」と言われてしまうと、どうしたらいいかわからない。
なるほど、そういうことかと、目の前で困惑する彼の姿に合点がいきました。
「60歳定年」や「65歳定年」というモデルは、経済成長が約束された時代の、年功型賃金と終身雇用を前提としたものです。しかし、時代は変わり、もうその前提は崩れたというのに、旧態依然としたゴールだけが残っている状態だと、僕は思います。
「定年制度」の最大の問題点
前回の連載コラムで「自分の運命を会社に握らせない」という意識の持ち方を説明しましたが、「定年」はまさにその話です。自分のキャリアをマラソンにたとえると、「どれくらいのスピードで、どこまで走るか」ということを自分自身で決めて走らない限り、あるときから息も切れ切れの「走らされ感」たっぷりな、つらいつらい時間が続くのだろうと思います。
「なんとか定年までは」という「走らされ感」ではなく、「自分のペースで15キロまで走ろう」「ここから少しギアを上げて10キロ走ろう」などと、ペースと距離を自分でコントロールできたほうが、自分らしく走り続けられますよね。
マラソン選手がよくインタビューで「自分の走りをする」と答えていますが、キャリア人生もまさしく「自分らしく走り続ける」こと、それが、あるべき姿なんじゃないかと思っています。
そもそも65キロまで全力で走れる人はいないので、ほとんどの人が、50キロ地点とか55キロ地点とかで「あとはなんとか最後まで流す」という走り方になりがちです。
私は「定年制度」の最大の問題点はここだと思っています。定年までに「流している」区間は、ここまである程度、出世してきた50歳オーバーの世代と重なる。つまり、会社の決定権者たちの“機能不全”につながっている可能性があるのです。
あなたの会社にも、いませんか? 役職のある50代なのに「定時までいるだけ」という感じで、周囲が「あの人なんとかしてよ」と思っているのに、会社側が「あと2年で定年だからガマンしてよ」と据え置いている人。
この人たちの「流す」モードでは、イノベーティブにもクリエイティブにもなり得ないわけで、こうした一群の存在が、日本の企業の成長機会を著しく損ねている原因のひとつなのだと思います。
……などと断言すると、「だったら、お前は流さずに走ってきたのか?」という声が聞こえてきそうですが、自分自身についていえば、これまでのところ“自分のペース”で走り続けてこられていると感じています。
そのエネルギーであり続けているものは、これはとても幸いなことでしたが、自分を高めることができる「転職先」に巡り合えたことだと思います。
40代で「人生の目標」として掲げたこと
新卒で入社した西友から30代でグッチに転職してみて、気づいたことがありました。それは外資系企業にとって人事はとても重要なポジションを占めていて、会社におけるあらゆる部門のビジネスパートナーであるということでした。
グローバル企業は「人が成長するからビジネスが成長する」という戦略とフレームを持っています。これはその後、ジョンソン・エンド・ジョンソンに転職したときにも感じたことですが、グローバル企業では、基本的に事業計画などビジネスプランを立てるとき、多くのケースにおいて最初に社長と話すのは財務と人事の責任者でした。
ここが日本の企業との圧倒的な違いです。日本だとまず事業計画について社長と話すのは、営業とかマーケティングとかですよね。
転職する先々で、自分が「ライフワーク」と位置づける人事という仕事が、ビジネスを成長させるための基幹を担う役割だという実感を深めることができたのは、本当にラッキーでした。
私は40代に入った2008年に、グッチからジョンソン・エンド・ジョンソンに転職した際、人生の目標として「外資系企業の人事部長になること」を掲げました。グッチ以降の転職は、その目標を叶えるための転職でした。自らの経験と知識を、ヒトと組織の成長に明確に役立てられる立場に立ちたい、という情熱に突き動かされたのです。
もちろん、私の場合はたまたま「人事」であったけれど、必ずしもタイトル(役職)にこだわる必要はありません。自分らしくキャリアを走り続けることこそが重要であって、自分が望まないのに「高い役職を目指そう」などと考える必要はありません。
モチベーションを持ち続け、心身ともに健康で働き続けるうえで、まずは「長い人生において、自分は人としてどうありたいか」を問い続けることが大切だと思います。
繰り返しになりますが、キャリアのゴールは「定年」ではありません。50歳から「流す」のではなく、その先のキャリアを考える。これからの企業人たちは、そのマインドを持っておくことが重要なのです。
この記事はNTTドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております。
取材・文:浜田奈美
編集:鈴木毅(POWER NEWS)
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)








