「農家って可哀想」という呪縛
森山「中学生の頃、クラスメイトの女の子が『農家って可哀想だ』とつぶやくのを聞いたんです。代々りんご農園を営んでいましたから、そうか、農家は可哀想な存在なのかとそのとき認識し、悔しくて悲しい思いをしました」
りんご農家の仕事は、季節、気象、自然災害などコントロール不能な条件に左右されます。
さらに安定的な作業人員の確保の難しさ、作業員個々の経験と能力に依存する進捗状況、不測の事態におけるコスト増加なども加味され、常に最終的な収支の数値が見えにくい状況で一年が進んでいきます。
森山「小さな頃から農園の手伝いはしていました。父か母のどちらかが現場にいないとダメな状況を見て、これはよくないと、かねて思っていました。
父か母がいないと、作業員が間違ってよその畑のりんごを取ったりして。見張っていないとサボるかもしれませんし。いつまでも現場に立ち会っていないといけないようでは、これはもうやっていけないな、と。
中学の卒業アルバムには『もりやま園を“会社”にする』と書きました。その頃から、従来のスタイルでは絶対にやらないぞ、と思っていましたね」
森山さんは弘前大学農学生命科学部園芸農学科に進学。この時点でも法人化から規模拡大のイメージを抱いていたといいます。大学院修了後、森山さんは父の下で就農しますが、年中無休で延々と続く農作業に嫌気が差していました。
「こんな仕事なら後代に残す価値はない。自分の代で革命を起こして若い人が魅力に感じるような産業に変えてやろう」と、腹の中にマグマが渦巻いていました。
35歳になり、近い将来自分が引き継がなければならない父のりんご園経営の全容を把握するため、まず資産内容の調査をしました。
森山「調べていくと、所有している土地の中には祖父の名義のままになっている土地と畑があって、相続の問題が浮上しました。
親戚は誰も畑を持ちたがらなかったので、畑に関しては従来通りこちらで、それ以外は分配してといった形です。祖父が亡くなって40年以上、父は相続問題を棚上げして名義の上では祖父の畑を耕していたということですね。
相続の問題はクリアしましたが、肝心のどこの畑に何の品種の木が何本あるというデータがまったくなくて。すべて父の頭の中にしかないんですよ。
どこの畑のどこの位置に何の品種が植えられているのかを「見える化」する樹木台帳のデータベースが必要でした。木に番号をつけ、一本一本の木を識別するラベルの材質や印刷方法を試行錯誤しながら、数年かけて品種を調べ、樹木台帳のデータベースを完成させていきました」
スマートフォンの普及以前、森山さんはPDAを片手に木の一本一本に、識別番号、品種、場所、配置を表示したラベルを貼り、どの木に誰が何の作業を何分したかの作業データを集めようとしました。
森山「汎用性の高いエクセル程度のものにデータを集約させようとしたんですが、ヒューマンエラーが多すぎてうまくいきませんでした。
手打ちのミスで入力されるべき箇所に入力されるべき情報が入っていない。そもそも、毎日それぞれのPDAからSDカードを抜き取ってパソコンに集めるのも困難です。
これで分かったことはウェブアプリケーションの必要性でした。ウェブ上にデータを蓄積しなければこれだけの情報量の管理、運用ができないのだと気づいたのです」
作業員はスマホ片手に作業。「りんご農園×DX」
森山さんは、木を識別するための標識「ツリータグ」と作業記録をつけるアプリケーションを考案し、地元の商工会議所が実施したビジネスアイデアコンテストに応募。準グランプリを獲得しました。
それから補助金を運用し、地元のIT企業と果樹栽培に特化したソフトウェア「Ad@m(アダム)」を共同開発。
アダム運用下では、作業員はスマートフォンを持ち、木についたタグを読み込むことで「誰がその木に対して何の作業をし、それにどれだけ時間がかかり、どれだけの進捗があったか」を可視化することができます。
また、木に対する作業ではなくとも「草刈り」「選果」など農園運営にまつわる主な作業データを取ることも可能です。
アダム完成と「もりやま園」法人化は2015年。森山さんは2016年に初めて通年のデータを集約することができました。
2019年7月には、アダムをベースに東京のIT企業、ライブリッツ株式会社と共同で改良を行い、「Agrion果樹」として一般ユーザーへのサービスの提供を開始しました。
森山「木のみのデータはアダム以前にも取れていたんですが、アダムを使って1年間のデータが取れたときには感慨深いものがありました。これでやれる……と思いましたね。
品種ごとの労働生産性を出せたので、この品種は作業1時間に対していくら稼げているかわかる。
例えば未希ライフという品種とふじと比べたときに、未希ライフの摘果作業はふじの2倍の手間がかかって、それから収穫も2回、3回とやるので2倍から3倍の手間がかかっている。
そういうことで1時間当たりの稼ぎが未希ライフとふじでは大きく違うとか……というのもあるのですが、データを取っていく過程では、見えてくる労働生産性の低さに驚きました。
1時間の稼ぎが1300円そこそこ。さらに光熱費、人件費と払って、どこに黒字が出るのか。この船は沈みかかっている──。法人でやる仕事じゃないと思いました」
日本の農林水産業の労働生産性は他業種よりも低く、かねて問題視されています。森山さんは自分の農園の労働生産性が平均値とさほど変わらないことに強い危機感を覚えました。
森山「日本では1時間当たりの名目労働生産性が5000円程度。我々は1500円もいかないくらい。3倍上げるために作業員が3倍速く動けるかというと、そんなわけがない。これまでと全然違うことをしないといけないわけです。
労働生産性の向上が私にとって大きなテーマとなっています」
摘果りんごシードル「テキカカ」
りんご栽培の工程の中で欠かせない「摘果」。その工程は端的にいうと、収穫するりんごの一つ一つに十分な養分が行き渡るよう、幼果の時点で育ちの悪いりんごを落としてしまうというもの。
「見える化」以前の2013年、森山さんは弘前シードル研究会(現・弘前シードル協会)に同行して渡仏。
当時、森山さんは無農薬栽培の条件であれば、摘果シーズンの7月に取れる未熟りんごを全量買い取り契約をしてくれる企業があり、その話に乗って初めて未熟りんごから収益を得る経験をしました。
森山「これまで捨てていた摘果りんごも加工することでお金になるということは知っていました。そんな中、フランスでは400年続いているシードル用のりんごづくりを見たんです。
収穫すらしない、機械の振動で落とすかあるいは自然に落ちるのを待っている。誰もはしごに上らない。機械を使って拾い集めるんですね。むしろ、風で落ちるとコストが省けて嬉しいというものです。
無農薬りんごジュースは、『無農薬』という縛りのため持続可能ではありませんでした。他企業のオファーに合わせてのことだったので、自分でやるならシードルでやってみようかという狙いが既にありました。
フランス・ノルマンディー地方のシードル用のりんごは小さくて、渋くて苦い。まさに我々が廃棄している摘果りんごの様相でした。
この渋さ、苦さがシードルには必須の要素。これは摘果りんごでも絶対にうまくいく。むしろ、今までの国産シードルよりもおいしいものが作れるだろうと確信を胸に帰国しました」
シードルとは
りんごを発酵させて作られる醸造酒。ワインと比べるとアルコール度数が3%〜8%とやや低いため、お酒が弱い人でも飲みやすい。世界的に親しまれているお酒だが、日本では北海道、青森県、長野県などのりんごの産地を中心に各地で製造されている。
しかし、摘果りんごのシードル化は前代未聞。商品開発、工場建設などにまとまった資金が必要となります。
2015年、森山さんは再びビジネスアイディアコンテストに「テキカカ・シードル」で応募。2年連続の準グランプリに選ばれ、さまざまな補助金や融資を元に事業をスタートさせることに成功しました。
森山「工場を建てる設計図のデザインに300万円。設計図はできたけど、一方では8500万円が建物と機械にかかるので、いろいろな補助金をあててみました。
農林水産省の産地パワーアップ事業という、ちょうど私のためにあるかのようなものも見つけました。
4000万円が補助金、5000万円は借金です。公庫から借りて、ブランディングとか販路開拓でも700万円ぐらい補助金でお世話になって、やっと立ち上げたという感じです。とにかく大変でした」
もりやま園の「今」と「これから」
2017年にシードル工場が完成。「甘さを抑えた、渋みと酸味が魅力」のテキカカは着実にファンを増やし、2019年にはジャパン・シードル・アワード2019の大賞に輝いたほか、2021年に雑誌「料理王国」の100選に入選。
さまざまなメディアでも注目の逸品と紹介され、順調に売り上げを伸ばしているそうです。
※テキカカ…もりやま園株式会社が商標登録した、摘果した果実を表す造語。
もりやま園のサイトをのぞくと、りんごは勿論、テキカカシードルシリーズ全6種類、アップルソーダ、無添加ジュース、ドライフルーツ……と、多彩な商品ラインアップが目を楽しませてくれます。
もりやま園の農業生産部の労働生産性は現在9期目にして、1期目の2.4倍まで上がりました。従業員数は9人。森山さんの挑戦はまだ続きます。
※第2回に続く
この記事はドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております 。
執筆:高田公太
写真:成田写真事務所
図版:WATARIGRAPHIC
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集:奈良岡崇子