飯綱町で新しい場づくりを
2023年に、長野市で5年間運営してきたローカルショップ・シンカイを閉めた徳谷柿次郎さんですが、「ネクスト・シンカイ」ともいえるプロジェクトをスタートします。2024年10月に長野市と自宅のある信濃町の途中にある飯綱町で、旧北国街道沿いの古い倉庫を改装した「パカーンコーヒースタンド」を開業したのです。
もとは経営する編集チーム「Huuuu」の倉庫として、飯綱町に元タバコ屋兼倉庫の物件を借りたのが始まりです。徳谷さんが倉庫を借りたというウワサは、すぐに小さなまちで広まりました。しかし、シャッターを閉めたままの倉庫では、地元の人たちとの交流も生まれません。
徳谷「倉庫を借りているだけでは、シャッター商店街と同じ。この場所に何のプラスの影響も与えられないな、と。そんなことを考えながら、角地のスペースを眺めているときに、ここでコーヒー屋をやろうと思いついたんです」
思い描いたのは、この場所を起点に地元の人も、外から来る人も交差する場所。店の名前は「パカーンコーヒースタンド」です。
アナログにリアルな関係を築く
着々と店づくりが進む様子を遠巻きに眺める地元の人たち。「よそ者が、いったいこんな田舎で何を始めるんだ」といぶかしがっていたといいます。シンカイでの経験から、地域との関係こそが財産と感じていた徳谷さんは、自ら地元の人たちを訪ね始めます。
徳谷「まずは近隣の定食屋や和菓子店を訪れて、あいさつがてら食事をしたり、買い物をしたりして。そこで、まちのキーパーソンを教えてもらったんです。誰に会いに行っておいたほうがいいですかね?って。
教えてもらったのが、新聞販売店のオーナーです。さっそく、とらやの羊羹を片手に会いに行きました(笑)」
店のオープン時には、あえてアナログにこだわり「100円引きクーポン付きの折り込みチラシ」を自作。新聞と一緒に投函してもらいました。ふらりと町役場を訪ねて、峯村勝盛町長(当時)にも直談判。オープニングセレモニーで峯村町長に「斧でのテープカット」に参加してくれるように依頼します。
地元の新聞社なども取材に訪れた(「パカーンコーヒースタンド」Instagramより)
徳谷「初手でやれることは全部やりましたね。別にかっこいい店をつくりたかったわけじゃない。あるものの中で、そんなにコストもかけずに、うまくやれるほうがいいと思っていたんです。だから、SNSでのおしゃれな発信より、古典的でアナログなPRを選択しました」
そんなパカーンコーヒースタンドには、近隣のお年寄りから若い世代までが、足を運んでいます。メニューも至ってシンプルに「コーヒー」とあるだけ。
徳谷「実は、結構いい豆を使っているんですよ。でも、これはグアテマラで、これはブラジルで、って説明しても、ここに来るお客さんにはよくわかんない。
そういう余計な情報を全部排除して、シンプルに「コーヒー」でいいじゃないか、というのがパカーンコーヒー。長野でこの季節、このシチュエーションで、自分が飲みたいコーヒーがこの味なんだ、というだけ」
(「パカーンコーヒースタンド」Instagramより)
気がつくと、向かいの80代のおじいちゃんが、毎日のようにコーヒーを飲みにふらりとやってくる。そんなご近所づきあいが自然と生まれていきました。「ここでリアリティのある関係性ができたことが、やっぱりうれしい」と徳谷さん。
徳谷「僕はオーナーですが、ヒマな時間があるとお客としてここにコーヒーを飲みに来たくなる。そういう場所が地域にあるのは、すごく健全ですよね」
ポートフォリオとしての本屋
そして、いま徳谷さんが情熱を注いでいるのが、パカーンコーヒースタンド内に併設する本屋「(do)books」です。店の一角を書店コーナーに改装し、2026年夏にオープン予定です。ラインナップは、自著や大手流通には乗らない自主出版本、全国で活躍する友人たちの著書など、徳谷さんによる選書が中心です。
もちろん、2025年に徳谷さんが怒涛のように出版し、全国に手売り行脚してきた渾身の最新刊4冊も並びます。
「この本屋は、自分のポートフォリオそのもの」と徳谷さん(写真提供:Huuuu)
徳谷「編集、地域、出版、コミュニティ、スモールビジネス、お酒、コーヒー……。自分がやってきたことのテーマごとに棚をつくって、セレクトも自分でやる。そこにちょっとした説明文を加えると、“徳谷柿次郎の脳内”が、なんとなくわかると思うんです」
さらに将来的には2階に、自身が運営するコミュニティオフィス「MADO」の分室も設置する予定です。コーヒースタンド、本屋、コミュニティオフィスがそろう最小の複合施設としての「場の編集」。徳谷さんは、これを「途中プロジェクト」と名づけました。
ローカルでは「トントンビジネス」でいい
ビジネスとして考えると、“田舎のコーヒー店”も、“こだわりを追求した本屋”も大きな儲けが期待できるものではありません。徳谷さんは、これらを「トントンビジネス」と呼びます。
徳谷「東京のクライアントからもらう仕事で稼ぎ、その売り上げはローカルに還元していく。そう自分の中で決めています。
トントンビジネスは確かに儲からないけど、そこには何かゆとりがある。だから、地域のおじいちゃん、おばあちゃんも気軽に出入りがしやすいんです。東京のように経済合理性を追求した儲かる場所は、そういう人たちにとって敷居が高いし、興味も持ちづらいですから」
トントンビジネスと東京の仕事の循環。これも徳谷さんなりの持続可能なローカルビジネスのあり方です。ただし、この「途中プロジェクト」では、「まちづくりは背負わない」のも決めごとのひとつです。
徳谷「途中プロジェクトは、あくまでも『自分たちの生活圏をおもしろくしたい』という個人的な気持ちからやっていること。まちづくりとなると、どうしても行政が絡んで地域の課題に向き合うといった、大きな話になりますよね。そうではなくて、もっと自由に自分の思うままに場をつくっていきたいんです」
田舎に引きこもった仙人にはならない
長野の田舎町で暮らし、自ら畑もやりながら、メディアや場の編集を行ってきた徳谷さんですが、いま新たな転機を迎えています。
徳谷「山奥に住んで犬の散歩をして、畑を耕す生活はすばらしいし、人間性を回復できる。でも、このままだと仙人のようになってしまうのではないか、という危機感もあります」
自ら、東京の華やかな表舞台のビジネスとは一線を画してきましたが、40代となり仕事へのアクセルを強めるべきだと感じています。それは、地方で自分のやりたいことを実現していくためのもうひとつの軸になると語ります。
徳谷「AIで、世の中がどう変わっていくかわからない時代です。ウェブメディアの仕事で稼げている今のうちに、自分ももう一歩前に進みたいと思うようになりました。田舎に引きこもるだけではなく、東京でも勝負する。それが将来、『好きでもない仕事で飯を食う』ようにならないための、最大の先行投資です」
自身を「過剰で衝動的な人間」と語る徳谷さん。「あえてブレーキをかけない」ことも生き方の一つだと語ります。
徳谷「矢沢永吉の『やる奴はいつもやっている』という言葉の通り、限界を決めずに突き抜けることでしか見えない景色がある。僕は、編集会社の経営をしながら、コミュニティオフィス、コーヒー屋、本屋をやっています。
確かに過剰かもしれないけれど、『やらない理由探し』をするより、やったほうが絶対にいい。人生は、最終的にすべて帳尻が合うもの。できなくなったら、勝手にこぼれ落ちていくだけじゃないですか」
過剰さや衝動も、穏やかなローカルでの暮らしがあるからこそ。メディアの、そして場の編集という生業とともに、徳谷さんがローカルの面白さをとことん追いかける日々は、まだまだ続いていきそうです。
この記事はNTTドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております。
構成・取材・文:久遠秋生
バナー写真提供:Huuuu
撮影:清水隆史
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)








