「てへぺろ」は精神衛生を保つための大きなメソッド 逃げるは役に立つが恥ではない

「てへぺろ」は精神衛生を保つための大きなメソッド 逃げるは役に立つが恥ではない

公開日:2023/05/17

「逃げるは恥だが役に立つ」。
少し前に大ブレイクしたTVドラマです。

何事にも真面目に向き合ってしまうと自分を責めてしまい、自己肯定感を下げてしまうだけですから、時には「逃げる」ことも大切です。

ただ、「逃げ方」が苦手で、心にモヤモヤしたものを抱えてしまう。なんとなく恥ずかしいことだと感じてしまう。

そんなときにおすすめしたいのは「てへぺろ」の力を借りてみることです。

バンドで演者が一番やってはいけないこと

筆者は趣味でバンド活動を続けていますが、演者がライブ中にいちばんやってはいけないと言われることがあります。

それは演奏の「ミス」ではありません。歌詞を間違えることでもありません。

「演奏を止めてしまうこと」です。

ミスをしようが歌詞を間違えようが曲の構成を自分だけ間違ってしまおうが、音を出し続けながらなんとかリカバリーし、何事もなかったかのように振る舞うことが大切なのです。

筆者はそうでもないのですが、演奏中にミスをして頭が真っ白になってしまったことがあるという人は多いものです。それでも曲は続いていきます。一度のミスを演奏中ずっと引きずってしまい他の曲にも影響してしまうと、楽しいはずの演奏が悔しいものになって一日を終えてしまいます。あまりにも悲しいことです。

さて、筆者の場合。
ミスをしてしまったときにはニヤっとしてしまう癖が以前からありました。

心の中で「あは、やってもうた(笑)」というノリでいます。

「やってもうた!どないしよ!」ではありません。これぞ、ひとつのミスを引きずらない秘訣だとも考えています。

もう死語になっているかもしれませんが、「てへぺろ」の精神です。

3グラムのタバコは「てへぺろ」でいいと言った大審院

「てへぺろ」。ご存じの方も多い言葉です。

何かミスをしてしまったときに、「てへっ」と笑って舌を出す様子で、顔文字では「(・ω<) てへぺろ」「(・ω≦) テヘペロ」「(ゝω・) テヘペロ」など、可愛いウインクで表現されています。
てへっ、ちょっとやっちゃった、でもまあ許してよ、ぺろりんちょ、という感じです。

神戸大学の定延利之教授が「てへぺろ」に関して、明治時代に起きた「1厘(いちりん)事件」というのを紹介しています*1。

あるタバコ生産者が専売局に納入すべき葉タバコのうち、3グラム弱を自分で吸って起訴されました。被害額は1厘、現代の値段に換算すると1円未満のものでした。これについて大審院は「微罪につき無罪」という判決を下した、という話です。
定延教授は、「てへぺろ」はこの「1厘事件」と同様だとしています。

さて、この「1厘事件」の判決文を見てみると、非常に興味深いものです。

刑罰法ハ共同生活ノ条件ヲ規定シタル法規ニシテ国家ノ秩序ヲ維持スルヲ以テ唯一ノ目的トス
(中略)
故二共同生括二危審ヲ及ホササル零細ナル不法行為ヲ不問二付スルハ犯罪ノ検挙二関スル悶題ニアラス

<引用:垣口克彦「過罰的違法正論の展開過程ー伝統的な可罰的違法性論の確率ー」阪南論集 第11巻第2号>
https://core.ac.uk/download/pdf/229786008.pdf p184

刑罰法は共同生活の条件を規定し、国の秩序を維持するのが唯一の目的である、そしてこのタバコ生産者の不法行為は共同生活に危害を及ぼさない零細なものでであるから、不問にするのは犯罪の検挙に関する問題ではない、というわけです。

同時に、刑罰法を解釈するにあたっては物理学上の観念にのみ従うべきか、共同生活の観念によるべきか。物理学的な観念のみに従うと、一粒の栗、一滴の水も罪に問わなければいけなくなる、といったことも述べられています。

法律という学問的に見れば「いかがなものか」という議論は今も健在ですが、この精神を日常に取り入れると、職場でも精神衛生を保つことができそうだな、と筆者は考えています。

電話を折り返さなかったことで損失を出しましたかね?

話をバンドに戻しましょう。

バンドの目的は「曲を披露して、喜んでもらうこと」です。目的がそこなのですから、多少音を間違えようと、メンバーやお客さんにかける迷惑は「1厘」のようなものです。「てへぺろ」の世界です。どんなプロだってミスはします。

そして、こんなこともありました。
筆者がまだ駆け出し記者だった頃の話です。ある日の深夜に、上司から電話がかかってきていたことに気づきました。しかし筆者は「こんな時間なんだし、よほどの用事があればまたかけてくるだろう」くらいの感覚でそのまま眠ってしまいました。

すると翌日以降、非常に面倒なことになってしまったのです。

今こんなことがあろうなら完全なパワハラですが、その上司が2週間にもわたって口をきいてくれなくなったのです。筆者には何の理解もできないまま時が過ぎ、その上司からある時食事に誘われました。

「俺がなんでここのところお前と口をきかないか、わかってるか?」

わかるわけがありません。そして告げられたのは驚くべき理由でした。「電話を折り返さなかったこと」に彼は激怒していたのです。記者たるもの上司の電話を放置するなどありえない、というわけです。

当時は筆者も若かったのでかなり嫌な思いをしました。しかし今思えば、その日電話を折り返さなかったことで失われたものと、2週間会話を交わさないことで生まれた手間、その手間によって失われた時間、ひとつひとつの作業に無駄な時間がかかることで周囲にかけている迷惑、どちらが大きいのか?という話です。

2週間にわたって業務に支障をきたしつづけることを考えれば、電話を折り返さなかったことなど「1厘」のことに過ぎません。電話をかけなおしてこない程度の用事だったわけですから、微罪にして無罪でしょう。「眠かったから放っといちゃった、てへぺろ(・ω<) 」の世界です。

目的と手段を混同しなければ良いのでは?

しかし困ったことに、ちょっとしたミスで必要以上にものを言ってきたり叱ってきたりする上司はいるものです。「それで実際何が失われたのか?」と冷静に考えた時、つまらないことだったということも少なくないのです。その上司が何か嫌な思いをした「私憤」のようなものをしょっちゅうぶつけられたのではたまりません。それをいちいち真に受けていたら、こちらの精神が持ちません。

刑罰法は何のためにあるのか?という先ほどの大審院の言葉を思い出せば、「こんなことは本来の目標からすれば大したことないんじゃないか?」そんなことは職場では多々あります。
(もちろん、明らかに人に大迷惑をかけたり大きすぎる損失を出したりしてしまった時は「てへぺろ」とはいきませんが)。

ちょっと順番間違えちゃった、(・ω≦) テヘペロ。
ちょっと上司の機嫌損ねちゃった、(ゝω・) テヘペロ。

誰だってミスはします。一方で、致命傷になることはそうそうあることではありません。ミスで相手は嫌なリアクションをするかもしれませんが、自分の心の中では「てへぺろ」とつぶやいて、その都度逃げていくことが精神衛生を保つ秘訣ではないかと筆者は思っています。

「てへぺろ」で自分の心の「嫌な感じ」から逃げることは、恥ずかしいことではありません。単なるひとりごとに過ぎませんし、誰かが聞いているわけでもありません。相手から逃げているわけでもないのですから。

ただ、「てへぺろ」は声に出さないでください。そこだけは注意していただきたいところです。

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この記事を書いた人

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。

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