「寺子屋の知恵?」と言うなかれ 今より進んでいた”謝り役”のインクルーシブな思想とは

「寺子屋の知恵?」と言うなかれ 今より進んでいた”謝り役”のインクルーシブな思想とは

公開日:2023/03/23

企業に不祥事が起きたとき、経営トップが謝罪会見を開くのが慣例だが、それがしばしば炎上し、袋叩きに遭ってしまう。「謝り方」は案外難しいのである。

人は失敗する生き物であり、企業でもさまざまな失敗や過ちが生じる。そのような場合、どのように謝ったらいいのだろうか。
また、ミスや過ちを犯した人をどのように遇したらいいのだろうか。

その参考になるのが、江戸時代の寺子屋でのしきたり「あやまり役」である。
「江戸時代?」「寺子屋?」と言うなかれ、先達の知恵はあなどれない。

「排除」の思想が大手を振って発信される現在、「あやまり役」を掘り下げていくと、案外今日的な課題に行きつくのだ。

「あやまり役」とは

最近の調査では、寺子屋の数は5万とも7万5千ともいわれている。かたやコンビニエンスストアは全国に5万6千店舗弱。ということは、ちょっと歩けば突き当たるほど多くの寺子屋が存在したことになる。*1:p.139, *2:p.1

それほど多くの寺子屋で、普遍的にみられたという「あやまり役」とはどのようなものだったのだろうか。

「あやまり役」の役割

比較教育文化史の研究者、添田春雄氏の著作「江戸時代の「寺子屋」教育」に沿ってみていこう。*1:pp.152-153

寺子屋では、あらかじめ「あやまり役」の子どもを決めておき、誰かが師匠に叱責されそうになったら、すかさず、その「あやまり役」が率先して謝るというシステムがあった。

下の図1で、師匠の前で土下座しているのが「あやまり役」、その右横で泣いているのが本当に悪いことをした子どもであろうとみられる。

出典:添田春雄「寺子屋 江戸時代の「寺子屋」教育」『上方文化講座 菅原伝授手習鑑』2009年8月30日)和泉書院 p.140
http://educa.lit.osaka-cu.ac.jp/soeda/nakami/papers_pdf/terakoya.pdf

師匠は厳しい顔を、実際に悪いことをした子どもではなく、「あやまり役」の子どもの方に向けている。

「あやまり役」の効果

では、なぜこのようなシステムをわざわざ設けていたのだろうか。

もし、師匠が1対1で子どもを𠮟りつけると、叱られた子どもはショックが大きい。また、師匠の方も、目の前で泣く子どもに対して厳しいことをいうのは気が引けるだろう。*1:p.153

しかし、そこに「あやまり役」が介入すれば、師匠はきついことでも言いやすくなり、思う存分、伝えたいことを言い、諭すことができる。

一方、「あやまり役」の子どもは、自分が悪いことをしたわけではないので、冷静に自分の役目に集中し、叱られる役、謝る役に徹していればいい。

では、実際に悪いことをした子どもはどうだろう。
その子は、師匠の矛先が「あやまり役」に向き、自分のしでかしたことによって自分ではなく「あやまり役」が叱責されているのを見て、自分の「罪の重さ」が身に沁み、深く反省するだろう。

そう考えると、よくできたシステムだが、こうした仕組みにはさまざまなバリエーションがあったという。

さまざまな「あやまり役」

ここでは、往来物(明治前期以前の寺子屋や家庭などで使用された学習書)の研究者、小泉吉永氏の「明日への提言「あやまり役」に学ぶ人づくりの知恵」に沿ってみていこう。*3

「あやまり役」を担う人には、以下のようにさまざまなタイプがあったことがわかっている。

1)寺子屋仲間(児童・同輩)
2)師匠の妻
3)親
4)年寄りや近所の人
5)以上の複数の組み合わせ

以上のうち、原型は、4)の年寄りであったようだ。

ときには師匠が「今日は子どもたちを叱るので、適当な頃合いにあやまり役に来てください」とあらかじめ頼んでおく場合もあったという。
また、泣き叫ぶと必ず老婆が詫びを入れに来るので、罰を与えられた子どもはすぐに大声で泣いたという逸話もある。

上述のように、こうした「あやまり役」は、ほぼ全国の寺子屋に普遍的にみられたというが、呼び方にはさまざまなものがあり、「止め役」「世話焼きどん」と呼ばれる地域もあったという。

その特徴は、子どもの懲罰に第三者の介入を重視したところにある。

このシステムの背景として、「紛争・裁判の解決法として『内済(和解)』が幕府によって奨励され、その場合『第三者の介入』によることが中世以来慣行となっていた」ことが指摘されている。

社会慣行としての「あやまり役」

「あやまり役」システムは寺子屋だけに留まらず、社会慣行になっていた。
それはどのようなものだろうか。

複数のチャンスを与える

江戸時代には、子供組・若者組・娘組など一定年齢で加入する年代別の集団が各地にあり、同世代の青少年が集団生活や共同作業を通して教育・訓練される社会教育の場となっていた。*3

教育学の研究者、田嶋一氏の「若者組と青年期教育」から、「あやまり役」に通じる慣習についてみていこう。

江戸時代は、若者組のような集団を通して行なわれる教育によって、伝統的な文化や行動形態、共同体のイデオロギーが新しい世代に伝達されていた。*4:p.39

この若者組の制裁のうちで最も重いのは、「仲間外し」「八分」と呼ばれる除名処分であった。しかし、その「八分」にも救済措置があったという。

若者組の最高決議機関である「寄合」によって八分にされた者は、一定の期間が経過した後、詫証文を入れたり村の信望の厚い人に仲介に入ってもらうなど、順当な手続きを踏んで復帰を許してもらっていたのである。

「八分」は、このように、幾度か説諭や戒告がくり返された後、それでも制裁を受けた本人の行動が矯正されない場合や、罪がよほど重い場合に限って行われていた。
若老組への復帰は本人に悔悛の情がみられるかどうかが指標になっていたという。

制裁は当人の行いや心を正すことがその目的であって、周りの人々が改心を認めたときには臨時総会を開いて、罰を免除する場合もあった。

また、江戸時代に父親の心得を説いた心得書には、親の意見に従わない子どもは不憫と思わずに勘当するように説く一方で、親類から詫びがあれば、その親戚の家に預けて諭してもらい、それでも直らなければ勘当するようにと記してある。*3
さらに、それでも親類が謝ったら、坊主にさせ、質素な部屋をあてがい、生涯養うようにと記されているのである。

親類の謝罪によって勘当が許され、反省へのチャンスが数回は与えられ、親類が見放さなければ、生涯にわたって最低限の生活が保障されていたのだ。

現在も存在する「あやまり役」

「あやまり役」は近代以降も続いていた。

例えば、大正時代の育児書には、父親の留守中に子どもの悪戯がすぎたり過失があった場合には、父親の帰宅後、子どもを父親のところに連れていくようにと書いてある。それでどうするかというと、子どもが悪戯したことを父親に告げ、子どもを謝らせるのだ。その際には母親が「あやまり役」になって、「私も今後はこのようなことをさせませんから、今回だけは許してやってください」と言葉を添えることが提唱されているのである。*3

また、落語の世界でも、弟子が破門になった際、おかみさんが「あやまり役」になると、ことが丸く治まるそうだ。

これは筆者の経験だが、子どもたちが小さい頃、筆者が子どもたちを叱ると、筆者や夫の両親が間に入り、「もうしないよね?」と子どもたちに言い、子どもたちが頷くと、「こう言っているから、今回は許してやって」と乞われることがよくあった。

その頃は、せっかくの「教育」の効果が損なわれてしまうと不満を覚えたこともあったが、そのことによって筆者も鉾がおさめやすく、子どもたちもそれ以上の叱責から逃れることができ、家庭に平和が戻ってきたのは確かだ。

それは今にも続く「あやまり役」の効用といっていいだろう。

インクルージョンの装置としての「あやまり役」

「あやまり役」という発想が産み出され、それを実践していた社会のあり方は、「自己責任」でまわる世界の対極にある。

悪いことは悪い。だから叱責するし除名もする。だが、辛抱づよく待ち、戻ってきた者は排除しない。
「あやまり役」システムの前提は、ミスや過ちを犯した人間を許し、集団にとって都合の悪い人間をも受け入れることだ。

排除の論理が燻る現在、インクルーシブな「あやまり役」は私たちに大切なことを示唆してくれているのではないだろうか。

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この記事を書いた人

横内 美保子

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。

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