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宇宙×ビジネスの現在地。「発想の転換」が生んだ世界60兆円市場(前編)
トマト栽培にも生かされている衛星データ
前編でお話しした通り、「宇宙ビジネス」と聞くとロケット打ち上げを想像する方が多いのですが、実際に市場の大部分を占めているのは衛星データの活用です。では、衛星データとは具体的に何を指すのでしょうか。
まず大きく分けて、測位情報のデータ(GPSなどの衛星を利用したもの)と地球観測のデータがありますが、ここでは地球観測のデータについて説明します。地球観測衛星には主に2つの種類があります。
ひとつは光学衛星。人間の目で見えるような可視光に加えて、近赤外線という人間の目では見えない波長帯を取得できるセンサーを搭載しています。この近赤外線データを使うことで、例えばお米のタンパク質含有量や植物の活性度を確認することができます。
もうひとつはSAR(合成開口レーダー)衛星。電波を使って地上の状況を把握する衛星で、光学衛星とちがって雲があっても地上を観測できます。大雨で浸水した地域や地盤が沈下している場所の特定などに威力を発揮します。
こうした衛星データを活用した具体例として、カゴメとNECが共同開発した農業ICTプラットフォーム「CropScope」がわかりやすいでしょう。
CropScopeは、衛星データを解析し、トマトの生育状況や土壌の水分量を可視化するサービスです。海外のトマト農家では、ベテランの方と新しく農業を始めた方で技術力にばらつきがあり、生産量に差が生じていました。
そこで熟練栽培者のノウハウをAIに学習させ、衛星データから読み取った圃場の状況にもとづいて「この時期にはこれだけの水と肥料を与える」という最適なタイミングを新しい農家にも指示できるシステムを構築しました。結果的に、経験の浅い農家でも一定の収穫量を確保できるようになり、最終的にそうして効率的に栽培されたトマトが、私たちの食卓に届くケチャップの原料となっています。
さらに、日清食品はパーム油の原料となるアブラヤシ農園周辺の森林が適切に管理されているかを衛星で監視していますし、ユニクロはカシミヤの原料となる動物が育てられている牧場周辺の植生や生態系への影響を衛星データで分析するという実証を行っています。
安全保障と隣り合わせの宇宙ビジネス
他にも、私たちの生活に深く根ざした宇宙技術は多くあります。例えば、航空機でのインターネット利用は通信衛星によって実現されています。
また、金融取引では非常に正確な時刻情報が必要ですが、測位衛星には誤差が30万年に1秒以下という極めて高精度の原子時計が搭載されており、そこから送られてくる時刻情報によって取引が支えられています。
もう少し専門的な用途では、機関投資家の方々が石油の在庫量を衛星データから分析し、公式レポート発表の2日前にその情報を把握して投資行動の参考にするといった使い方もされています。おそらく一般には知られていない衛星データの使い方を、各機関投資家が衛星データ解析会社と内々に進めているのが実情でしょう。
また、安全保障分野での活用も急速に拡大しています。前編で触れたプラネットラボという会社は、この分野での売り上げが大きな割合を占めています。2023年に中国の偵察気球がアメリカ上空を飛行した事件では、プラネットラボが継続的に撮影していたデータをつなぎ合わせることで、気球がどこから来たのかを特定することができました。
地球全域をカバーする衛星データによって、潜水艦の隠れる場所を特定したという事例もありました。こうした民間と安全保障の境界線が曖昧になってきているのが現状で、宇宙ビジネスを語るうえで避けて通れない側面でもあります。
地方自治体が宇宙に注目 17自治体で予算化
宇宙ビジネスへの取り組みが活発化しているのが、実は地方自治体です。JAXAの発表によると、47都道府県のうち17の自治体が宇宙関連予算をつけており、総額は約15億円に達しています。つまり、3分の1の都道府県で宇宙関連予算が計上されているのです。
神奈川県では、衛星データ利活用プロジェクトに対して1件当たり最大600万円の支援を実施しています。もともとJAXA相模原キャンパスがあることから宇宙のイメージはありましたが、今回は製造業との連携も視野に入れているようです。実際、2024年に東証グロース市場へ上場した宇宙スタートアップ、Synspectiveの工場が中央林間にあるなど、宇宙関連企業の集積も進んでいます。
宇宙港の整備も各地で進んでいます。現在、宇宙空間に配備したい顧客の衛星を搭載したロケットの打ち上げに成功した実績があるのは、鹿児島県の種子島と内之浦です。それに加え、北海道の大樹町では、国内の民間企業単独で初めて宇宙空間に到達したインターステラテクノロジズなどのロケット打ち上げが行われています。和歌山県串本町、大分県国東市、福島県南相馬市、沖縄県下地島でも宇宙港の整備・検討が進められており、最近は徳島でも宇宙港建設の話が出てきています。
茨城県のように、製造業がまとまって宇宙機器・衛星・ロケット用部品をつくるサプライチェーンの強靭化に取り組む自治体もあります。データ活用だけでなく、製造業の拠点としても宇宙ビジネスは地方に展開しているのです。
政府による1兆円支援が示す「本気度」
政府による宇宙産業への支援も大幅に拡充されています。最も大きな動きは、最大10年間で1兆円規模の宇宙技術開発を政府が行うと決定した「宇宙戦略基金」です。2024年度からスタートした第1期では合計3000億円(総務省240億円、文部科学省1500億円、経済産業省1260億円)が提供され、2025年も引き続き、第2期として技術開発テーマごとの公募が行われています。
この基金は内閣府、文部科学省、経済産業省、総務省の4府省が連携して運用。日本の宇宙技術の底上げにより、宇宙を活用した経済・社会の変革(スペース・トランスフォーメーション)を加速させるための予算が計上されています。
また、SBIR(中小企業技術革新制度)やスターダストプログラム(宇宙開発利用加速化戦略プログラム)など、宇宙戦略基金以外の国として必要な技術開発への予算もしっかりと確保されています。SBIRでは、宇宙技術を利用する省庁である国土交通省や農林水産省も、その枠組みの中で「衛星データを使ってこの課題を解決してくれる企業を募集」といった取り組みを始めています。
さらに政府全体として、「衛星リモートセンシングデータ利用タスクフォース大臣会合」が定期的に開催され、各省庁がどのような衛星の使い方をしているかを発表・情報交換する場も設けられています。
防衛省も「宇宙領域防衛指針」として安全保障における宇宙の重要性を明確に位置づけ、宇宙分野での能力強化を推進しています。国際的な宇宙開発競争が激化し、経済・安全保障の両面で宇宙の重要性が高まる今、まさに「正念場」として、技術開発に大規模な投資が行われている状況です。
宇宙ビジネスの「次の10年」で生まれる新たな機会
これから10年間で、宇宙ビジネスはどのように発展していくのか。
まず大事な視点は、宇宙産業への参入ハードルが大幅に下がることです。今はまだ十分に知られていませんが、あらゆる産業で働く人、あらゆるスキル・技能を持つ人が宇宙産業に携わることができる可能性があります。
参入ハードルが下がる一例として、生成AIの進化によって衛星データ解析がより身近になることが期待されます。これまでエンジニアや研究者しか使えなかった衛星データが、ある程度の知識があれば誰でも使えるようになるかもしれません。
日本が国際的にリーダーシップを取れる分野もあります。アストロスケールという上場会社が手がける宇宙ゴミ(デブリ)の除去や、宇宙交通管理(STM:Space Traffic Management)の分野では、日本が先行しています。
宇宙ビジネスの「次の10年」は、まさに誰もが参入可能な時代になります。まずは宇宙という特別な響きに惑わされず、「広域のマクロ情報を得るならば衛星データ」という感覚で、この技術を頭の片隅に置いていただければと思います。きっと、読者の皆さんの仕事でも宇宙技術を活用できる場面が見つかるはずです。
この記事はNTTドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております 。
執筆・編集:加藤智朗
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
バナー画像:Chonlatee Sangsawang / gettyimages








