「宇宙ビジネス=ロケット打ち上げ」ではない
まず「宇宙ビジネス」という言葉の定義から整理したいと思います。多くの方が「宇宙ビジネス=ロケット打ち上げ」、もしくは宇宙空間の探査に関連するビジネスをイメージされるかもしれません。しかしそういった事例は、実はごくわずかなのです。
宇宙ビジネスの大きな部分を占めているのは、ロケットが人工衛星を宇宙空間に運び、その衛星を活用して地上向けに提供されるサービスです。例えば、飛行機でのインターネット利用、カーナビの位置情報取得、天気予報データの海運業者への提供などがあります。
GPS(Global Positioning System)は、そのわかりやすい例でしょう。代表的な測位衛星である米国のGPS衛星は、高度約2万kmの軌道を周回しています。そのGPS衛星から得られる情報を使って提供されているのが、地図アプリや配車サービスといったサービスです。
宇宙ビジネスとは、そうした衛星を活用したビジネスも含む総称です。
参入障壁を劇的に下げた「衛星の小型化」
よく「世界の宇宙ビジネスの市場規模が約100兆円に達した」という話を目にしますが、これは世界経済フォーラムが発表した数字で、宇宙産業がもたらすさまざまな産業への波及効果も含まれています。
より業界に近い視点で見ると、宇宙産業に関するレポートを毎年発行しているブライステックという調査会社の数字のほうが実態に近いと考えています。こちらでは2023年の宇宙ビジネスの市場規模が約4000億ドル、日本円で約60兆円となっています。
同社の調査によると、2020年からの5年間の成長率は約13%と、その規模は着実に拡大しています。成長の内訳を見ると、ローンチ(ロケット打ち上げ)分野が約90%、衛星製造分野が約60%、地球観測の衛星サービス分野が約52%といった伸びを見せています。
また、「ノン・サテライト・インダストリー」という分野があるのですが、これは政府によって探査や防衛などに費やされた金額を指しています。 ここも約28%という成長率で拡大していて、世界的に宇宙への公的投資が加速していることがうかがえます。
「発想の転換」が加速させた、宇宙ビジネスの民主化
このように宇宙ビジネスが拡大している要因のひとつは、「衛星の小型化」だと考えています。地球観測衛星の領域では、国が主導して宇宙開発が進められてきた時代、何トン級という大型の衛星がつくられ、2週間に1回程度の頻度で地上を観測したデータが提供されていました。
しかし2010年創業のプラネットラボというアメリカの会社は、小型衛星およそ200基を宇宙空間に配置して、特定の地点を1日に何度も撮影できるサービスを実現しました。データ量は1日あたり40テラバイトにのぼるなど、取得可能なデータが飛躍的に増加したのです。
また、通信衛星の領域でも同様の変革が生まれています。地上から3万6000km離れた場所に配備された静止衛星は、従来は大型のものが主流でした。この方式では、例えば航空機でインターネットを使えても、動画を見たりゲームをプレイしたりするのは難しいぐらい、通信速度が遅く、遅延も大きかったのです。
そんな中、イーロン・マスク氏率いるスペースXは、小型の低軌道衛星を数千基配置。世界中どこでも高速インターネットが使える「スターリンク」の提供を開始しました。これによって、航空機内での通信速度が大幅に向上したほか、アフリカなどの設備が不十分な地域でも高速インターネットを利用できるようになりました。海上で何カ月も帰港できない海運業者の職員がZoomで家族と顔を見ながら話せるようになるなど、通信インフラとしての価値が飛躍的に向上したのです。
こうした衛星の小型化を導いたのは、実は技術的なブレークスルーではなく、発想の転換だったと考えています。つまり「すごい技術があるのでそれを試して使う」という技術開発中心の考え方ではなく、「小さくても機能を絞れば十分実用的」と考えるようになった。
先のプラネットラボは、NASA出身者が立ち上げた会社なのですが、彼らも「スマホを宇宙に打ち上げてみる」という野心的な試みの実証メンバーでした。
「こういう機能があれば、こういうサービスができるんじゃないか」という逆算の考え方が広まってきたことは、宇宙ビジネスにとって大きな転換点なのではないかと思います。
日本の宇宙スタートアップが100社を超えた理由
小型衛星の開発・製造に強みをもつ宇宙スタートアップのアクセルスペースホールディングスが、今年8月に東京証券取引所のグロース市場へ上場しました。これは直近の象徴的な出来事ですが、日本の宇宙スタートアップは現在、100社を超えたとされています。このスタートアップの増加も、先にお話しした衛星の小型化によって、宇宙ビジネスへの参入障壁が劇的に下がったことが要因でしょう。
そのなかでも、衛星やロケットをつくるハードウェア開発を手がける会社と、衛星が取得するデータを活用したサービスを提供する会社に大きく分けると、後者はビジネスを始めやすい。
「こういうニーズに対してこういうデータ活用ができるのではないか」というアイデアがあれば、宇宙の専門知識がなくても参入できますし、従来の宇宙業界以外の人材、データサイエンティストやソフトウェアエンジニア、事業企画や営業といった職種でも、宇宙ビジネスに携わることが可能になっています。
また興味深いのは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)や政府系の機関出身で、民間で宇宙ビジネスを立ち上げる方が増えていることです。
再使用型ロケットの開発など、宇宙での輸送事業に向けた技術開発に取り組んでいる将来宇宙輸送システムの代表取締役社長、畑田康二郎さんは経済産業省出身で、内閣府宇宙開発戦略推進事務局にも出向していた方です。その後、「日本の宇宙産業を盛り上げる、高頻度に往還できる宇宙輸送機を開発する」という思いから事業を始められています。
他にも、超小型衛星を開発するアークエッジ・スペースの代表取締役CEO、福代孝良さんはJICA専門家、外務省といったキャリアを歩まれています。こうした方々は、宇宙が将来、社会的なインフラになることを見据えて、日本として技術力やビジネスをしっかりと育てていくことが大事だという思いで起業されています。
宇宙ビジネスを、より身近に感じてもらうために
宇宙ビジネス業界は、まだまだ夢やロマンの世界というイメージを持たれています。見栄えがよく、視聴率やページビューが稼げるといった理由から、どうしてもロケットの打ち上げや月面探査といった話題をメディアは取り上げます。それが、宇宙ビジネスが「これからのチャレンジ」という印象を強めてしまうのです。
しかし実際には、すでにビジネスとして成立している分野がたくさんあります。私たちが宙畑で「Why Space」という連載をやっているのも、他の産業界から宇宙の分野に転職した方々に話を聞くことで、読者に「自分も宇宙ビジネスで活躍することができるのでは」と感じてもらうためです。
これからさらに、宇宙ビジネスに携わる方を増やしていくためにも、そうした印象を変えていければと思いますね。
後編では、衛星データがトマト栽培から金融取引まで、私たちの身近な生活にどのように活用されているか、さらに「次の10年」で誰もが参入可能になるという宇宙ビジネスの今後の展望について、中村さんに詳しくお聞きします。
この記事はNTTドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております 。
執筆・編集:加藤智朗
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
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