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【秘話】利益率3→10%。斜陽の家業救ったルームフレグランス(第1回/全3回)
「ふるくて、あたらしい」店舗へ
大西常商店は2023年、店舗を改装しました。父親で社長の久雄さんと母親の優子さんには猛反対されましたが、大西さんは押し通しました。「1週間ぐらい会社に行かず、『私がいなかったら、まわらへんのん分かってるやろ。(働くのを)やめてもええねんで』と強引に交渉しました」と笑います。
110年前に創業した当時の店構えを変えることは、大西さんにとっても寂しいこと。
でも、久雄さんが店の一角で細々と販売も手がけるようになるまで、大西常商店はずっと製造問屋でした。製造販売に業態を転換するためには必要なことだと腹を決めました。
改装のテーマは「ふるくて、あたらしい」。昔ながらの老舗店舗から、ブランドイメージに合わせたモダンな内装にしました。
店舗部分は、これまでは「小上がりが面積の8割を占めていて、お客さんが3人入ったらいっぱい」(大西さん)という状態でした。これからは小売りに力を入れていこうと、商品を並べる「見世」部分を広げました。
バーでアルバイトして得た気づき
町家をレンタルスペースとして貸し出す事業を始めたことで得た気づきも生かしました。「町家の中でパーティーをしたい」という需要が大きいことを知り、バーカウンターと厨房機器を入れることにしたのです。
庭の価値をさらに上げるため、水を流して小さな川をつくることも考えています。「夏は鈴虫を飼って、鈴虫の音を聞きながらお酒を飲めるようにできたら」。夢は、どんどん膨らみます。
実は、飲食業もできないかと考えて2022年に京町家のバーで半年ほどアルバイトをしました。「どういう仕組みで成り立ってるんやろう、と思って」。大西常商店の仕事が終わった後の午後7時から5時間ほど、週3回働きました。
実際に働いてみようと思ったのは、ある本を読んで感動したのがきっかけでした。星付きレストランのシェフが自身のやり方に危機感を覚え、40歳を超えてからファミリーレストランのサイゼリヤでアルバイトをして学んだ、というものです。
実際に働いてみると、飲食業に手を広げるにはさらなる投資が必要になることなどを体感し、現実的ではないと考えました。そこで、時々イベントができるようにとカウンターと厨房機器を入れる形に落ち着きました。多忙な中でのアルバイトについては、「何事もやってみないとわからない。楽しかったです」とあっけらかんと振り返ります。
ユニセックスの扇子を発売
2023年中には、ユニセックスの扇子の発売も予定しています。大西常商店のオンラインストアを開くと、扇子は「女物」「男物」と分かれています。女物は男物より小さく、白やピンクなどカラフル。一方、男物は落ち着いた色味のものが大半です。
大西さんは、性の多様性が知られるようになってきた時代なのに、「男物、女物と分けるのはナンセンスだな」と思っています。接客をするときに「こちらが男性もので…」と説明をする自分にも違和感を覚えるようになりました。
大西さん自身も、女物扇子を使っていて「小さいな」と感じていたそうです。女性のお客さんの中には「大きいほうがいいから男物の扇子を使うようにしてる」という人もいれば、「女性のものを使いたい」という男性客もいます。大きさを統一したユニセックスの扇子を作ればいいのでは、と考えました。
規格を統一することで、仕入れの面でもプラスの効果があります。そういった利点も踏まえて社長や職人に提案したところ、あっさりと「せやな」と企画が通りました。7月中には販売を開始し、オンラインサイトにも男女兼用のページを作る予定です。一方、これまで通り、男女別の扇子も作り続けます。
職人を支えたい
大西さんは職人の育成・支援にも力を入れています。扇子を作るには87もの工程があり、20人前後の職人が関わって1本の扇子ができあがります。しかし、高齢化が進み、60歳でも「若い」と言われるほど。後継者の育成が課題です。
扇子の製造工程の中でも特に重要な「要打ち」と呼ばれる作業を担う今井晴子さんは、いま82歳。約60年の経験がありますが、後を継ぐ人はいません。大西さんは自社の社員に今井さんから直接習ってもらい、技を引き継ごうと考えています。
30〜40代の仲間と「六根Life&Craft」というプロジェクトも立ち上げました。「自然から生み出され、自然へ還っていく工芸品」の普及を目指し、作り手の事業支援をしています。2020年から21年にかけては職人や作家として自立したい人に向けた「ものづくり継続プログラム」を実施。会計や値付け、商品企画や販売手法などについても伝えました。
大西さんの知り合いの中には、工芸品の職人をやめて会社勤めを始めた人もいます。職人を増やすとともに、職人として食べていけるように――。扇子の職人の技を生かすルームフレグランス「かざ」には、そんな大西さんの願いも込められています。「かざ」の販売時に実施したクラウドファンディングでは、集まった支援金を扇子の部材である扇骨の作り手支援などにあてました。
「掛け算の元」は何か
大西さんが大切にしているのは、「いま」だけではなく、子や孫の代に何をどう残せるかということです。
大西 「京都にいると、仏壇を買い替えるなら『この次は100年後やね』とか、100年、200年先まで会社をどうやってもっていくかと考える。そういうものの考え方や買い物、投資の仕方がたぶん東京とは違うのだと思う。長く続いていくことが大前提なんです」
大西常商店は100年以上続く老舗ですが、京都には、大西常商店よりも歴史があって大きい扇子屋も、もっと大きな町家も、たくさんあります。大西さんは「自分たちは、単体では勝てない。掛け合わせることでしか強くなれない」と言います。
では、自分たちが強くなるためには、どうしたらいいのか。それを探るために大西さんがやったことが「掛け算の元になるものを洗い出していくこと」でした。そこで出てきた「京都という立地」「町家」「扇子屋」などをどう掛け合わせていけばいいのか。それを考えながら、動いています。
京都市内を歩けば、たくさんの町家に出会えます。しかし、実家のように季節ごとの風習を大切に守り、おくどさん(かまど)がまだ使えるような町家は、意外と少ないのではないか――。「資産」という観点で見てみると、当たり前だと思っていた環境の希少性に気がつきました。
大西 「めぐっていく季節を把握しながら、わりと丁寧に暮らしていて、節目節目でハレの日がある。そんな風習もひとつの資産だな、と思います。それをどう掛け合わせたら商売になるのかということを考えているのが、いまにつながっている感じです」
これからも、時代の変化に合わせて
大西さんの高祖父が建て、祖父母と両親が守ってきてくれた町家はいま、店舗としてだけではなく、お茶会の開催場所、ギャラリーなどの展示会場、イベントやパーティー会場などとして活躍しています。おくどさんなどを見られる「京町家のご案内」、投扇興や扇子の絵付け体験などを有料で提供する一方で、能や舞などの伝統芸能のお稽古場所としても使われています。
会社員として守られていたときと異なり、いまは経営の責任を自分で負わなければいけない大西さん。「一筋の光を求めて洞窟の中をずっと歩いている感じ」というのが本音です。でも、他の経営者から話を聞き、ほとんどの人が怖さやつらさを抱えながら踏ん張っているのだと気づかされました。
さらに、4代目だとの思いにも支えられています。大西常商店の前身は、日本髪を結うときに使う和紙製の髪留め「元結(もっとい)」の製造所でしたが、時代の変化に合わせて扇子屋として生まれ変わりました。高祖父の時代の契約書からは、起業家精神や、やり抜こうとする強さが感じられると言います。
大西 「仕事や命を自分までつないできてくれたことに感謝しつつ、私が死んだときに、ご先祖さんたちに『がんばりました』と言える人生でありたいと思っています」
いまから100年後、大西常商店が扇子屋をしているのかはわかりません。大西さんは、「扇子屋をしている必要はないと思っています。(子孫が)私たちがつないだ有形無形の資産を使って事業をしてくれていたとしたら、すごくうれしいですが」と言います。
NTT西日本をやめ、扇子屋に入ってまもなく7年。着物姿で毎日店にいるうちに、近所の子どもたちが夕方に「ただいま!」と声をかけてくれるようになりました。今年の大西さんの誕生日には、「お誕生日おめでとう! 学童で作ってん!」と折り紙で作った花束をプレゼントしてくれました。小学生になった大西さんの息子も、「近所のおばあちゃん」にかわいがられ、ごはんを食べさせてもらったり、時には泊まらせてもらったりしながら成長しています。
「地域の商売やな、という感じがして、幸せだなと思います。大きい会社ではできなかったこと。人に支えられ、支えつつ、みたいなのが楽しいですね」
歴史を積み重ねてきた町家で、大西さんの挑戦はこれからも続きます。
(完)
この記事はドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております 。
取材・文:山本奈朱香
撮影:松村シナ
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集:中村信義