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【秘話】利益率3→10%。
斜陽の家業救ったルームフレグランス

【秘話】利益率3→10%。斜陽の家業救ったルームフレグランス

山本 奈朱香(フリーランス記者)古都・京都では数々の伝統工芸品が発展してきましたが、市場規模は年々縮小しており、産業としての存続が危ぶまれています。気軽に涼を運んでくれる実用性と美しく趣のある芸術性を併せ持った扇子もその一つです。 そんな中で、ルームフレグランスを売り出したり、京町家のレンタルスペースを始めたりと、次々と新しい事業に挑戦している老舗扇子屋があります。

仕掛けるのは大正2(1913)年創業の大西常商店(京都市下京区)の若女将・大西里枝さん。 大学卒業後に勤めた大手通信会社での営業企画経験を生かし、引き継いだ伝統を大切にしながら新たな資産も生み出す原点には、家業に入って感じた危機感がありました。新しいスタイルと着想で京都の伝統を次につなげようとする彼女の挑戦を取材しました。(第1回/全3回)

目次

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コロナ禍 フレグランスが救ってくれた

コロナ禍の京都では、祭りや行事の中止が相次ぎました。
お土産としての扇子の注文は激減し、扇子を販売していた百貨店や小売店も一時店を閉めたことなどから、大西常商店にとっても苦境が続きました。売上高はコロナ前の半分以下に。そんな中、老舗を救ってくれたのが発売から間もなかったルームフレグランス「かざ」でした。

画像:ルームフレグランス「かざ」
ルームフレグランス「かざ」

扇子をあおぐと、ふわりと優しい香りが漂います。大西常商店の若女将、大西里枝さんはこれに着想を得て2018年にかざを生み出しました。清水焼の容器に香料をいれ、そこに扇子用に薄く加工した竹のスティックをさしておくと、あたりにほのかな香りが広がります。香料は白檀、八重桜、檜の3種類です。
苦しかったコロナ禍でしたが、かざにとっては追い風になりました。自宅にいる時間が長くなった人が多く、落ち着く香りとインテリアが「おうち需要」の高まりにマッチしました。

「誰が扇子を買うてくれはるんやろ」

大西常商店の前身は、日本髪を結うときに使う和紙製の髪留め具「元結(もっとい)」の製造所。日本髪の衰退や洋装の広がりによって元結の需要が減ったことで110年前に扇子製造所となり、父親で社長の久雄さんが3代目です。久雄さんは「かつては扇子だけで食べられた」と言いますが、お茶や踊り、謡(うたい)などをする人が減り、扇子が売れる時代ではなくなりました。

画像:「誰が扇子を買うてくれはるんやろ」

大西さんも幼心に「扇風機やクーラーがあるのに、誰が扇子を買うてくれはるんやろ」と思っていたそうです。一人っ子ですが、両親から家を継ぐように言われたことはありませんでした。

店舗は昔ながらの京町家。子どもの頃は「なんでうちだけこんな古い家やの! 床暖房があるとこに引っ越したい!」と駄々をこねていたそうです。町家は冬の寒さが厳しい上、維持にはお金がかかります。借金を抱えながら町家に住み、最終的には町家を売ってマンションに移っていく人も多く、周辺の町家も次々に姿を消していきました。
それでも、大西さんの両親はなんとか町家を守ろうとしていました。大西さんが高校生の頃に耐震補強工事をした時には、それまで乗っていたボルボから国産車に乗り換え、家具や、代々持っていた大量の株券も手放しました。

大西 「父が証券会社に『すべての銘柄を全株売り注文で』と電話していた後ろ姿は忘れられません。私なら町家を売ってマンションに住むという選択肢もあったと思う。両親の揺るぎなさはすごい。えらいな、と思います」

画像:「誰が扇子を買うてくれはるんやろ」

家業に入って感じた「やばいな」

「ご先祖様がせっかく残してくれたものだから、長く保存していきたい」。
そう話し、力を尽くす両親の姿を見ているうちに、古くて嫌だと思っていた京町家への気持ちが少しずつ変わっていきます。進学した立命館大学では、町家などの都市景観をどう守るかを行政の観点から学びました。

大学卒業後はNTT西日本に入り、福岡や熊本などで代理店営業を担当しました。社会人のイロハを学べそうな大きな会社への憧れ、そして中小企業に対する営業という仕事にも魅力を感じました。いつかは家業を継ぐことになるかもしれないから、いろいろな企業を見ておきたい。いま振り返ってみると、そんな思いもあったのかもしれません。さらに、京都以外の土地で暮らしてみたかったという理由もあったそうです。

目に見えないサービスをどう売っていくのかを考えるのは難しいながらも、おもしろい仕事でした。様々な人とやり取りすることで調整力も身につきました。

転機になったのは、結婚と出産。夫がNTTの同僚だったため、どちらも頻繁な転勤が前提の働き方になります。お互いに単身赴任をしながら子育てをすることは現実的ではないと感じました。両親が、大西さんが継がないなら店をたたもうと考えていると知ったことにも背を押されました。夫と話し合った末、大西さんは退職。2016年10月、大西常商店に入社しました。

画像:家業に入って感じた「やばいな」

でも、いざ家業に入ってみると「やばいな」と感じたそうです。在庫状況は社長の久雄さんしか把握しておらず、利益率は3パーセントほど。取引先とのやり取りは電話やファクスで、「なにこれ、めっちゃアナログやん」。

さらに、商品自体の将来性にも不安がありました。扇子がよく売れるのは夏ですが、風を送るという機能面から考えるとエアコンや扇風機にかないません。いまでも能や舞などには欠かせませんが、そのような伝統芸能自体が一般の人には縁遠くなっています。
夏以外にも売れる商品を販売し、年間の売り上げを安定させたい。大西常商店の新たな顔、「名刺代わり」になってくれるものを作れないだろうか――。大西さんは家業に入ってすぐ、考え始めました。

画像:家業に入って感じた「やばいな」

社長には黙って商品開発

そんなとき、ある女性のお客さんから「扇子って、あおぐと良い香りしますけど、なんでですの」と言われました。入社して1〜2カ月の頃でした。扇子を作る過程には、扇子の骨を香料に浸して乾かす工程があります。扇骨をさっと浸すだけなのに、香りは約1年持続します。調べてみると、扇子用に薄く加工された竹に、香りを長く保ち続ける特性があるとわかりました。

それまでは、扇子の骨や紙を使って新しい商品を作ることばかりを考えていました。でも、香りなら季節は関係ありません。「これしかない」と感じました。

もともと香水など「香りもん」が好きだった大西さん。「フレグランスができひんかな」と動き出しました。ただ、失敗するのが怖くて、社内で「開発費をください」とは言い出せません。自由にやりたいとの思いもあり、会社員時代の退職金を使うことに。「社長に言っても『フレグランスってなんや』と理解してもらえないことはわかってたので。でも、経理上はそんなことをしてはだめなので、後でめっちゃ怒られましたけど」と笑って振り返ります。

画像:明るく、よく笑う大西里枝さん
明るく、よく笑う大西里枝さん

京都商工会議所に相談に行き、同会議所などが主催するものづくりプロジェクト「あたらしきもの京都」を通して出会ったデザイナーと開発。2018年に完成し、まずは300個を作りました。最初の頃に売れたのは30個ほどだったそうです。

でも、現在とは別の工房で作った初期の商品で、香料が漏れるトラブルが2件起きました。会社員時代にも苦情を受けて謝罪に行くことはありましたが、そのときはまったく違う感覚になりました。誰かのミスではなく、自分のせいでお客さんに迷惑をかけてしまった――。お客さんの家を訪ね、泣きながら謝りました。

でも、心が折れることはありませんでした。「ここで諦めたらなんにもならない」と原因究明に乗り出します。京都市産業技術研究所に調べてもらったところ、焼成温度が低かったために、目に見えない割れが入っていたことがわかりました。焼成温度をあげるようにし、その後は香料が漏れるトラブルは起きていません。

東京のギフトショーに出したところ、百貨店や雑貨店などでも販売されるようになり、品薄状態になるほどの人気商品になりました。

画像:家業に入って感じた「やばいな」

「扇子だけじゃなくてもいい」

コロナ禍だった2020年の夏は、前年の同時期に比べて扇子の売り上げが8割ほど減りました。扇子はコロナ前、会社の周年記念品としての受注やアパレルからのOEM(受託製造)の受注が売上高の1〜2割を占めていましたが、これらはほぼなくなりました。

苦しい時期に助けてくれたのは、かざでした。コロナ禍にオンラインショップを開設したこともあり、旅行ができない中でも買い求めてくれる人が絶えませんでした。父親で社長の久雄さんも「かざのおかげで、コロナ禍でもなんとか黒字になった」と言います。

画像:大西常商店の社長、大西久雄さん
大西常商店の社長、大西久雄さん

高級ブランドやホテルから大口の注文が入ることもあります。2023年には小売り部門の売上高に占めるかざの割合は3割ほどになりました。

「かざ」は大西さんにとってどんな存在ですか。そう問うと、ちょっと考えた上で、こう答えてくれました。
大西 「扇子だけを売る会社じゃなくしてくれた商品。扇子だけじゃなくてもいいじゃない、というのを教えてくれた商品かな」

京町家のレンタルも

ルームフレグランスを軌道に乗せたことで、大西常商店は扇子屋の枠を広げつつあります。
店舗がある町家の一角で、桐箱の台の上に置いた的に向かって扇子を投げ、その美しさで点数を競う「投扇興」の体験ができるようにしたのもそのひとつ。単純な遊びながら、やってみると大盛り上がり。体験後に投扇興セットを買ってくれる海外からの観光客もいるそうです。

画像:京町家のレンタルも

町家の一部をレンタルスペースとして貸し出すことも始めました。お茶会の開催場所として使う人もいれば、コスプレイヤーが撮影会場として借りてくれることもあるそうです。

このように、扇子以外のサービスを考えた背景には、大手通信会社時代の経験から得たヒントがありました。通信会社で売っていたのは、サービス。加入してもらえたら、その後は継続的に対価をもらえます。一方、扇子を売った場合には利益は一度しか生まれません。価値を感じてもらえるサービスを提供できないか、との思いがありました。

画像:町家は伝統芸能のお稽古場などとして貸し出している(提供・大西常商店)
町家は伝統芸能のお稽古場などとして貸し出している(提供・大西常商店)

いま、収益の内訳は扇子の卸部門が約6割、扇子とかざなど新商品の小売りが約2割、レンタルスペースや体験が約2割。商品を売ることに比べると、場所を貸し出すことには人件費があまりかかりません。町家が利益を生むことによって、利益率の低い他の事業を下支えしてくれます。大西さんが入社した頃には約3パーセントだった利益率がコロナ禍前には10パーセント前後になりました。

入社時に感じた「やばいな」という危機感は、いまも持っています。「次を見越して動かないと、どんどん置いていかれる。何かがあったときに『新しいことを始めよう』では遅い」。入社直後から将来を考えて「かざ」を開発していたからこそ、コロナ禍をなんとか乗り切れました。「継続して新しい取り組みをしていくことが大事だと改めて気づかされました。引き続き『やばいな』という気持ちは持って、新しいことをしていきたいですね」

扇子だけを売る会社から、さらに次の展開へ。大西さんの挑戦は続きます。

※第2回に続く

画像:京町家のレンタルも

この記事はドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております 。

取材・文:山本奈朱香
撮影:松村シナ
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集・動画撮影:中村信義

京扇子屋が送る 伝統工芸の新しい風と香り(全3回)

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