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「九州に宇宙産業を!」
地域の衛星ビジネスは手弁当から収穫期へ

「九州に宇宙産業を!」地域の衛星ビジネスは手弁当から収穫期へ

栗原 健太(ライター)地場産業の活性化のため、福岡県久留米市などの中小企業13社が集まった円陣スペースエンジニアリングチーム「e-SET(イーセット)」。九州大学発の宇宙ベンチャー・QPS研究所(福岡市)と連携して小型レーダー衛星を独自開発し、「宇宙ビジネス」への参入を果たしました。 イーセットの理事長である、フッ素樹脂加工メーカー・睦美化成(久留米市)の當房睦仁社長(59)は「九州で宇宙産業を根づかせたい」という思いでチームを引っ張ります。長らく“手弁当”で続けた取り組みが実を結び、夢の実現が近づいてきました。町工場の親父たちの奮闘を追います。(第3回/全3回)

目次

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画像:當房睦仁(とうぼう・むつひと)
當房睦仁(とうぼう・むつひと)
1963年福岡県生まれ。化学品の分析会社などを経て、父が経営する睦美化成に入社。1997年に社長就任。2007年に円陣スペースエンジニアリングチーム「e-SET(イーセット)」を結成し、理事長に就任。地元企業13社とともに宇宙産業の育成に取り組む。

「民間で衛星を打ち上げたい」

地球観測用の衛星ネットワーク構築を目指すQPS研究所が、小型レーダー衛星の初号機「イザナギ」の打ち上げを成功させたのは2019年12月のこと。イーセットは、この世界が注目する小型・ローコストの人工衛星の開発・製造で、中心的な役割を果たしました。それまで、九州大学を中心とした衛星開発プロジェクトで試験構体をつくるなどして実績を積んできた彼らにとって、初めての実機でした。

當房社長は、イザナギ開発当時の興奮を昨日のことのように語ります。
「イザナギは私たちの技術が生かされて、宇宙に打ち上がる初めての衛星でした。衛星のパラボラアンテナ関連の設計や制作、衛星構体の準備とか、もろもろ含めて構造系全般をやりました。本体部分が伸びたり、縮んだり、開いたり、いろんな動きをできるようにするため、チーム一丸となって取り組みました。なので、非常にやりがいがある一方で、責任がすごくのしかかりました。一大プロジェクトという感じでしたね」

画像:インドの宇宙センターから打ち上げられた初号機「イザナギ」(提供:ISRO)
インドの宇宙センターから打ち上げられた初号機「イザナギ」(提供:ISRO)

イーセットには精密機械、熱処理、ゴム製品製造、表面処理など、さまざまな技術やノウハウを持つメンバー企業が集まっていました。それぞれの持ち味を生かしながら、QPS研究所とまさに一蓮托生で衛星の開発に取り組んだのです。

「大学の衛星ではなくて、民間で開発した衛星が打ち上がるということを僕らは重視していました。民間でつくり、それを民間が打ち上げる。まさに、宇宙ビジネスのモデルになるようなことなので。これは何が何でも成功させたいという思いで、僕らもがっぷり四つで協力させてもらったのです」

急な難題にも突貫工事で解決

衛星開発において、QPS研究所はまず、「こんな機能を持つ衛星をつくりたい」という全体のイメージを考えます。そしてそのイメージを、イーセットをはじめとする協力企業に伝えます。といっても、「これはつくるのは無理ではないか?」と思うようなイメージばかり。それをどうすれば実現できるか、町工場の技術者らが集まって知恵を絞るのです。

画像:初号機「イザナギ」の開発風景(提供:QPS研究所)
初号機「イザナギ」の開発風景(提供:QPS研究所)

いろいろな得意分野を持つメンバーが集まるイーセットですが、衛星を開発・製造するプロセスでは思いもよらない課題が出てきます。たとえば、細かい設計を詰めていくなかで、急に足りない部品があることがわかったりします。そうした課題にイーセットは一つひとつ向き合い、解決していきました。

「急に出てくるんですね、部品で『これがいる』みたいなのが。『じゃあ、今日中に設計しておくから、明日には部品をつくってね』みたいな話になるんですよ。その宿題をイーセットのメンバーが自社工場に持ち帰り、突貫工事でやってくれていました。だから初号機のときは大変でしたね。とにかく打ち上げを成功させようということしか、頭になかったので。馬車馬のようにやっていました」

イーセットのメンバーはそれぞれが本業を持ち、顧客から請け負った仕事を抱えています。それをこなすために平日の日中は、工場を稼働させなければいけません。QPS研究所の衛星開発の業務は、平日の夜や週末、従業員が休んでいる間に機械を動かして進めたといいます。

画像:小型化のカギとなった折りたたみ式アンテナの開発(提供:QPS研究所)
小型化のカギとなった折りたたみ式アンテナの開発(提供:QPS研究所)

「アンテナだけでも、図面にして、設計して、それを形にする。そこからテストして、ここがまずかったね、こういうところがうまくいかなかったね、という試行錯誤を何回も何回もやるわけです。QPSさんの衛星アンテナは1回閉じてから開くまでに、1~2時間かかるんですよ。その開閉テストを100回以上やりました。ようやったなと思いますね」

連日連夜の奮闘を続けた、QPS研究所とイーセットなどの「オール九州」の連合体。小型レーダー衛星の開発・製造を約1年間という短期間で成し遂げました。

「1年でよくやれたなっていう感じですよね。いろんな技術の壁が現れて苦労しました。しかし、『最終的にこれでよかったんだ』みたいなことが見つかったり、さまざまな経験をしたりして、宇宙に関する大きな開発って、こんなふうに進むのかと理解できました。初号機の打ち上げに成功できて、『僕らのやったことが間違いじゃなかった』ということが証明されて、すごく充実感がありましたね」

画像:急な難題にも突貫工事で解決

“手弁当”で続けてきたものづくり

イーセットが誕生するきっかけとなった九州大学での講演会に、當房社長たちが参加したのが2007年。そこから約12年後、自分たちが開発・製造した人工衛星が宇宙に飛び立ったのです。そこまでの多くの期間は、収益が出ない“手弁当”の状態で宇宙のものづくりにかかわってきました。

「利益が出始めたのは、QPSさんの初号機の衛星開発が始まってからです。それ以前にもらっていたおカネは経費分くらいで、ギリギリのところでやっていました。イーセットのメンバーである経営者はただ働きですよ。『九州で宇宙産業を根づかせたい』というビジョンを持って、皆さんやっていましたから」

通常のビジネスであれば、収益化が見込めない時点で企業は手を引いてしまいます。ただ、イーセットのメンバーはほぼ全員が地場企業の経営者です。トップダウンの判断ができる彼らでなかったら、何年も手弁当の状態では継続できなかったかもしれません。

画像:イーセットのメンバーたち(提供:QPS研究所)
イーセットのメンバーたち(提供:QPS研究所)

もっとも、それでも途中で断念して去っていったメンバーはいます。
「ものづくりをやることが楽しいっていう人もいれば、ビジネス寄りの人もいます。いろいろなんですよ、温度差があって。僕らは同じビジョンを持って集まっているので、細かな意見の食い違いがあっても一緒にやっていける。けれど、ビジョンを共有できないなら辞めてもらうしかない。いまメンバーとして残っているのは、同じビジョンのもとで、ものづくりをがんばれる人たちばかりです」

QPS研究所は2023年6月に6号機の衛星の打ち上げに成功しました。「2025年以降に36機体制で観測する」という目標達成に向かって、これから本格的に衛星の量産体制に入ります。そのためには、今後もイーセットをはじめとする地場企業の協力が欠かせません。

「36機やるには、きちんとした対価をもらわないと続けられません。途中で辞められるとQPSさんも困ってしまいます。そういう前提で衛星の開発を進めています。田んぼに稲を植えて、水をやって、肥料をやって、育ってきて、そういう順番があります。やっと収穫の時期に入ってきたというイメージですね」

画像:(提供:QPS研究所)
(提供:QPS研究所)

産学官で育てる宇宙産業

「九州に新しい産業を育てたい」――その思いでやってきた取り組みは実を結び、周辺地域へすそ野が広がり始めています。

「QPSさんの仕事だけでも、僕らのなかだけでは収まらなくなってきています。日ごろ、お付き合いする外注先とかにも『一緒にやりませんか』と声をかけています。宇宙産業というのは航空機とよく似たところがあり、トレーサビリティーがすごく大事にされます。どこで、どういう機械で、どんな方法で、どうつくったかという履歴が求められるのです。なので、あまりいろいろなところに仕事を振れません。きっちりやってくれる外注先を確保する必要があります。いまはそういう段階ですね。少しずつ、ものづくりのネットワークが広がっています」

イーセットのものづくりは衛星だけではありません。2020年からは福岡大学(福岡市)とロケットのエンジンや発射台などの開発にも取り組んでいます。大学と企業がそれぞれの得意分野やノウハウを共有し、開発を行うことでロケットづくりの基盤を築こうとしています。

画像:(提供:QPS研究所)

地域で宇宙産業を育てるため、民間だけでなく行政も本腰を入れています。福岡県は宇宙事業に関心を持つ企業のネットワーク化に向けて、2020年に「福岡県宇宙ビジネス研究会」を発足しました。ものづくりやソフトウェアの研究開発を支援する助成金を出したり、宇宙分野のパイオニアが参加するイベントを開催したりしています。

九州にはものづくり企業だけでなく、衛星データを分析するようなIT企業も集積しています。食品加工の分野も強いため、宇宙食なども参入できる可能性があります。異業種を巻き込んで幅広い宇宙ビジネスのプレーヤーを育てていく方針です。

子どもたちに「宇宙の芽」を

現在、當房社長たちがイーセットで力を入れているのが、宇宙ビジネスに関する草の根の啓蒙活動で、そのひとつが子ども向けのセミナーやイベントです。
2022年末、福岡県青少年科学館(久留米市)で「宇宙工学教室」が開かれました。イーセットの技術者が子どもたちと一緒に人工衛星をデザインし、宇宙のものづくりの楽しさについて伝えました。このほか久留米市で開催される、人工衛星の秘密を解き明かす「こども宇宙塾」にも定期的に参加しています。

画像:イベントで子どもたちに教えるイーセットメンバー(提供:e-SET)
イベントで子どもたちに教えるイーセットメンバー(提供:e-SET)

當房社長らが2007年に宇宙ビジネスと出会ってから16年が経ち、当時の“次世代リーダー”たちは立派な親父になりました。衛星の打ち上げを実現しましたが、町工場の親父たちが描いた目標の実現は道半ばです。

「まだこの状態ですので、宇宙ビジネスを産業化できているとは思ってないです。だけど、その道のりの途中にはいます。まったく外れてはいない。一方、ここまで先行できたことへの責任も感じています。産業化に向けてやることは多いです。子ども向けの啓蒙活動では、『あのとき衛星についてちょっと勉強したよね』という原体験になってくれれば。そして将来的に子どもたちが宇宙の産業にかかわってくれることを期待して活動しています。僕は、この活動にもどんどん関与して、ずっとこういったイベントをやっていきます」

地元の産業空洞化を食い止めるために立ち上がった町工場の親父たち。その活動はまだ始まったばかりです。

(完)

この記事はドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております 。

取材・文:栗原健太
撮影:日高康智
編集:鈴木毅(POWER NEWS)
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
タイトルバナー:e-SET

宇宙ビジネスに参入した久留米の町工場連合(全3回)

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