農業を知的産業に。
異能たちが活躍、世界初のシードル

農業を知的産業に。異能たちが活躍、世界初のシードル

高田 公太(作家、ライター)これまでりんごの摘果作業で廃棄されていた未熟りんごをシードルにして売り出したベンチャー企業・もりやま園。代表取締役の森山聡彦さんが描いた未来を現場で実現させるためには、社員たちの特性とモチベーションが欠かせませんでした。テキカカシードル誕生秘話と、森山さんが見据える「さらに先の未来」とは。「やさしい経済」を体現するような森山さんの言葉は必読です。(第3回/全3回)

目次

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多様なキャリアの持ち主が集まるりんご園

「私たちは、極めて研究熱心でオタク気質な集団です。」 (もりやま園HPより)

もりやま園には元フレンチシェフの社員がシードル開発を手がけたり、元旅行会社勤務の社員がネットショップを担当したりと、さまざまな業種のプロフェッショナルが集まり、それぞれのスキルを生かして成果をあげています。

森山さんいわく、このように人材が集まったのは「たまたま」とのこと。多様なスキルを持つ“研究熱心なオタク”社員たちで構成される社内の模様について伺いました。

森山「コロナ禍であることが影響してか、飲食店のプロが集まってきました。以前、東京でバーテンダーをやっていた引田という社員はいま営業をやっています。

飲食店を経験してきた目線とお酒に関しての知識が備わっている。私はお酒があまり飲めないので、助かっています。

テキカカシードルを開発したとき、高校の現役理科教師を務めている青山富士子さんを弘前工業研究所に派遣して、何種類もの酵母で試作を重ねてもらいました。

シードル工場が完成する1カ月ぐらい前にようやくイメージ通りのフレーバーの酵母が見つかって、レシピが完成した感じでしたね」

画像:多様なキャリアの持ち主が集まるりんご園
意外にも甘くなく、ドライでシャープな味わいなので、食前・食中酒としてどんな料理にも合う(写真提供:もりやま園)

青山さんは本業が高校教師ですが、副業として正式な雇用契約を結んでいました。

2017年9月から4年ほど醸造責任者を務め、在任中はテキカカシードルの開発だけでなく、自社りんご園から土着酵母「MAY29」を選抜し、セミスイートタイプの「えんシードル」の商品化にも成功。

現在の醸造責任者は、銀座のフレンチレストランなどでの勤務経験がある後藤貴行さんで、勤続3年になります。

森山「後藤は引田の同級生で、東京からコロナの影響で弘前に戻ってきたんです。後藤は青山さんが残していったノウハウを生かして、いちご、カシス、ラガー、ライチのテキカカシードル4種類を開発しました。

研修生2人を受け入れていた時期があって、そのとき開発されたドルゴも合わせ、現在はテキカカシリーズのラインアップは全部で6種類ですね」

後藤さんは、酒造りは未経験でしたが、ソムリエの資格は持っています。

森山「私がいろんな酵母を30種類ぐらい買い集め、後藤に預けてみたらいろいろ試作し始めました。面白がっていましたね。味覚のセンスが良いので『ライチだったら小麦酵母が合うな』とか、『ラガーだったらちょっと酸味の少ないほうが合うな』とか。

引田は最初、工場に配置していたのですが、工場を稼働して3ロット目には在庫過多になったので、とにかく売ってこいと営業に回しました」

画像:多様なキャリアの持ち主が集まるりんご園

ネットショップを担当するのは古谷美由紀さん(勤続3年)。

森山「古谷は旅行会社で働いていたんですけど、この方もコロナの影響で仕事を辞めていまして。うちにバイトしにきて、外の作業をさせるのはもったいないと思ってネットショップの担当になってもらったんです。

メールや電話などでの個別のお客様との対応も素晴らしいスキルを持っていました。ECサイトでのページ作りは未経験だったので、会社で負担してAdobe Illustratorのスクールに通ってもらいPOPやバナーの製作もできるように育成しました。
ネットショップに古谷を置いてからBtoCの売り上げが3倍か4倍くらいになったかな。本当にすごいですよ。このように集まったのは偶然のこととはいえ、誰か一人でも抜けてたらなし得なかっただろうなと思ってますよ」

画像:多様なキャリアの持ち主が集まるりんご園
左から白ビール醸造の際によく用いられるヴァイツェン酵母を採用した「テキカカシードル ライチ」、
弘前市の近くの黒石市で無農薬栽培されたカシス果汁をブレンドした「テキカカシードル カシス」、
ラガービール酵母を使って醸造した「テキカカシードル ラガー」、摘果りんご100%でつくった
「テキカカアップルソーダ」、ロシア生まれのスパイシーな酸味の姫りんご、ドルゴクラブの果汁をブレンドした
「テキカカシードル ドルゴ」、世界初となった「テキカカシードル」、 青森県産いちごの果汁をブレンドした
「テキカカシードル いちご」

6次産業のビジネスモデルとしてのもりやま園

2020年、森山さんは「第21回全国果樹技術・経営コンクール」農林水産大臣賞を受賞をしたほか、2022年に経済産業省が中堅・中小企業等のDXの優良事例を選定する「DXセレクション」で審査員特別賞を受賞しています。

世界初の摘果を使用したシードル、果樹栽培農園に特化したクラウドアプリケーションの共同開発など、森山さんのイノベーティブな発想は今も業界をにぎわせています。

画像:6次産業のビジネスモデルとしてのもりやま園
経営に関する「見える化」された情報を端末で確認する森山さん

森山「社員から『社長はやらないという選択肢がないですよね?』と言われたことがあります。

そのときは、剪定枝を活用してきくらげ栽培にも手を出していて、面白かったのですが運転資金が追いつかず、さすがに自分でもむちゃしすぎと気づいて中断せざるを得なくなりました。ちゃんと優先順位をつけるようにして、無理なら諦めることも学びました。

目標はやっぱり1時間の労働生産性を5000円にすることです。これは日本の平均ですが、最低でも平均以上にさせたい。そうするとりんご作りをして働いている人の平均年収は400万円以上が可能になる。

要は農業の労働生産性が5000円になれば世の中が変わると思うんですよ。そうすれば2次産業、3次産業も、その上に行くはずなので、農業が主体の地方都市の人口減少、高齢化などの問題が全然変わってくる。

地方にどんどん人が集まるようになってくると思っていまして。それを青森県で実現したい、弘前で実現したいと思っています」

画像:6次産業のビジネスモデルとしてのもりやま園

とはいえ、りんご作りをしている人たちの中心年齢は75歳以上。人口減少・高齢化のスピードとの闘いは始まっている──。

森山「既に始めている高密植栽培では、来年か再来年には高所収穫作業機に乗りながら、ベルトコンベヤーでリンゴを収穫して集めていくシステムを導入したいと思ってます。

社員の年収400万円以上を可能ならしめる農業経営のモデルを完成させて青森県の産業を守る、りんご産業1000億円を引き続き維持して、2次産業、3次産業も維持していく。待ったなしです」

イノベーターから見えるもの

森山さんはビジネス哲学に良心と使命感、さらには地元愛までもにじませます。話題は経営論、社会問題にまで及びました。

森山「農園経営において『見える化』の後が大事ですね。ダイエットと同じ。体重計に乗ったとしても、行動が伴わなければ変化は望めません。

目標体重を設定して、カロリー摂取量を減らすなり、週4日有酸素運動をするなり何か行動を起こしてみてどのような変化があったかを確かめて、そして次にどう行動するか、その繰り返しができるかどうかが大事です。

データの切り口も大事です。いろいろなデータが集まったけれど、それをどの軸で分析するか、品種ごと、畑ごと、作業ごと、時間ごと、いろんな視点でデータを分析してみると何か発見があるはず。

どの側面で見ればいいのか、要は何を探し求め、どんな変化を起こしたいのかが明確になっていなければ、やっぱりそこで止まっちゃいます」

画像:イノベーターから見えるもの

強い目的意識と実行力の結実。

森山「農作業の通年データが取れた2016年、労働生産性が1200円である事実を知り、同時に具体的に数字として『労働生産性4500円……いや、5000円だ』と目標を立てたのもそのときです。

従来の4倍以上効率化しないといけないのですから、普通のことを続けても無理。根本的に働き方を変える必要がありました。摘果でも何でも活用していかないと、そしてどんどん機械化できるところを機械化していかないと達成できるものではないなと。

自分が今どのあたりにいるのか進捗を確認するためにちゃんとデータを取ってみないと分かりません。進捗をチェックして、望む方向にみんなを動かしていかないといけないということなんですよ」

農家のイメージ改善もミッションの一つです。

森山「災害がある度に農家の悲痛な状況が報道されます。あれは全国から支援してほしいというか、国からの支援を期待する心理状態に思えるんです。

可哀想な状況が広まってしまうと、そこに行こうという人は減ります。それをしなくてもよい形を作りたいです」

画像:イノベーターから見えるもの

良心と経営拡大が共存する未来

法人化以来、順調に伸びていくもりやま園。経営を拡大する中では「50人の壁」に直面する可能性もあります。従業員一人ひとりに寄り添い、自主性を重んじる社風を維持するためには何が必要でしょうか。

森山「一つはこのまま一経営体で10人が20人になって、30人になって、50人ぐらいまで大きくしていくというのもありです。

一方で、社員との距離が離れていってしまうのならいっそフランチャイズ化して、同じ経営モデルを他の人にも挑戦してもらうとか、そういうこともありだと思うんです。

実際に『50人の壁』を経験したことはないので、たいそうなことは言えませんが、初期のメンバーにはやっぱり十分に大きい見返りが得られるようにしてあげたいなと思います。

そして初期のメンバーということで一目置かれ、社長の分身となって部下を統率していければいいかなと思うんですけどね」

マネジャーの育成が不可欠になります。

森山「何かをただ指示する言葉だけでは人は動かないということをうまく伝えていきたいです。

動いてほしい人の立場……それは個人の家庭のレベルまで及ぶと思いますが、そこに立って対話をすることの意義を初期からの社員に教えていけたらいいな、と思います」

画像:良心と経営拡大が共存する未来

経営方針の根本にあるものは。

森山「いろんなところでいろんな経営の仕方があると思うんですけど……組織を守るための組織にしたくはないです。

単に成果だけを求めずに、対話で互いの幸せの落としどころを見つけたいです。なるべく自分のやりたいことをやらせてあげたいですね。組織存続のために社員にブレーキをかけたくないです」

森山さんの展開は、“待ったなし”。

森山「最近、近所にある放任園になっていた畑、80アールを借りることになりました。高齢化で急増する放任園を活用したビジネスモデルを考案できないかなと思いまして。

加工専用に割り切り、大幅な省力栽培を実現するため、従来手作業だった剪定作業、摘果作業、収穫作業を機械に置き換えることができないか実証実験を行うためです」

画像:良心と経営拡大が共存する未来
画像:良心と経営拡大が共存する未来
もりやま園の高密植栽培農園のロボット草刈り機。弘前市内において
ロボット草刈り機が走る光景を見るのはまれで、道行く人の目を引いている

従来のやり方は効率が悪すぎて今後、人口減少スピードと最低賃金の上昇スピードに追いつけず、淘汰される運命に。その逆境を乗り越えるには──。

森山「4倍効率化していくためには、高密植栽培で反収を4~5倍にし、高所収穫作業機の上で剪定、摘果、収穫を行う方法に切り替えるしか方法は見つかりません。

無論、草刈りはロボットで無人化します。かなりの金額の投資ですが、躊躇している時間はないです。急いで取り組まないと手遅れになってしまうと思います。昨年、今年と改植を行い、合計90アールを高密植栽培に転換しました。

高密植栽培は海外では既に主流になりつつある栽培方式ですが、日本ではなかなか進んでいないんですよ。単位面積の苗木の本数が10倍近いし、トレリスという木を支える構造物のコストもかかるので初期コストがものすごい金額になります。

それと、肝心の苗木も特殊で育成するのに手間がかかるため、苗木屋さんからの供給が追いついていないんですよね。

様々な課題はありますが、5年後の2028年には我が社の生産部の労働生産性は2016年比で4倍に到達すると見込んでいます。そして従業員の平均年収400万円も可能になるでしょう」

画像:良心と経営拡大が共存する未来

のどかな田園地帯に映える、スタイリッシュにデザインされたシードル工場を出ると、園内を元気に行き来する従業員や学生アルバイトの姿が。

次世代りんご産業の足音とともに、「りんご農家ってかっこいい」と思い、そして思われる未来のスタートは、すでに切られています。

(完)

この記事はドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております。
執筆:高田公太
写真:成田写真事務所
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集:奈良岡崇子

農業DX 100年後のりんご農家へ渡すバトン(全3回)

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