株式会社 大林組 建築本部 本部長室 兼 グローバルICT推進室 担当部長 森川 直洋氏

株式会社 大林組
建築本部 本部長室
兼 グローバルICT推進室
担当部長

森川 直洋氏

「将来的にはバイタルデータでトータルな健康管理ができる、建設業の枠を超えたワーカーの安心と安全に貢献できるシステムを目指しています」

株式会社 大林組 技術本部 技術研究所 都市環境技術研究部 主席技師 赤川 宏幸氏

株式会社 大林組
技術本部
技術研究所 都市環境技術研究部
主席技師

赤川 宏幸氏

「ITで人の代替をするのではなく、人を健康・快適にしようという前向きで人間臭いプロジェクトです。共創で新たな価値を生み出すことにやりがいを感じています」

NTTコミュニケーションズ株式会社 第三ビジネスソリューション部 第四グループ 主査 (C×4BASEというビジネス共創チームで各業界の企業と共創/DXを推進) 森本 尊雅氏

NTTコミュニケーションズ株式会社
ビジネスソリューション本部
第三ビジネスソリューション部 第四グループ
主査
(C×4BASEというビジネス共創チームで各業界の企業と共創/DXを推進)

森本 尊雅氏

「DXは達成すれば終わりではありません。現場での課題から逃げることなく改善を重ね、洗練していくことに本質があると感じています」

 

課題

IoTによる作業員の体調管理で成果を得たものの
現場からは改善を求める声が

1892年創業の大手総合建設会社である株式会社 大林組(以下、大林組)は、2011年より再生可能エネルギー事業の推進など、建設業の枠に留まらない環境に配慮した社会づくりに取り組んできた。昨年6月には、2050年の「あるべき姿」を定義した「Obayashi Sustainability Vision 2050」を発表。ESGを経営の羅針盤と捉え、SDGsへの貢献などを組み込んだ事業の方向性と具体的なアクションプランやKPIを設定し、「地球・社会・人のサステナビリティが実現された状態」を目指している。

このような長期的な視野のもと、大林組では事業戦略の一つとして「現場就労環境の改善」を掲げ、2016年よりNTTコミュニケーションズ株式会社(以下、NTT Com)とIoTを活用した作業員向け安全管理システムの実証実験、運用に取り組んでいる。

このシステムは、現場の作業員が着用したウェアラブルセンサで心拍数(バイタルデータ)を取得し、人体に影響を与える湿度や気温、およびWBGT値(暑さ指数)を計測してクラウド上で共有。作業員一人ひとりの体調を管理し、安全な労働環境をつくるものだ。

2017年より実際の建設現場にも導入され、作業員の体調管理に大きな成果を発揮。多くのメディアにデジタルトランスフォーメーション(DX)の先進事例として取り上げられた。大林組で当プロジェクトの指揮をとる森川直洋氏は、実証実験開始から今日にいたるまで、アジャイル開発によって現場の課題をくみ取ったシステムの改善を続けていることを明かす。

「過酷な現場で働く作業員を守りたい」

森川:作業員の高齢化が進む建設業界では、安全面や健康面に配慮した働き方改革が求められています。屋外作業が多い建設業は全産業中で最も熱中症の発生数が多く、気候変動による温暖化の顕著化により、ここ数年は5月、6月でも熱中症患者が出ている状況です。しかし、従来の熱中症対策は現場に設置したWBGT計を見て、基準よりも数値が高い際には水を飲む、休むといったものであり、個人の感覚的な判断に依存していました。厚生労働省も熱中症対策を重視し啓蒙活動をしていますがなかなか改善しない現状があります。我々は、これを業界全体の問題ととらえICTを生産性の向上だけではなく、作業員の安全における問題解決の手段としてプロジェクトを開始しました。

安全管理システムの導入によって、作業員の体調を心拍数とWBGT値による「数値で見える化」できるようになりました。客観的な状況判断ができるため、無理して働いている作業員を納得させて、休憩の指示をするといった対策ができるようになり、これまで導入した現場では「熱中症0人」という成果が出ました。

「しかし、現場の評判はいまひとつだった」

森川:2016年から3年間使用したウェアラブルセンサは「シャツ型」のものでした。夏場の作業員は長袖Tシャツが多く、その下にピタッとしたセンサ内蔵のインナーシャツを着るとなると当然暑いわけです。作業員ごとにサイズを採寸する必要があり、一日使ったら洗濯する手間もかかるなど、導入・運用で現場に負担がかかっていました。

さらに、測定した心拍数データをクラウド上にアップする中継器として、作業員全員分のスマホを用意する必要がありましたが、うまくログイン操作ができない方も少なくありませんでした。結果として、私たちが現場に立ち会う数日間は使ってくれるのですが、それ以降は使用をやめる作業員も出てきてしまいました。

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対策

スマホレス、リストバンド型への移行で
運用負荷を軽減、位置情報の精度も向上

今回のプロジェクトに技術者として関わった大林組の赤川宏幸氏は、技術的な観点から実証実験で抱えていた課題をNTT Comに持ちかけたという。

「シャツ型センサの精度の課題を解決したい」

赤川:シャツ型のセンサは肌に密着させる必要があり、作業中に肌から浮いてしまうことで計測エラーが発生していました。センサの精度が低下すれば、危険な状況に対するアラートも信頼できなくなります。そう考えるとシャツには限界があり、手首から心拍に近い脈波をとれるリストバンド型のセンサのほうがトータルな精度が上がるのではないかと考え、NTT Comの森本さんに相談してみたのです。

森本:ご相談を受けて2018年度からシャツ型とリストバンド型を併用する運用をご提案しました。実施してみると、現場でもリストバンド型の方が「使い勝手がいい」と評判が良く、徐々にリストバンドに移行していくことを決めました。タフな建設現場では端末が汗や水につかることもあれば、壁などにぶつかることもあります。建設現場ならではの耐環境性能の検討には、「作業中には普段の2倍は汗をかく」など現場からの生の声を参考にさせてもらいました。

リストバンド型バイタルセンサ
リストバンド型バイタルセンサ

「脱スマホを図り、環境で変化するWBGT値に対応したい」

赤川:スマホの操作が煩雑であることに加え、GPSでは作業員が建設現場の何階にいるのかという詳細が把握できないため、異常発生時の救助にも課題がありました。現場によっては機密漏えい対策でカメラ付きのスマホを持ち込めないこともあります。そこでスマホをなくし、リストバンドを装着するだけでスタンバイできる作業員ファーストのシンプルな環境を目指したいと考えていました。

加えて建設現場では1日に3、4回、定期的にWBGT値を測定するのですが、それが事務所の近くの1カ所だけなのです。たとえばビルの建設現場では、屋上と地下では大きな気温差があり、WBGT値も変わってきます。このような環境の違う状況にも個別に対応する方法も探していました。

森本:スマホレスのご要望も2018年からいただいており、社内で解決策の検討を進めていました。そこでたどり着いた結論は、スマホが不要で3種類のビーコン信号(30m、100m、300m)を連続発信できるリストバンド型センサです。併せてリストバンドの心拍データと大林組様が開発されたWBGT計のデータを収集するゲートウェイを現場の複数カ所に設置する提案をさせていただきました。

ポイントは3種類のビーコン信号をゲートウェイで受け取ることで、利用者の位置情報を絞り込めるところにあります。最寄りのWBGT値をきちんと取得できるため、作業する環境の変化にアジャストした対応ができるのです。ビーコンの精度を確認するため、大林組様とともに、ワンフロアが広大な物流センター、仕切りのあるオフィスビルなど異なる環境で2カ月ほど検証をしました。300m先でも信号が届くことや間仕切りのある場所でも信号が迂回することなどが確認できたので、現場に導入することになりました。

図:ゲートウェイを現場に設置することで、作業員の位置と環境情報を把握できる

図:ゲートウェイを現場に設置することで、作業員の位置と環境情報を把握できる

また、システム構築はICTソリューションの高度な技術力、豊富な経験と実績を持つNTTコムソリューションズ株式会社と連携しました。基盤に採用したのはIoTプラットフォーム「Things Cloud®」です。Things Cloud®は、デバイスの接続からデータ収集、可視化、分析、管理などをプログラミングなしで実行できるので、今後導入台数が増えてもシステムを柔軟にスケールさせることできます。このようにして生まれたのが、大林組様の作業員向け安全管理システム「Envital®」※です。

図:リストバンド型バイタルセンサによる安全管理システムの仕組み

図:リストバンド型バイタルセンサによる安全管理システムの仕組み

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効果

「熱中症ゼロ」を更新中
グローバル、他業界への展開が今後のテーマ

「建設現場からは好意的な意見が多数を占める」

森川:今回、採用したスマホレスのリストバンドは、去年7月より7つの現場で500台を導入しました。ほとんどは私たちが足を運べる都内や関西の現場でしたが、1カ所だけ高温の時期が長い沖縄に導入し、11月末まで利用しています。これまでの累計で1,500台ほど導入しているのですが、熱中症0人の記録は更新中です。

これは危険度を知らせるアラート機能もさることながら、リストバンドを装着している作業員に意識改革が起こっていることも大きいです。心拍数から自分の体調を気にかけることが習慣化され、自主的に判断して休むことができるようになるのです。職長や現場監督といった現場の管理者からも、作業員からの申請がなくても危険な状態を察知できるため、安全の管理がしやすいという声がありました。

赤川:今回の新システム導入にあたり現場にアンケートを取ったところ、作業員からは「職長や現場監督に伝えなくても、自分の体調を把握してもらえる安心感がある」という意見が多く、約6割が継続して使いたいと答えています。作業員をまとめる立場の職長は「自分の管理している作業員の状態がわかるので安心できる」ということで、約7割が再利用を希望しています。同様の理由で、現場監督は9割が継続して利用したいと考えているようです。

Envital®管理画面イメージ
Envital®管理画面イメージ

「今年度は1000台に増加、新規領域も狙いたい」

森川:現在、土木の現場では1現場だけしか使ってなかったのですが、今年度は橋梁や鉄道、トンネルなど幅広く土木の現場にも導入をはかります。また、国内外を問わずさまざまな業務にも広げていきたいと考えています。まだ1,000台ですが、いずれは建設現場の全作業員に着けてもらうことを目指しています。

そのために運用面など改善すべき課題はいくつかありますので、しばらくは課題を1つずつ地道にクリアしていくことが続くでしょう。世の中に製品やサービスを出した後も、試行錯誤を重ねてクオリティを高めていくというやり方は、建設業界の我々によっては不慣れな方法です。これまでの5年間、厳しい要望を出しても必ず何かしらの改善策を出し続けてくれたNTT Comとシステムを構築してくれたNTTコムソリューションズは、頼もしい共創パートナーだと感じています。

森本:私たちにとってもまだ世の中にないイノベイティブなシステムを作るプロジェクトは新たな挑戦。不測の事態が起きても納期だけは絶対に守る気持ちで取り組んできました。これまでの5年間はどんな要望からも逃げない姿勢で、大林組様とお付き合いできたと自負しています。いま、いただいているいくつかの課題についても、AIなどの先進技術でクリアして、さらなる進化に貢献することが目標です。

「トータルなワーカーの健康管理に貢献したい」

赤川:私たちはこの5年間で蓄積したデータを生かし、今後は建設現場に最適化したロジックを作って、システムに組み込んでいく計画です。将来的にはトータルなワーカーの健康管理向けソリューションに育てていければと思っています。NTT Com はインフラから先端テクノロジーまでITに関する幅広い知見やサービスをお持ちですので、日々私たちも勉強しながら取り組んでいます。未知の世界への挑戦ですが、苦労はありながらも楽しめています。

森本:私たちは、大林組様と一緒になって蓄積してきた知見を活かし、建設業はもとより製造業、運輸業などの幅広い業界に広げていきたいと思っています。さらに大林組様では手掛けた建物の付加価値として、建物内で働く人たちに対する健康管理向けソリューションの提供も予定されていますので、DXを推進するICTパートナー(DXEnabler)として、しっかりお手伝いしたいと考えています。もちろん日本にとどまらず、グローバル展開でもお付き合いしていく計画です。

森川:今回の取り組みで気づいたことは、DXでは目先の技術を追うのではなく、業務全体のプロセスを俯瞰して、何がいちばんの問題なのかを見極めることが大切だということです。変える必要があれば従来の技術を躊躇なく捨てる覚悟も必要でしょう。そのためには、現場に張り付いて、現場のリアルを肌で感じることも大切だと思います。

NTT Comを共創パートナーに選んで良かったと思うところは、そういったプロジェクトの課題を、現場ニーズを取り入れたICTソリューションで本質的に解決できることです。デバイスをシャツ型からリストバンド型に移行できたのはその一例でしょう。破壊と創造を繰り返し、失敗を恐れず、難題から逃げず、突き詰めていく。その先に本当の意味でのDXがあるのではないでしょうか。

※Envital®は医療機器ではなく、いかなる病気の診察や治療、回復、予防も目的としていません。

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株式会社 大林組

株式会社 大林組

事業概要
1892年創業、歴史と伝統に裏付けされた技術力、誠意ある仕事で高品質の建設サービスを提供する国内最大手の一角を占める大手総合建設会社。「地球に優しい」リーディングカンパニーとして2050年のあるべき姿を「Obayashi Sustainability Vision 2050」にて定め、持続可能な社会の実現に貢献することを目指している。

URL
https://www.obayashi.co.jp/


 

 

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(掲載内容は2020年3月現在のものです)


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