ドローンは空撮のためだけにあるのではない
「ドローン」といえば、空からの映像を撮影する機械を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、本来は「無人航空機」全般を指す言葉であり、空撮以外にも、ビジネスシーンにおけるさまざまな活用法が期待されています。
ドローン開発の第一人者であり、日本のドローンビジネスにも精通する先端ロボティクス財団 日本ドローンコンソーシアム 会長 兼 千葉大学名誉教授の野波 健蔵氏は、ドローンの用途の幅広さについて解説します。
「現在の日本ドローン市場は約2,000億円規模で、その半数がエンターテインメント分野やホビーとしての活用ですが、残りの1,000億円は農薬の散布や、国道や県道・市道にかかる橋梁やトンネルの保守点検、測量の目的で活用されています。国土地理院が主導する公共測量についても、かつては有人ヘリや有人航空機で撮影していましたが、今ではそれがドローンへと置き換わっています。
海外のドローン市場は2兆円~3兆円とされており、今後も拡大し続けていくと予想されます。アメリカやイスラエルでは、主に軍事用途や国境警備といった用途でドローンが活用されており、アメリカでは大規模農業での農薬散布や、インフラ点検などでの利用が活発です」(野波氏)
海外と比較すると、日本のドローン市場は小さいようにも見えますが、実際はそうではありません。かつては農薬散布ヘリなどで世界をリードして、「三大ドローン大国(予算規模で米国、飛行時間でイスラエル、無人機登録数で日本)」とまで言われた時代がありました。
「日本でもドローン活用は拡大しており、その増加率は1 年あたり30%~40%と、大きな成長を見せています」(野波氏)
「免許制」になることで、有人地帯での飛行が可能に
野波氏は、今後日本でドローンビジネスが成長するためには、「法律」の問題を解決する必要があると指摘します。というのも、2022年3月現在では、ドローンを自由に飛行できるのは限られた空域のみに制限されているからです。
「現在の航空法では、空港付近や150m以上の上空、DID(Densely Inhabited District、人口集中地区)においては、飛行許可がない場合、ドローンを飛ばすことができないと定められています。さらに、同法では“人の真上”をドローンが通過してはならないというルールもあるため、住宅の上空を飛行させる場合には、事前の申請と特別な許可が必要になります」(野波氏)
2022年12月からはドローンに関わる新しい法律が施行・改正され、よりドローン運用のルールが厳格化されます。
「2022年6月には、ドローンを含む無人航空機の登録が義務化されます。これにより、リスクの高い飛行においては国土交通省の認可を受けていないドローンを許可なく飛ばすことができなくなります。具体的には2022年12月以降で第三者上空飛行のリスクの高い飛行の場合は、あらかじめ国土交通省で認証されている機体でないと飛行ができなくなります。
さらに2022年12月には、ドローン操縦免許制(国家資格)が施行されます。ドローン免許の国家資格化の大きな目的は、現在民間ドローンスクールで取得している『免許レベル』を統一化して、質を保証すること、将来飛躍的な増加が想定される飛行許可申請を簡素化することなどです。つまり、自動車の運転免許と同じ“ライセンス制”になります」(野波氏)
こうした法改正は、ドローンの扱いをこれまで以上に厳格化する一方で、従来のような煩雑な手続きを不要にすることが狙いです。たとえばドローンが国家資格となることで、これまで飛行に許可が必要だった空域も、申請書を提出することなく飛行できるようになります。
「航空法改正により、無人航空機の飛行形態に関する考え方も変わります。同法では現在、第三者上空飛行である『有人地帯における目視外飛行』(レベル4)はNGとなっていますが、国家ライセンスの1等操縦者免許を取得して、第1種機体認証されたドローンを有人地帯で目視外飛行することは、今回の法改正では認められることになります。そのため、完全自律飛行による荷物の運搬のような、今までにないビジネス展開が見込めるようになります」(野波氏)
無人航空機(ドローン)の飛行の環境整備
参照:国土交通省航空局 「無人航空機のレベル4の実現のための新たな制度の方向性について」 より引用
ドローンが人や重機を運ぶ日が来る?
こうした法改正を前に、すでにドローンを活用した新たなビジネスが生まれ始めています。たとえば物流では、先端ロボティクス財団と千葉市が主体となり、横浜市から千葉市までの東京湾上約50kmをドローンで荷物を運ぶ実証実験が行われています。
この実証実験でドローンが運ぶのは、インプラント治療に使う人工歯です。歯科技工士のもとから歯科医のところへ、現在は自動車で輸送されていますが、それをドローンに置き換えることで、コストダウンと迅速な配送、そして、首都圏の交通渋滞の緩和に貢献してSDGsなエコシステムを狙っています。
「この実証実験では、飛行レベル3の『監視者なし無人地帯における目視外自律飛行』での運航になっています。東京湾上空はDID地域ではなく、かつ、大型船舶等の上空を飛行しないことを条件に、2つの政令指定都市間50㎞をドローンが自律飛行で飛行・運搬するのがポイントです。
これが2022年12月以降、第三者上空飛行が可能なレベル4の飛行が認められれば、街中での宅配や郵便事業への応用も広がっていくでしょう。さらに、ドローンの積載荷重が増えていくことで、人を乗せて目的地まで飛ぶことも夢ではありません」(野波氏)
農業の分野では、ドローンを活用した「スマート農業」の構想も進んでいます。たとえば、ドローンを用いて圃場(ほじょう:農作物を栽培するための場所)で栽培している植生をセンシングして、収穫に最適なタイミングを調べたり、種まきや肥料・農薬散布にドローンを使うといったことも可能になります。
ドローンの性能が上がれば、土木分野のDXも大きく加速するでしょう。山中にダムを造るような場合、従来は資材を運ぶための道路工事から始める必要がありました。その結果、工事規模が大きくなり、工期も長くなってしまいます。
しかし、ドローンの最大積載量が増えれば、資材や重機をドローンで運ぶことが可能となり、道路工事の手間が省けます。これにより、工期の短縮とコスト削減が可能となります。
ドローンを扱わない企業にもドローン対策が必要になる
このようにドローンはDXを加速する可能性を秘めたツールではありますが、新規参入のハードルは決して低くはありません。
その最たるものが、コストです。たとえば、パイロット資格を持つ人間を社内に配備することで、人的コストはもちろん、ライセンス取得のコストも必要となります。さらに、ドローンが撮影したデータをAIで分析するのであれば、その分析のためのソフトウェアの導入にもコストが必要となります。
「ドローンビジネスに参入するのであれば、まずはドローンを使って何を実現したいかを明確にしておくのが重要です。ドローン導入自体を目的化するのではなく、主業務のどこにドローンを用いるのかを入念に検討するなど、緻密なプランニングが必要になります。
現在求められているAIやビッグデータといった最先端テクノロジーの活用と同様に、ドローンを使って何を実現したいかを明確にしておかないと、たいていのドローンビジネスは失敗に終わるでしょう」(野波氏)
ドローンビジネスを行う際には、コストに加え、セキュリティ対策も求められます。ドローンが撮影した画像を転送する際に、サイバー攻撃を受け、データが窃取される可能性も十分に考えられます。
さらに、過去にはドローンの操作が何者かに乗っ取られ、民家に落下してしまうという事例も発生しています。この場合、人命にも関わりかねません。
野波氏はドローンを扱わない企業についても、ドローンの事故対策が求められると警告します。
「空港では、ドローンが航空機のエンジンに飛び込む “ドローンストライク”のリスクもありますし、イベント会場や要人が登場する場面に武器を搭載したドローンが乱入するテロの危険性もあります。施設によってはこのような事故を未然に防ぐために、妨害電波やレーザーなどで飛行を阻害するといった、ドローンに対する物理的なセキュリティ対策『カウンタードローン』が必要になるかもしれません」(野波氏)
2030年にはコンシューマー向けの配送をドローンがカバーする
現段階ではさまざまな懸念点があるとはいえ、それらが払拭されれば、ドローンはビジネスそのものを根底から覆すツールとなる可能性を秘めています。野波氏は、ドローンの進化によって変わりゆく社会を以下のように展望します。
「飛行レベル4の実現目標である2030年頃には、人を乗せて飛ぶドローンが登場し、いずれ自動車市場と肩を並べるほど成長するのではないかと期待しています。物流市場についても半分ぐらいはドローンが担う時代になり、特にコンシューマー向けの配送はドローンがほとんどカバーするような未来になると予想しています。
ドローン時代に向けたビジネスチャンスとしては、ドローンで測量・撮影したデータを収集し、分析を担うソフトウェアの開発が求められることでしょう。いずれドローン専門のソフトウェアベンダーが登場するかもしれません。
都市計画についても、ドローン専用のポートがビルの屋上に設けられていたり、大型ドローンが通過する飛行ルートが用意されたり、ドローン専用バッテリーステーションといった設備が生まれたりと、ドローンの存在を考慮して都市が設計される未来も、そう遠い話ではないでしょう」(野波氏)
もちろん現在のドローンは、積載量の限界、連続飛行時間に影響するバッテリーの問題など、まだまだ発展途上の段階です。しかし野波氏は、だからこそ早い段階からドローンで実現できることを認識し、ビジネス参入の準備をしておくことが重要と話します。
「『ドローン市場が好調だから参入してみようか』と安易に飛びつくのではなく、ドローンを用いることで、自社がどのようなビジネスができるのか、ビジネスモデルのデザインをしていくことが先決です。早い段階から準備を進めていくことが、将来的なドローンビジネスの成功につながることでしょう」(野波氏)
●野波 健蔵(のなみ けんぞう)氏プロフィール
野波 健蔵(のなみ けんぞう)
1979年東京都立大学大学院工学研究科機械工学専攻博士課程修了、工学博士。1985年米航空宇宙局(NASA)に入所し、1994年千葉大学教授。1998年からドローンの研究を開始して、2001年にシングルロータヘリコプタの完全自律制御に日本で初めて成功。2013年に大学発ベンチャーの株式会社自律制御システム研究所(現ACSL)を創業して代表取締役CEO、2018年東証マザーズに上場。2014年千葉大学特別教授(兼名誉教授)になったのち、2017年日本ドローンコンソーシアム会長、2019年先端ロボティクス財団理事長に就任。
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