小さな成功から始めよう
今回のトークゲストは、高岡浩三さん(ネスレ日本 元社長兼CEOで現在はケイ アンド カンパニー社長)と、山﨑一史さん(アックスヤマザキ社長)のおふたり。ジャンルは違えど、ともにヒット商品を突破口に、「イノベーション」を起こしてきた経営者です。
では、改めて「イノベーション(革新)」とは、なんでしょうか。高岡さんの定義はとても明快で、「問題だと気づいていないこと、あきらめていたことを発見し、解決すること」。
この「気づいていなかった問題」というところに、カギがありそうです。
高岡さんが例にあげたのは、ネスレ日本で立ち上げた「ネスカフェアンバサダー」でした。核家族化が進み、家庭で飲むコーヒーのスタイルも変わったところで、「職場で飲む」というコーヒーの新習慣を浸透。さらに、ボランティアとしてのアンバサダーも定着させたことは、革新的でした。北海道でテストを実施し、小さいスケールでの成功を足がかりに、大きく広げたのも異例のこと。その結果、売り上げ・利益を大きくアップさせたことは、まさにイノベーション。
その頃を振り返って、「10人中9人が反対するようなアイデアしか、イノベーションにはなりません。反対されて当然です」と高岡さん。「やったもん勝ち。小さいスケールで成功すれば、反対している人や上は説得できるのですから」。
このころの高岡さんのスタンスは、大企業にいながらも「中小企業の経営者のように考え、振る舞う」。そして、「小さい成功を重ねて大きな成功につなげる」。もちろん、独立した現在も貫いています。イノベーションが重要だといわれている今、それができる「小さな組織は強みになる」というわけです。
この考え方は山﨑さんも実感していて、「はじめは劣等感だった“業界最少のメーカー”ということも、いまでは強みです。小規模なら、スモールスタートで効果も上げることができるのですから」と力強く語りました。
「あきらめ」のミシンに新市場を作る
大阪のミシンメーカー3代目を継ぐ山﨑さん。「あきらめていた課題を解決する」という点では、時代とともに使い手が離れていたミシンこそ、「あきらめモードの製品」だと話します。
赤字経営を引き継いでから、周囲へのヒアリングをきっかけに子ども用ミシンを発案した山﨑さん。会社として初の玩具市場へ進出しました。それが、大ヒットした「毛糸ミシンふわもこHug」です(詳しいストーリーは、こちらの記事で)。
山﨑さんの体験談を聞いた高岡さんからは、古い記憶をたどったこんなエピソードも。
「私の母親世代は、家でよくミシンを使っていたものでした。そんな時代を経て、ユニクロをはじめとしたアパレル産業の成長があり、その過程で家庭用ミシンの存在意義が変わってきた。少子高齢化の今は、『孫のために手作りしたい』というおばあちゃん・おじいちゃんが増えているのを感じます。こうした変化・新しい現実を見ることは、すごく大事です」
このように、「起こっている問題について考えること」「新しい現実を考えること」を「とにかく増やすべき」だと高岡さんは力説。「イノベーションを起こすための方法は、それしかないと言ってもいいでしょう」と断言しました。
けれど毎日ほとんどの時間を、慣れた“作業”に費やしているのが、悲しいかな現実です。
「労働時間の何%を考えることに使っているか、改めて見直してみてください。ネスレ日本にいたころに行った社内調査では、考える時間はわずか6〜7%でした。それ以外はほとんどが“作業”の時間。果たして、それでイノベーションが生まれるのでしょうか」と疑問を呈します。
そして身につけるべき力は、「あきらめている問題、一般の人が気づかない問題を見抜く能力。そして、それを育むことができるか。そこに時間を使うことができるか。地頭のよさに頼るものではなく、とにかく考えることです」(高岡さん)。
ヒット商品によって社員の姿勢も前向きに
現在アックスヤマザキでは、子ども向けミシンに続いて、軽量の祖父母向け「孫につくる、わたしにやさしいミシン」が大ヒット中。そして11月発売の最新商品は、デザインにこだわった男性用「TOKYO OTOKO ミシン」。特典付きの先着100台は予約受け付け開始3日で完売(通常モデルは販売中)するほどの人気です。そしてどれもが、高岡さんの言う「新しい現実を見ること」から生まれた商品群です。
子ども用ミシンの開発では、「先代の社長は猛反対だし、社員は不安だっことでしょう」と当時を振り返る山﨑さん。それでもあきらめきれずに、「会社生命をかけて、意地でもやる」と社内に決意を伝えたそう。また、発売の際には「1年で黒字にできなければ社長失格、私が責任を取ります」とも。翌年には宣言どおり黒字化を達成しました。
そのとき山﨑さんが気づいたのは、イノベーションで社内のムードや意識も変わるということでした。
「品切れが続出するほどの大ヒットに、半信半疑だった社員の目の色が変わりました。そして、指示待ちだった仕事の姿勢も、前向きになっていったのです」
山﨑さんの体験に高岡さんも大きくうなずきながら、「小さくてもいいから成功――何か新しいヒットを作ること――が会社にとって薬になる。組織も変わり士気も上がります」。
経営者こそイノベーションにコミットを
「イノベーションとなる新規事業は、失敗する確率も高く、“マイナス評価をされるぐらいならやらないほうがいい”と考える人もいるかもしれません。でも、失敗を恐れる会社の体質は、イノベーションを阻害する大きな要因です。だから、経営者こそイノベーションにコミットを。私はそう言いたいですね」(高岡)
進行役をつとめた吉永(ニューズピックス)も、中小企業経営者と接する中で感じた疑問をふたりに投げかけながら、「周囲を巻き込むこと」「組織を変えていくこと」の大切さを実感。オンラインの向こうにいる全国の経営者に大きなエールを送りました。
とはいえ、イノベーションを遂行するには、経営者のメンタルと持久力も必要。山﨑さんは、「年末にひとりで2泊3日以上、ノートとペンだけを持って宿にこもります。そのとき、目標も言い訳もすべて書き出す」のが習慣だそう。この時間が、メンタルを整え次のアイデアや戦略の源泉になるのだと言います。
続けて、「海外の経営者と接すると、いつもタフさに感心します。苦しいときほど、トップは元気がないと!」と自身と視聴者を鼓舞しつつトークをしめくくった高岡さん。イノベーションには年齢は関係ないということも、自ら証明しています。
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取材:野上英文
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編集:南 ゆかり
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