
商品の内容は説明しない
黒田さんの仕事の進め方において、常にベースになっている考え方こそ「非効率思考」。
黒田さんの仕事術が紹介されたnoteを読んだ人たちからの「効率悪く見えることが、結局一番効率いいのですね」という感想から、この「非効率思考」という言葉は生まれました。
黒田「書籍PRは人の心を動かす必要のある仕事です。みんなと同じことをやっていると印象に残らず、結果は出にくい。例えばプレスリリースの一斉送信はみんなが当たり前にやっていることですが、その分見てもらいにくいですよね。
じゃあ、人の心を動かすにはどうしたらいいのか。それを追求する中で、一見非効率に思える仕事の仕方にたどりつきました」
「非効率思考」の核となるものが「お困りごとはありませんか?」というアプローチです。

黒田「僕は、メディアにアプローチするとき、基本的に担当書籍の内容は説明しません。『こんなに素晴らしい本なんですよ』と説明するのは、こちらの都合でしかない。
『自分が伝えたいこと』ではなく、『相手が知りたいこと』を伝えられて初めて、人の心は動きます。そのために、『お困りごとはなんですか?』と、まずは目の前の人が何に困っているのか徹底的に聞く。その上で、相手に合う提案を考えることが重要です」
自社製品とライバル製品を比較し優位性を強調する、自社製品の画期的な仕組みや成分をアピールする。
こうした「商品の素晴らしさの説明」が先行しやすいのは、PRのみならず営業職にも通じる落とし穴です。
非効率と効率の使い分けで「戦わない場所」を選ぶ
現実には目の前の成果を求められるあまり、「相手の困りごとを聞いている場合じゃない」と、なってしまいがちです。ただ、そこで非効率に顧客の困りごとを聞いて回ることで成果が出る──。
黒田さんがこのことに気づいたのは、書籍PRになる前の書店外商の営業マン時代、新規契約が取れなくて困り果てて、IBMの営業戦略について書かれた本を読んだことがきっかけだったといいます。

黒田「そこに書かれていたのが、『商品の説明をするな。顧客の困りごとを聞け』。その通りにして、一気に営業成績が上がったのです。
これは、ビジネスに限った話ではないと思います。友達や恋人を作りたかったら、自分が食べたいお店ばかりに連れていくのではなく、『何が食べたい?』と聞き、希望をかなえてあげるのがいい、という当たり前のことです。
自分の好きな人たちが好きなもの、欲しいものに誰より詳しくなる。平たくいえばニーズですが、仕事でもそこを押さえるのが大事なのだと思いました」
相手の困りごとを解決するのは、あらゆる職種、業界に共通するビジネスの基本原則。そして、ビジネスは日常生活と切り離されたものではなく、仕事でもプライベートでも大切な考え方の根本は同じ。
その気づきが「お困りごとを聞く」という黒田さんの仕事のスタイルにつながりました。
黒田「お困りごとを聞き、地道に解決することで、相手の期待が少しずつ積み上がり、最終的に大きな成果につながっていく。遠回りですが、それが僕の仕事のやり方です。いわば信用貯金のようなイメージですね」
非効率思考といっても、全てに効率を考えないわけではありません。ポイントは「非効率思考」と「効率思考」の使い分けにあります。

黒田「極端な話、メディアの人が僕と3時間話をしたいのなら喜んで話します。一方、スケジュール管理や企画書作成など、自分に対してのタスクは徹底して効率的にシステム構築して、クイックにやっています」
人に関する部分は効率を度外視し、相手にとことん合わせ、困りごとを解決するよう奔走する。その一方で、自分一人で完結する業務では徹底的に効率を追求する。
それはあらゆる場面で効率を追求できるようになった今だからこそ、周りのビジネスパーソンとの差別化にもつながります。
黒田「僕が最も意識しているのは『いかに戦わないか』です。新しいテクノロジーや世の中の流れなど、大多数が向かう方向に行きたくなりますが、結局はどんぐりの背比べになりやすい。そうならないよう、戦う場所を選ぶことが重要だと思います」
忙しさに翻弄されそうなときほどチャンス
人とのコミュニケーションに効率を求めない非効率思考。アポイントや連絡ツールも、全ては「相手に合わせる」のが黒田さんのやり方です。
黒田「相手が対面で会いたいなら足を運びますし、オンライン希望であればそうします。なかなか時間を取れない人と、ランニングをしながら打ち合わせをしたこともありますね。
連絡ツールもLINEやSlack、メッセンジャーなど、相手が使いやすいものに合わせています」

複数の連絡ツールをチェックし、アポは相手の都合に合わせる。非効率すぎるあまり、翻弄され、疲弊してしまうのでは……。
そんな疑問に、黒田さんは「そうかもしれませんが……」と笑って答えます。
黒田「それが、PRという人と人の間に入る仕事の醍醐味なんですよね。ただ右から左に情報や商品を流すだけだったら、自分がいる必要はない。『僕が間に入ることで、どんどんよくなる』という状態を作り出せるからこそ、仕事の喜びがあるのではないでしょうか」
それは「ベストセラーを作り出すための方法も同じ」と続けます。
黒田「ベストセラーを手掛けた編集者たちに共通点があるとしたら、そういう変化やトラブルをチャンスに変えることができるという点。
トラブルが起こったときこそグッとアクセルを踏む。普通の人が『もう無理かもしれない』と諦めそうなところでも、もう一段階加速するんです。僕はそういう編集者たちから教わったことをPRの仕事で実践しているんです」

ベストセラーを出したかったら、理想は、ベストセラーを出したことがある人が見てきた「景色」を聞きにいくことだ、と言います。
黒田「僕にはベストセラーを出す絶対法則はわかりません。でも、ベストセラーに近づく方法があるとしたら、ベストセラーを出したことがある人に、どんな準備をして、どんな問題が起こって、どんなふうに解決したかを聞いて回ることだと思っています。
『この人はすごい』と思う人がいたら、その人がどんなふうに仕事をしてきたかを徹底的に聞き出す。
そうしたら、次の仕事が変わります。みんなが『これくらいでいいか』と満足している中で、もう一歩が踏み出せるようになるはずです」

非効率思考のポイントは「継続」
困りごとを聞くうちに「困りごとを解決してくれる人」という印象が強まり、「何かあったら相談してみよう」という関係性ができ、結果として成果につながる。
そういった状況を生み出すことにこそ、非効率思考の神髄があります。
ゆえに、鍵を握るのは継続。
成果を出そうと短期的に頑張り、一時的な成果が出たらやめてしまうのは「問題」と黒田さんは指摘します。
黒田「成果が出て手を止めてしまう人は多いですが、結果が出ても出なくても、同じだけの行動を続けるのが大事です」
黒田さんは毎日10件の提案、すなわち「1日10PR」を自分に課しています。なぜならば「バッターボックスに立たなければ何も生まれない」から。
黒田「継続するためには、いかにやりすぎず、いかにやらない日を作らないか、つまり、毎日同じ数を続けることが大切です。それが、僕にとっては1日10件の新規提案なのです。
僕の場合も1日10PRがいきなりできたわけではなく、1年目は5PR、2年目は7PRと続け、3年目でようやく10PRにたどりつきました。そうやって続けていくと、圧倒的な結果が出ます。
10PR続けるといいのは、1件目2件目で断られても、10件目で結果が出たりすることです。結果を出すためには、もちろん数だけではなく、提案の質を上げていくことが重要。それも、数を重ねるからこそ、質を磨き上げることができるのです」
「こうして質を磨き上げ続ければ、おそらく3カ月で大きな成果が出ると思います」と黒田さん。
黒田「本のPRも発売前後3カ月が勝負。フルマラソン完走までのトレーニングも3カ月が一つの目安と言われています。最近は英語の勉強をしていますが、そのプログラムも3カ月です。ワンクールが黄金の法則なのかもしれませんね」

ただし、それはあくまで一旦の成果が出るまでの目安。野球選手が3割5分を打てたからといって満足せず、打率を4割に近づける努力を重ねるように、「継続に終わりはない」のだと強調します。
黒田「イチロー選手は、やり方や習慣を変えてから数週間で出る結果は偶然であり、大抵のことは1〜2年続けなければ結果は出ないと言っています。
浮き沈みはもちろんあります。ただ、大きな成果というものは、『先月頑張ったから今月は緩めよう』ではなく、毎日同じだけ継続することからしか生まれないのだと思います」
後編では、実際に地方のビジネスパーソンがどのように非効率思考を生かせばいいのか、実践のポイントを聞きました。

この記事はドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております 。
執筆:天野夏海
撮影:大坪尚人(講談社)
図版制作:WATARIGRAPHIC
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集:奈良岡崇子