1.人間の能力を高める「人間拡張」
女優の綾瀬はるかさんが自由自在にピアノを演奏するドコモのCMで、人の動きや感覚を電気信号に変え、他の人に伝送する技術が使われています。この技術は「人間拡張」と呼ばれるもので、ピアニストの動きを綾瀬さんにシンクロさせることで、ピアノを演奏する仕組みになっています。
人間拡張について、産業技術総合研究所人間拡張研究センター(※)では、人に寄り添い人の能力を高めるシステムとしています。人間拡張の狙いは、人間に技術の力を足すことで、単独時より人間の能力を増強することにあります。
(※) 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人間拡張研究センター
冒頭に挙げたCMのピアノ演奏では、装置を装着することでピアノを演奏するための運動能力を向上させています。これにより、人間単体で発生する技術到達までの時間や、負担の軽減が可能になったといえ、この技術は人間社会において、さまざまな課題を解決する効果をもたらすと期待されています。
たとえば、企業活動に目を向けると、労働人口の減少が問題視されています。人間拡張を取り入れることで一人ひとりの技術到達までの時間を短縮すれば、生産性の向上にもつながるでしょう。さらに、高齢化問題においても、高齢者のケガや、老化で低下した能力の補完にも利用できる可能性があります。医療や介護費の費用低減につながることも期待できるでしょう。
2.人間拡張の現在と今後
社会におけるさまざまな問題解決の一助として期待される人間拡張ですが、すでに実装されているものもあります。
人間拡張の技術が使用されている代表的なものが、パワーアシストスーツです。これは人間の動作をサポートする、装着型の機器です。装着することで、重いものを運搬する際、腰や腕への負担を軽減することができ、主に運搬作業を行う物流や農業などで活用されています。
介護施設では、高齢者の移動時の介助を行う場合に利用され、作業の効率化に役立てられています。同時に、人手不足の解消や生産性の向上といった効果にもつながっているようです。

一方、すでに私たちの生活では、遠隔確認や操作が可能な電化製品など、モノをインターネットに接続させるIoTが活用されており、その発展と普及によってより多くのデータを収集することが可能になりつつあります。
総務省の情報通信白書(※)では、「これらのデータの分析と活用は、フィジカル空間における新たな価値創造につながる」とされており、今後、さらに技術が進展し、IoTと人間拡張が融合することで、私たちが未だ予想できない技術が社会の中で活用されるかもしれません。
3.人間拡張を活用した働き方
今後、人間拡張が社会で活用されることで、私たちの働き方はどのような影響を受けるのでしょうか。情報通信白書では、ICTにより、身体・存在・感覚・認知の4つの点で人間の能力をさらに「拡張」することが期待されています。
働き方においては、「身体の拡張」と「存在の拡張」の活用が期待されています。身体の拡張では、グローブ型のインターフェースなどの新しい種類のデバイスの登場が予想され、装着することで、バーチャルの世界でモノを掴んだり離したりという動作が可能になるかもしれません。細かな動きを再現できる特性を生かし、製造業などではより再現性の高い技術継承が可能になるでしょう。
存在の拡張では、VRやMR、ARといった技術が注目されています。すでに運用が進みつつある技術ですが、たとえば小売業では、ARを使ったシミュレーションや、レイアウトを提案することができるでしょう。
医療現場では、手術のシミュレーションをよりリアルに体験することで、新人医師の技術向上に役立てることが期待されます。
4.人間がより安全に仕事をするための人間拡張
人間拡張の技術が進展することで、機械があらゆる人間の仕事を代替することが可能になります。しかし、人間拡張が人間の仕事を奪うと考えるのではなく、人間が関わらずともさまざまな仕事ができるようになるという側面に注目すべきでしょう。
たとえば、鉱山や宇宙、高所などでの作業はどうしても身体の健康や命の危険が伴います。こうした作業をロボットが人間拡張で代行できるようになれば、より人間は安全に生産性を高めることが可能になります。
人間拡張の技術は、現時点ではまるでSFのように感じるかもしれません。しかし、今や当たり前で欠かせないものになっている、眼鏡や義足なども人間拡張一種であったともいえます。今回紹介したような人間拡張も今後、徐々に当たり前になり、人間に不可欠なものになっていくのではないでしょうか。