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杉浦 直人 Naoto Sugiura

フォワード・LO

気は優しくて力持ちタイプの杉浦選手。得意なプレーを尋ねると「コンタクト、と答えられるようになりたいです」という答えが返ってくる。秋のリーグ開幕前には、同じ質問に「コンタクトです」と答えて、トップリーグ初キャップを獲得してほしい。

杉浦 直人

高校から始めて大学2年で東海大Aチーム

――何がきっかけで、ラグビーを始めたんですか?

高校入試のときに声をかけられたのがきっかけです。推薦入試の面接試験をその高校の廊下で待っていたら、ラグビー部の顧問の先生から「ラグビーやってみないか」っていきなり言われたんですよ。当時から体格がよくて、身長は183cmあったので、それが理由なんですかね。

高校に入学したら何か運動部に入ろうと思っていたので、じゃあラグビーやってみようか、という気持ちになりました。小学校、中学校とサッカーをやっていたんですが、あんまり上手くなかったので、高校では別のスポーツをやろうと思っていたんです。

――誘われて始めたラグビー、すぐに楽しくなりましたか?

いや......(笑)。高校の仮入部期間に初めて参加した練習で、いきなり膝が痛くなっちゃったんです。中学のサッカー部を引退してから何カ月も運動していなかったので、そのせいだと思うんですけど。それで2~3週間、練習に出られなくて。

でも、しばらくして膝が治って正式に入部して、それからは楽しかったです。最初のうちは、そんなに複雑なことを覚えるようにも言われないし、体格がいいと有利なことも多いので。

――その当時のポジションは?

最初からフォワード、最初からロック(LO)でした。

――初めて出た試合のことは覚えていますか?

高校1年生の5月ごろですね。人がいないから出て、と言われて。10分くらい出ましたが何もできませんでした。わけがわからないうちに終わってしまいましたね。

――湘南工科大学付属高のラグビー部、どんなチームだったんですか?

県のベスト4ぐらいのチームでした。僕らの代は14~15人いて、経験者と未経験者が半々ぐらいでしたね。もちろん、僕は未経験組です。練習時間は1日2時間で、毎週月曜は休み。筋トレ用の施設や器具もないので、雨が降ったら基本的に練習は中止です。そういうチームだったので、わりとのんびり、楽しくやっていました。

――ラグビー漬けにはならなかったということで、部活以外の青春も満喫できそうですよね。

そういうことにしておいてください(笑)。

――でも、大学ラグビー界に飛び込んでいくわけですから、高校でもだんだん頭角を現していったんじゃないですか?

1年生の冬に新人戦が始まって、Aチームの試合にデビューしたのはそのときでした。徐々にレギュラーに定着するようになって、3年生の春には、大学でもラグビーを続けたいという希望を監督に伝えました。ただ、このときはまだ、将来はラグビー選手にと決めていたわけではなくて、大学へ進むに当たって学力試験よりもラグビーのほうがいいなという程度の気持ちでしたね。

――東海大に進んだのは、どういう経緯だったんですか?

高校3年生のとき、たまたまその代は周囲に飛びぬけて強い学校が少なかったこともあって、新人戦と春の関東高校ラグビー神奈川県予選で準優勝したんです。ちなみに冬の花園(全国高校ラグビー大会)予選はベスト8だったかな。春の関東大会に出たとき、東海大の監督がその試合を見てくださって、誘っていただいたんです。

――東海大は強豪ですよね。高校とは環境が大きく変わったんじゃないですか?

びっくりしましたね。部員も130人ぐらいいて、同学年だけで35人とか。しかも、東海大仰星なんかのラグビーの強い高校から来た選手が多かったですから、僕はびくびくしていました(笑)。練習内容も高校時代に比べれば格段にハードでしたし。全寮制ですしね。

――寮生活で大変なことはありましたか?

大変なことはあまりなかったんですが、1年生のときは「日直」っていう役目が定期的にまわってきました。電話応対と寮の風呂炊きをやるだけのことなんですけどね。練習が終わってみんなが寮へ帰ってきたときにちょうどいい湯温になるように、練習前にお風呂の設定をしてからグラウンドに行くっていう。でも、寮生活は人がいっぱいいて楽しかったですよ。いろいろ話したり。嫌なことはあまり覚えてないです。

――部員が130人もいたら、部の中にいくつもチームがあるんでしょうね。

AからEまで、5チームありましたね。最初は僕もEチームの試合に出て、それでも大学のレベルって厳しいなと感じていたんですが、夏ごろには慣れてきて、1年生のうちにBまで上がることができました。Aチームに上がったのは2年生のときです。チーム事情で、LOのレギュラーが抜けたこともあって。

――練習は厳しかったですか?

1~2年生のときはそうでもなかったんですが、3~4年生になって練習時間が長くなりました。長い日は1日5時間。生身で当たって伏せて走って、という練習を最初に40分ぐらい。次にユニット練習を2時間、最後にゲーム形式の練習を1時間半。最後のほうはお腹が減ってくるし、あまり何も考えられなくなってましたね(笑)。でも、そういうガチガチの練習のおかげで、ケガに強い体ができたのかもしれないな、とは思います。

――大学時代、印象に残っている試合はありますか?

4年生のとき、関東学院大に勝った試合ですかね。僕らのころはリーグ戦(関東大学ラグビーリーグ戦グループ)では関東学院が一番強かったんです。僕らが1年生のときは関東学院に奇跡的に勝って、2年生のときはボロ負けして、3年生のときは1点差で負けました。そういう背景があって4年生のときの対決だったので、気合いも入りましたし、勝てて本当にうれしかったですね。自分がどんなプレーをしたとか、細かいことはよく覚えてないんですけど(笑)。

――東海大ラグビー部で、ラグビー以外にはどんなことを学びましたか?

礼儀でしょうか。といっても、合宿所で出された食事は残さず食べるとか、風呂場のスリッパはきちんと揃えるとか、ごく当たり前のことばっかりです。

――大学時代の楽しい思い出といえば?

仲のいい同期4~5人で、決まった店へ飲み食いに行くのが楽しみでした。火曜と木曜はウェイト・トレーニングとユニット練習だけの日だったので毎週木曜に行ってましたね。今も当時の仲間とたまに連絡取ったりします。

理想は、激しいコンタクトが持ち味の"強い"ロック

――大学を卒業してからもラグビーを続けようと思い始めたのはいつごろですか?

Aチームのレギュラーに定着したことで自信もついて、社会人でもラグビーをやっていこう、と思うようになりました。

――シャイニングアークスを選んだのはなぜですか?

当時、シャイニングアークスには東海大のOBがいて、先輩からいいチームだと聞いていましたし、どこよりも真剣にチームの強化に取り組んでいるという話だったので。声をかけてもらって、決めました。

――入団してみて、どんな印象を持ちましたか?

僕が入ったとき、チームはまだトップイーストリーグに所属していました。大学時代に比べて練習時間も短いし、チーム内の上下関係も厳しくなく、先輩・後輩の区別なしにみんなで仲が良くて、これが社会人か~って感じでした。

2年目にはトップリーグに昇格し、入ってくる新人選手や移籍選手もみんなレベルが高いですし、強化が進んで、同期が退団していくのは寂しいですが、そうも言っていられないので、残る自分が頑張らなければと思っています。林監督の練習は、一人ひとりのやることが明確になっているので、やりやすいです。

――選手同士、仲がいいという話はよく聞きますね。

本当に温かい雰囲気のチームで、飲み会が楽しみです。何人かで行くのもいいけど、全体でやるのも楽しいです。夏合宿のときは同じポジションで集まって「LO飲み」やりましたね。あんまり、ラグビーの話をした覚えはないですけど(笑)。ラグビーの魅力って、仲間ができることだと僕は思います。

――ポジションはずっとLO?

高校のとき1カ月ほどNo.8をやったぐらいで、あとはずっとLOですね。

――LOとしては身長が高くない杉浦選手ですが、ラインアウトで敵に勝つにはどうすればいいと思いますか?

まずはジャンプの速さ、それからムーブの速さだと思います。ボールが来たときに相手が最高点に達していなければ勝てるので。

――LOとして、どんなプレーをしたときが気持ちいいですか?

激しいコンタクトをしたとき、ですかね。あんまり、したことないですけど(笑)。いつも、心がけてはいるんです。僕はLOとしては身長が高いほうじゃないので、やっぱり全てにおいて強いプレーがしたいなと思っています。

――同じポジションの選手のプレーで見習いたいところはありますか?

マヤさん(馬屋原誠選手)のラインアウトに関するスキル全般。それから、木曽さん(木曽一選手)の激しさですね。LOって、空中戦が得意なタイプもいれば、とにかく体を張るタイプもいると思うんですけど、僕は身長からして前者にはなれません。後者を目指すしかない。だから、目標は木曽さんですね。

――得意なプレーは何ですか?

今はまだ、得意といえるほどできていませんが、コンタクトの部分では、他の選手に負けたくないなと思っています。筋量を増やして体を強くして、コンタクト・スピードを上げて、姿勢は低く。突出したプレーを一つ持てたら、それがメンバーに選ばれる理由になるかもしれないじゃないですか。たとえば「相手がコンタクトの強いチームなら、じゃあ杉浦を出すか」と思ってもらえるようになりたいですね。

――2012-13シーズンのトップリーグは最終戦(九州電力戦)で22人に選ばれましたね。

前々日に木曽さんが体調を崩されて、僕が準備するように言われました。次の日、空港に行ったら「決まったよ」と言われて、うれしかったですね。ただ結局、試合には出られませんでした。競った展開だったので、しかたないですね。あの試合までに他の試合に出て実績を残せていたらともかく、何もなかったので。ただ、メンバーに名前を連ねたことで、来季こそは、という思いは強くなりました。

――トップリーグの試合に出るために、自分に足りないものは何だと思いますか?

積極性ですかね。試合中も練習中も。練習から100%の力でやって、そういうところから変えていかないといけませんね。

僕はよく周りから「おとなしいね」って言われるんです。人見知りでもあるし。でも、それってスポーツ選手向きの性格じゃないですよね。ラグビーって性格が出るスポーツらしいので、もっと積極的にいかないといけないなと思っています。

――この1年、練習中に意識していたのはどんなことですか?

プレーの精度を上げることを意識していました。アタックとブレイクダウンの精度ですね。1試合に1つぐらいは、自分でもこれはよかったなと思えるプレーができるので、それを毎回できるように体に沁みこませる、頭で考える、そういうことです。

――入団して今までで一番印象に残っている試合は何ですか?

1年目の夏、Aチームのメンバーとしてリコーとの試合に出してもらったことがあるんですよ。でも、その試合で全然いいプレーができなくて......。それは今も覚えていますね。チャンスを生かせなかったという後悔があります。

――目標を聞かせてください。

トップリーグ公式戦に出たい。それだけですね。

そのために、今年は春の最初の試合でアピールしたいです。同期の小峰(徹也選手)がそうだったので。2012年春の初戦、クボタとの試合でいいプレーをして、それからAチームの試合に出る機会も増えて、トップリーグにもデビューした。僕もその形を目指したいです。小峰が九州電力戦で大きくゲインしたとき、試合後に「スゴかったな」って声をかけたら「マンオブザマッチ取れると思ったんだけど」って少し悔しそうでした(笑)。同期みんな仲良しで、いい刺激になっていますね。僕も頑張ります。