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アイザック・ロス Isaac Ross

フォワード・LO

両親が元オールブラックスというラグビー貴族のロス選手は、本人も3年前にオールブラックスで8キャップ。しかし、輝かしい経歴を持ちながら本人いたって気さくでフレンドリー。「ずっと日本にいてシャイニングアークスでプレーしたい」とチーム愛も強い。

アイザック・ロス

ラグビーを始めた動機は「睡眠時間の確保」!?

――初めてラグビーボールに触れたときのことを覚えていますか?

いや、ちょっと覚えていません。両親が二人ともラグビーの元ニュージーランド代表選手で、ラグビーは家族の中に当たり前に存在していましたから。物心つかないうちからラグビーボールで遊んでいたと思いますよ。ただ、ちゃんとチームに所属して練習するようになったのは11歳のときで、ニュージーランドの男の子としては決して早いほうじゃなかったですね。

――幼いころからラグビーの英才教育を受けていたわけではなかったのですね。

両親が元オールブラックスだということは、私の生まれ育った小さな町ではよく知られた話でしたが、それでプレッシャーを受けるようなことはありませんでした。両親もラグビーを無理に勧めたりせず「お前の好きなことをすればいい」と言ってくれていました。

それで、5歳ごろからサッカーをやっていたんです。5~6年続けましたが、私は小さなころから体が大きく、徐々に「どうもサッカーはもう少し小回りのきく選手のほうが有利だな」と思うようになって、地元のラグビー・クラブに入ることにしたんです。

というのは表向きの理由で、転向にはもう一つ理由があります。地元のサッカー・クラブは朝から練習するので、冬場なんかグラウンドが凍っているし、すごく寒いんですよね。引きかえ、ラグビー・クラブの練習は午後だったんです。正直な話、たっぷり睡眠をとりたくてラグビーを選んだ側面もあります(笑)。

――そんな理由でこんな名選手が生まれたとは意外です。いったい、どんな少年だったんでしょう?

とにかくノット・シリアス。物事をあんまり深刻に考えすぎない、お気楽で前向きなタイプでした。厳しい練習が続いても監督に冗談を言って、周りを和ませたりしていましたね。チームに新しい子が入ってきたら、すぐ話しかけるタイプ。母似なのかもしれません。母も冗談を言うのが好きな人ですから。父は「もうちょっとまじめにやれ」って苦い顔をしているときもありました(笑)。

――両親から直接、ラグビーを教わることはありましたか?

母(Black Fern Christine選手)は私が所属していたクラブのコーチだったので、指導してもらっていました。現役時代のポジションがSOだったのでキャッチやパス、キックについて教えてくれました。父(Jock Rossand選手)は仕事を持っていたので、母ほど私に時間を割くわけにいきませんでしたが、それでもいろいろ教わることはありました。現役時代はLOだったので、主に空中戦などについてです。

――ロス選手自身は、子供のころからポジションはずっとLOだったんですか?

最初はSOをやって、次にCTB。背が伸び続けていたので2年目ぐらいからLOに転向して、それからはずっとLOですね。常に周りの子より一回り大きい少年時代でした。

――かなり早い段階でプロ選手になることを意識していたんじゃないですか?

漠然とプロになれたらいいなとは思っていましたが、ニュージーランドの男の子なら誰しも思い浮かべる程度のことで、必ずプロになるという確たる決意などはありませんでした。高校も地元の寄宿学校に進みました。ラグビー強豪校でもなんでもなく、父や兄の母校だから私も、という感じです。私の前に輩出したオールブラックス選手は父だけ、という学校でした。

ただ、ラグビーは本格的に始めてみると、どんどん上達して面白かったですし、やればやるほど好きになっていきました。熱心にやっていたら、地域代表に選ばれたり、プロチームにスカウトされたりして、自然と道が開けていきました。

――高校卒業後はすぐにプロ選手になったんですか?

いえ、3年ほど政治学を勉強していました。学校の先生になろうと思っていたんです。勉強のかたわら、ラグビーを続けていて、U-19やU-21、Canterbury州の代表に選ばれるようになりました。それまでは楽しいだけで続けていたラグビーだったんですが、今思えば代表に選出されたことで、心構えが少しずつ変わっていった気がします。Canterbury州代表としてプレーしていた2006年に、地元のCrusadersの監督から声をかけてもらって入団しました。

――スーパーラグビーの世界にはすぐになじめましたか?

チームで最も若い選手でしたし、周りのすばらしい選手たちのレベルに追いつくのも、チームの約束事(戦略)を覚えるのも大変でした。残念ながら、Crusadersでの1年目は出場機会に恵まれず、2008年にはHighlandersに移籍しました。

移籍後はたくさんの試合を経験できました。新しい環境で、Crusadersとは異なるスタイルのラグビーができて、勉強になったことが多いです。Highlandersでの1年でいろんなことを身につけてCrusadersに復帰し、今度は試合に出られるようになりました。印象に残っているのは、南アフリカでの試合ですね。南アもラグビー大国ですからスタジアムは大きいし観客も熱狂的で、あの雰囲気の中で試合ができたのは幸せでした。

――2009年にはオールブラックスに選出されました。このときの気分は?

さまざまな思いが胸に去来しました。夢に見ていたことが現実に叶って......言葉で説明するのは、とても難しいです。超一流選手と肩を並べてプレーできることも、自分がオールブラックスの選手として認識されることも衝撃的でした。ラグビー人生の中で一番うれしかったことですね。両親や周りの人もみんな喜んでくれました。

――知名度が一気に上がって、児童虐待防止機関のJigsaw社が展開する「extra-ordinary dad」キャンペーンの顔に選ばれたり、テレビ番組「The Erin Simpson Show」のレポーターに抜擢されたりと、活躍の場が広がったようですね。

オールブラックスだから選んでもらえたのでしょうね。レポーターは少年スポーツの担当だったんですが、インタビューされる側からインタビューする側になったのは面白い経験でした。自分だったらどう取材されたいかなと考え、インタビューされる側も楽しめるような取材にしたくて、笑いを取り入れつつやっていました。「練習つらいよね、僕も練習は嫌いなんだよ」なんて言いながら(笑)。

ずっとシャイニングアークスでプレーしたい

――2010年9月にChiefsに移籍して、1年目のシーズン途中で来日。これは、どんな思いだったのですか?

日本でプレーしてみたかったんです。契約は残っていましたが、日本への思いを優先しました。ニュージーランドで5~6年にわたって世代別や地域別、そして国の代表を務め、スーパーラグビーでもプレーしてきた。そろそろニュージーランドを飛び出して何か新しい挑戦をするときだと思ったんです。海外に目を向けたとき、日本の国や人、ラグビーに興味をひかれました。

――移籍先にシャイニングアークスを選んだ理由は?

友人のブラッドリー・ミカがシャイニングアークスでプレーしていて(2008~2010年度)、とてもいいチームだという話を聞いていましたし、彼が顔をつないでくれたので、スムーズに話が進みました。

移籍してみると、施設も整っているし、チームの運営もしっかりしていて、サポーターの応援もすばらしい。会社も立派ですし、ラグビーのことだけでなく、生活全般をしっかりサポートしてくれます。私の家族のことも大切にしてくれるので、本当にありがたいです。(取材日の)2週間後には3人目の子供が生まれますが、おかげで安心してプレーできます。

ラグビーに関していえば、成長著しいチームでプレーできることに、日々わくわくしています。自分の持ち味を生かした形でプレーさせてもらえるので、とても楽しいですね。欧州のチームに移籍していたら、こうはいかなかったと思います。

――仲の良いチームメイトはいますか?

外国人選手同士でよく食事をしたり、お互いの家族も一緒にパーティーをしたりしますね。子供同士で遊ばせたり。マーフィー・ダレンは、選手としてもチームになくてはならない人ですが、とても親切で、外国人選手の世話役を積極的に買って出てくれています。日本人選手では濱田宇功なんかが気さくに話しかけてきてくれて、いい男だなと思います。

仲良し云々はちょっと置いておいて、同じポジションの木曽一選手は、自身のプレーもさることながら、グラウンドでの統率力、リーダーシップがすごいなと感じます。頭脳明晰。私が見てきた中でも最高の選手の一人です。

――日本のラグビーについての印象は?

予想以上にレベルが高いですね。トップリーグは昨年より今年、さらにレベルが上がっているように感じます。そして、速い。日本の皆さんから見たらニュージーランドの試合なんて遅くてつまらないんじゃないかと思うくらい(笑)。私としては運動能力を高め、もっと速く走って、試合の中でボールに触れる時間を増やしていくことが今後の目標です。速いラグビーというのは、元来プレーしていて楽しいものなので、そこを楽しめる域に早く到達したいですね。

――今後の目標は、やはりオールブラックス復帰でしょうか?

いや、それは頭にありません。ずっと日本で、シャイニングアークスで、ラグビーを続けたいですね。今度は自分がニュージーランドで経験してきたことをチームに伝えて、みんなで強くなっていけたらというのが今の目標です。

究極の目標をいえばトップリーグ優勝ということになりますが、まず現実的な小さなゴールを一つずつ達成していくことだと思っています。私もベストを尽くして、強いチームづくりに貢献していくつもりです。