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西橋 勇人 Hayato Nishibashi

バックス・SH

幼稚園からラグビー道をひた走ってきた西橋選手。昨季はトップリーグ・デビューを果たせなかったが、今季は春のニュージーランド留学で開眼。トップリーグで開幕戦から司令塔としてゲームを操り、3戦連続のトライも奪うなど、目覚ましい活躍ぶりを見せている。

西橋 勇人

「ラグビー大好き」な父から学ぶ

――何がきっかけで、ラグビーを始めましたか?

父がラグビースクールのコーチをやっていたので、幼稚園の頃から、そのスクールに通っていました。小さい頃はただボールを追いかけるだけでしたけど、ボールを持って走ってトライを取るのが楽しかったんですよね。それから今まで、ラグビーをずっと続けていて、合間に少し他のスポーツをかじったような感じです。

――他のスポーツというと、たとえば?

中学のときは陸上部でした。父にもっと持久力をつけろと言われて、長距離の選手になりました。1500mとか駅伝とか。たまに短距離のリレーに呼ばれることもありました。長距離はあんまり楽しくなかったけど(笑)、短距離走は好きでした。

――お父さんの勧めを素直に聞き入れたんですね?

聞かざるをえないというか(笑)。小学校のときはチームの練習の後、(お父さんの指導で)家の隣の空き地で練習していました。テレビでラグビーの試合を見た後も、父が「あ~、いい試合だったな」って言いながら、自然な感じで僕を空き地に連れ出すんですよ。父も大学時代にラグビーをやっていて、ラグビーが大好きなんですよね。生活態度か何かで叱られているときも、父のお説教は気が付くとラグビーの話になっていて、そもそも何のことで注意されていたのか分からなくなるっていう(笑)。父の影響なのか、僕も何を見てもラグビーと結びつけて考えるのがクセになっていますね。

――イチロー選手とチチローさんのようですが、あまりにラグビー漬けで嫌になったことはないですか?

大学1年生で肩の手術をしたときに、なんでこんな痛い思いをしなくちゃいけないんだろうと思って、やめたくなったことはあります。でも、その一度だけ、瞬間的に思っただけですね。僕もやっぱり、ラグビー大好きで、小学生の頃から将来はラグビー選手になりたいと思っていたので。

――これまでのポジションの変遷を振り返ってもらえますか。

最初はWTBとSOをやっていて、小学校の途中からコーチに言われてSHになりました。それからずっとSHなんですけど、中学生の頃、自分からCTBをやってみたいって志願して、1試合か2試合だけ、CTBで出させてもらったことがあります。その当時は、タックルをもっとやりたかったんですよね。CTBだったらコンタクトも多いし、と思って。でも、すぐに気が済んだというか、やっぱりSHが自分の帰る場所だなと感じました。

――司令塔のポジションが居場所になったのは、どういう特性からでしょうか?

おそらく、小さい頃からラグビーをやってきて、ゲームの流れも体に染み込んでいたので、チームの軸になるように、ということでSHをやらせてもらっていたと思います。小学生の頃から、上の学年の練習に参加したりしてましたから。

――高校は強豪の桐蔭学園高ですが、進学先に選んだ理由は?

中学時代に何度か練習に参加させてもらっていたのと、家から近かったのも大きいです。最初は、姉が通っていた高校のそばにある久我山(國學院久我山高)志望だったんですが、通学に時間がかかるし、満員電車で疲れるし、通学で消えていく時間を使って練習したほうがいいかなと考え直しました。実際、高校に入ってからは毎朝、学校のグラウンドで自主練してましたね。その頃、桐蔭は朝練がなかったので。

僕らの代の桐蔭は、決して強くなかったんですよ。選抜(全国高校選抜ラグビー大会)は県予選で敗退したし、関東大会(関東高校ラグビー大会)には出られませんでした。(藤原秀之)監督から「伝統を壊した」と厳しい言葉をかけられて、その頃から、みんな目の色が変わって朝練もするようになって、最後、花園(全国高校ラグビー大会)はベスト16でした。

――桐蔭では3年生のときに主将を務めていたんですよね。主将として大切なことって何だと思いますか?

あれは先輩や同期の投票があって、候補に挙がった4人が順番に1週間ずつ主将をやってみて、結局、票が多かったので、僕がやることになりました。小さい頃から主将をやってきたので、みんなに何か言ったりするのは普通にできますし。主将として大切だと思うのは、みんなとコミュニケーションをよく取ること、それでみんなの状態をよく知っておくことですかね。

――高校時代の試合で、一番心に残っているのは、どんな試合ですか?

高校ラグビー最後の試合は印象に残っていますね。花園で、ベスト8をかけてAシードの御所実業高と対戦しました。その日はひょうが降るような寒い日で、これが最後になるのは嫌だと思ったのを覚えています。試合は前半に3つ連続でトライを取られました。SOの小倉順平が脳震とうで欠場していたんですよね。その穴を突かれて、0-17で前半終了。ハーフタイムに監督から「お前ら、これで終わるよ?」って言われて。後半は意地の攻撃を。得点できなかったけど、アタックの時間が続いて、後半だけなら0-0でした。

試合終了のホイッスルが鳴ったときは「あ、負けたな」と思って、わりと冷静でした。大学で一緒になることが分かっていた相手チームSOの吉井(耕平選手、現・中部電力)に声をかけたり、スタンドにあいさつしたりして。でも、ロッカールームに戻って、藤原先生から「おつかれさん」って言われた途端、急に涙がこみあげてきました。「(高校入学時の目標だった)全国制覇はできないまでも、花園にみんなを連れて行ってあげたい」という思いがあったので、大きな荷物を下ろしたような、そんな気持ちでした。

――大学は早稲田へ。この選択は、どういう経緯だったんですか?

最初は先生になりたいから筑波大とか、先輩が誘ってくれるから慶応大とか、考えていたんですが、藤原先生から早稲田の監督が会いたいと言ってくれているよ、と紹介されて。会うなり「慶応に行きたいんだって?」と聞かれて、のけぞりましたけどね(笑)。思わず「いいえ、そんなことないです」って答えました(笑)。やっぱり望まれて入るのが幸せだなと思ったので、その帰り道、どこかの駅の公衆電話から藤原先生に「僕、早稲田に行きます」と言いました。

――桐蔭から早稲田へ。どんな変化がありましたか?

ラグビーのことでいうと、高校生とは当然サイズが違うので、僕も体を大きくしたくて、高校時代より筋トレをやるようになりました。寮生活になって洗濯や掃除を自分でやるようになったり、生活の変化もありましたね。寮は4人部屋と3人部屋がほとんどで、1つの学年で固まらないようになっています。だから1年生は部屋にいづらくて、なんとなく大部屋にみんな集まるっていうのが、恒例の風景になってましたね。「うちの○○先輩、優しいよ」「じゃあ今日、夜行くわ」みたいに情報交換して。楽しかったですね。

――ラグビーのほうは、1年生のときに肩の手術をしたということでしたが。

そうですね。1年生のとき、初めてケガで長期離脱したんですよ。肩の脱臼がクセになっていて、コーチから手術を勧められて受けたんですけど、復帰に向けてトレーニングしていたときに今度は足を疲労骨折してしまって。そこから復帰して2年生の秋に初めて9番をつけましたが、選手権(全国大学ラグビー選手権)の大阪体育大学戦で、また足を骨折してしまいました。あのときは思い切り腫れて、折れたのがすぐ分かりましたね。それで2年生のシーズンは終了です。

3年生のときは、対抗戦(関東大学ラグビー対抗戦グループ)の後半から先発を外れて、20番をつけることになりました。もっとゲームのコントロールをできるようになってほしいという意味だったと思いますが、悔しかったですね。でも、選手権の関東学院大戦は、ゲームが全部、自分の思うように進んで、あれは新しい感覚でした。全然疲れなかったし、シンビンになっちゃったんですけど、一時退場の間も試合が全部見えていて。その試合以降、ゲームの流れをそれまでより深く考えられるようになった気がします。

――4年生のときは副将に。これも選挙か何かですか?

上田(竜太郎選手、当時主将)の指名です。マネージャールームで選手何人かでダベってたら、上田が来て「中靍(隆彰)、お前が寮長な」とか言ってたので、「副キャプテンは?」って聞いたら「お前だよ」って軽く言われました(笑)。

――大学時代の試合で、一番印象的だったのは?

4年生のときの早慶戦ですね。上田が出られなくて、僕がゲームキャプテンを務めました。満員の秩父宮(ラグビー場)で、試合も勝って、すごく気持ちよかったですね。確か前半は負けていて後半に盛り返して勝てたんですよ。キャプテン不在の中、チームみんなで団結して伝統の一戦を勝てたことが本当にうれしかったです。

「言葉の壁」でかえって充実したニュージーランド留学

――ラグビー選手という子どもの頃からの夢をNTTコムで叶えることになりました。この選択は?

大学時代、九州のチームがかなり早い段階で九州出身の学生に声をかけていたんですけど、僕は誘われなかったんですよね。企業にプレー集のDVDを送ってアピールしたほうがいいのかなと焦っていたときに、内山(浩文、当時の採用担当)さんからお話をいただいて、NTTコムに決めました。

――入団当初、シャイニングアークスの印象は?

入った当初は、正直、弱いチームみたいな雰囲気を感じました。誰かが言ったことにみんなシーンとして反応しなかったり、練習でボールが落ちる回数が多かったり。なんでこんなに(選手同士が)しゃべらないのに順位が毎年上がっているんだろうと思っていたら、その年(2013/14シーズン)は13位でした。同期が7人いる中で僕だけ出られなかったシーズンなので、13位に終わったときは「ほら見ろ」って、ちょっと思いました(笑)。

――今季(2014/15シーズン)は春に2カ月のニュージーランド留学を経験しましたね。

あの2カ月、ラグビーが本当に楽しかったです。言葉が通じない分、グラウンドでいろいろ考えるんですよね。僕が絶対にこうしたほうがいいと思うことも口では伝えられないし、味方の選手が考えていることもよく分からないけど、だからこそ相手のことをよく見て考えて、プレーしていました。トライを取りに行く感覚も、ランニングコースや抜き方を教わって、身につけることができました。日本語のアドバイスは、当たり前のことはつい聞き流してしまったりするけど、英語で言われると、一つひとつ理解しようとして一生懸命聞くんですよね。

――実際、今季のトップリーグ1stステージでは3戦連続のトライもありました。

トライは全部いいところでボールが回ってきて、そのおかげです。でも、トライ王は本気で意識していて、ランキングとかチェックしています。最初は良かったけど、あっという間に名前が下のほうに......。2ndステージで取り返したいですね。

――今季がトップリーグ・デビューとは思えない堂々の戦いぶりですね。

初めて出るときは、めちゃくちゃ緊張しましたよ。試合前、エスコートキッズにバイバイするとき、足が震えていて、そんな自分にびっくりしました。試合が始まってみると「全然いけるでしょ」っていう感覚に変わりましたけど(笑)。

でも、クボタ戦やパナソニック戦は悔しかったです。クボタ戦は外をいいように抜かれて。パナソニック戦は(アタックで)何やってもゲインしないし、何をやってもあんまりうまくいかなかったですね。

――今季は、昨季の自分と比べて、成長したのはどんなところだと思いますか?

パスですね。1年目はぽわ~んというボールを放ってたんで(笑)。今季はもうちょっと速いボールを放れていると思います。昨季ずっと、残ってパス練習をやってましたから。今後は、もっとゲームをコントロールすること、一つひとつのプレーの精度を上げていくことが課題ですね。

――昨季からスタッフも選手も多数入れ替わりましたが、西橋選手がプレーする上ではどんな変化がありましたか?

今季は走る距離が長いので、そこは大変ですね。SHとしては、チームのスタイルが展開するラグビーなので、チームの心臓になることをイメージしています。自分がゆっくりやればチームもゆっくりだし、僕が速く動けばチームも速くなる。チームの雰囲気は、昨季より声が出ていると思います。監督も「GENKI」っていうのを大切にしているみたいですね。

――チームでは、SOのエルトン・ヤンチース選手とよく一緒にいるそうですね。

はい、意識してそばにいます。ニュージーランド留学でもSOの選手の名前は最初に覚えました。ヤンチースは何から何まで全部「教えて」って聞いてくるので、僕も自分の英語の勉強だと思って付き合っています。ベイビーフェイスな、かわいいヤツです(笑)。プレーでいうと、彼はパスを受ける前のズラし方とか、人と若干違うんですよね。努力も人一倍です。いつも残って練習しています。スーパーリーグの選手でもそうなんだなって刺激を受けますね。

――西橋選手も努力家ですよね。そのギョウザ耳は、死ぬほどタックルしてきた証でしょうか?

右耳は、そうと言えなくもないですかね(笑)。左は、高校1年生のとき、藤原先生にタックルが甘いと指摘されたので、特訓したときのものです。友達にダミーを持ってもらったんですけど、そのひじに耳をぶつけちゃって。血はちゃんと抜くようにしていたんですが、試合が続いて抜けない期間があったので、こうなりました。

――ラグビー選手になるという子どもの頃からの夢が叶いましたが、次の夢は?

将来は、スーパーラグビーに挑戦したいです。ニュージーランド留学でワイカトに行ったので、(同地を本拠とする)チーフスとか、憧れますね。選手だったら、オールブラックスのSHのアーロン・スミスが目標です。小さな体で、大きなFWの選手たちを鼓舞して指示して、自分でトライも取るし、パスも速いし、キックも上手だし、お手本です。いつか対戦してみたいですね。

――夢を叶えるために必要なものは何ですか?

足りないものはたくさんあるけど、まず体の大きさですよね。食事は今、1日に4~5食ほど取っています。

――そういえば、この公式サイトのプロフィール、宝物にサプリの名前を挙げていますね。しかも、休日の過ごし方は「竹トレ」。

あのサプリ、よく効くんですよ。体を大きくしたいので、宝物です。竹トレは、いわゆる乳酸除去トレーニングの一種ですね。瞬発力もつきます。

――本当に四六時中、ラグビーのことを考えているんですね。西橋選手にとって、ラグビーの魅力って、どんなところでしょうか?

ラグビーのいいところは、仲間がいるところです。かっこつけて言ってるんじゃなくて、本当に。友達がいて、だから笑えるんだと思っているので。