選手FOCUS / IN FOCUS

鶴谷 知憲 Harunori Tsuruya

バックス・CTB

双子の兄弟で活躍する鶴谷ツインズの兄、知憲選手。ケガに泣かされたり、浪人経験をしたり、苦労しながら自分を高めてきた。今季の目標は「あいつはすごい」と思われる選手になること。きらりと光るランプレーに注目したい。

ケガの連続でも折れなかった向上心

――ラグビーは高校から始めたんですよね?(※双子の弟・昌隆選手の記事参照)。

高校からです。運動歴も(昌隆選手と)全部一緒です。

――高校でフォワードとバックスに分かれることになりましたが、この時の気持ちは?

同じポジションでコンビを組んでも面白かったと思いますけど、フォワードとバックスに分かれてしまえば、兄弟でポジション争いをしなくて済むので。「俺バックスやるよ」「じゃ、俺フォワード」みたいな軽い感じで決まりました。

――ポジションは最初からCTBだったんですか?

最初はFBをちょっとやって、すぐCTBになって、それからずっとCTBです。インサイド、アウトサイド、両方やって。WTBをやるほど足が速いわけじゃないけど、身長はあったので、使い勝手が良かったんじゃないですかね。外で自分が当たって自分で展開を作るっていうCTBのポジションは僕に合っていると思うんです。

――知憲選手も高校から始めて2年生で花園(全国高校ラグビー大会)に?

2年生の時は春の大会で膝の前十字じん帯を切ってしまって、5月終わりに手術をしたんです。ずっとリハビリして、花園には出られましたけど、あんまり動けなかったので、いい思い出としては残っていないですね。

僕がケガしている間に昌隆はどんどん活躍して、その年の終わりに監督も「今年一番成長したのは昌隆だな」っておっしゃっていました。昌隆は高校日本代表にもなったので、正直、悔しさもあったし、置いていかれる寂しさもありましたね。

でも、僕は膝とか肩とか、これまでに結構ケガをしてきたけど、全部意味があると思うようにしています。ケガしている間に、いい機会だから弱いところを強くするとか、自分のペースで出来ることもありますから。

――花園で一番心に残っているのは、やっぱり大分舞鶴との試合ですか?

試合前はそこそこ自信があったんですよ。東北大会で仙台育英に勝って、Bシードになっていたので。あっさり負けて「えっ?」ていう感じで。「こんなはずじゃないんだけどな......」っていう、その気持ちがすごく印象に残っていますね。本当に悔しかったです。

――高校卒業後の進路は?

関東学院大に進んだんですが、母が病気をしたので、僕は1年生の春で大学を辞めて、長男として家業を手伝うことにしました。実家は花屋で、僕は配達の仕事をしていました。

――双子でほぼ同時に生まれても、長男という意識があるものなんですね?

その時は意識しましたね。昌隆はせっかく筑波大に入って、簡単に入れる大学ではないので、辞めてほしくなかったんです。

母が仕事に復帰してからは、僕は他のところに就職を考えていたんですが、立正大の堀越監督からお誘いをいただいて。1年ブランクがある僕を特待生にしてくださるという気持ちに応えようと思いました。その選択がすごく正しかったなって今思っています。

――立正大のラグビー部はどんなチームでした?

部員が100人以上いて、ただ、モチベーションにはちょっとバラツキがある感じでした。僕が入った時は個人練習をする習慣が部にはなかったぐらい。でも僕が毎日、練習の後や休みの日にウェイトトレーニングをやっていると、「僕も一緒にやっていいですか?」と言ってくれる後輩も出てきて、だんだんグラウンドのほうでも自主練をやる文化が出来ていきました。

――それは大きな仕事をしましたね。試合でも監督の期待に応えられたんでしょうか?

1年生の終わりには公式戦に出られるようになったんですが、2年生の春、一番最初の試合で足首をケガしてしまったんです。キックオフから20~30秒で、足首をつかまれて転んで立てなくなりました。そこからが悪夢の時間でしたね。足首が治ったと思ったら、肩のケガ。7月の練習試合で肩から地面に激突して、肩鎖関節の中のじん帯が何本か切れてしまいました。手術はしないで保存治療をして8月の終わりに復帰したんですけど、今度は逆側の足首をねんざして、その年はプレーできませんでした。

――3年生になってからは、思うように活躍できたのでしょうか?

3年生の時はほぼセブンズばっかりやっていました。セブンズの学生日本代表に選んでいただいて、昌隆も一緒に学生世界選手権(2012年7月、フランス・ブリーヴ)に出て(5位)、そのままフル代表にも呼んでいただいて、HSBCセブンズワールドシリーズにも出ました。

フル代表での転戦は良い経験になりました。香港セブンズ(2013年3月)でグルジアと対戦した時は、相手の体がデカすぎて「やばいな、こいつらロボットなんじゃないか」と思いました(笑)。世界レベルのフィジカルを感じましたね。東京セブンズ(2013年3月)で対戦したニュージーランド代表は、個々の能力やスキルがすごくて。ラン一つとってもスピード、コース、全部すごいので勉強になりました。大学3年生の1年はとにかくセブンズが面白くて、正直、このままセブンズを続けたいなと思ったぐらいでした。

――まだ五輪種目に決まっていなかった頃ですが、よほど競技自体に魅力を感じたんですね。

そうなんです。でも、大学にとてもお世話になっていたので、4年生の時は大学で(15人制ラグビーを)やりました。ただ、この年もまたケガが多かったですね。公式戦に入った頃から、足首の骨とアキレス腱に歩けないほどの痛みがあって、さらに練習中に種子骨(親指の付け根)が折れてしまったんです。でも、大学最後のシーズンだったので、試合の直前に麻酔をして痛み止めを飲んでプレーしていました。今でも完全には治り切っていないですね。おかげで痛みには強くなりました(笑)。

ケガは辛いですけど、脚やコア(体幹)をきたえられるし、試合を見ることはできますしね。大学時代は特に海外の試合をよく見ていました。

――好きなチームや選手はいますか?

スーパーラグビーのニュージーランドのチームが好きですね。選手でいうと、豪州代表のロブ・ホーン選手。年は僕の1つ上で、体格も同じぐらい(186cm、93kg)なんですけど、タックルがすごいんですよ。試合の流れを変えるようなタックルをする選手なんです。アタックでも最近活躍しているし。お手本っていうより、単純に好きな選手です。

――4年生の時はバイスキャプテンを務めたんですよね。

僕はキャプテンをやるつもりだったんですけど(笑)。僕はガンガン言うタイプで、みんなが押しつぶれてしまうかもってことで、吉澤太一(現在はコカ・コーラに所属)がキャプテンに選ばれました。吉澤はみんなで一緒に頑張ろうぜっていう考えで、僕はやる気のない人には無理にやらせないで、やる気のある人だけで強くなりたいタイプでした。だから、吉澤から学ぶことが多かったですね。チームは試合に出ている人も出ていない人もファミリー。そういう精神を学べたので、今考えると良かったです。

自分を世界ナンバーワンの選手に育てたい

――卒業後の進路はどう考えていたんですか?

当初は「普通に就職するのかな」ぐらいに思ってたんですけど、企業から誘っていただいて、ラグビーを続けようと考えるようになりました。NTTコムからは内山(浩文)さんがセブンズの試合を見に来てくださいました。羽野(一志)の視察だったと思うんですが、僕ら兄弟にも声をかけていただいて。

他にもお話はいただきましたが、やっぱりNTTコムには昌隆がいたのが大きかったですね。一回離れたけど、やっぱりもう一度、一緒にプレーしたいなと思って。あいつと一緒にピッチに立つと、なんか違うんですよね。"つながっている"っていう感覚があります。

――入団して、シャイニングアークスの印象はどうでしたか?

本当に、先輩も同期もいい人ばっかりなんですよ。優しくて面白くてやる時はやる。練習も楽しいですね。ロブ(監督)やリース(BKコーチ)の練習って、フィットネスにしても、ただ走るだけみたいな単調な練習はほとんどなくて。走るトレーニングでもボールを使ったりして、実戦に使えるような練習をしています。判断力もつくし、疲れた時なりの対応も出来るようになると思うと、練習が全然、苦にならないです。

――初年度からトップリーグの試合にも出場。初めて出た試合はいかがでしたか?

(1stステージ第1節の)サニックス戦が最初だと思いますけど、出場時間が短かったのと緊張しすぎたので、よく覚えていないです。立正大時代は秩父宮ラグビー場みたいな良いグラウンドで試合をする機会が少なかったので、ああいうところで人がたくさん見に来ている中でプレーできるって素晴らしいなと思いました。「やってやろう!」ってテンション上がりますよ、やっぱり。

トップリーグのチームと対戦した感触も「全然イケるな」っていう感じでした。昨季は肩が痛くて上半身のウェイトトレーニングがあまり出来なくて、体が細かったのでフィジカルでは劣っていましたけど、感覚的には「イケる」と思いました。

――では、今季の目標は?

今季は他のラグビー選手から見て「こいつすごいな、常にいい動きをしているな」と思われる選手になりたいです。僕が見ていてもそういう選手って何人かいるので、僕もそこに入りたい。で、来季はドンと。もっと活躍したいです。

中長期的には2019年ワールドカップに出たいですし、究極は世界ナンバーワンのラグビー選手になりたい。それが目標です。

――今季はどんなところにフォーカスして練習していますか?

アタックではボールをもらう前やもらう瞬間の動きを最近すごく意識していますね。ボールをもらってからステップを切って仕掛けるのは得意なんですけど、ボールを持ったら当然、ディフェンスはその選手を見るので。他の選手がボールを持って注目を浴びている間に、こっちで動いてちょっとズラしておくっていうところを意識しています。

バックス全体でいうと、ベーシックのスキルを上げるような練習メニューを組んでいますね。パスをしっかり投げる、しっかりキャッチする。一つのパスの乱れでアタックの形や試合の流れが大きく変わることがあるので、精度が大切です。海外の強いチームは、パスが乱れてチャンスがつぶれるっていうことがめったにないんですよね。だから、ただパスを横へテンポよく展開していくだけでディフェンスを抜けるんだと思います。

――今季は昌隆選手が9カ月ぶりにケガから復帰しましたね。

復帰戦(東京ガス戦)で1本目のトライをあいつが取って、自分のことのようにうれしかったです。僕はシャイニングアークスでまだトライを取ったことがないんですよ。練習試合のキヤノン戦で"幻のトライ"(味方選手のオブストラクションでノートライ判定)があったぐらいで。なのに、昌隆は復帰してすぐに取ったから「あれ?」って(笑)。でも、うれしかったです、本当に。

ケガで休んでいた頃はメンタルが"崩壊"してましたから。毎日暗くて「なんもしたくねー」って感じで、こっちも見ていてつらかったです。僕らはほぼ毎日メールするんですけど、あの当時は来るメール来るメール「普通に歩いててもフラフラする」とか、そういう内容ばっかりで。でも、僕まで一緒に落ち込んだら、昌隆がもっと落ちちゃうから、励ますようにしていました。昨季はあいつの分までっていう思いを強く持ってプレーしていましたね。

――ポジションは何番が好きですか?

13番(アウトサイドのCTB)です。ランプレーが好きなので。13番って一番いい位置でパスをもらえるじゃないですか。WTBはボールが回ってこないこともあるけど、13番はほぼ確実にボールが来るし、そこから自分でコントロールできるのが楽しいですよ。アタックもディフェンスも見せ場がありますし。

チームには諸葛彬という強力なライバルがいますけど、ビン(諸葛)とは仲が良いのでお互いのプレーについて指摘もし合いながら一緒に強くなろうって話しています。ビンのアドバイスを僕はすごく参考にしているし、僕も言うし。まあ、ビンは上手いから、僕から言うことはそんなにないですけど。ビンは韓国代表でいろんな試合を経験しているし、尊敬しています。

――ラグビーは、同じポジションのライバル同士で仲が良かったりしますね。外野から見ると少し不思議です。

試合のメンバーに僕じゃなくて他の選手が選ばれたら、やっぱり悔しさはありますけどね。同じポジションってことは一緒に練習する時間も長くなるので、自然と仲良くなるんですよね。ライバルだけど仲間、仲間だけどライバル。自分の中ではそんな感じです。

――知憲選手が19年W杯に出場するために、足りないものは何ですか?

一番はフィジカルです。スキルに関してもやらなきゃいけないこと、たくさんありますけど。ラグビーって体を強く大きくしないといけないし、スピードもスタミナも求められるので、すごいスポーツだなって思いますね。"野蛮"ですよ、フィットネスも体脂肪率も全部求めてくるんですから。

今ちょっと、育成ゲームやRPGでキャラクターを育てているような感覚がありますね。世界最高の選手になるために、逆算して今の自分に何が必要か考えて、あれやらせてこれやらせて。でも、それで練習しすぎて試合で筋肉系のトラブルが起きたりするので、常に良い状態で練習が出来るように、気を付けなくちゃいけないと思っています。休まなきゃいけないところが僕は分かっていないので、それを覚えたいですね。