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光井勇人 Hayato Mitsui

バックス・SH

テンポの良いアタックを生み出すSHの光井選手。7歳でラグビーに出会い、進学や就職のタイミングでラグビーを辞めることを一度も考えなかったという無類のラグビー好きだ。昨季のケガから復帰し、激戦区ポジションを争う心構えを光井選手に聞く。

光井勇人選手写真

7歳からラグビーと共にある人生

――ラグビーを始めたきっかけは何ですか?

小学校1年生のとき、担任の先生がラグビーのコーチだったので、一度来てみないかって誘ってくれたんです。もともと、先生とは校庭でよく遊んだりしていたので、それで声をかけてくれたんですかね。それからは週1回、朝早くに先生が迎えにきてくれました。最初は日曜なのに朝早く起きるのが嫌だったけど(笑)、いつからか楽しくなって、ラグビーにはまりました。6年間、週1回のラグビーを続けていましたね。

――当時は、ラグビーのどんなところが楽しかったか、覚えていますか?

小学生の頃やっていたのは7人制とかで、スクラムもほとんどないですし、すごく走れたのが面白かったですね。仲のいい友達も一緒にやっていたし、試合も楽しかったです。高学年の頃は奈良県大会なんかで優勝していました。

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――それでは、中学はラグビーを続ける前提で選んだのでしょうか?

ラグビー部が強い学校といえば、奈良では御所実業高校か天理高校になるので、高校も見すえて、僕は天理に進みました。天理高校の純白のジャージにあこがれもあって。中学だと、白黒のジャージなんですけどね。

中学は家から遠くて往復3時間かかったし、練習はハードでした。上下関係も厳しくて、スパイクは必ず黒とか、しきたりみたいなものもありましたし。ただ、部はラグビー経験者がほとんどで、うまい選手も多かったので、切磋琢磨できてすごくいい環境だったと思います。

――戦績もよかったのではないですか?

それは残念ながら......。僕らの代は県大会で負けたり、大阪勢と当たる大会では勝てなかったりでした。僕自身、3年生のときに足を骨折して、しかも同じところを二度やったので、1年ぐらい試合に出られなかったんですよね。

――高校は、決めていた通りに天理へ。練習はやっぱり厳しかったですか?

寮生活になったので、通学は楽になりましたが、練習は厳しかったです。天理には、いつ終わるのかあらかじめ決めないで、ずっとランパスを続ける練習があって、それをみんなは「終わラン」って呼んでいました。1時間半から2時間ぐらい続けていたんじゃないかと思います。後にも先にもランパスをそんなに長時間続けたことはないです。

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――寮生活は、楽しいものでしたか?

いや、部屋割りが1~3年生で同室の縦割りだし、上下関係がすごく厳しいですから。1年生は2~3畳のスペースで生活する感じでした(笑)。先輩の分の洗濯をしたり、部屋の掃除をしたり、誰のスリッパだとか覚えて用意したり、部屋でお菓子を食べるにしても音を立てたらまずいので、先輩がいないときにしたり。まあ、上級生になると、その分、楽でした。

――高校時代、戦績のほうはどうでしたか?

高校時代はSOやWTBで試合に出ていましたが、御所に負けて花園(全国高校ラグビー大会)には一度も出られてなくて、あんまりいい思い出がないですね。御所とは対戦の機会が多いんですが、その年に2回こちらが勝っていても、花園が決まる最後の試合は御所が勝つんです。空気に飲まれることなく、自分たちのやってきたことを出すことが大切なんだなって感じました。

ただ、練習があまりにしんどすぎたので、花園に行けなくてほっとしたようなムードもちょっとありました。それまで、授業の後はずっと練習で、遊びに行くことも全然なかったので。負けた後から部活が休みになって、彼女や友達と近所のショッピングモールに行ってたこ焼きを食べるとか、そんななんでもないようなことが楽しかったですね。

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――高校卒業後は、近畿大学に。これも、ラグビーを続けることは前提で?

ラグビーをやること自体には、まったく迷いがなかったです。高校のキャプテンだった先輩も近大に進まれていたし、僕も奈良を出て大阪へ、という気持ちもあって選びました。近大は関西Aリーグのちょうど真ん中ぐらいの実力でしたかね。練習も上下関係も高校よりはゆるやかな雰囲気でした。

――ポジションは、この頃からSHですか?

1年生の終わりにSHをやってみないかと言われて、最後の2試合ぐらい、リザーブですが、初めてSHで出ました。最初はパスがうまく放れなかったんですが、試合になったら、意外と自分で持っていって抜いたりできて、いきなり、その試合のMVPのような賞に選んでもらえました。

SHは自分で持っていけるし、一番ボールに触る回数が多いし、FWとBKの間なので、いろんな選手とコミュニケーション取れるのも楽しいですね。僕は休みの日でも同期や先輩と食事に行ったり、人といるのが好きだし、性格的にもSHが合っているように思います。今からWTBをやれと言われても、きっとできません。

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――チームの戦績はどうだったんでしょう?

全然ダメでした。4年生のときはキャプテンだったんですが、公式戦では1勝しかできず、入れ替え戦に回って、なんともいえない気持ちでした。キャプテンだから、こうあるべき、ミスしたらアカン、という気持ちが強すぎて、2~3年生のときに比べると自分自身のプレーがうまくいかなかったですね。プレーの面で、自分が前に前にっていうアグレッシブな部分がしぼんでいたと思います。

2年生の頃は大学選手権に出られたけど、関東のチームはレベルが一段高くて。そのときの対戦相手は明治大学でしたが、2トライ差で実力負けという感じでした。

――では、大学時代のラグビーでのいい思い出というと何でしょう?

大学2年生のとき、創部以来、一度も勝ったことのなかった同志社大学との試合で、自分が逆転トライを取って勝てたことですかね。アタックが数フェーズ続いた後、FWとFWの間が空いていたので、そこを突いたトライでした。会場が花園ラグビー場で、お客さんもたくさん入っていて、あれは最高でしたね。

"アタッキングハーフ"を極めたい

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――シャイニングアークスへの入団は、特に迷いなく決められましたか?

ラグビーを続けること自体は決めていましたが、トップリーグで、とは考えていなかったので、大学3年生の頃にNTTコムから声をかけていただいたものの、最初は迷いました。でも、何度も来てくださって、いろんな話をしていただく中で、やってみたい気持ちがわいてきたんです。同期も何人かトップリーグのチームに入るのが分かっていたので、また対戦のチャンスがあるのも魅力でした。ただ、入った当初は、ちょっとした練習でもすごく長く感じたり、緊張からか普段しないようなミスをしたり、これはヤバいなと思いました。

――でも、1年目から、公式戦の出場を重ねましたね。

プレシーズンマッチのNEC戦から出してもらえました。ロブ(・ペニーHC)から「気負わずにいけ」と送り出してもらって。自分が得意とするアタックのテンポ(を生み出すボールさばきなど)の部分はできたかなと思います。レギュラーシーズンに入ると、ケガをするまでの前半節7試合に出ることができました。毎週のようにフル出場でしたが、集中していたので、疲れはそこまで感じませんでした。

試合が終わると、栗原(徹スキルコーチ)さんと話して課題を確認します。フィールド全体を見ての状況判断、パスのタイミング、ディフェンスの裏へのキックなど、試合ごとに新たに課題が出て、それを一つひとつつぶしていきました。スキルやラグビーを考える力は、試合の中で上がっていったように思います。

――特に、印象に残っている試合はありますか?

第4節のパナソニック戦(28-35で敗北)ですね。相手の9番は日本代表の田中史朗選手で、テンポのコントロールや状況判断などに、とても秀でた選手です。自分は若いし、1年目なので、田中選手の胸を借りてがつがついくつもりでやりました。結果は負けですが、思い出深いです。

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――そのように好調だったなか、第7節の近鉄戦でケガを。

試合会場が愛知だったので、終わったら兄家族と食事でも、なんて話していたんですが、まさかの大ケガでしたね。タックルに入られて、膝の前十字じん帯のケガでした。ずっと試合に出ていて、調子も良かったので、最初はすごくショックでしたね。前十字のケガは1年かかるという話も聞いていましたし。

なかなか前向きになれなかったんですが、12月末にケガをして、2月初旬までに2回手術をして、手術後は懸命にリハビリをしてきました。最初は会社にも行けなかったので、午前中はクリニックでリハビリ、午後はクラブハウスでトレーニングと、みっちりやっていました。松葉づえでの移動が不便でしたし、リハビリやトレーニングは地味なメニューばかりなので、しんどかったです。でも、おかげで筋量が増えたし、上半身はケガをする前よりも大きくなりました。

光井勇人選手写真
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――チーム練習に合流できたのは、いつ頃ですか?

9月の終わり頃です。チームメイトから「おう、久しぶり」とか声をかけられながら(笑)、やっぱりすごくうれしかったです。僕がグラウンドに出て走るようになった頃から、ロブは「お、もういけそうじゃないか。今週出るぞ」って冗談を言ってくれたり。ロブはなぜか僕の腕がお気に入りらしく、左右の腕に「ジャック」と「ダニエル」って勝手にあだ名をつけているんですよ。どうも、筋肉が好みらしくて。会うといつも、「ジャック・ダニエル!」って言ってきます(笑)。

――復帰後、ラグビーの調子はどうですか?

復帰後はパスのフォームが崩れて、膝を使う下からのパスなんかは特に影響が大きかったんですが、今は問題なく放れるようになりました。チームも好調なので、前半節の戦いぶりにいい刺激をもらっています。SHをやる選手は増えましたが、僕はテンポと自分で仕掛けるところが得意で、"アタッキングハーフ"を自負しているので、そこは負けられない部分です。あとはフィールドを広く見て、状況判断にも磨きをかけたいですね。

僕は尊敬する選手にいつもアーロン・スミス(ニュージーランド代表)を挙げるんですが、何をやるにもスキルが高いところがすごいと思うんですよ。自分でも持っていけて、パスもできて。パスマシーンのようなハーフより、そういう選手にあこがれます。

――まずは、トップリーグの試合に復帰することが目の前の目標だと思いますが、中長期的にはどうですか?

とにかく一番はNTTコムで試合に出て活躍することですね。その後のことはその後、ついてくるものだと思います。

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