小学生対象のスポーツ教室「シャイニングアークスアカデミー」にはユニークな特色がある。
運営責任者はシャイニングアークス東京ベイ浦安の内山浩文GMだが、実技指導のメインコーチ3名が外部コーチなのだ。その意図を内山GMはこう語った。
「僕自身が父親ということもあり、小学生という大切な年代を預かる責任を重く受け止めていました。アカデミーの運営責任者として、実績のある方々と組んでしっかりとしたプログラムを提供し、子どもはもちろん保護者の皆さんにも喜んでもらいたかったんです」

内山GMがタッグを組んだ実績のある小学生スポーツ教室――それが慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(慶應SDM)と一般社団法人慶應ラグビー倶楽部が共同運営している「慶應キッズパフォーマンスアカデミー(慶應KPA)」だ。
拠点は慶應義塾大学ラグビー部の本拠地、日吉グラウンド(神奈川県横浜市)。「体」と「心」の成長をサポートする先進的なプログラムが人気で、県内外に約100名の会員がいる。
シャイニングアークスアカデミーでは練習拠点「アークス浦安パーク」を活用しながら、慶應KPAのコーチ3名を招き、慶應KPAのプログラムをベースとした指導を2021年10月から行っている。
今回はそんな慶應KPAのキーパーソンである2人と、内山GMとの座談会がアークス浦安パークで実現。慶應KPAとシャイニングアークスアカデミーの魅力、未来を語り合った。
一人は、慶應KPAのディレクターであり、慶應SDMの神武直彦(こうたけ・なおひこ)教授。
学生時代は、先日国際宇宙ステーションから帰還した星出宇宙飛行士らを輩出した慶大理工学部のラグビー部に在籍し、同大学院修了後、宇宙開発事業団(現JAXA)に就職。H-IIAロケットの研究開発と打上げなどに従事。現在は慶應SDMでの教育研究の傍ら、慶應義塾横浜初等部(小学校)の校長も務める。
もう一人は、慶應KPAの運営責任者であり、慶應SDM特任助教の和田康二(わだ・こうじ)氏。
慶大ラグビー部・創部100周年の大学選手権優勝メンバーであり、4年時は主将。2013・2014年度は監督をつとめ、2年連続大学ベスト4。卒業後に就職したゴールドマン・サックス証券を経て、現在は慶大ラグビー部GMを務めている。
「体」と「心」の成長をサポートする
内山浩文GM
(以下内山):
シャイニングアークスアカデミーを見ていると、子ども同士で集まって、ああでもない、こうでもないとディスカッションをしますよね。僕には小学生の子どもがいるんですが、実は彼らにアカデミー(トライアル)を体験してもらいました。終わった後に子どもたちに感想を聞いたら「すごく楽しかった」って。
和田康二GM
(以下和田):
シャイニングアークスアカデミーもそうですが、慶應KPAでもプログラムには対話が生まれるボールゲームなど、個人ではなくチームでやる運動は必ず入れていますね。
内山:あと慶應KPAのコーチの皆さんはめちゃくちゃ褒めますよね!!親としても勉強になるので、子どもに対するアプローチが変わりました(笑)。
神武直彦教授
(以下神武):
「人と比較しない」「自分を超えることを目指してもらう」というアプローチは慶應KPAで重視していることのひとつです。
内山:アカデミーに採り入れさせてもらった慶應KPAさんのプログラムは、ラグビーの技術指導に特化したクラブもあるなか、「体」だけではなく「心」の成長もサポートする点に魅力を感じました。
神武:自分を肯定することができて、前向きな気持ちになれるプログラムにしたかったんです。スポーツは他人との比較で序列がついてしまいがちですよね。たとえば、4月生まれの子と比較されてスポーツが嫌いになってしまう早生まれの子がいたりするんです。最初でつまずいてスポーツが嫌いになってしまうのはもったいない。
内山:本当にそうですね。
神武:見せ方の工夫次第で自己肯定できることは多いはず、という考えで、慶應KPAでは他人と比較するのではなく、自分を超えることを目指しています。見せ方の工夫次第で自己肯定できることは多いはず、という考えで、慶應KPAでは他人と比較するのではなく、自分を超えることを目指しています。地域の小学校で様々な実証をして知見を蓄積してきました。実際に「地域のスポーツクラブでは他の人と比較されてしまってうまくいかないことが多かったけれど、ここ(慶應KPA)ではどんな子でも認めてもらえる」というような理由で、遠方からお子さんを通わせている親御さんもいらっしゃいます。

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和田:もともと慶應ラグビー部の社会人スタッフと慶應KPAの前身にあたる活動を始めました。そこから正式な慶應義塾大学の教育研究事業となる上で、神武先生とコンセプトを固めていきました。心技体でいうと、「技」のところは小学校高学年から中学校以上で各競技に特化して伸ばしていく部分のイメージです。小学生ではその土台となる「心」と「体」の成長が重要だと思っています。
内山:大人になってから心を鍛え上げるのは大変ですよね。
和田:心の成長は「知る・考える・話す・挑戦する・率先する・支える・継続する」など様々な要素がありますが、例えば慶應KPAやシャイニングアークスアカデミーでは、チームでやるボールゲームや鬼ごっこの休憩時間にどうしたら勝てるかをディスカッションしたり、上手くいかない仲間がいた場合でも皆で支え教え合うなど、子供たち同士の対話や交流を通して心の成長を促すことを大事にしています。
内山:心の成長は重要ですね。強化に携わる人間として、オン・ザ・ピッチで活躍している人は心という内面的強化ができている人だと思います。
和田:おっしゃる通りですね。大学の監督をした私自身の経験からもそうですし、世界で活躍するトップレベルの選手たちは優れたプレーだけでなく、優れた心、人間性の持ち主と聞きます。
データ、テクノロジーの活用で成長を促進
内山:シャイニングアークスアカデミーではテクノロジーを積極的に活用して、アカデミー生の成長を促したい。「Smart ICT × Sports」はNTTグループの強みですし、ICTの実証実験にも適したアークス浦安パークもあります。
和田:以前、こちらのアークス浦安パークをお借りして、慶應ラグビースクールの練習をやらせて頂きましたよね。
内山:ありましたね。
和田:そのときに練習をドローンで上空から撮影し、アークス浦安パークの会議室をお借りして、お昼を食べながら空撮映像を流しました。そうしたら子どもたちが「こんなに団子になっているんだ」と驚いていた。言葉で「一カ所に固まっている」「団子になっている」と何度も言うより、映像で見せた方がパッと一瞬で入ってくる。子どもが何に反応するかは工夫のしどころです。言葉や数字だけを出しても子どもは「?」という感じになってしまいますから。

神武:子どもに分かりやすいのは映像だと思うんです。たとえば僕らが小学校でラグビーのパスを教えたとき、パスをした30秒後に再生される遅延再生のiPadを置いて、パスをした映像を自分で確認してもらいました。自分はできていると思っているんだけど、30秒前の自分を見るとまったくできていないことに自分で気づく。そういった気づきは納得感があり、行動変容につながることが多い気がします。あるスキルをゼロからそこそこのレベルに上げるまでは、自分を自分で見て客観視する方が、専門家からアドバイスをうけるより上達しやすいことがあるという研究結果が出ています。
内山:そうなんですね。
神武:そこそこのレベルからの上達は、自分の知識だけでは何をすべきか的確に把握することは難しいので、知識も経験も持っている専門家に教えてもらった方が上達しやすいです。たとえばスクリューパスの投げ方というのは映像で見るだけでなくて、専門家がそのコツを教えることで早く上手くなることが多い気がします。目的と手段を上手くつなげるのがコツかなと思います。
内山:こういう話はとても面白いですね。シャイニングアークスアカデミーではアシスタントコーチとして毎回複数の現役選手が参加しているので、技術指導はサポートできます。
神武:アカデミーで行う運動の動きがそうした選手たちの試合等での動きと紐付いていると自分ゴト化できると思います。例えば以前、小学校低学年の児童を集めて鬼ごっこのデータを取ったのですが、当時ちょうどロシアでサッカーW杯をやっていたので、本田圭佑選手がロシアW杯の試合で最も速く走ったときのスピードを見せて「今日のタロウ君のダッシュスピードと本田圭佑選手が一番速く走った時のスピードは同じでした」といった見せ方をしました。そうしたデータの見せ方をするとデータを介して色々なことの関係が理解しやすくなるので、目標を立てやすくなるなどの効果があると思っています。
内山:データの比較で意欲を喚起する方法は面白いです。同じプラットフォームだったら可能ですね。
いろんな子が集まる「成長のふるさと」に
内山:シャイニングアークスアカデミーは慶應KPAと同様にラグビー専門のアカデミーにはしませんでした。運動の楽しさを感じながら、自分に合ったスポーツを見つけてほしいと思っています。
和田:ラグビーに特化したアカデミーにも大事な価値はありますが、中学生以降にラグビーをやるにしても、ラグビー以外のスポーツをやるにしても、小学生年代は様々な運動、スポーツを経験することが大事だと思います。慶應大学の監督だった頃の体感としても、小学生から中学生年代に、ある競技に特化していた選手にはマルチスポーツ的な能力が足らない傾向がありました。ランは良いがキャッチやキックが苦手なバックスの選手や、フォワードの選手でコンタクトプレーは良いけどパスが苦手とか。トップレベルのラグビーではどれも必要な能力ですが、大学からでは上達しにくい能力があるんですね。柔軟性や体の使い方などもその一つで、これらは怪我のしやすさにつながります。他のスポーツでも同じような課題があると思います。
内山:難しいですよね。
和田:シャイニングアークスアカデミーもラグビーに特化していないので、いろんな子が集まると思います。そうすると他の学校の子、他競技の子など、コミュニケーションを通していろんな価値観に触れ、友達作りの場にもなります。また、慶應KPAは多様なコーチ陣も特徴で、例えば陸上の山縣選手(亮太/陸上男子日本代表)を指導されている高野大樹さん(慶大競走部コーチ)にスピードコーチをお願いしています。定期的にグラウンドやオンラインで実際に指導を頂きつつ、プログラムのアドバイスを受けています。陸上競技に興味関心を持ち、能力が伸びた結果自分にはこっちが合っているといったようなケースも今後あるかもしれませんね。
内山:自分に合ったスポーツを見つけられるかどうかで未来が大きく変わる可能性がある。ぜひ子どもたちに自分の適性を見つけてもらう機会を提供したいですね。
神武:シャイニングアークスアカデミーに参加して下さる子は、スポーツをやりたい子が多いのだと思いますが、浦安市で子どもにプログラミングをさせたい親御さん、プログラミングを学びたい子などに参加してもらうのも面白いと思います。彼らにアカデミーで得たデータを提供し、一緒に考えて、対話をし、作業をする。同じ場所、そして同じタイミングで体を動かす人、頭を動かす人がいる。スポーツを軸に「する・みる・ささえる」ができる教育プログラムがあると面白いですね。そうした能力を身に付けた子たちは色々なところで活躍できますし、国を超えて必要とされる人材にもなり得ると思います。
内山:いろんな子がいろんな成長をしていく場になってほしいです。シャイニングアークスアカデミーのコンセプトは「成長のふるさと」で、アカデミー生も気に入っているみたいですね。
和田:キーコンセプトは、慶應KPAの場合、「子供たちを『最高の未完成』へ」。シャイニングアークスアカデミーの場合は「成長のふるさと」になりました。
神武:ちょっとレトロな感じで良いですね。
和田:良い言葉だなと思います。
内山:未来から振り返ったときに、アークス浦安パークで自分は成長できたなと思ってもらいたいですね。
