インタビュー / INTERVIEWS

CloseUp Interviewクローズアップインタビュー

シャイニングアークス育ちのスタンドオフ。
日本代表候補、前田土芽

2021年5月14日

前田 土芽

前田土芽がやってくると、インタビューの場がパッと華やいだ。陽気なオーラを放つムードメーカーは、取材のために用意された椅子に座る前に、誰にともなく言った。

「いやー、ほんとビックリしました」

日本代表候補の選出は、まさに青天の霹靂であった。

「いちファンとして日本代表候補の発表を見るつもりでした。でも発表前に自宅でリモートワークをしていたら、チーム(シャイニングアークス)から電話をもらって、『名前が出るよ』と教えてもらい、すぐに聞き返しましたね。『僕ですか?』って(笑)。本当に予期していませんでしたから。どのポジションで選ばれたのかを訊いたら『スタンドオフで』と。まさか!でした」

4月12日(月)に発表された2021年度の日本代表候補52名のうち、スタンドオフとして選出された選手は3人。初の8強を成し遂げた19年ワールドカップ日本代表の田村優と松田力也、そして、NTTコミュニケーションズの前田土芽だった。

長崎・海星高校、筑波大学と歩んできた前田は、年代別代表にもセンターで選ばれており、「司令塔」と呼ばれるスタンドオフは20年夏に始めたばかりだった。しかもトップリーグデビューは発表1か月前の第3節クボタ戦。本人にとってもサプライズだ。

前田 土芽

保持している日本代表4キャップは、16年のアジアラグビーチャンピオンシップで獲得したもの。韓国戦、香港戦では、後のチームメイトである石橋拓也とセンターコンビを組んだ。

ただ、当時の日本代表の主力は結成1年目のサンウルブズに参加しており、30人中23人は初招集。若手主体の編成であり、大学2年生だった前田にとってもフル代表の意識はなかった。

「代表4キャップは持っていますが、あの時は若手中心でした。大学生としてちょっと入ったという感覚で、自信を持って『俺は日本代表だ』と言えなかったです。そういう意味では、今回は嬉しかったですね。これまでは『23年のフランス大会に出れたらいいな』という感覚でしたが、候補に選んでもらい現実味が出てきました。『狙える位置にいるんだ』とワクワクしています」

その喜びは両親にも伝えた。父・希土(きど)さんは前田の母校、長崎・海星高校のラグビー部監督だ。

「両親には発表直前に伝えました。父親が監督なので照れくさいこともあり、3人のLINEグループを作って『代表候補に入ることになりました』と報告しました。でも、既読はつきましたが、返事が来ない。午後3時にリリースがあってから『本当だったね』と連絡が来ました。疑われていたのかもしれないですね(笑)」

前田 土芽

センターとしての前田土芽は長崎で育った。

1996年11月30日、福岡で生まれたが、すぐに長崎に戻り、大村湾を眺める長与町で3歳から競技を始めた。指導者である父は将来を見据え、左右のキック、両手での速いパスなど、高い技術力を息子に求めた。

海辺の町で重ねた鍛練の日々はいま、前田の大きな財産になっている。

「いろんな場所で評価してもらっているのは、両足でキックを蹴れる、両手で速いパスを投げられる、といった部分です。そこは父親に小さい頃から言われてやり続けてきたことで、その点を評価されたことは僕としても嬉しかったです。父も喜んでくれたらいいなと思います」

一方で、スタンドオフとしての前田土芽は、NTTコミュニケーションズの本拠地・浦安で育った。

転機は2020年の夏

新型コロナウイルスの影響でスタンドオフのクリスチャン・リアリーファノが来日できなかったこともあり、ボールゲームでスタンドオフが人数不足になった。応急的に、前田が10番の位置に入った。

「コロナ禍でクリスチャンの合流が遅れたりして、スタンドオフが同期の(松尾)将太郎しかいなかった時がありました。練習のボールゲームでスタンドオフがもう一人必要になったとき、バックスコーチの友井川(拓)さんから『とりあえずやってほしい』と言われて入りました」

前田のプレーぶりを見て、現役時代にスクラムハーフとして間近にスタンドオフを見続けてきた友井川コーチは目を見張った。

前田 土芽

「友井川コーチに『スタンドオフを続ければ絶対にモノになる』と言ってもらいました。センターでやっていきたい気持ちはメチャメチャありましたが、両方できればリザーブに入りやすくなるかな、という思いもあって、チャレンジを決めました」

ただ人生初のスタンドオフ挑戦は、順風満帆ではなかった。スクラムハーフからのパスの軌道、視野の角度…。センターとの感覚に違いがあった。

そんなとき、スタンドオフの先輩たちが
心強い味方になってくれた。

「クリスチャン(・リアリーファノ)は練習映像から僕のプレーを毎回切り取って、『ここは良かった、悪かった』というレビューをしてくださいました。彼はみんなにも同じことをやっています」

1年先輩で元近大主将の喜連航平、明大卒で同期の松尾将太郎の存在も大きかった。

「(喜連)航平さんは気軽に相談に乗ってくれますし、同期の将太郎もいます。2人にはボールのもらい方を教えてもらったり、一緒に練習をしてきました。スタンドオフの皆さんからたくさん情報をいただきました」

選手だけではない。小沼健太郎キャリアディレクターは、主に1対1のミーティングで選手のキャリアを支援するメンタルの専門家。対話を通して、プレーの安定性が向上した。

「プレシーズンでの小沼さんとのミーティングを通して、楽観的になっていた方が良い結果が出ることに気付きました。気楽なメンタリティを持てるようになったのは、小沼さんのおかげです」
待望のトップリーグデビューは、第3節クボタ戦になった。デビュー戦に向けては、切磋琢磨してきた同期のスタンドオフ、松尾将太郎から激励のメッセージをもらった。

思いきって、やってこい。

2021年3月6日、仲間の代表として、前田は初めてトップリーグの公式戦に出場した。

前田 土芽

迎えたトップリーグ公式戦の初舞台

チーム加入から約2年後の初舞台だった。

試合開始のカウントダウンでは「緊張で気を失いそうだった」というが、開始早々に左足の特大キックで陣地挽回。身体に染みついたスキルを発揮した。その後はプレーオフを含めた4試合に先発し、東芝戦などで手応えも掴んだ。

トップリーグの戦いが終わり、前田はこれから日本代表候補の一人として、いよいよ大海へ漕ぎ出す。

どんな運命が待ち受けているか分からないが、心はシャイニングアークスと共にある。

前田 土芽

スタンドオフの自分は浦安で育った
――感謝と期待を抱きつつ、出航の刻

「あらためて思いますが、僕一人だったらこんなこと(代表候補選出)にはなっていません。本当に感謝しています。周囲に活かしてもらっていると感じます」

前田 土芽

浦安の海は、フランスにも、故郷・長崎にも繋がっている。ここからは大切なすべてが見渡せる。感謝と期待を抱きつつ、出航の刻を待っている。