NTTコミュニケーションズ株式会社(以下、NTT Com)は、社会におけるICTリテラシーの向上とインターネットのさらなる利用促進を図ることを目的に、2001年からインターネット検定「.com Master」(以下、ドットコムマスター)を実施しています。インターネットの基礎知識からビジネスの最前線で生かせる実践的なICT知識まで身に付けられるとして広く認知され、これまで50万人もの皆さんに受検いただいています。このほど、ドットコムマスターを用いたICT教育に関する京都大学との共同研究の成果が、一般社団法人大学ICT推進協議会で最優秀論文賞を受賞しました。NTT Comが検定の運用を通じてどのようにICT教育に貢献しているのかなどをご紹介します。
時代とともに出題領域を拡大 20年目を迎えたドットコムマスターの現在
ドットコムマスターは、光ファイバーを用いた高速・大容量通信サービスの提供が本格化した2001年にスタートし、20年の歴史があります。現在では、多くのIT企業や大学の一般情報教育でも活用されているほか、NTT Comでも毎年多くの社員が受検しています。
かつては固定回線やWeb、メール利用などの内容が中心でしたが、時代の変化とともにカリキュラムの見直しを図ってきており、最近では、モバイルやクラウドコンピューティング、AI(人工知能)のほか、コンピューター技術に留まらず、ICTを活用する上で欠かせない法律知識などについても盛り込むようになりました。法律知識については、提携する法律事務所の指導の下、プロバイダー責任、個人情報保護、知的財産保護、電子商取引、マイナンバーのほか、法律改定といった内容を含みます。国家資格などと違い、実際にデファクトスタンダードとなっているような商用技術やサービスを取り上げることで、実用性を重視した検定を維持しています*1。
検定の運営にあたっては、データ分析の視点から試験内容に問題がなかったかなどを検証し、試験の質的向上に取り組んでいます。例えば、NTT Com デジタル改革推進部の池田佳代さんが中心となって項目応答理論*2を活用し、不自然な結果となっている問題の洗い出しを行っています。この分析結果を受けて、作問者が精査し問題のメンテナンスを行うほか、問題ごとの応答曲線について教育機関へフィードバックすることで、さまざまな教育の場で生かされています。
こうしたNTT Comの人材を活用したICTの基礎学習カリキュラムの作成には、多くの若手社員も参画しており、彼ら自身の学習機会にもつながっています。
*1 検定の資格認定者像の詳細は、『NTTコミュニケーションズインターネット検定 .com Master ADVANCE公式テキスト』(NTT出版)の巻頭に記載しています。
*2 項目応答理論:評価項目群への応答に基づいた、被験者の特性や評価項目の難易度・識別力を測定するための試験理論。
ドットコムマスターを活用した一般情報教育で京都大学と連携
NTT Comは京都大学と連携し、同大学の一般情報教育におけるICTの教育効果の研究に取り組んでいます。このほど、昨年までの成果をまとめた共同研究論文「一般情報教育におけるLINE-Bot型クイズシステムの試用 (PDF:812KB)」が、一般社団法人大学ICT推進協議会(以下、AXIES)*3の2019年度年次大会で発表された76本の論文の中から、最優秀論文賞に選ばれました。なお、2020年12月に開催される2020年度年次大会で表彰される予定です。この研究成果についてご紹介したいと思います。
*3 一般社団法人大学ICT推進協議会:ICT(情報通信技術)の利活用により教育・研究・経営の高度化を図り、日本の教育・学術研究・文化・産業に寄与することを目的に、多くの大学や企業が参加している団体。略称はAXIES(Academic eXchange for Information Environment and Strategy)。
SNSを使ったマイクロラーニングで学生の成績が向上
京都大学との共同研究では、入学したばかりの学生にBASICを受検してもらい、期末試験で再度、同じ難易度のBASICを受検してもらうことで、在学中の学習効果を測ってきました。この3年間、授業や公式テキストのほか、学習用のスマートフォンアプリやドットコムマスターを参考にして開発された大学独自の教材テキストを提供してきましたが、成績は伸びていませんでした。
一方、学生へのアンケート結果から、提供した教材はほとんど活用されず、出題内容についてもあまり勉強していないことが分かりました。大学入学までインターネット分野の学習をほとんどしたことがない学生にとって、不慣れな概念と専門用語や略語の知識についての勉強は、かなりハードルが高いものだったようです。
そこで、学生たちが頻繁に使っているSNSを活用し、「勉強しない人向け」といわれるマイクロラーニングと呼ばれる学習法を提供してみることにしました。マイクロラーニングとは、スマートフォンなどを使い、時間や場所を問わず1つのコンテンツを数分で学べる学習法のことで、英単語の学習などでよく用いられています。
具体的には、学生の間で広く普及しているLINEを通じて毎日1問を出題し、解答に対して解説を返すBot*4を提供しました。すると、約半数の学生が利用し、3年間で初めて全学生の平均点を向上させることができたのです。利用しなかった学生の平均点は従来通り向上していないという結果も得られたことから、マイクロラーニングの効果を定量的に実証した貴重な研究成果となりました。なお、このBotは、最初に全ての問題を配信サーバーにセットすることで毎日決まった時間に自動で出題される仕組みのため、教える側の負担はほとんどありませんでした。
*4 『研修BOT』の開発、運用はNTTコムウェアが行っています。
大学におけるオンライン授業向け教材の提供にも対応
ニューノーマル時代に向けて教育機関でもICT利用は進んでおり、学習管理システムLMS(Learning Management System)の利用も本格化しています。京都大学でも今秋は、新型コロナウイルス感染症対策として、対面授業は限定的に実施し、オンライン授業を併用するとのこと。そこで、初めての取り組みとして、ドットコムマスターの問題を大学のLMSに搭載し、学生に提供してみていただくことにしています。
LMSに搭載する問題については、eラーニングに関する標準化規格であるQTI(Question and Test Interoperability)という標準フォーマットが広く使われています。ドットコムマスターでは、NTT Comの独自システム*5で個々の問題管理、試験問題のセット作成、さまざまなフォーマットでの出力などを自動化していますが、今後QTIへの対応も計画しています。また、大学のLMSとオンラインの各種教育サービスを連携させるLTI(Learning Tools Interoperability)という国際標準も広く使われ始めているため、今後、こうした仕様にも対応し、LMSと連携していくことも検討していきます。
*5 ICE(Internet Certificate Examination management system)。ドットコムマスター以外の試験問題の管理にも転用を図っています。
今回の記事掲載にあたり、共同研究でお世話になっている京都大学の喜多 一教授からコメントをいただきました。
「大学生への一般教養としての情報教育は、ICTを専門としない学部の学生にとって、卒業後に社会で活躍するために重要な教育課題です。他方で、とりわけネットワークなどの実践的な内容は変化も激しく、大学教員だけで教材などを準備するには限界があります。また、多くの概念、用語のあるネットワークやコンピューター関連の事項を新入生に的確に学んでもらうには、さまざまな工夫も必要です。留学生向けの英語での教育にも欠かせません。この意味で、日本語と英語で教材を編集し実施されているNTT Comのインターネット検定を題材とした共同研究は、京都大学のみならず、広く日本の大学教育に貢献できるものと考えております」