企業や働く人々に求められる「インテグリティ」の視点

倫理方針や行動規範などにおいて、「インテグリティ」(Integrity)の考え方をマネジメントに採り入れる企業が増えています。インテグリティとは誠実や真摯、高潔などを意味する言葉であり、すでに広まっているコンプライアンスとは基本となる考え方に大きな違いがあります。このインテグリティについて、詳しく解説していきます。

インテグリティとは誠実や真摯、高潔などを意味する言葉であり、すでに広まっているコンプライアンスとは基本となる考え方に大きな違いがあります。このインテグリティについて、詳しく解説していきます。

日本企業が陥る「コンプラ疲れ」とは

世界最大手のエネルギー販売会社であり、多くの人々が優良企業だと考えていたエンロンは、2001年に16億ドルという巨額の負債を抱えて倒産しました。その背景にあったのは、経営層の指示で行われていた粉飾決算です。

具体的には、特定目的会社(SPC:Special Purpose Company)を使った簿外取引により利益を水増し計上するという手口で粉飾決算を行っていたのです。

翌年2002年には、全米2位の長距離通信会社であったワールドコムが倒産します。その原因も不正な会計処理であり、負債総額はアメリカ史上最大となる約410億ドルでした。

不正な会計処理の目的は、ITバブルの崩壊などによって悪化した経営状態をごまかすことでした。そのため、本来は費用となるものを資産として計上し、それによって利益を膨らませていたのです。

ちなみに、エンロンとワールドコムの決算で監査を行っていたのは同じ監査法人であり、これらの事件の影響を受けて同法人は解散しています。

粉飾決算を行っていたエンロンとワールドコムが破綻したことにより、アメリカの証券市場に対する信頼は大きく低下することになります。そこで信頼回復に向けてサーベンス・オックスレー法(SOX法)が制定されたほか、多くの企業においてコンプライアンス(Compliance)の取り組みが進められました。

コンプライアンスは「法令遵守(法令順守)」を意味する言葉です。昨今では単に法令を守ることだけでなく、社会規範や道徳的観点などの考え方も含むことが一般的です。

このような動きは日本にも波及します。アメリカのSOX法を参考としたJ-SOX法と呼ばれる制度が導入されたうえ、多くの企業が内部統制を強化するための取り組みを進めるなど、法令遵守(法令順守)に加え道徳的な観点も組み込まれたコンプライアンスが強く意識されるようになりました。

このようにコンプライアンスの意識は高まっていますが、一方で不正の発覚が相次いでいるのも事実です。

デロイト トーマツ グループが公開した「企業の不正リスク調査白書 Japan Fraud Survey 2020-2022」によれば、アンケートに回答した427社のうち、「過去3年間で不正が発生」したと回答した企業は54%で、2018年の前回調査(48%)よりも6ポイント上昇しています。このように不正の発生実績が増加しているにもかかわらず、「不正リスクが高まったと感じる」と回答した企業は2018年よりも10ポイント低い61%と、不正に対する危機意識が低下していることは大きな懸念点でしょう。

さらにデロイト トーマツ グループでは、新型コロナウイルス感染症の影響が長引いたことで、さまざまな不正リスクが高まっていると警鐘を鳴らします。具体例として、テレワーク化が進む一方でセキュリティ対応が後回しになったことによる情報漏えいの発生や、海外駐在や出張に制約が生じたことで、海外子会社のガバナンスが脆弱化していることなどが挙げられています。

また、行き過ぎた成果主義や社会情勢にそぐわない経営理念も企業の不祥事に結びつく要因ではないでしょうか。

昨今では「コンプラ疲れ」という言葉を聞く機会も少なくありません。たとえば、金融庁が公開している「コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理基本方針)」には、「過度に詳細かつ厳格な社内規定の蓄積、形式的な法令違反の有無の確認、表面的な再発防止策の策定などの形式的な対応が何重にも積み重なり、いわゆる『コンプラ疲れ』が生じている」と記述されています。

この文書は金融機関を対象とした検査や監督に関してのものではありますが、金融機関以外の企業においても、法令遵守を目的としたルールの増大や各種検査への対応で従業員が疲弊しているといったケースは多いのではないでしょうか。

新たなキーワード「インテグリティ」とは何か

この「コンプラ疲れ」のように、後ろ向きに捉えられることも少なくないコンプライアンス(Compliance)に代わる、新たなキーワードとして注目されつつあるのが「インテグリティ」(Integrity)です。

インテグリティとは「誠実」や「真摯」、「高潔」などの概念を意味する用語です。著名な経営学者であるピーター・ドラッカーは「真摯さに欠けるものは、如何に知識があり、才気があり、仕事ができようとも、組織を腐敗させる」との言葉を残しています。真摯さ、つまりインテグリティをおろそかにする人間は、組織を腐敗させる存在だというわけです。

もう1つ、ドラッカーの言葉で覚えておきたいのは「職場風土は戦略に勝る」という言葉です。いくら優れた経営戦略を練ったとしても、組織風土が腐敗していれば思うような成果を手にすることはできません。この組織風土を良好にしていくうえで、また健全な組織運営を進めていく際に、インテグリティは極めて有効な考え方です。

それでは、具体的にインテグリティとは何なのか、コンプライアンスと比較しつつ考えてみましょう。

たとえば、従業員、あるいは組織として社会的規範にもとづいてやるべきこと、あるいはやるべきではないことがあり、それがルールやガイドライン、システムとして定められていたとしましょう。コンプライアンスを軸とした考え方では、ルールやガイドライン、システムとして定められているから“やらなければならない”、あるいは“やってはならない”となります。

一方、インテグリティの考え方であれば、ルールとして定められているかどうかにかかわらず、社会的規範や倫理にもとづいて「自ら考え」、“やるべき”、あるいは“やるべきではない”と判断します。

このように定められたルールに従って行動する、他律的な規範にもとづいた行動がコンプライアンスだとすれば、自身の考えにもとづいて自律的に行動することがインテグリティだと捉えられます。これこそ従業員が共有すべき価値観であり、社内の行動規範とすべきものでしょう。なお「インテグリティ規程」などのように、インテグリティ的な行動をルールとして定義することは、インテグリティの考え方にそぐわないでしょう。あくまで従業員が自律的に誠実に行動することを促すことが大切ではないでしょうか。

またコンプライアンスでは、会社が定めたルールに重きを置く傾向が強まるため、組織の判断を優先することになりがちです。過去の不正に関わる事件では、社内で何らかの不正が行われていて、それが法律違反であったとしても組織の判断を優先して社員が口を閉ざすといったケースが数多くありました。逆に不正を告発するようなアクションを起こせば、ハラスメントが行われたり、組織内部での立場が危うくなることも珍しくありません。

社内の行動規範や従業員が共有すべき価値観であるインテグリティでは、組織内ではなく社会に対して目を向け、誠実さ、真摯さ、高潔さを持って対応しようとします。仮に社内で不正が行われていれば、その行為を法律や社会通念に照らし合わせて問題があると判断し、不正を正す、あるいは告発するといったアクションにつながるのではないでしょうか。また、マネジメント層や組織リーダーを含め、組織にインテグリティが浸透し、健全な組織運営が成されていれば、こうして声を上げた人に対して賞賛の声が贈られるはずです。

こうした企業文化が組織に根付き、社内の行動規範、倫理的な行動のための指針として理解されていれば、ルールで縛られるよりも不正を防げるのではないでしょうか。

同様の例として、「1件の重大事故の裏には、29件の軽微な事故と300件の怪我に至らない事故がある」という有名なハインリッヒの法則への対応が考えられます。

ハインリッヒの法則

画像:ハインリッヒの法則

重大事故を起こさないためには、多くの軽微な事故や怪我に至らない事故を組織内で共有し、対策を講じることが重要でしょう。ただし組織として「インシデント撲滅」などの目標を掲げ、セキュリティなどにおいて小さなインシデントも許さないという姿勢が示された途端、軽微な事故や怪我に至らない事故がマネジメント層や現場で共有されなくなってしまう、といったケースは珍しくありません。

しかしインテグリティの姿勢で誠実にインシデントに向き合い、重大事故を防ぐことこそ重要であると捉えると、インシデント撲滅などといったお題目にとらわれず、より重大な事故を防ぐために積極的に情報を共有することになるのではないでしょうか。また、倫理的に正しいことを賞賛する、倫理的な行動のための指針としてのインテグリティ・マネジメントに取り組むことも重要です。

繰り返しますがインテグリティ規定などとしてルールやシステムで縛るべきではありません。従業員が自律的に行動するように促すことが大切です。

多くの企業に広まりつつあるインテグリティ

このインテグリティを広義のコンプライアンス経営の方針、あるいは倫理方針や行動規範などで掲げる企業は少なくありません。インテグリティの事例の1つとして挙げられるのがコカ・コーラで、事業行動規範において「Acting with Integrity Around the Globe」と明記しています。

マクドナルドも注目すべきインテグリティの事例で、「Our Mission and Values」の「Our Values」において、「Serve」「Inclusion」「Community」「Famility」などとともに「Integrity」を挙げ、「we do the right thing」とインテグリティの方針を明確に打ち出しています。

日本でもインテグリティの考え方は広まっています。たとえば三井物産株式会社では「三井物産のマテリアリティ」として「インテグリティのある組織をつくる」と記述しているほか、第一三共株式会社もコア・バリューの1つに「Integrity」を掲げています。

NTTグループでは「Shared Values(共有価値)は、私たちのDNAであるConnect(つなぐ)、Trust(信頼)、Integrity(誠実)です。約90の国と地域で働く30万人の社員みんなで、こうしたビジョン・企業像をもとに、ミライへの夢を共有していきます」と、「目指すべき企業像」の中でインテグリティに言及しています。

このように見ていくと、今後は広義のコンプライアンス経営として、インテグリティを前提とした組織運営であるインテグリティ・マネジメントが広がる可能性は高いでしょう。また社会的責任の遂行を果たすためのベースの考え方として、より多くの企業にインテグリティの考え方は浸透するのではないでしょうか。組織人の重要な資質としても、インテグリティは重視されていくと思われます。

インテグリティ向上のための業務支援

社内の行動規範や従業員が共有すべき価値観としてインテグリティの浸透を目指すうえでは、従業員が満足して働けること、ストレスなく業務に取り組めることも重要です。その実現のために、テクノロジーの活用も積極的に検討すべきです。

たとえば従業員のICTトラブルや社内窓口として多くの問い合わせに対応する情報システム部門は、大きなストレスにさらされます。このストレスを軽減し、インテグリティを社内の行動規範として根付かせるには、情報システム部門の抱える業務のアウトソースも検討すべきでしょう。NTT Comでは、「スーパーヘルプデスク」で多くの企業のアウトソーシングを支援しています。またICT運用に関して何らかの課題を抱えているのであれば、アウトソース範囲に「サービスマネージャー」の活用も含めることでICT運用最適化が進み、情報システム部門の管理者ストレスは軽減され、本来業務に集中できるでしょう。

在宅化が進みつつあり、ストレスを抱えるケースが多いとされる職種の1つとして、コールセンター/コンタクトセンターのオペレーターが挙げられます。「コンタクトセンターKPI管理ソリューション」の「Dashboard」メニューでは、AIによる感情分析や音声マイニングにより、オペレーターの元気度などを把握することができ、タイムリーなオペレーターケアを可能にします。

海外子会社のICT運用に不安があり、グローバルガバナンスの強化を果たしたいといったニーズに対しては、「Managed Hybrid Infrastructure Solution」を展開しています。グローバルに統一されたサービスレベルの実現のため、コンサルティングから運用まで一貫して提供しています。さらにシステム規模に合わせて、ICTインフラ環境の最適化のためにDevOps型のアプローチによるアジャイルなDXを実現します。

企業として社会に対して責任を果たしていくためには、セキュリティもおろそかにはできません。「Tanium」を活用した「エンドポイントマネジメントソリューション」は個人情報漏えいなど社会的問題を未然に防止するため、PCやサーバーといった端末のあるべき姿を常に維持・最適化する、サスティナブルなサイバー衛生管理が可能です。

こうしたソリューションの活用も視野に入れつつ、従業員満足度を高め、インテグリティを組織文化として根付かせるための取り組みを同時に進めてみてはいかがでしょうか。

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