Z世代のホテルプロデューサー・龍崎翔子さんに聞く、“意味”の見つけ方
<C4BASE総合コーディネーターと考える明日のイノベーション vol.4 前編>
これまでC4BASEの対談記事では、大企業の方々との対談を通じて、それぞれの立場で抱えている課題やアプローチ方法について議論を行った。
今回は、大企業から一旦目線を変え、これからの日本を設計するであろうZ世代(1990年代後半生まれの世代)が今の世の中をどう感じているのか、ビジネスに対してどう意味付けしているのか、龍崎翔子さんをお招きして、お話を伺った。
龍崎さんは、社会の新しい動きの最先端にいる若き実業家、またホテルプロデューサーとして、ユニークなコンセプトでいくつものホテルをプロデュースさせて成功させホテル業界に新しいムーブメントを起こしているZ世代の1人である。今後新しいビジネスを考えていくうえで、若い世代を知る必要があると思っている。
前編では、ホテルプロデューサーを志したきっかけや現在の活躍フィールド、ホテル業界の現状について話していただいた。
仕事に対する想いとその先にあるものとは
――まずは現在取り組まれていることや、ホテルプロデューサーを志したきっかけをお教えください。
龍崎:日本国内にある5つの宿泊施設の経営やホテルプロデュース以外に、最近はホテルを予約するためのプラットフォーム開発や、ホテルへのコンサルティング、観光関連人材育成のためのアカデミー設立や、ホテル空間を活用した広告事業なども手掛けています。
私は物心ついたころから、なぜそれを選ぶのか、ということに対して納得感を求める傾向が強く、そうした経緯もあって選択肢の中から何かを選ぶということは、自身のアイデンティティを削り出すことにつながると考えています。ホテル経営を志した当時は、ビジネスホテルやシティホテルなど機能性に特化したホテルが多くて質的な違いが少なく、選択肢が非常に限られているため、あまり面白くないと感じました。好きなカフェに行ったりお気に入りの服を買ったりするような、ポジティブな選択の対象にホテルはなれていないなと。お値段も安いものではないので、ポジティブに選ばれるホテルがもっと増えてもいいんじゃないかと感じるようになったのがホテルを始めるに至った原体験です。
最近は面白いホテルも増えてきて、私たちがあえて積極的につくっていく必要もなくなっているので、より価値の高い時間を提供するための「メディア」としてホテルを営むことに取り組んでいます。東洋医学に基づいたリトリートや、産後ケア等ホテルの地平を切り開くような取り組みに挑んでいます。
――いち消費者としての気づきからビジネスを始められたとのことですが、実際にホテル運営の側に立つと、一連のビジネスモデルや商慣習など、変えなければならないと感じていることはありますか?
龍崎:私がホテルを始めた当初はインバウンドブームの萌芽期だったということもあり、ホテルをつくればつくるだけ売れるという時代でした。口を開けていれば旅行会社やOTA(Online Travel Agent)が送客してくれるため、経営は成り立つのですが、気づけば自分たちの宿の魅力を磨くという営みが忘れ去られてしまっていた。その結果、真綿でじわじわと首を絞められるように経営が苦しくなっていく、という過渡期を目の当たりにしてきたように思います。私たちはそんな状況をいち早く脱出しようと、ホテルのD2C化や他の宿泊施設の魅力創出支援に取り組むようになりました。
――コンサルティングビジネスもやられているとのことですが、自分のビジネスとして進めていく場合と、クライアントのビジネスとして成功するための提案では、様々なギャップが生まれるかと思います。ビジネスベースで思考していくのか、生活者視点で思考していくのか、クライアントによって悩ましいケースもあると思いますが。
龍崎:ケースバイケースですが、基本的には自分が経営者だったらこのようにします、というのを率直に伝えます。そこからできること、できないことは個別に検討してください、というイメージです。経営のコンセプト策定やSNS運用、新規開業時のコンセプトなど、業務領域が明確なものについてお手伝いしており、私たちはゼロベースから考えていくことに強みがあると思っているので、「ここをどうしたらよいか分からないので自由にアイディアをください」というご依頼の方が、より価値を提供していけると考えています。
Z世代による新しい”意味”の見つけ方とは
――新しいコンセプトやストーリーを生み出すときに、独特の手法などはあるのでしょうか?
龍崎:やり方はいろいろですが、自分の記憶の中から生み出すことが多く、ブレストの過程で昔の経験を掘り起こして応用しています。あとはその土地のホテルについてのコンセプトを考える際は、土地やまちの持っている空気感を私たちの言葉に落とし込んで、それをどう際立たせていくか、という手法が多いです。必然的に、会議室でというよりは実際の土地を訪れて見て、どういう形、手触りなのか、まで解像度を上げる作業に時間をかけています。
――空気感は行ってみないとわからないですよね。湯河原に文豪気分になれる「原稿執筆パック」をつくられていましたが、非常に面白いコンセプトだと感じました。
龍崎:湯河原のコンセプトで悩んでいた際に、タクシー運転手と話す中で、不倫旅行が多いというキーワードに納得したことがありました。湯河原と熱海は近いですが、全然街のカラーが違いますよね。熱海は慰安旅行や社員旅行のようなハレのイメージがありますが、湯河原は高齢のご夫婦が毎年訪れたり、それこそ愛人同士で過ごすような温泉地だったり、かつては文豪が逗留地として訪れていたりなど、パーソナルなイメージでまさに対極です。
湯河原は「自分の世界にこもる温泉地」という発見があり、「湯籠り」という言葉からコンセプトが生まれました。そこから顧客価値を考えたとき、他の旅館さんのように魅力的な箱を用意してその中でどう過ごすかをお客様に委ねるのではなく、「旅館で何をして過ごすか?」というところにフォーカスした体験をつくるのはどうかと考えました。そこで卒論に追われている大学生に向けて「卒論執筆パック」を売り出したら非常に好評だったので、SNSで多くいただいたアイディアを取り入れて、「原稿執筆パック」をリリースしました。
すると、同人作家さんやwebライターさんなど、創作活動や執筆を生業としている方々にご興味を持っていただき、ありがたいことに多くの方に宿泊していただきました。
以前は5〜10%程度だった直接予約率が、多い時には80%にまで上昇するなど、数値的な面でも多くの方にこの宿泊体験が届いたことがわかると思います。
――ホテル事業者は、ネット事業者の運営するプラットフォームに牛耳られ、弊害が出ているように思います。しかし、そこに泊まることの価値が分かっている人は、プラットフォームを介さずに直接予約しています。だからこそ、その宿独自のオリジナリティや価値を考えなくては、との認識がされてきているように思います。
龍崎:プラットフォームから送客していただけることは、事業者にとってありがたいことだと考えています。一方でホテル業界がOTAの過当競争に巻き込まれ、値崩れが進んでしまっているという懸念もあります。その結果、ホテルの収益性が下がり、OTAへの依存が深まることで、コロナショックのような不測の事態に身動きが取れなくなってしまう状況に陥ってしまいます。
やはりホテル事業者としては価格のお得感ではなく、ホテルそのものに価値を感じ、泊まりたいと思ってくださる方にお越しいただきたい。だから、私たちは早い段階で稼働率や売上ではなく直接の予約率にKPIを置いて、そこをいかに高められるかにコミットしてきました。新型コロナウイルスの流行によって選ばれるホテルとそうでないホテルが明確になったことで、直接予約をしてくださるゲストの重要さは再認識されたと思います。
後編では、経営者としてのビジョン、意識していることなどについて伺った。