セミナーレポート&事例インタビュー学習系と校務系システムを統合 教職員の利便性向上とセキュリティの両立、データ活用も推進可能な新たな教育基盤を整備

大田区教育委員会は、学習系と校務系システムの統合をNTTコミュニケーションズと共に他に先駆けて実行。

教職員の利便性向上と働き方改革、両システムにまたがるデータの利活用、運用効率とコスト削減につながる新たな基盤を構築しました。

本記事では統合プロジェクトの全貌に加え、EBPM、バーチャル型英語学習環境など、将来に向けた両社の共創・DXの取り組みもご紹介します。


左より
大田区教育委員会事務局
教育総務部 指導課 学校支援担当
係長 高橋 勝行
係長 橋本 昌宜
主査 篠塚 涼平
担当 溝口 翔

NTTコミュニケーションズ株式会社 ビジネスソリューション本部
第二ビジネスソリューション部 公共営業部門
村上玄徳


大田区教育委員会(以下、大田区)では、令和4年度までの5年間の教育ICT化推進計画を「おおた教育ビジョン」のアクションプランの一つとして策定。教育における普遍的な「知・徳・体」のバランスがとれた生きる力の育成に視点を据えながら、ICTも活用し、個別最適化された学びと協働的な学びの一体的な推進を目指しています。

課題

ネットワーク分離により複数の端末を使用せねばならず、利便性が課題に

これまで大田区では、当時の文部科学省の指針(2017年策定の「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」)に則り、学習系と校務系ネットワークを分離して運用して来ました。学習系とは、教職員と児童・生徒が日々の授業で使うデジタル教材などのシステムにつながるネットワーク。同ネットワークはインターネットに接続しており、教職員からの教材の配布、児童・生徒が授業中の調べ物などの用途にも使われます。一方、校務支援システムなどにつながる教職員専用の校務系ネットワークは児童・生徒の学籍や成績などの機密情報が外部に流出するのを防ぐため、インターネットおよび学習系とは接続しません。

従来環境における課題を、篠塚氏は次のように明かします。「教職員は学習系と校務系で複数の端末を使い分けせねばならず、さらにメールでの外部とのやり取りなど、インターネットを必要とする校務の事務作業を行う場合は、職員室にある共用端末を利用する必要がありました。また、各端末間でデータをやり取りする際はUSBメモリを使用しており、手間に加えて紛失などセキュリティリスクへの懸念もありました。利便性や働き方改革の観点に加えて、そのような状況ではデータ活用も進まないことから、改善を望む声が高まっていました。」

プロセス

学習系と校務系の統合をいち早く決断した経緯と目的とは?

大田区では、校務系と学習系でデータセンターも別で運用していました。高橋氏は、統合を検討したのはさまざまなタイミングが重なったため、と次のように話します。「2020年の夏ごろ、校務系で利用中のデータセンターのハウジングサービス終了が予告され、校務系データセンターを移転しなければならなくなりました。ちょうどその頃、当局内の組織変更でそれまで分かれていた校務系と学習系の担当が1つの組織となっていたことも重なり、それであれば物理的に1つのデータセンターにまとめてしまえば回線や通信機器が削減でき、運用もコストも効率的ではないかと考えたのです。そこで、学習系事業者としてお付き合いのあるNTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)に、校務系ネットワークも受け入れ可能かを打診したことが、きっかけでした。」

当時、NTT Comは大田区に対し教育コンテンツ、学習者用端末、学習プラットフォーム(まなびポケット)などの学習系システムを提供していたものの、校務系は別事業者が担当していました。打診を受けたNTT Comは、自社データセンターに校務系システムも受け入れ可能と回答。併せて、文部科学省で校務系と学習系ネットワークの統合と、それによるデータ連携やデータ活用の促進を検討する動きがあるとの情報を大田区へ共有し、この機会にデータセンターだけでなく、学習系と校務系両システムの統合を提案。文部科学省が検討している方向性を注視しながら、具体的な統合のプロセスについての検討が開始されました。

高橋氏は、最終的に学習系と校務系ネットワークの統合を決断した目的を、次のように述べます。「目的は大きく3点あります。1点目は、教職員の利便性向上と将来的な在宅勤務も視野に入れた働き方改革。2点目は、学習データと校務データを連携した、新たな学びの姿の実現。そして3点目は、端末およびネットワークを集約することによる、運用負荷およびコスト削減です。」

統合に向けた推進~要件定義と設計の4つのポイント

大田区は、校務系データセンター内のシステムを、NTT Comのデータセンターに移転。学習系と校務系のシステムを物理的に集約した上で、並行して両システムの統合について協議を重ねました。高橋氏はその際の様子を、次のように明かします。「当時はまだ前例もなく、手探りで進めなければなりませんでした。当方としては計画していた校務系システムのリプレイスを1年延期したものの、スケジュール的にはかなりタイトです。また、当時はCOVID-19によるパンデミックや世界情勢の影響で、機器調達にも困難が予想されましたので、至急で事業者選定を実施しました。選定の結果、NTT Comを主幹として校務系システム事業者、校内ネットワークを担う保守事業者、通信事業者にも参画いただき、プロジェクトチームを編成しました。」

本件のキックオフは2022年1月。第1次フェーズとして2022年度中の統合完了を目指し、スタートしました。本プロジェクトを担当したNTT Comの村上は、初期プロセスを次のように話します。「当時、学習系と校務系の統合は、当社としても初めてのチャレンジでした。まずは既存システムおよび実際の業務における課題をヒアリング、調査した上で、現実的にどのように統合すべきかの要件定義と設計に、かなりの時間をかけました。具体的にはネットワーク、データベース、アプリケーション、認証などを7つのレイヤーに分解、そこから大きく3つの段階に分け、スケジュールおよび予算との兼ね合いで、現実的な統合プロセスを大田区様と共に固めていきました。」

プロジェクト中は基本的に対面による定例会を開催。大田区側の学習系と校務系の各ご担当者と関連する事業者が一同に介して、コミュニケーションを重ねました。

ポイント① 校務系システムと業務内容の把握

中でも、これまでNTT Comが担当していない校務系システムや校内ネットワークの機器構成、業務フローの把握が大変だった、と村上は語ります。「各事業者から必要となる資料の提供と説明を受け、それでも不明な箇所は大田区様に協力を仰ぎながら、独自調査も重ねました。今回は利用者の利便性向上も目的の一つですので、統合によって不具合が生じないよう、また移行に伴うシステム停止も最小限となるよう、気を使いました。」

ポイント② GIGAスクール対応も同時進行

さらに今回、GIGAスクール構想への対応も並行して行われました。この対応について、高橋氏は次のように評価します。「結果的に本プロジェクトと、当初予定していた児童生徒の1人1台端末化および校内通信環境の強化も同時進行となりました。その際、学習系システムを提供するNTT Comが、アプリケーション利用時に必要となる想定の通信容量などを明示、通信事業者と協議してくれたお陰で、スムーズに無駄なく、安心して進めることができました。」

ポイント③ 運用もふまえた統合のあるべき姿を模索

もう一つのポイントが、運用をいかに統合するかでした。高橋氏はこの点について「それまで個別に実施していた運用をどこまでどのレベルに合わせるか、調整には時間がかかりました。特に障害時の対応など、運用設計を細かく分解して構築し直したかったのですが、スケジュール的に余裕がなく、詰め切れなかった点もありました。」と話します。

ポイント④ セキュリティと利便性の兼ね合い

学習系と校務系の統合において、セキュリティと利便性のバランスは重要なポイントです。この点について、篠塚氏は「教職員が自身の校務用端末で、インターネットやメールも使えるようにしたい。NTT Comは実現のための技術選定に向け、時間やコストなどの視点で、複数のプランを提案してくれました。結論としてアカウントごとのコストがかかるVDI(仮想デスクトップ基盤)ではなくRDS(リモートデスクトップ)を採用し、端末内に仮想のインターネット環境を整備。データを移動する際のファイル無害化機能も実装しました。その際、NTT Comには同時接続数をどのくらいで想定すればよいかといった点も相談、支援してもらいました。」と話します。


成果

予定通り統合が完了、当初設定した3点の目標も実現

こうして2022年8月、当初設定した第1次フェーズとしての統合が予定通り、完了しました。

当初設定した目標に対する成果を、篠塚氏は次のように評価します。「当初目標に掲げた3点は、ほぼ実現できました。1点目の教職員の利便性向上については、各自の校務系端末でメールやインターネットが利用できるようになり、職員室の共用端末に縛られない働き方が可能となりました。2点目の学習データと校務データの連携性についても、USBメモリを使用することなく、学習系、校務系間のファイル移動を安全かつスムーズに利用可能になりました。3点目の端末およびネットワークなどの集約についても、教員室のインターネット用共用端末と校務端末の統合や学習系と校務系のネットワークを現在のNTTドコモに集約し、学習系と校務系の基盤事業者をNTT Comに一本化することで運用の効率化及びコスト削減を実現しました。」

1年前からプロジェクトに参画した溝口氏は、この間のNTT Comの姿勢を、次のように評価します。「毎回の定例会で双方にタスクが発生し、私はそれをいかにスムーズに進めるかに注力しました。NTT Comはなかなか欲しい情報が得られない点についても仕様を読み取ったり、ヒアリングで理解したりする姿勢が参考になりました。」

さらに高橋氏は副次的な成果として、経年により複雑化していたネットワーク構成の把握性向上を挙げます。「役所は定期的に人事異動があり、長期的なシステムの安定運用が難しい特性があります。そのためどうしても外部ベンダーへの依存、ブラックボックス化も起こりがちなのですが、今回のプロジェクトにあたってNTT Comには可能な限り、ネットワークの構成仕様や運用手順をドキュメント化してもらいました。今後も継続して精度を高めて更新し、属人化を防ぎながら引継ぎしやすい状況を維持したいと考えています。」

大田区ではまだ統合が完了していないレイヤーについて次年度以降、順次実施を予定しています。具体的には、校務系と学習系をまたいだSSO(シングルサインオン)などの認証系、端末の1台化を実現するための校務系ネットワークの無線対応など。さらなる利便性と情報セキュリティ強化を両立させるための検討が、進められています。


今後・期待

新たな教育のカタチを目指し、NTT Comとの共創を推進

こうして学習系と校務系システムを統合、新たな教育基盤を整備した大田区教育委員会では、新しい教育のあり方を模索する、さまざまなNTT Comとの共創プロジェクトが計画されています。

1つ目は国の方針の下、教育において推進が求められるEBPM。EBPMとは「エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング:客観的な根拠を重視した教育政策の推進」を指します。高橋氏は「学級、生活、体力、学習効果測定、全国学力調査など、さまざまな形式で保有しているデータを突合して、どういった分析ができるのかをNTT Comと一緒に検討しています。そこから何が見えるのか、例えばどんな指導をしているクラスがよりよい層にいるのかといったことが可視化できれば、それを指導内容として各教員に浸透させることで、全体層の底上げにつながるといった期待があります。データ形式の差異や突合の仕方、外部への受け渡し方法なども含めて方策を練り、次年度以降で具体的な分析に進めたいと考えています。」

もう1つは、大田区が特に力を入れている外国語教育。これは東京都が推進するTGG(TOKYO GLOBAL GATEWAY)の大田区版を目指し、英語教育の指定推進校である区内の小学校に、バーチャルで没入感の高い体験型空間を設置しようというものです。「こちらもNTT Comに相談したところ、様々なメーカー製品やサービスを独自に組み合わせてカスタマイズすることによりコストを抑えて実現可能との提案があり、実現に向けて協議を重ねています。」(高橋氏)

こうした取り組みも含め、橋本氏はNTT Comの姿勢を、次のように評価します。「これまでさまざまな案件で多くの外部事業者とお付き合いして来ましたが、こちらの依頼に対応するだけでなく、やりたいことを先回りして具体策として一緒に考えてくれる事業者は稀です。こちらの状況や業務にも配慮してくれるきめ細やかさにも感謝しています。」

最後に高橋氏は、NTT Comへの期待を込めて、次のように結びました。「NTT Comは幅広いユーザーの運用保守経験から『大田区さんはいま、これを求めているのでは』、と常に先回りして提案してくれます。また、基盤からアプリケーションまで取り扱う商材の幅が広く、漠然としたアイデアを投げかけると自社のソリューションを組み合わせて、実現可能なものとして柔軟に提案してくれるので頼りになります。大きな変革が求められる時代において、これからも有効な提案と、我々との共創に期待しています。」


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