scroll
  1. TOP
  2. Leader’s Talk
  3. 薬局を起点に、PX(Patient Experience)向上を追求する、カケハシの成功と失敗の軌跡

薬局を起点に、PX(Patient Experience)向上を追求する、カケハシの成功と失敗の軌跡

  • 中尾 豊氏株式会社カケハシ
    代表取締役社長

株式会社カケハシは、薬局体験アシスタント「Musubi」やおくすり連絡帳アプリ「Pocket Musubi」などを提供。2016年の創業から2020年10月までに、累計約55億円の資金調達を行うなど、業界特化型SaaSの雄として事業を大きく拡大しています。

DXによって、薬局・薬剤師の業務効率化だけでなく、患者の満足度向上など薬局を取り巻く業界のアップデートに挑戦する同社には、どのような成功体験・失敗体験があるのでしょうか。また代表取締役社長である中尾豊氏は、どのようなマインドセットで課題に取り組み、乗り越えてきたのでしょうか。

サービスの強みや組織づくり、投資家との付き合い方、SaaSビジネスの魅力などを伺いました。若手SaaS従事者に業界トップランナーの景色を伝える、Leader’s Talkの第1弾です。

  1. 01薬局を起点に、PX(Patient Experience)向上を追求する、カケハシの成功と失敗
  2. 02昼も夕方も夜も、毎日ひたすら人に会いに行った
  3. 03「現場」を知り、「半歩先の未来」を考え、「大きな未来」を想像する
  4. 04スタートアップは「組織拡大の壁」にどう向き合うべきか
  5. 05若手起業家が気をつけておくべき、資金調達の落とし穴
  6. 06バーティカルSaaSの戦略と可能性
  7. 07トレンドに身を置くことで、社会の課題感が見えてくる

薬局を起点に、PX(Patient Experience)向上を追求する、カケハシの成功と失敗

―今回のテーマは「成功と失敗」です。これまでにどのような成功体験・失敗体験があったのか。SaaS企業で働く若手が事業に活かせるポイントなどをお話しいただきたいと思いますが、まず始めにカケハシのサービスについてお聞かせください。

中尾豊氏(以下、中尾):カケハシは「日本の医療体験を、しなやかに。」というミッションを打ち出して、大きく3つのサービスを提供しています。

1つめは、調剤薬局向けサービス「Musubi(ムスビ)」です。薬局薬剤師の業務効率化と、服薬指導・患者コミュニケーションの円滑化によって、薬剤師さんと患者さんの薬局体験の向上を図っています。

2つめは、おくすり連絡帳の「Pocket Musubi」。こちらは患者さんの自宅での服薬状況からフォローすべき患者さんをスクリーニングし、薬剤師さんが適切なアクションを負荷なく実施できる、服薬期間中のフォローシステムです。

3つめは、BI(Business Intelligence)ツールの「Musubi Insight」です。薬局業務を“見える化”することで店舗の生産性が高まり、頑張っている薬剤師さんを適切に評価することで、より良い薬局経営をサポートします。

今後については、薬剤師体験と患者体験(PX)の向上を軸にしながら、社会全体との連携や医療全体のUX改善にも取り組んでいきたいです。

「Musubi」では患者さんに画面を見せながら服薬指導が可能。指導内容は薬歴の下書きとして自動保存される

昼も夕方も夜も、毎日ひたすら人に会いに行った

―創業時のパートナー探し・仲間づくりについて、重要なポイントをお話しください。

中尾:共同創業者の中川(代表取締役CEOの中川貴史氏)に会えたことは非常に大きくて、彼がいたから今のカケハシがあると思います。

創業前のタイミングで、私が28歳で、スタートアップの経営者をはじめ、たくさんの優秀な方々とお会いましたが、同世代でここまで優秀な人には、なかなか出会えるものではありません。

私は情報発信や仲間づくりが得意。一方の中川は戦略を練ったり、それを形にする座組を作ったり、マネタイズのポイントを考えたりできるスペシャリティの持ち主です。

また、元々の友人ではなかったところもポイントですね。経営していく中で議論が必要になる場合もありますが、友人だからと遠慮せず議論できるのは、彼がパートナーで良かった点です。

―その中川さんや優秀なメンバーとは、具体的にどのようなアクションを取って、出会われたのですか?

中川はマッキンゼー出身ですが、私にもともとマッキンゼーの知り合いがいたわけではなく、自分から戦略的に会いに行きました。

「優秀な人たちは24時間どのような行動をしているのか?」

「優秀な人たちは何を考えていて、どのように口説いたら響くのか?」

初めて会う人に、どうしたら自分の実現したい世界観や事業構想を理解してもらえるのかを考えながら、メンバー探しに取り組みました。

2015年9月からひたすら行動して、11月にようやく共同創業者となる中川と会うことができたのですが、これはかなり運もあると思います。

―運を引き寄せるために、とにかく行動に移したということですね。

昼も夕方も夜も、会えそうな場所には全部行きました。1日1人に会うのと、5人に会うのとではスピードが5倍も違うので、そこは絶対にやらなきゃダメだと思っていました。

「現場」を知り、「半歩先の未来」を考え、「大きな未来」を想像する

―Musubiのローンチ前に、薬局へのヒアリングを徹底されたと伺っています。

中尾:具体的な数を決めていたわけではありませんが、400件は回りました。

「売るものは何もありませんが、勉強させてください」というところからのスタートでしたが、本当にやってよかったと思っています。

―現場の声に耳を傾けることの意義についてどう考えますか?

経営者として未来を想像することも重要ですが、そもそも現場が今どういう状況にあるのかわからないと、未来へのプロセスを提示できません。

また、現場のあらゆるシチュエーションを理解することで“共感”が生まれます。すると現場の薬剤師さんとだんだん心が通っていき、カケハシのミッションをお話ししたときに、ファンになっていただける方が増えました。

そうすると指数関数的に紹介が増えて、また訪問して…という繰り返しです。たくさん関係性もつくれましたし、業界のキーマンから知見を得ることもできました。今でもヒアリングは続けていて、これまでに数千件になると思います。

―それだけ現場へのヒアリングを重要視されているということですね。

今はオンラインの情報交換という形でお話することが多いです。

例えば夕飯の時間でも、1人で食べるのであれば「○○さん、一緒にご飯食べましょう。情報交換しましょう」といった感じで人と話すようにしています。この方法はおすすめです。

―経営者として他に意識していることはありますか?

現場へのヒアリング以外に、意識していることが2つあります。

1つは、10年15年という長いスパンで医療の世界を考えること。「想像がつかないことを想像する」ということです。

もう1つは「半歩先の未来を考える」こと。

医療業界はビジネスとしては少し独特で、保険制度の中でお金が動くので、国の方針が重要になります。そのため「今、国はどう考えているのか」という情報収集が大切です。

「現場」と「半歩先の未来」と「大きな未来」。この3点を考えながら経営しています。

スタートアップは「組織拡大の壁」にどう向き合うべきか

―事業が順調に拡大し、社員数が増えていく中で、組織面の課題はありましたか?

中尾:組織については、探り探り進めてきましたが、反省点が非常に多い領域だと思っています。

当初は医療という専門的な業界で「すぐにパフォーマンスを出せる人に仲間になってほしい」と思い、中途採用をメインにしたのですが、30人くらいまでは一定のコミュニケーションを取ることでそれなりに上手く回っていました。

いわゆる「ティール組織」のような考え方で、情報公開・権限委譲をしながら、それぞれに起きた問題を個々で解決できるような組織で運営していました。スタートアップとしては一般的なパターンだと思います。

そこから人を一気に増やして、2018年後半には採用を加速させて、50~70人規模になってきたのですが、そのときにレポートラインや意思決定構造の構築が後手に回ってしまったという反省があります。早期に仕組み化するべきでした。

目の前のProduct Market Fitや、リード獲得、キャッシュフローを考えることに追われてしまいがちだったのですが、採用を加速させる前に、しっかりとミッション・ビジョン・バリューの明文化と浸透を図るべきだったと強く反省しています。

これらの反省点をふまえて、2019年に改めてミッション・ビジョン・バリューを定め、その浸透施策を進めているところです。

若手起業家が気をつけておくべき、資金調達の落とし穴

―創業初期の段階から複数のVC・ファンドによる出資を得られています。VC・ファンドとの付き合い方、距離感などについての考えを聞かせてください。

中尾:起業して、これまで経営したことがない人間からすると、「1000万円投資するよ」とか「3000万円投資するよ」と言われると嬉しいんですよ。

ですが、気をつけた方がいいのは「その方が事業的に必要な方であるのか」という視点を持っておくことです。

中長期的にその投資家に出していただくバリューは何か。人間的にどのような方なのか、リファレンスをしっかりとっていくことが非常に重要です。

今、お付き合いいただいている投資家の方々とは、一緒に経営している感覚で付き合っています。投資家の方々と毎月会議を行っていますが、カケハシの会議は単なる業績報告会ではなく、「課題共有と課題解決の場にする」と公言しているので、投資家の方々も課題解決の方法を一緒に考えてくださるような関係がつくれています。

バーティカルSaaSの戦略と可能性

―SaaSビジネスの魅力・将来性をどのように見ていますか。

中尾:新型コロナウイルス感染症の影響などもあり、また、政府もDXを推進しているため、SaaSビジネス全体に、追い風が吹いている状況だと思っています。今の日本においては資金調達しやすい領域であるという点も魅力の一つだと思います。

ホリゾンタルSaaSと、私たちのようなバーティカルSaaSでは異なっているところもあって、ホリゾンタルSaaSは1つのサービスで一気に広めて、自分たちでできないところはどんどん他社と連携していく、というプラットフォーム戦略を取ると思います。

一方、私たちのようなバーティカルSaaSは、面の取り方が、私たちだと薬局、という風に、限定的になります。薬局のコアな部分を取ったら、次は他のステークホルダー、患者と医者と物流と、関連分野とデータ連携をしながら、付加価値を与えられるようなサービスを(業界特化しながら)深く深く築いていく。

広めるだけではなくて、深掘りも重要だという特徴があり、私はそこに大きな可能性を感じています。

深掘りが進んでいくと、例えばデータを活用して、「ある患者さんにどのくらいの薬を出すと、どのくらいの効果や副作用があるのか」ということを、アカデミアの方と連携して発表することもできるようになります。

薬局経営における不良在庫の問題も、薬局間連携によって解決できたら嬉しいです。これはリアルタイムにデータ連携できるクラウドサービスの強みで、オンプレのサービスでは実現が難しいことです。

このように、バーティカルSaaSでは、業界が抱えている課題感をよりシャープに“見える化”することができ、それによってソリューション(解決)の発想もどんどん生まれてきます。

トレンドに身を置くことで、社会の課題感が見えてくる

―最後に、20代・30代の若手ビジネスパーソンに向けてメッセージをお願いします。

中尾:私もまだ若手なので偉そうなことは言えませんが、20代・30代には「自分が成し遂げたいこと」が整理できている方と整理できていない方がいらっしゃると思います。

整理できている方であれば、すぐにでもチャレンジしたほうがいい。
チャレンジすることで、自身の成長につながります。

整理できていない方であれば、例えば、SaaSも含めて今伸びている業界に入って、トレンドとなる知見や能力を身につけていくという視点も重要だと思います。

実際に働いてみると、その業界が社会に発揮できる価値や課題解決に必要なものが精度高くわかってきます。そして「そこに自分も携わっているんだ」という感覚になる。

なので、伸びている業界で頑張ってみるという選択はありだと思います。

ただ大原則は、「自分の幸せとは何か」を定義しておくことです。とにかくお金を稼ぎたい方もいるでしょうし、社会的価値を重視したい方もいます。

「自分の幸せとは何か」を定義できていれば、それを最優先にひたすらチャレンジしてみることが、幸せにつながっていきます。

定義がまだであれば、SaaSを含めた伸びている業界で、一生懸命チャレンジしてみて、そうするときっと知見や能力が身につくので、ちょっと上のステージにいったところで、また自分を見つめなおして、幸せを定義して、ひたすらチャレンジするのがいいと思います。

PROFILE

このページのトップへ