前回は、音楽などのビジネスがネットインフラを前提にして新しいビジネスに踏み出していることに触れました。今回は、これからのブロードバンドを前提にしたサービスやそれを支える技術などについて考えてみます。
従来のテキストや静止画と同じように、ブロードバンドを前提にしたビデオがネットのコンテンツとしてごく当たり前のものになってきています。ビデオは、テキストや静止画に比べて、ネットの帯域やサーバーの容量や性能をたくさん要求します。サービス提供側の高度なインフラを前提にしているのです。また、ユーザーの環境においても、従来よりもはるかにコンピュータの性能を要求します。
たとえば、「Second Life (R)」はネット上の3D仮想世界です。3Dの画像で描かれた世界を、自分自身を表すアバターというキャラクターが動き回ります。その世界には、現実の世界に似たさまざまなモノや場所があり、多くの人が行き来しています。
このSecond Lifeを使ってみると、先に触れたようなネットワークやコンピュータの性能を最大限に要求するということが実感できます。クライアント・ソフトをダウンロードしようとすると、35メガバイトというサイズです。少なくとも、この程度のサイズのファイルは問題なくダウンロードできるネットワークインフラがサービスの前提になっているわけです。
YouTubeやニコニコ動画のような、多数のユーザーからの投稿で支えられているサービスもたくさんあります。これらのサービスでは、何がきっかけでアクセスが増えるかわかりません。ニュースや事件などをきっかけにして、想定しなかったようなたくさんのユーザーが急に集まってくることもあります。また、プロモーションの結果としてユーザーが増えると、それだけサーバー環境も増強しなければなりません。
こういった、ピークが見えにくいユーザーのアクセスに対して、常にサーバーやネットワークを余裕のある状態にしていなければ、レスポンスが悪くなったりしてすぐにユーザーに飽きられてしまいます。
ユーザーのコンピュータ環境にも性能が求められます。Second Life のクライアント・ソフトをインストールして動かしてみると、よほど最新で高性能なパソコンでないかぎり、「けっこう重いな」と感じるのではないでしょうか。
これまでのサービスでは、なるべく多くのユーザーのコンピュータ環境に配慮して、対応ブラウザやOSの古いバージョンをどこまでさかのぼるか、いかにサービスを軽くして性能が良くないコンピュータでも見られるようにするか、ということに気を遣う場合がほとんどでした。
しかし、Second Lifeはそういうことには頓着していません。ユーザーには、常に最新で最高の性能の環境を求めています。実際、3Dの画像の動きが滑らかでないと面白くないものですし、すぐにフリーズしたりして再起動、ということでは仮想空間を楽しむ前に嫌気がさしてしまいます。

「Second Life」は高性能なコンピュータ環境を要求する。(CC) photo by Duncun Rawlinson
ブロードバンドを前提にした不特定多数向けの新しいサービスでは、サービス提供側はコストがかかる一方です。ビジネスとして収益を追求する以前に、スムーズに動作するサービスを提供することだけで大変なコストが必要です。
こういったコスト構造でビジネスとしては大丈夫なのでしょうか?
答えの一つは、短期的な事業内容に左右されない資金調達です。ユーザーが増える限り資金調達が可能で、それがコストを隠蔽している、という考え方です。この連載の第1回で触れましたが、アマゾンのように競争に勝ち残るまで赤字の時期を我慢し続ける、ということと似ています。資金調達さえできれば、コストはかかっても問題ないわけです。 (参照: 「テーマ1 『Web2.0の次を考える』 第1回 Web2.0とは何だったのか?」)
そして、ある程度まで行ったところで、どこか大きな会社に事業ごと売却してしまえば、創業者にとってはそれが一つのゴールになります。実際、YouTubeはGoogleに買収されましたし、いくつかのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の会社も大手企業に買収されるのでは、という噂がいつも聞かれます。
テクノロジーの問題だけではなく、こういったビジネスに対する考え方も、新しいサービスを支えるものの一つなのだと思います。
ビデオコンテンツの普及によって、コンピュータの性能だけではなくネットワークへの要求も高まる一方です。
日本では、ブロードバンド・インフラとして光ファイバがかなり普及してきました。総務省のデータによると、ブロードバンド・サービスは約3000万加入。そのうちの約4割が光ファイバです(2007年12月の数字:http://www.soumu.go.jp/s-news/2008/080318_4.html)。
ただ、光ファイバと言っても、都市部ではマンションに居住する人も多く、1本の光ファイバを何十世帯で共用しているような例もあります。そうなると、混雑時には速度が出ないなどということにもなりかねず、光ファイバの次のネットワークインフラについても考えておきたくなりますね。

その光ファイバの次となりうるネットワークインフラの実現方法について、まったく新しいアプローチの1つ、ピア・ツー・ピア(P2P)型の情報配信システムを紹介しましょう。
これは、既存のインフラを生かしながら、P2Pの仕組みを取り入れることで、ネットワークの利用効率を上げ、サーバーに集中するアクセスをネットワーク全体に分散させる、という考え方です。
ユーザーのPCが動作していようがいまいが、ネットワーク機器やサーバーは動いています。ネットワークにつながっているたくさんの機器がすべてP2P通信のノード(中継地点)になることで、ネットワーク全体が配信システムとして機能するようにしようというものです。実際には、ネットワークを構成する機器、例えばISPや家庭のルーター、サーバーなどにP2Pソフトウエアを導入します。
ユーザーのPCからサーバーに対してリクエストを出してサーバーがそれに対応してデータを送り出す、という従来型のサーバー集中の仕組みでは、サーバー側の性能がネックになって、たくさんのPCからのリクエストを捌ききれなかったり、大容量のデータを格納するためのぼう大な記憶領域が必要になるなどの問題がありました。
P2P配信では、ネットワーク全体にサーバーが担っている負荷を分散させることによって、効率の良いデータ配信が可能になります。動作のイメージとしては、次のような感じです。ユーザーのPCは、ネットワークの最も近いところのノードに欲しいデータを問い合わせます。もし、そこにあれば、すぐにアクセスできますし、ない場合はその次のノードに問い合わせます。
配信対象となるコンテンツ(例えば映画や音楽のような大容量のコンテンツ)のデータは、断片化されて暗号化されています。それが、バラバラにネットワークに散らばって行き、あるコンピュータでそれを見ようとしたときには、ネットワークのいろいろなところからそれらを集めてきて、元の時系列にならべ直して暗号化を解いて再生する、というような動作になります。
アクセス頻度の高い情報(人気のコンテンツ)であれば、自分の近くのノードに情報がある確率が高くなります。家庭のルーターとNAS(Network Attached Storage コンピューターネットワークに接続して使用する外部記憶装置)がこれに対応していれば、平日の日中や深夜などのユーザーが利用していない空き時間に指定のコンテンツを取り込んでおいて、見たいときにそれを再生する、といったことが可能です。既に、家庭用のルーターへのこういったシステムの実装も始まりつつあります。また、不法なウイルスソフトの配布を防止するため、ユーザーが許可なく勝手にアップロードできない仕組みも登場しています。
P2P配信は、コンテンツの流通に大きな変化をもたらす可能性があります。例えば、この連載の第5回 (参照: 「テーマ2 『次世代ネットワークとサービスを考える』 第1回 デジタルコンテンツの流通形態が変わる」)でも少し触れたように、大容量の映画や音楽などのコンテンツは、DVDなどのパッケージメディアではなくて、ネット配信で流通するようになるでしょう。その時に、従来型のサーバー集中のネットインフラでは、配信コストばかりかかってしまいます。ユーザー側も待ち時間が増えてしまうでしょう。こういった事態を回避するために、P2P配信は有効な手段となる可能性があります。
ただし、新しい仕組みだけに、現状では著作権の観点からの問題も指摘されています。P2Pのノードにコンテンツの断片が存在して、それを別のユーザーが利用するというP2Pの仕組みが、「ダウンロード+不法な再配信」とみなされる可能性があるというのです。
ネットでの権利処理について、YouTubeをはじめとしていろいろなところで問題になっていますが、サーバー集中型であれば基本的にはサービス提供者が対応できる問題でした。しかし、P2P配信では、ネット上のたくさんのノードがかかわるだけに、話がさらにややこしくなります。既存の権利処理の枠組みは、P2Pのような新しいテクノロジを想定しているとは言えません。P2P配信事業者も、映画会社などのコンテンツホルダーと提携して権利問題をクリアにしたコンテンツ配信サービスを提供し始めています。今後、こういったオフィシャルなコンテンツが増えていくのか、あるいは、新しい権利処理の枠組みが提案されていくのか、いろいろな形で検討が続くと考えられます。
次回は、携帯電話とパソコンとで形作る新しいメディア環境について考えてみます。
※ Second LifeはLinden Research, Inc. の登録商標です。
ワイアード・ビジョン 編集委員 田邊俊雅