テーマ1 Web2.0の次を考える
第2回 「人」は最強のコンテンツ
Web2.0を振り返るということで、前回はブログがネットでの情報の流通環境を変えた、というところまで考えてみました。今回は、アルファ・ブロガーを始めとするブログで直接コミュニケーションをとり始めた人達とその影響についてです。さらに、ブログがもたらした負の側面にも少し触れておきます。
ブログは「人の気配」を流通させる
ブログ以前のホームページとブログの最大の違いは何でしょうか?
それは、なんと言ってもWebサイトに漂う「人の気配」ではないかと思います。人の気配というとちょっと抽象的な表現になりますが、ここでは、パーソナリティや個性を強く感じさせる、あるいは筆者の「人となり」や普段の行動が垣間見える、というようなことをイメージしていただければ、と思います。
この、人の気配がなぜ醸し出されるのかについては、さまざまな要因があると思いますが、まず第一にブログは従来のホームページに比べて圧倒的に更新が容易であることが挙げられるでしょう。更新の容易さをもたらしたのが、ブログという仕組みの制約の中での自由度の高さ、でしょうか。
Webサイトというものは、いかようにも作れるわけですが、それだけにすべてが自由になってしまうと、できることとできないこと、やるべきこととそうではないことの区別がなかなか難しくなってきます。
「今夜は何食べますか?」「なんでもいいよ」という話よりは、「そうだね中華がいいな」という程度の枠を設定した方が、はるかに深みのあるお店や料理の選択ができるようになる、という話に似ているかも知れません。
ブログというのは、例えばデザインを定義するテンプレートやそこへ表示させる項目、改ページのタイミング、エントリをアップするときの画像の配置など、実に適当な落としどころで設計され、機能が設定されていると思います。
この「適当な感じ」、「絶妙に削ぎ落とされた感じ」が、サイトの制作的なことからユーザーを解き放ったために、更新が容易になり、エントリの内容に(知らず知らずのうちに)集中できるようになった。そしてそのことが、濃厚な人の気配につながった、ということが言えると思います。
更新が容易であることは、頻繁な更新を可能にします。構えずに頻繁に思ったことや感じたことを書いていくことが、さらにそのブログの筆者のパーソナリティを際立たせます。
アルファ・ブロガーと呼ばれている人はたくさんいますが、例えば、橋本大也氏の「情報考学」というサイトは、年に数百冊を読破する橋本氏の書評サイトであるだけでなく、彼が日々気になったものをメモし続けているサイトです。
同様に、気になったものを毎日のように取り上げる「ネタフル」というサイトも、筆者のコグレマサト氏の興味のままに多種多様なものが日々紹介されています。
これらのブログは、オーディエンスを意識しつつも、極めてパーソナルな興味をベースとしています。更新頻度の高さとあいまって、筆者の気配が良く伝わってきます。
コメントやトラックバックがつながり感を表現
ブログの最大の特徴とも言える機能が「コメントとトラックバック」です。ブログが普及する段階では、この二つの機能が、ブログのエントリやその筆者を起点とした人の気配のつながり感を表現し、筆者とオーディエンス、あるいは筆者と筆者との直接的なコミュニケーションを実現するようになりました。
元のエントリでなんとなく書き足りないようなことが、コメントやトラックバックされた先のブログで補足され、それらを読むことでさらに内容に対する理解が深まるという、正のスパイラルができたのです。
そして、コメントの投稿者やトラックバックしてきたブログをたどっていくことで、さらに人の気配、あるいは筆者とコメント投稿者との関係性などを感じ取ることができたわけです。
こういった、「つながっている感じ」によって、ブログのエントリが単独で存在するのではなく、さまざまなブログやその読者の間に共有されている話題や注目のテーマなどのなかで、そのブログに特有の役割が発生するようになったのです。
このような「コンテクストの中のエントリ」(コンテクスト:文脈や前後関係、話の経過などを意味します)という状況は、既存のホームページでは実現できなかったものであり、これが容易に実現できたのがブログ、ということなのだと思います。
企業がコミュニケーション手段として注目
このコンテクストというものに企業も注目しました。ユーザーがモノを買ったりサービスを利用したりするには、単にその製品の良さや特徴を訴えるだけでは不十分で、そこに至るコンテクストが大事だからです。
例えば、また食べ物の話で恐縮ですが、腹が減っていないときにいくら大きなハンバーガーを見せられても、なかなか食べたいとは思わないでしょう。お腹が減っていてこそのボリューム訴求なわけです。あるいは、ダイエット中の人にいくら見せても効果はありませんね。
もう一つは、「この人が勧めているモノなら大丈夫だろう」という判断のための材料が必要だ、ということです。人はなかなか、自分の選択や判断に自信を持てるものではありません。かつては雑誌などがその判断のために材料提供の役割を果たしていましたが、現在ではブログなどの口コミ情報がとって代わっています。アルファ・ブロガーなどが勧める製品やサービスであれば、そのブログの愛読者にとっては信頼に値するわけです。
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アメリカの有名ブロガーも、既存メディアに対抗するほどの大きな影響力をもってきている。写真は、『ブログスフィア アメリカ企業を変えた100人のブロガーたち』(日経BP刊)の著者、ロバート・スコーブル。
(CC) photo by Brian Solis |
こういったことから企業は、これまでのようにメディアの記者に向けて製品やサービスを発表するだけではなく、ブロガーに向けた新製品発表会などを実施するようになりました。ブロガーに褒めてもらえば、そのブログに集まっている人に好印象が伝わる、という考え方です。例えば、日産は現行のスカイラインを発表する際に、ブロガー向けの発表会を平日の夜に開催しました。また、ソニーは2007年秋に販売店向けの新製品内覧会にブロガーを招待して、彼らに自由に製品を評価させています。
本末転倒な負の側面も
このように、コミュニケーションやマーケティングに大きな影響を与えるようになったブログやブロガーですが、そこには負の側面も見られるようになってきました。
当初はブログの最大の特徴と言われていたトラックバックですが、最近ではそのスパム化が顕著です。これは、ブログの負の側面の際たるものだと思います。
Googleを始めとする検索エンジンは、そのサイトへの外部のサイトからのリンク数を重要な指標として扱っています。たくさんのサイトが注目してリンクしているサイトは重要なサイトであろう、という考え方です。
ブログであれば、素直にエントリのURLを他のサイトにリンクとして埋め込んでもらうのが本来の姿なわけですが、トラックバックと言うシステマティックな仕組みができたことで、その意味が変わってきました。
トラックバックというのは、他のサイトに自分のサイトのURLを埋め込む仕組みですから、多くの他人のブログにトラックバックを打つと、見かけ上、先方のサイトから自分のサイトにリンクされているのと変わらない、ということになってしまったのです。
トラックバックは、コメントよりも簡単にプログラムで機械的に乱発できます。トラックバック・アドレスを探してそこに無差別にトラックバックを打つことも不可能ではありません。
当初は、新しいコミュニケーションの形として機能したトラックバックも、2006年くらいからは、この手のトラックバックスパムばかりが目立つようになってしまいました。結果、まっとうなトラックバックは埋もれてしまい、ブロガーにはスパムの処理の手間ばかりが発生する、ということになってしまいました。
スパムが多いという点ではメールも同様です。1日100通受信するとして、削除せずに保存しておくメールは何通あるでしょう?
それほどにインターネットはノイジーな世界です。ブログという手軽で公開性の高いツールによって、Webに関してもかなりノイジーになってしまった、というのが現在のインターネットの状況ではないでしょうか。
次回は、先にちょっと触れた「コンテクスト」ということについて、もう少し考えてみたいと思います。
ワイアード・ビジョン 編集委員 田邊俊雅
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