PROJECT10

2021.02.17

カシオが挑むビューティーテック市場。そのカギは共創だった

<共創によるビジネスイノベーション 第1回>


 カシオは新しいネイル文化の創造を目指し、これまで培ってきた技術を生かしたネイルプリンター事業をスタート。同社はネイルプリンターを軸にどんな共創やDXに取り組んでいるのでしょうか。


 カシオ計算機株式会社(以下、カシオ)は、1972年に世界初のパーソナル電卓「カシオミニ」、1983年に耐衝撃腕時計「G-SHOCK」、1995年に世界初のコンシューマ向けデジタルカメラ「QV-10」を発売するなど、これまで革新的な製品を世に送り出し続けてきました。

 同社が2019年に発表した中期経営計画の成長戦略「新規事業の創出」は、自社の強みとなる技術にAIやIoTなどのテクノロジーを掛け合わせ、さらに外部企業との共創で新たな市場開拓を狙うというものです。

 その新規事業候補の中の一つが「ネイルテック」です。同社では、ネイルテックを一人ひとりに最適な「美容体験」を提供するビューティーテックドメインのファーストステップとして推進。自社技術を生かしたネイルプリンターを軸に、ネイルの新たな価値を生み出し、新しいネイル文化を創造するプラットフォーマーを目指すため、現在実証実験を行っています。

 カシオとして初めてとなる「美容業界への進出」や「他社との共創」、さらに「“もの”売りから“こと”売りへの転換」など、今回の取り組みには、さまざまなチャレンジがあったといいます。それはいったいどのようなものだったのでしょうか。

【カシオ計算機株式会社について】

 1957年に電気式計算機メーカーとして創業。それまでにない斬新な働きを持った製品を提供することで、社会貢献を実現する経営理念「創造 貢献」を継承し、時代の変化に対応して事業のあり方を柔軟に変化させている。製品分野は時計、電子辞書、電卓、電子文具、電子楽器、ハンディターミナル、経営支援システム、データプロジェクターなど多岐にわたる。

ぺーパレス化で縮退したプリント技術を他領域に転換する

 カシオのビューティーテックへの取り組みは、実は2019年の中期経営計画で「新事業の創出」が発表される数年前からスタートしていました。同社事業開発センターでビューティー企画開発部部長を務める小野田孝氏は、新規事業を生み出すためには、自社の強み(シーズ)をいかにドメイン(ニーズ)に結び付けるかがポイントだったと語ります。

 「まずシーズとして目を付けたのは、写真用はがきなどの紙にインクジェットで印刷するプリント技術です。ペーパレス化が進み、紙への印刷需要が縮退する中、何とか別の領域に技術を応用できないかと考えていました」

カシオ計算機株式会社 小野田氏 カシオ計算機株式会社 事業開発センター ビューティー企画開発部 小野田孝氏

 検討の末、たどり着いたのがネイルプリンターでした。自社のプリント技術に加え、デジタルカメラなどで蓄積した画像認識や補正技術を組み合わせれば、個人により形状が異なる爪にもきれいにプリントできると考えました。しかしカシオにとって美容業界は未知の領域、取り組みは難航しました。

 「なかなか次の一歩が踏み出せない状況を打破するために、美容業界に知見を持つ外部企業との共創を決断しました。そこで、名前が挙がったのが化粧品メーカーの株式会社コーセー様(以下、コーセー)です。同社は独自のマニキュアブランドの展開も行っており、共創パートナーとして最適だと判断しました。

 コーセーにネイルプリンターの話を持ち掛けたところ、先方にも共創の機運が盛り上がっていたこともあり、一緒にプロジェクトを進めていくことになりました」(小野田氏)

 小野田氏はネイル市場のNo.1ブランドを擁するコーセーのデザイン力やサプライ力、そしてカシオのハードウェアやアプリケーション、Webシステムの開発力を組み合わせることで、双方がWin-Winの関係が築けるのではないかと直感したといいます。

いままでにないネイルプリンターを生み出す挑戦

 同社事業開発センターの黒沼弘孝氏は、先行してネイルプリンターを提供するメーカー各社の製品を徹底的に分析し、そこで洗い出した課題を解決することが開発のポイントだったと語ります。

 「ネイルプリンター製品には、B2B向け、B2C向けの2タイプがあります。ほとんどの製品は印刷が爪からはみ出さないようマスキングする必要がありますが、その手間を解消しようと考えました。一方で曲面の爪にインクを吹き付ける際に、プリンターヘッドから遠くなる、爪の縁がきれいにプリントできないという課題があり、ここも改善点でした」

カシオ計算機株式会社 黒沼氏 カシオ計算機株式会社 事業開発センター ビューティー企画開発部 企画室 黒沼弘孝氏

 数年の開発期間を経て、これらの課題を解決するネイルプリンターの試作機が完成します。まず、高精度な画像認識技術により、爪の形状に合わせた印刷を実現したことで従来のマスキングの手間が不要になりました。さらに試行錯誤の末、プリンターヘッドからの距離に関係なく、きれいに爪全体へ印刷できる技術も確立。しかも人の手では描けないほどの高精細なネイルアートが、指1本あたり15秒で印刷可能というスピードも実現しました。

 そして、大きな特長としては、IoTを活用し、ネイルデザインなどの各種データをクラウドサーバーに集約できることにあります。これにより新デザインの定期的な追加や利用データの集計、分析によるレコメンドなども可能になっています。

 「従来の弊社製品は、スタンドアローンでお店に置いて終わりでした。今回のネイルプリンターは、IoTやネットワークを経由してお客さまにダイレクトにつながる製品です。開発にあたり約250件の特許を出願し、すでに半数以上が登録されています。他社にはなかなか真似のできない完成度に仕上がったと思います」(小野田氏)

 完成したネイルプリンターの試作機は2019年12月、銀座にオープンしたコーセーの体験型コンセプトストア「Maison KOSÉ(メゾンコーセー)」に設置され、実証実験が開始されています。黒沼氏は、ここで確かな手応えを感じたといいます。

 「多くのお客さまが体験され、非常に高い評価をいただいています。改善点も見えましたし、お客さまの感動するポイントもわかりました。何より、お客さまにとってのネイルの多様なとらえかたや、楽しみ方が見えてきたのは大きな収穫でした」

ネイルプリンターイメージ デザインを選んでから約15分でネイルが完成する

“もの”売りからの脱却、サブスクで“こと”売りを目指す

 ネイルプリンターの試作機を使った実証実験で高い評価を獲得し、プロジェクトは次のフェーズへ突入します。それは“もの”売りから“こと”売り、サブスクリプションのビジネスモデルの導入検討でした。

 「長年、私たちはメーカーとして製品を量販店に置いて売るビジネスモデルでした。しかし、常にお客さまとつながり、多様なタッチポイントに対応するにはサブスクリプションモデルを確立すべきだと考えました。

 そこで、相談したのがNTTコミュニケーションズ株式会社(以下、NTT Com)です。サブスクリプションに特化した『Subsphere(サブスフィア)』を提供していることはもちろん、また多くのイノベーティブな企業が加盟する『C4BASE』を運営されていたことにも、可能性を感じました」(小野田氏)

Subsphereイメージ

 C4BASEは大企業で新規事業やイノベーションを担当する約2,400名のビジネスパーソンが参加する、NTT Com主宰の共創コミュニティです。社会的に意味のある、価値のあることを生み出すことを目的に、各社のアセットを組み合わせた共創による新製品やサービスを創出する取り組みを行っています。

 カシオからの依頼を受けてコンサルティングを担当したNTT Comの川島美由紀氏は、提案のポイントは2つあったと振り返ります。

 「まず、お客さまの抱える事業課題を把握し、サブスクリプションというビジネスモデルへの転換で必要なことや、どのようなターゲットを狙うべきかをステップ論でお話しさせていただきました。そして2つ目は、新たな化学変化が起こること目指し、さまざまなアセットをお持ちのC4BASEの会員様とカシオ様をマッチングすることを提案しました」

NTTコミュニケーションズ 川島氏 NTTコミュニケーションズ株式会社 C4BASE DX Lander 川島美由紀氏

 マーケティングの観点からプロジェクトに関わったカシオの林加寿子氏は、あえて日常的にネイルに対して積極的な女性を狙わないというターゲットを選定したと振り返ります。

 「たとえばイベント好きなママや好きなキャラクターの“推し活”をしている女子、あるいは仕事柄や自分の爪に自信がなく、ネイルに積極的にはなれないOLなどのペルソナを設定しました。」色やデザインの自由度が高く、短期間で着替えられ、TPOに合わせて手軽に自己表現できるネイルプリンターの特性は、ネイルに関心の薄い層にも広く受け入れられると考えたのです

カシオ計算機株式会社 林加寿子氏 カシオ計算機株式会社 事業開発センター ビューティー企画開発部 企画室 林加寿子氏

 そして2020年、流通業をはじめとするC4BASE会員との共創による実証試験の第2弾がスタートします

世界に新しいネイル文化を

 小野田氏は、現在実証実験中のため、まだ明確なビジネスモデルは決まっていないとしつつも、今回のプロジェクトで新たなネイル文化を創造したいと考えています。

 「うまく塗れないセルフネイルの課題や高額で技術のばらつきがあるネイルサロンの課題を解決しつつ、いままでにない新たなネイルサービスを目指しています。アミューズメントパークやイベント会場、スタジアムといった施設限定のネイルや、ファッションやTPOに合わせて着替えられるネイルなど、新たなネイル文化を創造することが最終目標です。将来的には国内のみならず、欧米やアジアなどのグローバル展開も視野に入れています」

打ち合わせ風景

 川島氏は、こうしたカシオの取り組みを、今後も総力を挙げてサポートしてきたいと語ります。

 「ネイルプリンターを用いたアプローチが可能なC4BASEの会員様は少なくありません。たとえば大手のデベロッパー様や、エンターテイメント系企業様など、具体的に話が進んでいるケースも多々あります。こうしたC4BASEを通じて得られたご縁を大切にしながら、今後もカシオ様と一緒にネイルプリンターの魅力を伝えていきたいですね。

 そしてビジネス化の際には、Subsphereを軸とした課金の仕組みの検討はもちろん、将来的には、NTTグループのアセットなどを活用しながら、ワンストップでネイルプリンタービジネスの発展に寄与したいと考えています」

 最後に、小野田氏は新規事業を創出するポイントを明かします。

 「自社の強みとなるアセットを生かし、解決すべき本質的な課題を洗い出す。そして、仮説を立てて多くのパートナーを巻き込み、実証実験を重ね、ユーザーの声を聞き改善を行う。このようなPDCAをコツコツと回していくことが新規事業の創出の鍵となります。

 さらに根本的なことですが、強い思いを持つことです。私は“長く歴史に残る製品や事業をつくりたい”という思いをもって仕事に取り組んできました。やはり強い信念がないと新しいものは生み出せません。

 いくら多くのアンケートをとっても外の声からDXのヒントを発見することは困難です。じっくりと自分で、地道に考え続けるしか道はないのではないでしょうか。」

 化粧品メーカーや、C4BASEを通じたさまざまな業種の企業と共創し、新しいビジネスの創出に取り組むカシオ。早期事業化を目指す、カシオのネイルテックでのチャレンジは、きっと新しいネイル文化を世界に発信していくことでしょう。

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