「MaaS(マース)」という言葉をご存知でしょうか?
MaaSとは「Mobility as a Service」の略語で、直訳すると「サービスとしての移動」となります。具体的には、カーシェアやライドシェア、タクシー配車アプリやシェアバイクのようなサービスがMaaSに該当します。つまり、車や自転車などを「買う」のではなく、「サービスとして利用する」ことになります。
先に挙げたカーシェアやタクシー配車アプリは、日本でも普及が進みつつありますが、海外では日本以上に、高度なMaaSが利用されているようです。海外で導入が進む、高度なMaaSとは、一体何でしょうか? そして、日本で普及するのでしょうか? その進化を予想します。
MaaSのレベルは5段階。日本は……?
MaaSという概念は、2015年のITS世界会議で設立された国際組織「MaaS Alliance」にて、「いろいろな種類の交通サービスを、需要に応じて利用できる一つの移動サービスに統合することである」と定義されています。
しかし、そのサービスの「幅」はかなり広範囲です。スウェーデンのチャルマース工科大学の研究によれば、MaaSのレベルは、サービスの内容に従って「0」から「4」までの5段階に分けられるといいます。電車やバス、カーシェアなど単独の移動手が「レベル0」で、レベルが高くなるにつれて、サービス内容は高度になっていきます(詳細は下記の図版参照)。
国土交通政策研究所報第 69 号 2018 年夏季より
このようにMaaSは広がりを持つ概念ではありますが、日本で展開されるMaaSは、カーシェア、タクシー配車アプリのような単独で完結するサービスにとどまっているようです。2019年に発表されたみずほ情報総研のレポートでは、日本では「レベル1」は実現しているものの、「レベル2」「レベル3」については、“一部の取り組みでのみ実現されているという見方もある”としており、高度なMaaSが普及しているとはいえないのが、日本の現状のようです。
タクシーもレンタカーも月額使い放題のMaaSもある
一方海外では、高度なMaaSをビジネスとして展開している例がいくつか見られます。
たとえばフィンランドのベンチャー企業「MaaS Global」社では、2016年に「Whim」というサービスを開始しました。これはアプリで目的地までの経路を検索し、複数の経路の中から選択すると、全経路の決済をアプリで完結できるというものです。
支払いは都度払いのほか、定期券のような月額支払いもあります。定額プランでは一定のエリア内の公共交通機関、タクシー、シェアサイクル、レンタカーまでがパッケージ化されています。
シンガポールでは、同国の鉄道会社SMRT社が立ち上げたMobility-X社が、MaaSを意識したアジア初のプラットフォーム「Jalan²」を2018年に開発。同アプリでもWhimと同様、出発地と目的地を設定すると、鉄道、バス、シェアサイクルなど、さまざまなモビリティに対応した交通手段をユーザーに提示します。検索だけでなく、予約にも対応しています。
この2つの例に共通するのは、MaaS推進のために、交通事業者、政府、企業、研究機関が連携している点です。フィンランドでは政府がMaaSが利用できるよう、省庁の再編や法制度の整備を実施。2014年に“スマート国家”を宣言したシンガポールでも、陸上交通の監督官庁である「Land Transport Authority」が、同国の交通に関するデータをオープンソース化、MaaS事業者が利用できる状態にしています。
日本はMaaSが普及する下地がある?
しかし、日本でも徐々に、高度なMaaSが普及する準備が整いつつあります。たとえば、「交通情報のオープン化」もその1つです。
MaaSが海外ほど進んでいない日本ですが、決してMaaSの必要がないわけではありません。政府広報オンラインでは、MaaSの普及により交通手段の選択肢が拡大し、マイカーを持たなくても気軽に移動できるとしています。さらに、地方における交通手段の維持、都市部での渋滞の解消といった課題の解決にも効果があるとしています。
MaaSで鍵となるのが、鉄道やバスの経路、時刻表などのデータで、欧米ではすでにオープンデータとして整備されています。日本でも2015年に「公共交通オープンデータ協議会」が発足しており、2017年には「データを保有する交通事業者は、オープンデータの推進を自らの成長戦略の大きな柱と位置づけ、率先して取り組むことが望まれる」との声明を発表しています。
同協議会は2019年に、公共交通事業者とデータ利用者を結ぶデータ連携プラットフォームの確立を目指す「公共交通オープンデータセンター」をオープン。電車・バス・飛行機など公共交通機関のデータを、APIで提供しています。
さらに、日本で「交通系ICカード」が浸透していることも、MaaS普及の後押しとなりそうです。
欧米のMaaSでは、料金がキャッシュレス決済で支払われる例が多く、中には定期券のような、月単位の定額プランが設定されているケースもあります。つまり「Suica定期券」のような交通系ICカードによるキャッシュレスの定額利用サービスとは、相性が良いでしょう。
国土交通省では現在、全国19か所でMaaSの実証実験を実施しています。
たとえば神奈川県・川崎市・箱根町と小田急グループなどが合同で行なっている実験では、鉄道やバス、タクシーやカーシェアの検索・決済ができるMaaSアプリを提供。駅周辺で発生する交通渋滞の解消や、居住者の高齢化に伴う、公共交通機関の利便性の維持向上など、地域の課題の解決を狙っています。
アプリでは、電車・バスの乗車券と箱根周辺の温泉や観光施設が割引料金になる専用のフリーパスや、駅構内でショッピングができる定額制のチケットも販売されるなど、交通と生活・観光サービスをセット化した構成となっています。
普段、当たり前のように使っている電車やバスなどの移動手段も、さまざまなサービスと連携し、MaaSとしてパッケージ化することで、より便利に、より付加価値が付いた形で利用できるようになります。我々の暮らしやすさのレベルも高くなっていくことでしょう。