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ICT in the Future Vol.12 国境を越えた遠隔医療 タイと日本を結んだ共同実験で成果収める


遠隔医療実証実験2005年度から2007年度の3ヶ年にわたり、タイのチュラロンコン大学と日本の九州大学をネットワークで結んだ、遠隔医療の共同実証実験が行われた。タイの研修医に対して、日本からリアルタイムかつ双方向で内視鏡操作のトレーニングを実施できること、内視鏡手術ロボットを遠隔操作し、医師が国外に居ながらにして手術を行えることを実証したのである。ネットワーク面では、2国にまたがった複数のネットワークを一本につなぎ、低遅延で安定した高画質の医療映像伝送を行った。既存技術と最先端技術の現実的かつ効果的な融合により、最低でも3Mbpsの帯域があれば、国際間の遠隔医療が実現できることを示したのである。

 

Chapter1.
アジア地域のブロードバンド・ネットワーク整備による医療の高度化を目指す
〜実験の目的と背景〜

医療界では、ブロードバンド・ネットワークの利用分野の1つとして、「遠隔医療」に早くから期待が集まっていた。
その理由のひとつが、地域間格差の是正・解消への貢献である。

レントゲン診断やCTの読影など、専門医がいないと対処ができない場合、ネットワークの活用に期待が高まる。昨今の日本にあてはめれば、医師が不足し、専門医が大学病院などに偏在しているなかで、ネットワークは大病院のない地方であっても高度な医療を受けることを可能にする。ブロードバンド・ネットワークを活用すれば、静止画を送るだけでなく、精緻な動画を診断に用いたり、リアルタイムに患者と対話しながら治療を進めることもできる。

遠隔医療の実現は、アジア地域のブロードバンド・ネットワーク整備を促進するという効果も期待できる。
日本の医療レベルは世界有数の高さにあり、この先端医療技術がネットワークを通じてアジアの国々へ提供されれば、アジア地域の医療レベル向上に貢献できる。そして、人々の暮らしに役立つ魅力的なアプリケーションの利用を契機として、アジア全体のネットワーク整備が一段と進む。
日本の総務省は、アジア地域における通信放送技術の発展に力を入れており、2003年に「アジア・ブロードバンド計画」を策定、さらに本計画を促進する施策として、「国際情報通信ハブ形成のための高度ICT共同実験」に取り組んでいる。この高度ICT共同実験において、シンガポールとの電子商取引、中国とのIPv6相互接続など、さまざまな実証実験と並行して実施されたのが、タイとの遠隔医療の共同実証実験である。

遠隔医療、それも国際間でのやりとりとなると、ネットワーク環境の整備が実験の成否を左右することになる。国によって異なる回線品質や回線容量に対応しながら、医療現場に必須の高精細映像を安定的に伝送しなければならない。そこで今回の遠隔医療の実証実験には、NTTコミュニケーションズがプロジェクトメンバーとして加わった。役割は、NTTと共同での全体プロジェクト管理と、ICT環境構築・管理である。
NTTでは、以前から日本の九州大学と「メディカルテレインストラクション環境構想」の実現に向けた遠隔医療の検討に取り組んできた。さらに今回は、国際的な遠隔医療を実現するためのICT環境に求められる要件や課題の洗い出しを行い、さまざまな成果を挙げることができた。

九州大学 橋爪誠 教授

本実験に際して当初抱いていた期待について

九州大学 橋爪誠 教授

インタビュー動画を再生 (1分51秒)

Chapter2.
日本に居ながらにしてタイの研修医の内視鏡トレーニングを指導
〜遠隔医療共同実証実験の内容〜

「日本とタイ間でのICT技術を活用した遠隔医療共同実証実験」
本編を再生
「日本とタイ間でのICT技術を活用した遠隔医療共同実証実験」
(2分03秒)

本プロジェクトには、タイ側からチュラロンコン大学の医学部が参画、日本側は九州大学医学部を中心に、手術用ロボット提供や医療実験支援として、東京大学工学部、名古屋工業大学、慈恵会医科大学がそれぞれ参画した。

主要な実験テーマの1つ、リアルタイム遠隔指導では、タイの研修医が内視鏡トレーニングBOXや内視鏡シミュレーターを用いた実習を行い、日本にいる講師(医師)がこれを指導した。

この実験では、研修医側のトレーニングBOX映像を、動画配信システムを通じて日本にいる講師に送信。実験の初期段階では、講師はその映像を見て、音声のみで指示を出す形をとった。しかし、音声だけで具体的な操作の方法を細かく指示することには限界がある。しかも会話はすべて英語で行われるため、円滑なコミュニケーションやトレーニングには難があった。

ここで活躍したのが、本実験を通じて洗練されたリアルタイムアノテーションシステムである。
「アノテーション(annotation)」とは「注釈」のことで、今回の実証実験では研修医が操作する画面上に直接指示を書き込むことのできるシステムを開発した(開発元:NTTアドバンステクノロジ)。
たとえば、研修医が見ている内視鏡の映像に対して、講師が画面にペンでタッチするだけで、次に糸を通すべき位置を正確に示すことができる。研修医の作業を止めたいときも、ワンタッチ操作をすれば、たちまち画面いっぱいに赤い文字で「STOP OPERATION」と表示するなど、視覚に直接働きかけることができる。研修医それぞれの動きに応じて、正しい操作や手順を隣にいるような感覚で指導できるのである。

さらにこの実験では、タイの研修医を、遠隔指導を受けたグループと、指導ビデオを見ただけのグループの2つに分け、習熟度を比較した。その結果、遠隔指導を受けたグループは明確に技術が向上しており、高い指導・教育効果を確認できた。

もう1つのテーマ、遠隔手術ロボット実験では、日本(またはタイ)にいる医師が、チュラロンコン大学(または九州大学)に設置された内視鏡手術ロボットを遠隔操作して手術を行い、実験システムを国際間で遠隔手術ができるレベルにまで高めることに成功した。

この2つの実験によって、低遅延でリアルタイムなデータ伝送ができるICT環境を国際間でも構築でき、それが、遠隔医療に安心して利用できることが実証されたのである。

九州大学 橋爪誠 教授

本実験の成果、評価について

九州大学 橋爪誠 教授

インタビュー動画を再生 (2分23秒)

Chapter3.
3Mbpsの帯域で低遅延かつ安定した高画質映像伝送を実現
〜実験を支えたネットワークについて〜

◆既存技術と先進技術の効果的な組合せにより最先端ICT環境を実現

今回の実験は生命を預かる医療分野であるだけに、映像などの情報が遅れたり途切れたりすることなく、正確かつ確実に伝わることが重要であるため、実験のシステム・ネットワークには低遅延、高画質に加え、安定性が求められた。

NTTコミュニケーションズは、H.264の高圧縮技術、あるいは、映像の一部の注視領域の画質を高め、他の領域の画質は相対的に抑えた伝送をするRegion Of Interest(ROI)技術(開発元:NTT研究所)など、数多くの先進技術を組み合わせて、わずか3Mbpsの帯域で、リアルタイムな遠隔医療が実現できるICT環境を実現した。

国内ではすでに、数十Mbpsの帯域を確保して遠隔医療に取り組む医療機関もあるが、アジア地域でそれだけの帯域を確保するのは現実的に難しい。今回の実験により、わずか3Mbpsで遠隔手術まで安心して行えるのが実証されたことは、グローバルに見て大きな意義があるのだ。しかも、業界特化型の特殊技術ではなく、先進技術ではあるが汎用性のある技術を採用しているところに、実現性の高さが現れている。

その一例として、タイムディレイの少ない双方向リアルタイムコミュニケーションを実現するためには、圧縮効率の高い動画圧縮規格であるH.264を採用し、ソフトウェア型の動画配信(ビデオ会議)システムとして高水準の映像/音声品質を誇る「WarpVision」という製品を使っている。


◆現地法人と一体になってワンストップのエンジニアリング力を発揮

実証実験のネットワークの中核として採用したのは、JGNII(※注)である。
タイ国側では、チュラロンコン大学の学内ネットワークを、タイの国内研究用ネットワークThaiSarnを通じてJGNIIの国際ネットワークに接続した。日本国内では、九州大学の学内ネットワークをJGNIIの国内ネットワークにつないだうえで、JGNIIの国際ネットワークに接続した。

このように、品質も、管理形態も、運用ポリシーも異なる複数の国のネットワークを一本につなぐためには、グローバルなエンジニアリング力が不可欠だった。

例えば、チュラロンコン大学とタイの国内研究用ネットワークThaiSarnは以前からつながっていたが、実験中にネットワーク遅延が生じないような経路制御を設定する必要があった。また、経路制御やネットワーク運用を考慮したIPアドレス設計を行うなど、物理的にも論理的にも実験の円滑な実施に最適なネットワーク構築を行った。

図:本実験のネットワーク構成イメージ
図:本実験のネットワーク構成イメージ

このような技術面の課題には、日本国内とタイ現地法人(NTTコミュニケーションズ タイランド)が連携してこれに対応した。NTTコミュニケーションズは、ソリューションサービスまで自社で実行できる技術力の高い海外拠点を多数有しており、今回も、タイ現地法人がタイ政府の研究機関やチュラロンコン大学と一体になってプロジェクトを推進した。 技術面だけでなく、長年の実績と経験から得た各国キーパーソンとの良好な関係も活きた。NTTコミュニケーションズが、ブロードバンド・ネットワークのワールドワイドでの普及に取り組むなかで培ってきたタイの研究機関やチュラロンコン大学職員を含む貴重な人脈も、各種の調整をスムーズに進行させる大きな成功要因となった。

このように、NTTコミュニケーションズは、ネットワークからアプリケーションまで幅広く対応し、プロジェクト全体をワンストップでサポート。プロジェクトの企画という上流段階から、ネットワーク・システム構築、プロジェクト実施・運用、評価測定まで、グローバルな活動を行っている。

NTTコミュニケーションズ株式会社 上田幸宏

ネットワーク構築における課題とその解決について

NTTコミュニケーションズ株式会社 上田幸宏

インタビュー動画を再生 (0分48秒)

※注
JGNII:Japan Gigabit Nework 2。研究開発を主な目的とする日本の高速光ファイバーネットワーク。独立行政法人情報通信研究機構が運営し、研究用途で産学官へ開放。通信関連のさまざまな実験に利用されている。(JGN2は2008年4月よりJGN2plusとして運用中)

Chapter4.
ワンストップのネットワーク・ソリューション力をアジア全域へ提供
〜実験成果と今後の展開〜

今回の共同実証実験の成果はたくさんあるが、ネットワークの側面から見ると、汎用性の高いシステムや技術を使って、医療現場で実用できる高速で安定した映像伝送モデルシステムを実証できた意義は大きい。
しかも「実務に耐える」と評価したのは、実際の患者に接したり、内視鏡手術をする技術を持った医師たちである。日本のみならず、チュラロンコン大学の先生方からの評価も高く、今後も、共同実験を続けて利用領域を拡大していきたいという意向が強く打ち出された。
NTTコミュニケーションズも、ワンストップのネットワーク・ソリューション力をグローバルでも発揮して、遠隔医療を支えるという経験を積むことができた。遠隔医療・医療指導で求められるネットワーク特性と映像品質を維持するためのノウハウを吸収しながら、国際間での遠隔医療を支援するICT環境を確立できたのである。

九州大学 橋爪誠 教授

本実験の成果、評価について
-タイ側の反応について-


九州大学 橋爪誠 教授

インタビュー動画を再生 (1分09秒)

今回の実験成果から、今後、チュラロンコン大学のある首都バンコクと地方都市を結ぶなど、海外国内での展開も期待できる。タイ以外にも、マレーシア、シンガポール、ベトナム、インドネシアなど、NTTコミュニケーションズの現地拠点がある各国においても実現の可能性がある。
また、遠隔医療教育については日本国内でも動きが始まっている。
内視鏡トレーニングセミナーを開催している医療機関の場合、全国から足を運んでもらわなくても、国内のブロードバンド・ネットワークを活用していくことも考えられる。医療関係企業からも高い関心が示されている。
医療という高品質が求められる分野で成功を収めたことから、その成果を学校教育や職業訓練、災害対策など、他の領域での利用も安心して推進できる。
いずれにしても、今回の実験をネットワーク/アプリケーション一体型のモデルシステムとして水平展開していけるのである。NTTコミュニケーションズは、通信技術によってあらゆるものをつなぐことで新たな価値を創造することを使命としており、今後もその活動を、アジアをはじめ世界中へ展開していく。

NTTコミュニケーションズ株式会社 上田幸宏

他分野への水平展開と今後の展望について

NTTコミュニケーションズ株式会社 上田幸宏

インタビュー動画を再生 (1分08秒)

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