
コンプライアンスとは何か、どうすればコンプライアンスは守られるか、という議論が盛んになされていますが、どれも結論ははっきりしません。倫理に依存したり、法律や強制力に期待したりするものが多く、意図は分かるが実効性となると保証の限りでなく、結局、議論はすれども結論が出ないまま、最後は経営者の主観的努力を求めて終わってしまうことも少なくないようです。
コンプライアンスは、それについて語りあえばそれで良いというものかというと、決してそうではありません。それを実践し、確保すべきものです。だからといって企業内に監視装置、警察組織を持つのは行き過ぎでしょうし、不採算部門を作ってどうするのか、といわれるだけです。
今は抽象的にコンプライアンスを語る時代ではなく、適切かつ確実に実施すべき時代なのです。
コンプライアンスを実現するには、企業の業務評価基準の見直しが必須です。多くの企業では、営業成績が上がればすべて良し、という風潮があります。そのため、評価されるためには、無理をしてでも営業成績を上げるということになります。しかし、企業で出世するには、無理をしてでも営業成績を上げなくてはならない、というのではコンプライアンスなど実現できるわけがありません。
こうした風潮の中、いきなりコンプライアンスが入り込んできたわけですから、一方ではコンプライアンスより営業、売上、と叫びながら、他方でコンプライアンスを語ろうとしても、それは無理なこと。ここをきちんと整理しなければならないのです。それではどうするか。私は、適法、企業の姿勢、顧客満足などの的確な対応、説明責任を尽くす姿勢、手法、そのために費やした時間といった、コンプライアンスの要素を的確に評価する仕組みを作ることが必要だと思います。
営業成績を上げることは企業を支える基本ですから、これをないがしろにすることはできません。しかし、手法は問わず、という姿勢を続けていけば、営業成績に直結しないことはついついないがしろにされてしまい、徐々にコンプライアンスから外れていきます。正しく、丁寧な、理解される方法は時間もかかり、手間もかかります。しかし、長い目で見たときには、企業の信頼を育み、熟成させるものになるのです。力のある企業は皆こうした地道な努力をして、今日の地位を築いているのです。
営業成績は結果として現れるものですから、その過程はこれまであまり重視されてきませんでした。結果を出せ、結果がすべて、という発想はこれを端的に示すものでしょう。結果第一主義とでもいえばいいのでしょうか、そうした価値観のもとでは業務の記録も必要ではありません。業務遂行の過程は評価対象としていませんので、記録することすら無駄なのです。
しかし、コンプライアンスの評価は、業務の結果だけではなく、その手法や対応、説明など業務の過程こそを重視するものです。従って、業務の進捗の記録は必須であり、業務遂行の手法などが克明に記録されねばなりません。継続的な業務遂行の記録があることで、初めてコンプライアンスを評価することが可能になります。そうした中から、コンプライアンスにとって有害なものを除去し、有効なものを引き上げてゆけばよいのです。
コンプライアンスを評価できれば、何が推奨され、何が問題なのかが明示されます。そうなれば、昇給し、昇進するには営業成績と共にそのための手法も適正でなければならないということが周知徹底され、かつ、実践されるといえるでしょう。
コンプライアンスは語れば済むのではなく、企業が業務を記録する制度を確立し、業務の過程を的確に評価することで、実践し、体質化させるべきものなのです。