癒しのアイランド 「ハワイ」の不思議発見!(前編)
〜「フラ」と「アロハ」のヒミツ、そして日本との意外な関係とは…?〜
ハワイのイメージといえば、白い砂浜、青い海、そして多くの観光客を集める常夏の楽園…。もちろんこれはこれで事実ではあるのですが、ハワイの魅力はこれだけではありません。手つかずの自然や神話に根ざした豊かな精神性など、知れば知るほどハマってしまう奥深い魅力にあふれています。また、19世紀後半から多くの日本人が移民としてハワイへ渡っており、日本にとっては古くから深いつながりのある地でもありました。現在、日本人のハワイへの年間渡航者数は、毎年およそ150万人前後にものぼります。ハワイ州の国勢調査によると、ハワイの総人口は120万人あまり。つまり、ハワイの人口以上の日本人が毎年ハワイを訪れているのです。前編では、ハワイの文化を理解する上で重要な「フラ」と「アロハ」、そして日系移民が大事に伝えた“古き良き日本”について紹介していきます。
■踊って、歌って♪ 伝言ゲーム?!
〜フラの本来の役割とは?〜
■「ALOHA」に秘められたキーワード
〜法律にも定められた“アロハスピリットとは?〜
■アロハシャツと日本の着物の意外な関係とは?
〜ハワイに根を下ろした“古き良き日本”〜
■踊って、歌って♪ 伝言ゲーム?!
〜フラの本来の役割とは?〜
ハワイ諸島は、火山活動により誕生したといわれ、ハワイ島、オアフ島、カウアイ島など、主要8島と100以上の小さな島々から構成されています。1983年に大噴火して大きなニュースになったハワイ島のキラウエア火山は、ハワイ諸島が誕生したころからの活火山。まさにハワイ島を造り上げたパワーそのままに、現在でも火山活動を続けています。
開発・整備されたリゾート地というイメージが強いハワイですが、実は手つかずの自然が数多く残っていることでも知られています。とくに、ハワイ諸島の中で最初に誕生したとされるカウアイ島は、切り立った断崖や険しい渓谷、人を寄せ付けないうっそうとした森林を有し、地球創世期の雰囲気すら漂わせています。映画『ジュラシックパーク』(1993年・米)で、巨大な滝に沿ってヘリコプターが降下していくシーンを覚えている方も多いと思いますが、あのシーンが撮影されたのがこのカウアイ島。まさに恐竜が棲んでいるような太古の雰囲気をいまも残す島なのです。
ハワイの文化の根幹には、こうした自然に対する畏敬の念が色濃く残っています。その端的な例がフラでしょう。フラといえば、日本でも映画『フラガール』(2006年)が話題になりましたが、それ以前から日本人は趣味としてフラに馴染んでいます。あるいは皆さんの周りにも、フラが趣味という方がいらっしゃるのではないでしょうか。西洋化が進むにつれてショー化してしまった部分もありますが、本来のフラは神への奉納儀式として始まったのが起源。古代のハワイでは、自然の中のあらゆる場所に神が宿っていると考えられていました。フラを踊ることは自然崇拝の神事であり、神への信仰を表現することでもあったわけです。
自然の中に神が宿っているという考えは、日本の神話にある「八百万(やおよろず)の神々」にも通じるものがあります。日本では、理屈で解明できない不思議な力のことを「神通力」などといいますが、ハワイでこれにあたるのが「マナ」。マナは一種の霊力で、自然の中に存在していると考えられます。フラを踊る際の重要な装飾品として「レイ」がありますが、レイを首にかけるのは、もともとは自然からマナを授かるためで、フラの伴奏曲の内容に合った花を集めてレイを作ることもあるそうです。
フラには、神に捧げる神事以外にも重要な役割がありました。それは伝承です。ハワイ語は文字を持たない言語だったので、記録を残すことができません。古代のハワイ人たちは、フラの動きに民族の歴史や英雄たちの記憶などを込めて伝えました。本来のフラは、その意味を正しく理解し、かつそれを正しく表現できてこそのもの、まさにハワイの文化を体現した伝統芸術なのです。
自然崇拝の神事であり、歴史や文化を伝承する手段だったフラに続いて、これもハワイの文化を理解する上では外すことができない「アロハ・スピリット」について、次項で見ていきたいと思います。
■「ALOHA」に秘められたキーワード
〜法律にも定められた“アロハスピリットとは?〜
ハワイの文化や精神性について語るときに、フラとともに外せないのが「アロハ・スピリット」です。「アロハ」ということばは「こんにちは」「さようなら」などのあいさつですが、アロハはこれだけの意味ではなく、実にさまざまな意味が含まれています。アロハ・スピリットを理解するには、アロハの意味を知ることが必須。というわけで、まずはこのアロハの意味から見ていくことにしましょう。
「アロハ」は当然ハワイ語です。前項にも書いたように、ハワイ語はもともと文字を持たない言語ですが、子音と母音の関係が明確なため、ローマ字に置き換えて表記することができます。たとえば「アロハ」は「ALOHA」、「ホノルル」は「HONOLULU」、「ワイキキ」は「WAIKIKI」、「ウクレレ」は「UKULELE」という具合。ローマ字表記に慣れている日本人にとっては、発音や表記がわかりやすい言語といえます。
さて、その「ALOHA」。単語を構成するひとつひとつの文字にそれぞれ意味があり、それらがすべてこの「ALOHA」という単語に込められているのです。具体的に見てみましょう。
まずは「ALOHA」の最初の「A」。これは「Akahi(思いやり)」。尊敬の念を持って人に接する心という意味で、その対象には神様や祖先も含まれるそうです。次の「L」は「Lokahi(調和)」、団結や助け合いの精神を示します。「O」は「Olu'olu(喜び)」、これは自分の喜びだけでなく、そうした心地よさが他人への親切や優しい心につながるという意味が含まれます。続く「H」は「Ha'aha'a(謙虚)」であり、最後の「A」が「Ahonui(忍耐)」。いずれの文字にも共通しているのは、相手と良好な関係を築こうという思いです。そしてその中に、いたわりや寛容といった心が息づいているのがおわかりになると思います。
さらに、「ALOHA」を構成する要素はこれだけではありません。ひとつひとつの文字だけでなく、文字の組み合わせにも意味があるのです。「ALO」は「一緒にいる」という意味で「HA」は「生命」や「魂」、つまり「ALO」+「HA」で「あなたの魂と一緒にいる」という意味になるわけです。「ALOHA」が「I LOVE YOU」の意味でも使われるのは、こうした思いが込められているからなのですね。
こうして見てくると、アロハ・スピリットの意味もおおよそわかってきます。ハワイの人々にとってアロハ・スピリットとは、お互いに尊敬や寛容の心で接することで友好な関係を築くこと、「ALOHA」ということばの意味そのままに生きることだといってもいいのではないでしょうか。
ちなみに、このアロハ・スピリット、驚くことにハワイ州法でも定められています。「ALOHA SPIRIT LAW」がそれで、内容は上記のような考え方に則って行動しましょうというもの。法律というよりは行動規範に近いものと考えていいと思いますが、州法であるにもかかわらず罰則規定はないとのこと。そんなところにもアロハ・スピリットの寛容さが現れています。
■アロハシャツと日本の着物の意外な関係とは?
〜ハワイに根を下ろした“古き良き日本”〜
ハワイ州の最新の国勢調査によると、ハワイの全人口のうち日系人が占める割合は約17%。つまり、およそ6人にひとりが日系人ということになります。この17%という数字は白人の約24%に次ぐ数字で、いかにハワイに日系人が多いかを如実に物語っています。この項では、彼ら日系人の祖先にあたる日系移民について見ていきましょう。
初めての移民が日本からハワイへ渡ったのは、いまから140年前の明治元年です。約150名の日本人が、サトウキビ栽培の労働者として旅立っていきました。明治政府が本格的に移民事業に乗り出すのはそれから17年後の1885年(明治18年)。以降、日本人は持ち前の勤勉さでハワイに根を下ろし、いまでは日系5世を数えるまでになっています。
世界中どこでもそうですが、移民は祖国から離れているからこそ、祖国の文化を大事にします。日系人が大事に伝えたもののなかに、食文化があります。ハワイでは現在でも和食の影響が強く、また「Bento(弁当)」「Musubi(むすび=おにぎり)」など、食に関する日本語がそのまま現地語化したものも数多くあります。
伝統行事の一例としては、なんといっても盆踊り(ハワイでは「ボン・ダンス」と呼びます)でしょう。6月から8月にかけてのシーズン中は毎週末に各地で開催され、地元の新聞にはスケジュール表が掲載されるほどの人気だとか。盆踊りのそもそもの起源はフラと同じように宗教行事ですが、現在の日本ではどちらかというと地域交流やイベント的な意味合いになっています。しかしハワイの日系人にとっては、娯楽である以上に、祖国に思いを馳せ、先祖や故人を供養するという意味が大きく、むしろ日本よりも伝統的な形で残っています。
移民を追う形で海を渡ったものとしては寺社があります。日本神話の国譲りで有名な大国主大神を祀る出雲大社がハワイにもあるのをご存知でしょうか。ハワイの移民1世のために日本の出雲大社が宮司を派遣したのが1906年といいますから、すでに100年以上の歴史があるのです。また、真言宗、浄土真宗、天台宗など、各宗派の寺院も数多く建立されています。日系移民100周年にあたる1968年には、記念事業としてコウラウ山の麓に宇治平等院のレプリカも建立されており、日本庭園の池には鯉が泳いでいるそうです。
ここで、日系移民の歴史に関するちょっと意外な話をふたつ紹介しましょう。まずはアロハシャツ。アロハシャツといえばハワイの代名詞のような存在ですが、実はアロハシャツのルーツは日本の着物なのです。お金のなかった初期の移民は、着物を開襟シャツに仕立て直して着ていました。むかしのアロハシャツに絹製のものや日本的な模様が多いのはそのためなのです。もしどこかでビンテージアロハを見る機会があったら、ぜひ素材や柄にも注目してみてください。
もうひとつは、ハワイ王家と日本の皇室との“縁談”。ハワイ王家といえばカメハメハ大王が有名ですが、カメハメハの血筋は5代で途絶えたため、その後は議会が選出した王が即位しています。1874年に第7代国王となったカラカウア王は世界一周旅行を行い、その際に海外の国家元首として初めて日本の土を踏みました。明治天皇と会見したカラカウア王は、日本からの移民を要請するとともに、自分の姪を日本の皇室に嫁がせ、生まれた子供にハワイ王家を継がせたいという提案をします。結局この“縁談”は日本側が断る形で流れました。
このように、ハワイにはかつての日本を思い出させてくれるものが衣食住にわたって数多くあり、歴史的にも深い関わりがあったことがおわかりいただけたと思います。どこか懐かしさを感じたり、くつろいだりできるのは、日本が置き忘れてしまった“古き良き日本”を色濃く残しているからかもしれません。後編では、ハワイがかつて「夢」や「あこがれ」だったころの話や、どのようにして身近になっていったかを追っていきます。配信は6月25日の予定です。お楽しみに!
|