河合 薫 氏


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リーダー戦略考
ストレスは人生の雨 元気になる“傘”を持とう

本格的な“ストレス社会”を迎えた日本。いまや企業と個人にとって、ストレスとどう付き合うかは、至急のテーマである。
健康社会学者の河合薫氏は、お天気キャスターの経験も生かし、ストレスを“成長の糧”とする生き方を説く。
「ストレスは人生の雨。たくさんの傘を持とう」と語る河合氏に、その上手な付き合い方を伺った。

※本記事は、ビジネスアドバンス第51号(2008年3月5日発行)で掲載しきれなかったインタビュー内容を特別バージョンとして編集したものです。


河合 薫(かわい かおる) 氏

河合 薫 氏
(かわい かおる)

千葉県出身。千葉大学教育学部卒業後、全日本空輸株式会社に入社。国際線客室乗務員として活躍する。1994年、第1回気象予報士試験に合格。翌年からウェザー・キャスターとして『ニュースステーション』(テレビ朝日系)などに出演、独自の気象情報を提供する。2004年、東京大学大学院医学系研究科修士課程(健康社会学)修了後、同大学院医学系研究科博士課程に進学。2007年に博士課程を修了し博士号(Ph.D,保健学)を取得する。現在は健康社会学者として、産業ストレス、キャリア発達などを専門に「人間の生きる力」に着目した研究を進める。『部長のハート』などストレスに関する著書も多数。



“お天気の不思議”からメンタルヘルスへ

■お天気キャスターの河合さんがなぜ、東京大学大学院でメンタルヘルスの研究を始められたのですか。

 『ニュースステーション』という番組で、お天気の解説をやらせていただくようになったのが1995年のことです。出演するようになってすぐ、金曜日の週間予報の中で『インフルエンザ予報』というコーナーを手がけました。「今週、東日本は気温が低く、乾燥したお天気が続きますので、インフルエンザは警報レベルに達します。充分な睡眠と栄養を取ってくださいね」といった具合に、視聴者の皆さんにインフルエンザに対する注意を促すコーナーですね。その当時、実は番組スタッフの半分くらいがインフルエンザにかかっていまして、新米の私でも何か役立つことはないかと、『インフルエンザ予報』を思いつき提案したものでした。これが予想外に好評で、始めたばかりで褒められたものですから図に乗りまして…(笑)。それ以降、「お天気が人間の体や心にどんな影響を及ぼしているのか」といった、身近なテーマを取り上げたコーナー企画をたくさん出すようになったんですね。
 実現したものの中には「靴の中のお天気を探ろう」ということで、靴の中の温度や湿度を測り、おじさんがよくやるように、靴を脱いで足をブラブラさせたらどんな“気象変化”が靴の中で起こるのか、といった水虫予防に役立つ実用情報や(笑)、温かくなると人は居眠りをしますが、その効用や寝る体勢はどれがいいのかといった素朴な疑問を科学的に検証する企画をいくつも手がけました。これがとても面白かったんです。
 そして、この内容が2002年に『体調予報』という1冊の本にまとまったことをきっかけに、人間の体と心についてもっと本格的に研究したいと思うようになったのです。


■それまでに、天気と人間の体や心との関係を探究する学問の分野はあったのでしょうか。

 代表的なものに『生気象学』というものがあります。皆さんも『フェーン現象』という気象用語をお聞きになったことがあると思いますが、これはもともとヨーロッパのアルプス地方に吹く強い南風を指しています。昔からこの風が吹くと、なぜか事故や自殺者が増えることが報告されていて、『生気象学』はその関連性を研究することから始まった学問なんです。
 ただ、これはあくまでお天気がメインの研究です。人間の心や体を左右する要因として、お天気に関するものは多くても1割ぐらいではないでしょうか。他は、やはり人間関係だったり、労働環境だったり、経済的な側面だったりと、さまざまです。そういう意味で、もっと人間の営みを中心にしてこれを探究したいと思ったわけです。そこでいろいろ探してみたら、東大に“健康社会学”の研究室があり、運よく合格しましたので、2002年の4月から通うようになりました。


■“健康社会学”というのはどんな学問なんですか。

 簡単に説明すると、人間が元気で健康に生きるための社会の姿やその関わり方を研究する学問です。これまで“健康心理学”というものはあったのですが、それを企業や家庭といった、より社会的見地から検証、研究するものです。欧米ではわりあい昔からある学問分野なのですが、日本では“健康社会学”を看板に掲げた研究室は東大くらいじゃないでしょうか。
 そこで何をテーマに研究しようかと思ったときに浮かんだのが、ストレスの問題でした。長い不況を経て、企業や雇用のあり方が大きく変わった現代にあって、元気よく働くためにはどうストレスに対処すればいいのか、その“働き方”、“働きがい”といったことも含めて、自分自身の問題としても研究してみたいと思ったわけです。
 私が研究を始めたころは、まだ企業内ストレスの問題が今日ほど深刻には語られていませんでした。しかし現在、それは大きくクローズアップされ、企業だけでなく、日本社会全体の大きな課題となっています。いまほど「社員が元気でいる」という、至極当たり前のことが望まれる時代はないのではないでしょうか。




ストレスを退治するパワー『SOC』を測る

■結果的には、時代とぴったりと寄り添ったテーマを選択されたわけですね。

 その研究室で私が出合ったのが、1979年にイスラエルの社会学者アーロン・アントノフスキーが唱えた『健康生成論』という概念でした。これはひと言でいえば、「人が元気になる源は何か」を追求するものです。医学の分野では『疾病生成論』という考え方が主流であり、これは「人間が病気になる原因を探し出し、それを取り除いたり、軽くすること」が目的です。しかし、この考え方では病気は治るかもしれませんが、必ずしも「元気である」ということを解き明かすことにはつながりませんよね。そこでアントノフスキーは、病気に原因があるように、元気になる源もあるのではないかと、その“健康要因”を探ろうと考えたわけです。
 そのきっかけとなったのが、1970年代にアントノフスキーがおこなった、イスラエルに住む45歳〜55歳の女性たちの更年期に対する調査でした。彼はその中にナチスの強制収容所から生還した、肉体的にも精神的にもひどいストレスにさらされた経験を持つ女性が多く含まれていることから、精神の健康度が通常の人より劣るのではないかと考えていました。ところが調査をしてみると、約3割の人たちは通常の人と何ら変わることがない心の健康を保っていたのです。「同じような悲惨な経験をしているのに、なぜ精神的に元気でいられる人と、そうでない人がいるのか?」と疑問をもったアントノフスキーは、人間には「ストレスを退治するパワーがあるのではないか」と研究を始めたのです。その成果が、『ストレス対処能力(Sense Of Coherence=SOC)』という考え方にまとめられました。
 つまり人には、SOCの高い人と低い人がいる。高い人はストレスを退治してはつらつと暮らしているが、低い人はいつもストレスにさらされ、苦しんで元気がないと結論づけたわけですね。


■具体的に『ストレス対処能力』の高い人にはどんな特徴があるのですか。

 アントノフスキーは、次の3つの感覚に優れた人がSOCが高いといっています。ひとつ目の感覚は『把握可能感』というもので、“ストレッサー”、つまり「ストレスの元」となっているものが何であるのか?それをちゃんと把握できていて、自分で説明できる感覚のことです。人間が一番ストレスフルになるのは、「なぜ不安なのか?」、「なぜ自信が持てないのか?」といった、自分では何が何だかわからない状態のときです。ですから、まずはこれを自分がしっかり把握できているかどうかで、ストレス対処能力は大きく変わってくるわけですね。
 2番目は『有意味感』といわれる感覚です。これは、そのストレッサーに自分で意味を見出せるかということです。「自分の人生にとって必要なものだ」とか「挑戦し克服しなければならない」というように積極的にそれを捉えることができれば、ストレスは逆に成長の糧となります。
 3つ目の感覚は、『処理可能感』。これは「このストレスを乗り越えることができる」という、強い確信や自信が自分にあるということです。
 アントノフスキーはこの3つの感覚を束ねてSOCといったわけですが、これは直訳すると、『首尾一貫感覚』といった言葉になります。要は「自分の人生で起こるさまざまな出来事のつじつまを合わせる感覚」といった意味です。つまり、「このつじつまをうまく合わせられる人は、心配事をエネルギーに変えられる」と、アントノフスキーは定義したわけですね。
 ちなみにこのSOCの数値は、アントノフスキーが考案した簡単な設問に答えることで誰でも算出できます。ぜひ皆さんも自分の『ストレス対処能力』を知るために、一度チャレンジしてみてください。

コラム1
あなたの『SOC』を知ろう!〜『ストレスに対処する能力』診断〜
  1. 1987年にA・アントノフスキーが開発した29項目のSOCスケールを13項目に短縮し、さらにNHK日本人のストレス実態調査委員会(山崎喜比古ら)が7段階SD法から5段階SD法に 変更したもの。上記表の調査結果は同委員会が2002年9月に実施した調査の結果。
  2. なお、この診断内容およびテキストは、『部長のハート〜あなたは部下を愛せますか』(河合薫 著/プレジデント社)より抜粋。



“人生の雨”ストレスに有効な傘を持つ

■河合さんはアントノフスキーの理論と出合って、「これは気象予報といっしょだ」と思われたそうですね。

 それは直観的に感じましたね。だからアントノフスキーに強く魅かれたのかもしれません。
 少し話は飛びますが、気象予報士になれて何が一番うれしかったかというと、「“おニュー”の靴を濡らす心配がなくなった」ということなんですよ(笑)。それまでは、私が新しい靴をおろすと、なぜか必ず雨に見舞われていました。当時は「これって、私のジンクス!?」と片付けていたんですが、単にお天気を予測できなかっただけなんですよね。午後から雨が降ることが予測できれば、濡れてもいい靴を履いて出かければ済むだけの話なのですから。男の人は笑うかもしれないけど、こんな些細なことで、人の気持ちは明るくなったり、暗くなったりする。これもひとつの真実でしょう。お天気がわかることで、先の予定がちゃんと立ち、生活が楽しくなる。すごく快適なんですね。
 お天気を予測して快適な生活ができるように、自分のストレスの正体を分析、予測できる人は、その対処能力も高いといえるのではないでしょうか。


■ストレスもある程度予測できれば、その準備もできるというわけですね。

 はい。それが可能ならば、そんなにストレスを怖がる必要もありません。
 私はいつもいっているのですが、ストレスは“人生の雨”なんですね。私たちは空を見上げて「雨が降らなきゃいいなぁ」とよくいいますけど、ずっと雨が降らなければ植物は枯れるし、渇水も起こる。とても困ったことになってしまいます。
 “人生の雨”もそれと同じです。雨(=ストレス)がずっと降らないと、一見それは楽なように感じますが、人間にとって、とても退屈な日々になると思うんですね。逆に「ハプニングでも起こらないかな」と、期待するようになるはずです。かといって、雨が降ってきたときに傘を持っていなければ、ずぶ濡れになって風邪をひく。下手をすれば大病を患うことにもなりかねません。
 SOCの高い人はこの雨の種類を予測して、それに合った対処方法(=傘)を用意できる人です。にわか雨ならば小さいビニール傘でも大丈夫でしょう。それが低気圧の移動に伴う、これから本格的に降る雨ならば大きな傘が必要ですし、台風で暴風雨になるなら、傘だけではなくてレインコートも用意しなければいけないかもしれません。SOCの高い人は、こんなふうにいろんな傘や雨具を持っているんですね。
 ストレスに遭遇した場合、たとえば、友人の力を借りてみる。ある時は、家族に助けてもらう。またある時には、自分の力を信じてちゃんと準備をして身構える。あるいは、思い切って開き直ってみる─このようないろんな傘を取捨選択して“人生の雨”の中を歩き抜くことができれば、雨が止んで太陽が出てくると草木がいっせいに伸びるように、人間も成長することができるのです。
 アントノフスキーはこの傘のことを『汎抵抗資源』と名付けています。これをたくさん持つことができれば、ストレスは成長の糧になりますし、元気の源にもなるわけです。


■「ストレスが元気の源になる」とは!とても勇気づけられる言葉です。

 しかも、アントノフスキーは30歳くらいまでにSOCは形作られるといっていますが、最近の私たちの研究では、それ以降でも十分SOCを伸ばすことが可能だということがわかってきました。つまり、年齢に関係なくいくつになっても、ストレス対処能力を高めることはできるのです。私たちは「ストレスに強い人は、先天的にその人に備わっている性格などが大きく影響している」と考えがちですが、それは間違いだったんですね。
 これも「ストレスに弱い」と自分で思い込んでいる人々にとっては、元気づけられる事実ですよね。

コラム2
健康職場モデル

 アメリカの国立労働安全衛生研究所(NIOSH)が提唱する新たな職場モデル。これまで労働者の健康と組織の業績は相反するものと一般的には考えられていたが、『健康職場モデル』は「労働者の健康や満足感と、職場の業績や生産性は両立させることが可能である。むしろ両者には相互作用があり、お互いに強化することも可能である」という考え方に立っている。
 この『健康職場モデル』で重要になるのは、「管理方式」「組織風土」「経営方針」という3つの組織特性であり、それらの相互作用として質のいい職場環境が生まれて初めて、「個人が健康であることと企業の業績が高くなる」ことが可能になると指針を示している。現在、日本の内閣府が取り組んでいる、仕事と家庭のバランスを取ろうと推進する『ワーク・ライフ・バランス』も、“健康職場”づくりのひとつである。




企業のSOCを高める、社員用の“置き傘”

■企業として、そのSOCの力を高めることもできるのでしょうか。

 アントノフスキーは、集団のSOCについても調査を行っています。象徴的なものはイスラエル陸軍の士官訓練生を調べたもので、一般国民と比べてSOCが明らかに高い数値を示しました。この結果にアントノフスキーは、「陸軍の仕事が社会的に尊敬されるものであり、士官訓練生が国民を守るという高い目的意識を共通して持っているため」と分析しています。つまり、その労働に社会的価値をはっきりと見出せる職場や、働く意義を同僚と共有できる職場は、集団としてのストレス対処能力が自ずと高くなるわけですね。この結果を受けてアントノフスキーは「SOCは個人を取り巻く環境との相互作用で形成される能力だ」と結論づけています。
 ストレスを“人生の雨”にたとえれば、自分でもつ傘とは別に、このように会社が社員のために“置き傘”を用意してあげることもできるのです。これも雨の種類に合った傘を増やす、ひとつの方法です。


■その“置き傘”にはどんなものがありますか。

 たとえば適切な労働時間は、『汎抵抗資源』(=傘)になりますが、長時間労働は『汎抵抗資源の欠損』という状態になるといえるでしょう。賃金に関しても、適切な賃金は『汎抵抗資源』ですが、低賃金は『汎抵抗資源の欠損』となります。ここで大事なことは、賃金は多寡の問題だけではないということです。仕事量が多くても少なくても、社員がそれを適切な対価だと思えれば、それはストレスから身を守る、有効な傘としての役割を果たしているわけですね。
 他にもたくさんありますが、ここでひとつ気をつけなければいけないのは、私たちは企業におけるストレッサー(=ストレスの元)は悪いものだから、なくさなくちゃいけないと単純に考えがちです。しかし、決してそうではないということです。ストレスは成長の糧にもなり得るものですから、ストレッサーがプラスの方向に働くような、工夫に満ちた施策がどの企業にも求められているのではないでしょうか。


■しかし、そこまで考えたストレス対策を講じている企業は、現状ではそう多くない気がします。

 たしかにその通りで、いまの日本企業のほとんどは傷ついた戦士(=社員)たちの手当だけで手いっぱいという感じです。それも、自分たちが撃った鉄砲玉で傷ついた戦士たちですから(苦笑)、きつい言い方をすると、「このまま放っておいて、国から何かいわれたら大変だ」というような後向きの姿勢が目立ちます。
 いま私は、アメリカの国立労働安全衛生研究所(NIOSH)が提唱している『健康職場モデル』を日本でも普及させようと、研究会を立ち上げ活動しています。これは、「労働者の健康や満足感と職場の生産性や業績には相互作用があり、互いに強化することができる」という考えに基づいた“職場の形”を模索するものです。ビジネス環境が厳しい折、いまの日本企業ですぐにこのモデルを実現するのは難しいのかもしれません。しかし、業績を上げるためにいつまでも社員に向けて鉄砲を撃つばかりでは、同じような負傷者が増えるだけです。企業のリーダーの方たちには、ぜひ一度『健康職場モデル』の考え方に耳を傾けてほしいですね。




“節目ストレス”を防ぐ。『リアリティ・ショック』の場合

■河合さんはキャリアの“節目ストレス”についても研究をしていらっしゃいますよね。

 キャリアの観点から見ると、その成長の節目、節目で固有のストレスが発生します。まず新入社員によく見られるのが、実際に働いてみて「こんなはずじゃなかった!」とショックを受ける、『リアリティ・ショック』と呼ばれるものです。もうすぐ入社シーズンですので、しばらく経つと皆さんの周りにも、このストレスを抱えた新入社員がたくさん出現するはずです。他人事ではありませんよ。
 さて、この『リアリティ・ショック』が大きい場合、それは職場不適応症、いわゆる『五月病』として、自尊心の低下、抑うつ傾向などが症状として現われます。そして、一定の時間が経つと自然と治癒するものだとも思われています。そこで私は、本当に『五月病』は一過性のものなのかどうか、新卒社会人を半年間追いかけて調査をしてみたんです。その結果、とても興味深いことがわかりました。
 ひとつは、その原因は巷間よくいわれている、人間関係などの環境変化に対する不適応ではなく、本人のキャリアに対する準備不足から誘発されることが多いということです。つまり、「これから始める仕事はどんなものなのか?」「そこで自分は何を実現しようとしているのか?」など、しっかりと考えて入ってきた新卒者は、一時的に『リアリティ・ショック』に陥っても、快復が早い。一方、その準備を怠った者は「何で自分はこんな雑用係のようにこき使われるのだろう!?」とメンタルがどんどん低下して、ストレス症状が長期化する傾向にあることがわかりました。
 さらにここからが大事なのですが、この“ストレス長期組”は入社から半年経ったころに、“治る人”と“治らない人”にはっきり分かれました。その違いはただひとつ、職場に“役に立つ情報”をくれる上司や先輩がいるかどうかだったんですね。この“役に立つ情報”というのは、たとえば「自分も新入社員のころはお前と同じように何でもやらされた。しかし、それは将来必ず役立つ」といったような、いま新入社員の自分がやらされている仕事に、意味や意義を感じさせてくれるアドバイスのことです。こんな上司や先輩のいる組織にいれば、新入社員が『五月病』から抜け出せる可能性が高いことが、調査の結果わかったのです。
河合 薫 氏


■そのような上司や先輩の存在も、企業としてSOCを高めるひとつの“置き傘”なのですね。

 おっしゃる通りで、上司や先輩のあり方というのは、部下のストレスを軽減する、ひいては集団としてのSOCの力を高める“大きな傘”といえるでしょうね。
 そういう私も、全日空にキャビン・アテンダント(CA)として入社した初仕事で、この“大きな傘”に助けられた経験があります。初めてのフライトはワシントンからだったのですが、新人CAの仕事は、華やかな印象と違ってほとんどが肉体労働です。スリッパやヘッドホンなど客席のセッティングから、トイレットペーパーのセット、新聞をきれいに折る…などなど、私はお客さまが搭乗される前の準備だけで、もうヘトヘトでした。お客さまが乗って離陸してからも、食事の時間になるとひたすらトレーを配り続け、それが終わると今度はお客さまがトイレに入るたびに掃除に向かい、さらにはピンセットと小さな紙袋を持って、灰皿のチェックに走り回り…と、休むヒマがありません。その結果、私はワシントンのダラス国際空港に着陸するとき、なんと飛行機酔いのためトイレでしゃがみ込んだままだったのです。皆から「史上初! 前代未聞の出来事だ」と呆れられました(笑)。少々のことではへこたれない私でも、これには「このまま続けていけるのか」とガックリするばかり。まさに『リアリティ・ショック』そのものです。
 それを助けてくれたのが、多くの先輩方だったんですね。当時、全日空は国際線に進出したばかりで企業としての士気も上がっていました。そのせいか、どこへ行っても、「君たちの笑顔があるから飛んでいられる」「君たちがいるから、僕たちもご飯が食べられる」と、パイロットをはじめ、整備士さんや他の地上勤務の方々が元気づけてくれるんですね。こうなってくると、トイレ掃除だって、灰皿掃除だって、何だってOK!…って感じになるじゃないですか(笑)。それからは俄然、やる気が出てきました。
 こうやって自分のいまやっている仕事に周囲が自然と意味を持たせてくれる、そんな環境が整っている企業は、間違いなくSOCが高い集団といえます。




“信頼できる人”の存在が、最大の傘となる

■40代以降のキャリア・ストレスにはどのようなものがありますか。

 その代表的なものには『キャリア中期の危機』と呼ばれるものがあります。年齢でいうと、40歳前後の人に起こりやすいストレスです。これはひと言でいうと、マンネリですね。つまり自分の仕事に興奮することができず、モチベーションを失った状態です。そのうえ、肉体に衰えを感じ始める年代でもあり、また家庭でも子どもの入試など、難問を抱えやすい時期ですよね。この職業、肉体、人生の“困難三つ巴現象”が、『キャリア中期の危機』をより複雑にしているという特徴があります。
 それ以降も、キャリア・ストレスの範疇からは少しはずれますが、ライフサイクルのストレスとして『中年期の危機』、そして中高年を襲う『思秋期』と、まさに人生は死ぬまでストレスに彩られていますよ(笑)。


■ストレスとうまく付き合わないと、人生は楽しめないということですね。

 そうなんですが、これが当たり前ながらなかなか難しい。特に30代から40代の男性は気をつけなければいけません。この世代の人たちは、なかなか他人に愚痴をこぼしませんよね。これは“ストレスの雨”の中、他人に傘を借りないということと同じです。この世代はしんどいと感じながらも、仕事が一番できてしまう年代でもありますから、あまり一人でストレスを抱え込むと、本人が自覚していないところで事態が深刻になる可能性があります。きわめて要注意の世代といえますね。
 こういう人たちには、カッコ悪いと感じても、一度“ヨロイ”を脱いでみることをお勧めしたいですね。 「有能な上司」という“ヨロイ”でもいいですし、「カッコいいおやじ」像でも、「愚痴をいわない」という美学でも、何でもいいですから、ぜひひとつ“ヨロイ”を脱いでください。それは自分が思っているほど「カッコ悪い」ことじゃないんですよ! だって、残念ながら他人は自分が思っているほど、あなたのことは見ていないし、興味も持っていません。自分にそんなに興味を持っているのは、自分だけなんですから。だから、ここは遠慮なく“ヨロイ”を脱いで、「あれ、こんなに楽なんだ」と、ぜひ実感してほしいものです。

■上司として、部下とどう向き合えばいいかわからないという声もよく聞きます。

 いま私は早稲田大学でストレスに関する講座を持っていて、そこで企業の最前線で働く管理職の方とお話しする機会がよくあります。それを分析すると、自分自身のストレスに弱いという悩みを持つ方と、いまおっしゃった部下に対するストレスを抱えている方と、2つのタイプに分かれますね。ただどちらにしても、10個のストレスの原因となっているストレッサーがあるとしたら、ほとんどはどうでもいいことなんですね。こういったら、いままでの話は何なんだ! ということにもなりかねませんが(笑)、くだらないことに悩むのも人間の常です。だから、10個のうち9個は笑ってかわすなり、無視してもいい。ただそのうちの1個には、集中して対処してみる。不思議なことに、ひとつのことに対処できたら、2つでも3つでも対処できるようになるんですね。
 私はそんな方には、「まずは一番深刻なひとつのことだけに、しっかり向き合ってください」といっています。これに関しては、『「なりたい自分」に変わる9:1法則』という本も書きましたので、興味のある方はそちらもぜひ読んでみてください。


■河合さんのお話をここまで聞いただけで、何だか『ストレス対処能力』が高まった感じがしてきました。

 ストレスというのは、多くの人々にとってモヤモヤした訳のわからないものなのです。その正体がつかめないから、ストレスフルになる。その正体不明のストレスをアントノフスキーの理論に沿って捉え直すだけでも、少し気持ちが楽になるのは間違いありません。それだけでも、“ストレスの雨”が降りしきる人生で、もうひとつの傘を持ったことになりますよね。
 最後に、「ストレスに強い人はどんな人か?」を知る目的で、アントノフスキーがSOCの高い人ばかりにインタビューして集めたデータをご紹介しておきます。一般的に考えると、その答えは「ポジティブな人」や「楽観的な人」「ビジョンを持っている人」といったものになると思うでしょう? ところが、実際に調査してみると、SOCの高い人が共通して持っている感覚は、「自分には信頼できる人がいる」という意外なものだったんですね。つまり、ストレスに強い人は、自分自身の物事に対する見方といったような“内側”が優れているわけではなくて、“外側”に傘を持っている人だったのです。
 この結論は象徴的ですよね。ストレスを克服するためには、絶対に自分ひとりでストレスを抱え込まない。これが必須条件なのです。ですから皆さんも、まずはあなたが信頼する人にどんどん弱音を吐いちゃってください!(笑)それだけでも、すごく楽になるはずですよ。


知っ得データベース
Business ADVANCE 「リーダー戦略考」で取り上げたテーマに関するリンク集です !

<河合薫ホームページ>
■続・気分はいつも雲の上

<メンタルヘルスの協会・機関>
■日本メンタルヘルス協会
■財団法人社会経済生産性本部 メンタル・ヘルス研究所
■厚生労働省:職場におけるメンタルヘルス対策・過重労働対策
■東京メンタルヘルス・アカデミー
■財団法人メンタルヘルス岡本記念財団

<メンタルヘルスを知るための関連サイト>
■基礎からわかるメンタルヘルス
■職場のメンタルヘルスと労働基準法
■メンタルヘルス雑学〜こころの健康を考える雑学サイト〜
■メンタルヘルス健康ガイド

<クリニック関連情報>
■メンタルナビ
■メンタルヘルス・精神保健情報サイト PSYCOS