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コラム「リーダー戦略考」
中嶋 悟 氏
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リーダー戦略考


F1ドライバーから監督へ

■中嶋さんはドライバー引退の翌年からすぐにレーシングチームの総監督に就任されていますが、ドライバー時代からすでにそういう青写真をお持ちだったのでしょうか。

 僕は現役時代から中嶋企画という会社を立ち上げて、チーム運営にも携わっていました。そのような経緯から、ドライバー引退後にそのまま監督という道を進むのだろうと思われていた方も多かったと思います。しかし、実は引退後の進路を具体的に考えていたわけではないんです。ドライバーのときは、速く走ることだけを考えて、それだけに集中していましたからね。それで、いざドライバーを辞めることを決意して「次は何をやろう?」と考え始めたというのが正直なところです。最初からなりたくて監督になったというより、流れの中でときが経ったら監督になっていたという感覚ですね。


■同じモータースポーツとはいえ、役割もメンタリティもまったく異なる転身ですが、ご苦労などはなかったのでしょうか。

 1991年にF1ドライバーを引退して、翌年から監督業をスタートさせているわけですから、結論はかなり短い期間で出したことになりますね。国内ではもともと中嶋企画が運営するレーシングチームがありましたので、チームづくりにおいても、僕個人の意識の面でも大きな障害はありませんでした。スポンサーの皆さまや周囲の方々からも「このまま終わってしまったのではもったいない」という励ましもいただきましたので、「僕を応援してくださる方々に喜んでいただけるのであれば」という思いも後押しして、監督という立場でモータースポーツに関わり続けることにしたわけです。意識的な面では、簡単にいってしまうと「単に自分が走ることができなくなるだけ」(笑)。ただ、その時点では走ることが一番好きで、一番得意なことだと思っていましたから、それができなくなるという意味では気持ちの切り替えは必要でした。
 中嶋企画ではスポンサーとの交渉など、ある意味で監督業のようなこともやっていましたので、監督という仕事に特に大きな不安はなかったといえますが、管轄しなければならない範囲はかなり広がりました。ドライバー時代には見えなかった部分、たとえばスタッフ同士の人間関係であるとか、いろいろと細かな問題が現実として日々目の前で起きてくる。監督はそういうことから目を背けることはできません。組織としてうまく機能させるためには人の序列も必要ですし、スタッフの配置や組み合わせ、進退の管理などが最も難しい部分だったかもしれませんね。




相手を尊重し目的意識を共有する

■そういう中で積み上げられてきた中嶋さんなりのチームづくりのポリシーはどのようなものでしょうか。

 まずは、チームスタッフの技術や知識を尊重したスタンスをとるということです。基本的に彼らはみんなその道のスペシャリストなんです。たとえばエンジニアは僕よりもマシンには詳しい。特にマシン専任のメカニックは1年間ずっとそのマシンだけを見ていますから、細かい部分まで熟知しているはずです。車を走らせることでは僕も自信がありますが、マシンの技術的なことに関してはかないません。ですから、常にそういう前提で彼らと会話をしますし、かなり多くの部分を任せています。もちろんレーシングチームの監督の中にはすべてを掌握していないと気の済まない人もいると思いますが、僕はむしろ、それぞれの役割のスペシャリストがうまく機能してくれるようなチームの枠組みをつくって、そこから先はあまり細かく立ち入らないようにしています。


NAKAJIMA RACINGのF1マシン

■チームの士気を上げるために、どのようなアプローチをされていますか。

 チームをまとめるということでは、「結果として何が欲しいのか?」「どうなれば一番嬉しいのか?」というターゲットイメージを共有することがスタートになります。モータースポーツは戦いですから、戦いに勝ったときが一番嬉しいのはいうまでもありません。それをスタッフに強引に押し付けることはしませんが、まず「勝ちたいのか?勝ちたくないのか?」という動機付けから、「では勝つためには何が必要なのか?」という具体論にブレイクダウンしていく方法をとっています。
 もし勝つためのモチベーションが低いスタッフがチームにいたら、マシンもチームもまとまりません。レーシングカーはエンジンやタイヤ、シャーシはもちろん、コンピューターや無線など、本当に多くの要素が組み合わされてできています。各分野のスペシャリストが集まり、自分の責任範囲を任されてひとつのチームになっているわけですから、勝利へ向かう意識の低い人がひとりでもいると、マシンのどこかに足りない部分が必ずできてしまうんです。僕はそれぞれのパートを受け持っているスタッフが同じ目的意識を持って動いているかどうかを少し遠くから見ていて、そうでなさそうに見えたときに、そこで初めて口を出すように心がけています。


■チーム内での競争意識は強いのでしょうか。

 SUPER GTのマシンは1台ですが、フォーミュラ・ニッポンには2台で参戦していますので、そのマシンごとに自然に競争意識は芽生えてくるでしょう。その意識が過度にならず、2つのグループがいい意味で張り合ってくれればチーム全体としてうまくいくのではないかと思っています。もちろん僕やチーフエンジニアは両方のグループを見なければいけませんし、情報は常に両方にオープンになっていて、片方のマシンで発生した問題はすぐもう1台にフィードバックできるようにしています。
 企業活動などでは意図的に部門同士を競わせて業績を上げていくという方法論もあると思いますが、僕はあえて競争意識をあおるようなことはしません。ひとつのチーム内で争いごとをせずに、チームトータルとしていい結果が残せるような考え方でやっています。


■ドライバーは他のスタッフとはまた違った存在だと思いますが、彼らとはどのように接しているのでしょうか。

 ドライバーはやはり勝利への願望が人一倍強い人種だと思います。当然ですが、負けたくて参戦している人はいないわけです。それでも、先ほどのスタッフと同じように「どうなると一番嬉しいのか?」など、動機付けをイメージさせる会話から始めますね。
 一方で、ドライビングに関してはあまりうるさいことはいいません。そのドライバーのモチベーションをキープするためにどうすればいいのか、ということをいつも第一に考えています。もちろん経験の浅い若手ドライバーを起用する場合はいろいろとアドバイスもしますが、それも自分なりに必要最小限にとどめるようにしています。
 彼らとの会話はテストや予選、本選など、現場での会話がほとんどになりますが、お互いの時間が合えば一緒に食事をしたりして、コミュニケーションを図れるようにしています。ただしそれも、事前にきちんと予定を立てておいて必ず食事に行くということではなく、「おまえ、今日ヒマ?」というぐらいの軽い誘い方です。ドライバーの中には早くパドックから解放されたい者もいますから、決して強要はしません。もっとも実際に食事に行っても、あまりレースの話はしないですけどね。




いい未来しか考えない

■モータースポーツの世界は、一般の企業活動とはまったく異なる世界だと思いますが、年間での目標設定やスケジュール管理はどのようにされていますか。

 まず、チームとして優勝することが目標であることはいうまでもありません。またレースの年間スケジュールも事前にすべて決まっていますが、それはあくまでカレンダーの上だけの話で、まったく何もかも予定通りにいかないというのがモータースポーツの世界なんです。事前にレースの日時は決まっていても1回のレースを終えるごとに次にやることが変わってきます。先のことを綿密に予測するというより、レースを1回ずつ積み上げていくというプロセスですね。一応、春から夏、夏から秋とか1年のシーズンが始まる前に大雑把なプランは立てるんですが、いままで計画的に進んだことはありません(笑)。マシンの調整にしても、予想以上に滞ることもあれば、逆に思っていたより順調にいって次のステップに早く移れることもあります。

コラム1
遅咲きのF1パイロット

 現在も監督や指導者として、先頭に立ってモータースポーツ界を牽引する中嶋氏だが、モータースポーツファンはいまでもF1ドライバーとしての中嶋氏の姿を忘れることができない。日本人で初めてフルタイムドライバーとしてF1へのデビューを果たしたのが、1987年。すでに34才になっていた中嶋氏はまさに「遅咲きのF1パイロット」だった。決勝における最高位は4位で、表彰台にはあと一歩及ばなかったものの、1991年に引退するまでの5シーズン、その粘り強い走りでファンを熱狂させた。
 またレースだけではなく、マシンの開発やセッティングに不可欠なテストにも意欲的で、マシンの挙動に対する高い感覚、適切な指摘などがチームオーナーやエンジニアから非常に高く評価されていた。日本人にF1への扉を開いた功績の大きさは計り知れないもので、日本のモータースポーツの歴史に燦然と輝き続けるドライバーである。


■レースマネジメントという観点ではいかがですか。

 レース当日もドライバーやチーフエンジニアとその日のレースプランを立てるんですが、これまた始まってみないと何が起こるか本当にわからない。予選でポールポジションを取って、そのままずっと1位で周回してチェッカーフラッグを受けられれば、これはほぼ予定通りということになります。しかし、たとえばスタートした途端、1位から4位に下がってしまったら、それでもうレースマネジメントは当初の予定とまったく違ったものになってしまいます。
 そういう意味では、予選やレース当日においては瞬時の判断がものをいいますね。テストをやっているときは時間がありますので、回り道をしてでもじっくりと考えることができますが、予選や本選ではそうはいかない。たとえば、レースでライバルのマシンが予想外に早くピットに入ってしまった場合、自分たちのマシンも同じ周回でピットに入れるのか、次の周回にするのか、それとも相手の動きを無視して予定を変えずにいくのか、といった判断をすぐに下さねばならない状況になります。そういうときは悩んでいても仕方がないので、瞬時に決断をします。3日悩んでも答えが出ないこともあれば、1分で答えが出ることもあるじゃないですか。「当たればよし、外れたらゴメン」という気持ちで判断することもしばしばです(笑)。


■どういうところに監督としてのやりがいや楽しさを感じているのでしょうか。

 もちろん予定通りにレースが運んで勝つのは嬉しいものですが、天候の変化などを読み切ったり、判断のよさで逆転勝利をおさめたときは、本当に「してやったり」という感じで、喜びもひとしおですね。我々の仕事の醍醐味は、現場で想定外の出来事に瞬間的にどのような対応をするかということや、それによって結果が大きく変わってくるということだと思います。だからいつでもワクワクしていられるんでしょうね。ドライバー時代は車を速く走らせることに楽しさを感じていましたが、いまはチームを束ねてそういう醍醐味を感じられることが楽しいですね。
 とにかくモータースポーツはマシンのトラブルや接触、クラッシュなど、本当にいろいろなリスクがつきものです。リスクがあまりにも多過ぎて、リスクマネジメントができないという世界なんですね。しかし、それを最初から考えてしまうと、考えるほどに将来が暗く思えてしまう。だから僕は「いい未来」しか想像しないようにしています。ただ、その「いい未来」も、シーズンを戦い終えた後にチーム皆で慰安旅行をやって、ドンチャン騒ぎができればいいかな、という程度の想像でとどめていますが(笑)。


中嶋 悟 氏



忍耐なくして若手は育たない

■中嶋さんは若手ドライバーの育成にも力を注いでおられますね。

 これはドライバーを引退するときから考えていたことなんです。自分がチームを運営するようになったら、まず若いドライバーに挑戦する場所を与えてあげたいと思った。僕はF1に参戦できるようになるまでかなり時間がかかりましたが、若い人にはもっと早くそういう世界へ出て行ってほしいという願いがあったんです。また、モータースポーツ界がこれからも発展し続けていくためにも、人材の育成は不可欠です。おこがましいかもしれませんが、モータースポーツへの恩返しのような気持ちもありました。
 ただ、実際に若手を育てるということはかなり忍耐を要します。いい結果がすぐに出なくても我慢して起用し続けなければ、可能性の芽をつんでしまうことになる。うちのチームでは、2人のドライバーのうち1人を実力のあるベテランにして、もう1人を若手にするとか、毎年いろいろと考えながらやってきました。なかなか表彰台には上がれないものですが、そこで急いで結論を出すことはしませんでした。またそういう頃はクラッシュも多く、マシンをよく壊してくれます。そうなるとさらに余計な費用がかかってきますので、我慢というのは単に成績に対してだけじゃないんですね。でもそれは、そのドライバーの将来の成功に結びつくことですから、長い目で見てあげるしかないと思っています。

コラム2
監督としての軌跡

 中嶋氏は1992年からNAKAJIMA RACING(ナカジマ・レーシング)の総監督に就任。全日本F3000選手権(現フォーミュラ・ニッポン)や全日本GT選手権(現SUPER GT)に参戦した。以後順調に成績を伸ばし、フォーミュラ・ニッポンでは、1999年・2000年・2002年と、チーム、ドライバーともにチャンピオンの座を獲得。その後も常に上位の成績をおさめている。昨年は、フォーミュラ・ニッポンではチーム2位・ドライバー3位、SUPER GTのGT500クラスでもチーム3位・ドライバー2位の好成績。2008年も同じカテゴリーに参戦している。
 若手ドライバーの育成にも定評があるが、中嶋氏のチームに所属していた中野信治選手や高木虎之介選手がF1の世界に巣立っていった。F1デビューの年齢は中野選手が26才、高木選手が24才。「若手にチャンスを与えて早くF1に参戦させたい」という中嶋氏の夢はすでに現実のものとなっている。ちなみに、中嶋氏のチームに所属してはいないが、先頃までF1で活躍していた佐藤琢磨選手は彼が校長を務める鈴鹿サーキットレーシングスクールの出身である。


■有望な若手を発掘する際にはどういう点に目を向けられますか。

 自分のチームではそのように若手にチャンスを提供してきたわけですが、そのほかにも「鈴鹿サーキットレーシングスクール」というドライバー育成のためのスクールをやっていて、そこからも優秀なドライバーが巣立っています。ときどきスクールを見に行くんですが、私が注力する点としては、そのときのタイムが速いとか遅いとかではなく、“マシンに振り回されていない=マシンを明らかに自分の許容範囲でコントロールしている”かどうか。若手の才能に目をつけるときは、そういう部分に着目しますね。


中嶋 悟 氏

■モータースポーツではスポンサーが非常に重要な存在かと思いますが、中嶋さんは非常に長くスポンサーと良好な関係を築いていらっしゃいますね。

 これは本当にありがたいことで、僕がいまでもモータースポーツの世界で充実した時間を過ごすことができるのはスポンサーの皆さまのおかげです。特にセイコーエプソン、PIAA、本田技研からは20年を超えるスポンサーシップをいただいています。いずれも単年度の契約ですから、もう3社とも20回以上契約を更新してくださっているわけです。これはあくまでも結果でしかなくて、そのための秘訣のようなものはありませんが、いい関係を長く保っていられるのは、お互いのことをよく理解しているからではないかと思っています。
 これほど長いスポンサードというのは国内では非常に珍しいことなんですね。もちろん企業は業績のいい年もあれば悪い年もありますし、我々だって成績が思わしくないときもあります。そういう中で20年以上も応援していただいているというのは、やはり我々がスポンサーに対して、何らかのお役に立てているからではないでしょうか。我々としてはレースでいい成績をおさめるという、自分たちの持ち分に誠心誠意取り組んでいるだけですが、数字に置き換えることができない感動だったり、刺激だったり、そういうものを買っていただいているのでは、と思っています。




これからのモータースポーツと環境問題

■将来の日本のモータースポーツのあるべき姿をどのようにお考えでしょうか。

 僕の現役時代は、市販車を含めて自動車産業そのものが大きな成長期にあって、その渦中に自動車レースというものがありました。その頃はレーシングマシンの性能が本当に日進月歩で、とにかく速さやパワーを追い求めていましたね。それは市販車にもいえることで、時代そのものが速いことや強いことに大きな憧れを持っていたと思います。
 それがいまは環境への配慮を考えなくてはいけない時代となっています。市販車では低燃費や居住性など、走ること以外の機能が重視されるようになりました。このように時代背景や車における価値観も随分と変わってきましたから、モータースポーツが目指す方向性も次第に変わっていくのではないでしょうか。
 これは個人的な思いですが、これまでのようにマシンのパフォーマンスを誇示するというより、今後は自動車という機械を使った人間の戦いといった部分がもっとクローズアップされる方向に進んでほしいと思います。そうなると、ドライビングのテクニックやチームの戦い方などにもっと注目が集まるでしょう。マシンそのものの進化ではなくて、レースの現場における人間の能力というものを見てほしいですね。もちろん、そのような変化はある日突然に起きるものではありません。徐々に変わっていければいいのではないかと思っています。

コラム3
可愛い子には旅をさせろ

 中嶋悟氏の長男・中嶋一貴氏は今年からF1ドライバーとしてフルタイム参戦している。23才という若さだが、これまで一貫して中嶋氏のもとから離れた場所でキャリアを積んできた。あえて「親の七光り」とは無縁の道を選んだ息子のことを中嶋氏は次のように語る。


 自分の後を継いでほしいと強く思っていたわけじゃないんですが、ドライバーの父親と一緒に生活をしていて、本人の志向が自然とそうなっていったのでしょう。可能性がなさそうだと思えば「無理だからやめた方がいいよ」とアドバイスしたと思うのですが、小さい頃からの様子を見ていると、「まあドライバーという道に進んでもいいのかな」と思いました。僕は「外飯(そとめし)を食べさせる」といういい方をしているんですが、本当に可能性があるのかないのかという判断はよそでやってもらった方がいいと思ったわけです。僕は親ですから、どうしても欲目で見てしまいますし、客観的な目でジャッジしてもらう方が彼の能力や可能性を正当に評価できるはずです。F1に参戦できたのは本当に嬉しいことですが、それもすべて他の方に決めていただいたことです。  特にF1では本当にいろいろな世界を見ることができるし、これからさまざまな人と関わっていくうえで、人間として貴重な経験を多く積むことができると思います。自分自身を振り返ってみても、楽しい時間や刺激的な時間をたくさん持てました。もちろん苦しいこともいろいろありますが、差し引いたら圧倒的に楽しさの方が勝っています。ドライバーという職業はいつまでもできるものではありませんし、ドライバーを辞めた後に彼が何をするのかはわかりませんが、その経験は必ず後の人生にとって大きな糧になるはずです。


■モータースポーツ界において、具体的な環境対策はあるのですか。

 現在はモータースポーツ界でも地球環境への負荷を減らす取り組みがいろいろとなされています。まず話題性の高いところでいえば、バイオエタノール燃料への対応ですね。これはかなり進んでいて、いまでも燃料の1割から2割ぐらいはバイオエタノールを混ぜても充分に走れるエンジンになっています。バイオエタノールを自動車の燃料とすることそのものにはまだまだ議論の余地があると思いますが、使う準備はできているということです。他には、CO2排出量が少ないエンジンの開発はもちろんのこと、タイヤなどの消耗品の使用制限も設けられています。


■他にモータースポーツが環境問題に関わっていることはありますか。

 モータースポーツといえば「沢山ガソリンを使って、排気ガスも出して」という、まず環境によくないイメージを持たれる方が多いでしょうが、環境問題との関わりを考えていくと、モータースポーツで培われた技術が市販の低公害車の開発に大きく貢献しているということを忘れてはいけないと思います。もちろん低公害車を開発するためにレースをやっているわけではありませんが、現在の市販車の燃費向上やCO2排出量削減などには、各自動車メーカーによるF1をはじめとしたモータースポーツという戦いの場で磨かれた技術が活かされています。たとえば、2,000ccの排気量で200馬力という高出力、それでいて燃費がよくて排気ガスもクリーンな車なんて、昔では考えられなかったことです。メーカーはそのことを声高にアピールしてはいませんが、最先端の技術をもって極限のスピードやパワーを追求した成果が、いまの環境にやさしい車に結実しているのです。


■最後に、今年の中嶋さんの目標をお聞かせください。

 それはもうフォーミュラ・ニッポンでも、SUPER GTにおいても、チームの総合優勝以外にありません。特にフォーミュラ・ニッポンでは、昨年は非常に悔しい思いをしました。最終戦でチャンピオンを決めたと思ったら、レース後の再車検でちょっとした車両規則違反が判明して失格となり、チャンピオンシップを逃してしまったのです。さすがにあの時は言葉がありませんでしたよ。またSUPER GTの方でも、年間でドライバーランキングが2位、チームランキングも3位でしたからね。今年はその上をいくしかないと思っています。月並みないい方ですが、去年の悔しさを糧にして、チーム全員で最後に笑いたいですね。




知っ得データベース
Business ADVANCE 「リーダー戦略考」で取り上げたテーマに関するリンク集です !

<中嶋悟氏関連ホームページ>
■Nakajima Racing
■Epson Nakajima Racing

<国内の主な四輪モータースポーツ>
■Formula Nippon
■SUPER GT
■Super Taikyu

<国内の主なサーキット>
■十勝インターナショナルスピードウェイ
■スポーツランドSUGO
■エビスサーキット
■ツインリンクもてぎ
■筑波サーキット
■冨士スピードウェイ(FSW.TV)
■鈴鹿サーキット
■オートポリス

<モータースポーツ関連組織・企業>
■JAF(日本自動車連盟)
■Hondaモータースポーツ
■NISSAN MOTORSPORTS
■ダンロップ・モータースポーツ
■Bridgestone Motorsport
■PIAA公式サイト