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コラム「リーダー戦略考」
中村 征夫 氏
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リーダー戦略考


真鶴の海での運命的な出会い

■秋田県ご出身ですが、子供時代は海で泳いだり、遊んだりする機会はあったのですか。

 4歳までは海から遠い山里で育ったので、海で遊ぶ機会はありませんでした。ですが、そこには膝くらいの深さの川があり、夏は魚を手づかみしたりして、川遊びをしていました。冬はもちろん雪遊びで、裏山をソリで滑って遊んでいましたよ。家族が野うさぎを捕まえに行くときも一緒に行ったりしていました。
 その後、潟上市で暮らしましたが、そこは2kmくらいの距離に八郎潟があったので、泳いだり、フナを釣ったり、シジミを捕ったりして遊んでいました。水は濁っていて何も見えないけれど、非常に豊かな水域でした。このように秋田では、いろいろな自然の恵みを受けて育ちましたね。


■子供の頃から水には親しまれていたのですね。水中写真家になるきっかけが真鶴であったそうですね。

 東京で勤めていた19歳のときに、初めて神奈川県の真鶴に行きました。子供の頃に接していたのは川や湖だったので、海というのはどういうものだろうと思い、電車に乗って遊びに行ったんですよ。海岸が広がっているところが見えたので、「ここが良さそうだ」と思って下車したのが真鶴駅。そこから岬行きのバスに飛び乗り海岸を目指しました。バスを降りたところが琴ヶ浜。その海岸がすごく気に入りまして、休日のたびに通って磯遊びをするようになりました。「透明度が高くて生き物も豊富、海はすごいな」と、海そのものに傾倒していった時期です。
 そんなときに、水中写真を撮っている3人のダイバーに出会ったのです。とても衝撃的で、初対面のダイバーたちを質問攻めにしました(笑)。何をやっているのか、カメラには水が入らないのかとかね。


■その方々はプロの水中カメラマンだったのですか。

 アマチュアの人たちで、地元のダイビングチームに所属しているとのことでした。日本のダイビング界のはしりというか草分けですね。彼らはダイビングショップを持っているとのことで、しょっちゅう海に潜って写真を撮っていたのです。彼らに偶然出会い、僕の運命が変わりました。「こんな世界があるのか。きれいな海の中で、生き物の写真を撮って飯が食えるのか」と思ってビックリしました。本当は彼らも撮影は趣味で、水中写真では全然食えていなかったのでしょうけれどね(笑)。
 それから水中写真を撮りたいと思って、翌日にはわずかな貯金をはたいて、機材と素潜りの道具を買い揃えました。お金がないので、全部揃えるわけにはいかなくてね。ウエットスーツは買いましたが、冬はとても耐えられるようなものではなくて、寒くてどうしようもなかったですよ。それでも一生懸命、海に潜って生き物を撮っていました。


■それからすぐ日本中の海に潜られるようになったのですか。

 その頃は真鶴の琴ヶ浜一辺倒。2年くらいしてからようやくダイビング教室に通って、酸素ボンベを背負って水中写真を撮るようになりました。酸素ボンベのおかげで、海中の一ヶ所に留まってじっくり写真を撮ることができるようになり、だんだんと撮影要領がわかってきたのです。機材は高くてほとんど買えなかったから、ずっと同じ機材を使っていましたけどね。




魚の生態を撮る方法

■海の生物は人間のいうことは聞いてくれません。撮影は大変ではないですか。

 相手が自然界の生き物だから難しいですけれど、それが醍醐味でもあります。それに、危機管理能力など、すべてが人間よりも魚のほうが優れていると僕は思います。その魚たちが僕に裏をかかれてシャッターを切られる。相当の屈辱だろうなと思います(笑)。だからシャッターを切る瞬間まで騙し合い、駆け引きがあります。「何もしないよ、無関心だよ」というように装って寄っていく。目と目が合うと魚の方も僕が自分に興味があると気付くので、嫌がってパッと隠れてしまいます。ところが、目をそらしていくと意外と近づけるものなのです。ネコと一緒ですね。目をそらして歩いていくと、いつの間にか足元にいるけれど、ジッとネコを見ながら歩いていくと、そばに行った瞬間にパッと逃げてしまうでしょ。それと同じで、目をそらしていくと魚も油断していて、僕にシャッターを切られた瞬間、「あ、やられた!」と思うのですよ。

魚の生態を撮る方法

■魚がそういう顔をするのですか。

 ストロボに驚いてピョンと跳ねます。背びれをピューッと立てて。実は背びれには毒があり、それを立てるというのは警戒の印なのです。僕は魚が「やられた!」と思っている隙に、すかさずもう1枚撮ります。するともう1回ピョンと跳ねます。だけど魚がストロボに驚くのは2回目までで、3回目のストロボにはもう平気になっています。あっという間に学習して、「あの光は大丈夫」と平気な顔をしてだんだん近寄ってきます。魚から「こいつは危なくはないな」と思ってもらえて、初めてその魚の生態が撮れるのです。3、4回ストロボをたいた頃には、もう魚たちは僕のことは眼中にないから、そのうちいろいろな行動を見せてくれるようになります。




日本各地で悲鳴を上げる海

■40年以上海に潜って写真を撮られていますが、昔と今で海の変化というのを感じることはありますか。

 30年ほど前から、海中の様子がずいぶん変わってきました。まず近海の海草に力がなくなった。どんどん枯れて岩からはがれて流れてしまい、新しい芽が岩につかない。これは磯焼けや砂漠化といわれる、海が枯れる現象で、静岡県、神奈川県、三陸、北海道など、全国津々浦々の海で同じことが起こっています。何度も同じ場所に潜っているのですが、昔はこんな感じではありませんでした。
 森からの栄養が途絶えてしまったのでしょうね。それだけ僕たちは木を切り倒し、森を減らしてきましたからね。森に降った雨や雪は、地下に染み渡って何度も漉されて50年後、100年後に伏流水になって川や海にあふれ出てきます。伏流水は鉄分などのミネラルを豊富に含んでいるので、海草や生き物の良い栄養になるわけですよ。それがなくなってしまったということです。


■魚も日本各地でずいぶん減っているようですね。

 これも川を通じて海に流れ込んでいた森の植物プランクトンが、海に流れ込まなくなったことが大きな原因だと思います。沿岸には植物プランクトンを求めて動物プランクトンが集まってきます。その動物プランクトンを食べるために小魚が集まり、それをさらに大きな魚が狙う。そうした食物連鎖の原点である植物プランクトンがなくなってしまっている。だから沿岸には、昔ほど小魚がやってこなくなりました。餌となる小魚がいないので、当然、大型の魚が捕れるわけがありませんよね。このように海の生態系が、がらりと変わってしまいました。
 わずか30年で、これほど変わるものかと思いますね。1970年代、『日本列島改造論』あたりから、日本の沿岸はメチャクチャになってしまったと思いますね。森や川、海、あれほど豊かだった自然環境は、日本人にとって果たして何だったのだろうと考えさせられます。
 これまでさんざん自然を破壊してきたツケが、いまきているのです。自然に真摯に向き合っていれば、山も川も海も人々に多くの恵みを与えてくれます。そうした自然を、今日よりも明日、明日よりも明後日、もっと贅沢な暮らしをしたいという人のエゴが、壊してしまったのです。自然が人間の生活の犠牲になり、崩れ去っていると感じます。


コラム1
海の生物をむやみに怖がる必要はない

中村征夫氏は海中で生物に襲われたことはないという。海の王者として君臨しているホオジロザメでさえ、普通はアザラシやアシカの赤ちゃんなど弱いものを狙う。だから元気な人を餌とは思わないそうだ。しかし注意したいことがある。出血したら泳がないこと。また、あまりバチャバチャと騒がないことだ。ケガをしていたり、弱って溺れていると思うと、サメなどは匂いや振動で、餌だと思って近づいてくる。海の生物をむやみに怖がることはないが、よく注意したい。


■沖縄などの珊瑚礁でも変化を感じますか。

 オニヒトデが異常発生して、珊瑚を食い荒らしています。死滅した珊瑚の上には汚い海草がはびこって、不気味な珊瑚礁が広がっていますよ。僕はものすごく美しい沖縄の珊瑚礁も知っていますが、いまは目を覆いたくなるような姿の珊瑚礁が増えました。カメラを向けるところがないくらい、ひどい状況です。

珊瑚を食い荒らすオニヒトデ

■珊瑚の死滅は、オニヒトデの大発生が原因なのでしょうか。

 オニヒトデが大量発生すると、マスコミも含めてみんなで“オニ退治”を煽りますが、それはちょっと違うなと感じています。オニヒトデの好物は、珊瑚の中でも成長が一番早い枝珊瑚とかテーブル珊瑚。年間1mm、2mmしか成長しない石珊瑚はほとんど食べないので、枝珊瑚やテーブル珊瑚が健康であれば、オニヒトデが食べた部分はすぐに回復します。
 実はオニヒトデは、健康的な珊瑚礁を保つのにも役立っているのです。どういうことかというと、珊瑚は体内に植物プランクトンを蓄えていて、植物プランクトンが光合成した酸素をもらったり、分泌物をもらったりして生きています。珊瑚から植物プランクトンが消えてしまうと死活問題。だから光合成のために光を浴びなければなりません。ところが成長の早い枝珊瑚やテーブル珊瑚がむやみに増えて広がっていくと、その下にある成長の遅い石珊瑚は光合成ができなくなって死んでしまう。つまりオニヒトデは、石珊瑚が光合成できるように、枝珊瑚やテーブル珊瑚を適度に間引く役割も担っているんですね。
 しかもオニヒトデは初夏には30万個とも50万個ともいわれる卵を産みますが、それが珊瑚の餌になります。長い歴史の中でこれまではずっと、そうしたバランスが保たれてきたわけです。だから珊瑚の死滅する本当の理由はオニヒトデではなく、健康的な珊瑚が減ったことなのです。


■なぜ元気な珊瑚が減ったのでしょうか。

 ひとつは温暖化による海水温の上昇。もうひとつは生活排水などによる水質の悪化だと思います。珊瑚礁は沖縄本島にもありますが、離島の方がかなり広がって分布しています。なぜ離島にあるのかというと、それは簡単な理由でして、手付かずの自然が多くて人も少ないからです。ところが離島は下水道処理施設が完備されていないことも多い。そこにシーズンになると島民の何倍もの観光客が押し寄せて、洗剤や油などの下水が激増し、ほとんど垂れ流しの状態になってしまうため、水質が悪化するのです。




海でも深刻な地球温暖化の影響

■温暖化によって海水温が上がっていると思われることはありますか。

 温暖化の影響が一番早く現れるのが海ですからね。今年の3月に東京湾に行きましたが、これまではその時期の海水温は6℃くらいであったはずが、もう10数℃になっていました。40年以上、海に潜っているので海水温の上昇は肌で感じていますが、あきらかにおかしい。黒潮に乗って沖縄あたりからきた熱帯系の稚魚は、昔なら越冬できずに死んでいましたが、いまは冬の海水温が高いために、東京湾で大きく成長してしまうほどです。
 海草が枯れていく原因のひとつも、海水温の上昇だと思います。ここのところ海苔は不作続きですし、北海道でも昆布が不漁となっています。九州の天草や和歌山の串本などは、海草も珊瑚も両方ある場所でしたが、いまは全部珊瑚に追いやられてしまって、海草がなくなってしまいました。
 魚も海水温が上昇すると北にすみかを移します。南の魚は北へ、そして北にいた魚は日本沿岸からいなくなります。美味い魚がどんどん減るので、僕みたいな天然物の魚が好きな日本人は困ることになるわけです。


■沖縄の珊瑚礁の白化現象も温暖化の影響といわれていますね。

 珊瑚は温かい海を好むと思われていますが、実は海水温が30℃以上になると生きられません。珊瑚の白化は沖縄に限らず起きており、オーストラリアの2,000kmにもおよぶグレートバリアリーフでもすでに30%は白化しているようです。悲しいことに、このままだと温暖化のために30年から50年後には世界中の海から珊瑚が消えるといわれています。それほど猛スピードで珊瑚礁の破壊は進んでいるのです。
 1970年くらいに初めて沖縄本島の海に潜りました。その頃は白化現象などもちろんなかったし、広大な珊瑚礁があるだけでオニヒトデもほとんど見かけませんでした。珊瑚礁の海は限りなく美しく、まるで宝石のようでした。潜ったのが水深2mくらいのところで、珊瑚の間に隠れるハリセンボンを見つけて、夢中で写真を撮ったことを覚えています。
 沖縄の珊瑚礁が白化現象で大打撃を受けたのが1998年。僕が初めて沖縄の海に潜ってから30年近く経ってからです。それ以前にも、珊瑚の中にいくつか白いものがありましたが、特に疑問に思いませんでした。大規模な白化現象から10年たったいまは、もっとひどい状態になっています。沖縄には約400種、世界の珊瑚の半分の種類が生息しているといわれていますが、そのほとんどの種類で、高齢化と少子化が進んでいるのだそうです。これはいまの日本を象徴しているような気もします。

コラム2
ハタハタの禁猟

秋田県は、漁業資源保護のために名物の「ハタハタ」を3年間禁漁にした。しかし「まだまだ甘い」と中村征夫氏はいう。昨年の10月に解禁になったのだが、底引き網で小さなハタハタまで根こそぎ捕ってしまったからだ。「ヨーロッパの国々のように網の目を大きくして、小さい魚を逃がしてやる工夫も必要です。そうすると結果的に漁業資源は枯渇しませんし、結果的に漁獲量が上がります」。日本は海洋国として、資源を守りながら食べることをより一層考えないといけない。


中村 征夫 氏

■珊瑚礁がなくなると沖縄の海にどのような不都合が生じますか。

 僕自身、初めて沖縄に行ったときには珊瑚がどのような生き物で、どんな利点があって、人間とどう関わっているのかということをまったく知りませんでした。詳しく知ったのは、だいぶ経ってからです。珊瑚の写真を撮り始めると、小魚やカニたちはみんな珊瑚に隠れる。僕が離れると珊瑚から出てくる。珊瑚が隠れ家になっているのです。
 このように小魚やカニは珊瑚と共存していますから、珊瑚が死んでしまうと隠れる場所がなくなるので、どんどん減っていきます。また、小魚がいなくなると、当然それらを捕食している大きな魚もいなくなりますよね。そうやって食物連鎖が破壊され、今度は本来海が持っている機能が働かなくなってしまいます。
 たとえば、珊瑚礁は島の周りを取り囲むように広がり、防波堤の役割を果たしてくれています。島の人々の生活を守ってくれているのです。珊瑚礁が失われていくというのは、島そのものがなくなってしまうのと同じくらい大変なこと。大波をまともにくらいやすくなるので、今後は人々の生命や財産も危ぶまれる状況になるのではないかと危惧しています。

白化したテーブル珊瑚

■温暖化では海水面の上昇も心配されています。

 もう南の島だけの問題ではないですよね。ツバルなどでは、満潮になると海岸線にあるヤシの木を波が洗っています。根っこがむきだしになって、そのうちバタンとヤシの木が倒れていきます。そんな状況ですから、これまでより1cmでも海水面が上がるとますます水没の危機が高まるでしょうね。日本の島々も砂浜が減ってゆき、海岸線が削られる危険が増えると思います。

コラム3
下水道への誤解

 海や川の環境を守るためには、下水道にはできるだけ油などは流さない方がいい。下水道が100%普及している地域だから大丈夫だと思われるかもしれないが、これは大きな誤解。たとえば東京都の場合は、下水をすべて浄化して川に流しているわけではいない。下水の量が浄化設備の処理能力を超えるため、浄化しないで流すことも多いのだ。合流式下水道といって、生活排水と雨水がともに同じ下水道を通る旧式のシステムのため、雨の日は下水の大部分をそのまま川に流すことになる。雨の日の川の水質が悪いのはそのためだ。川や海を守るためにも、生活排水に気を付けよう。




社会性のあるテーマへの取り組み

■石垣島の空港建設など、社会性のあるテーマにも取り組んでいらっしゃいますね。

 白保のあれだけ美しい海岸を、なぜ潰して空港を造らなければいけないのか疑問に思います。島の人たちは不便でしょうから、空港を造りたいのはわかります。あくまでも地元の人のことを考えて物事を進めるべきですが、どう見ても地元以外の利権が見え隠れしているでしょう? もちろん空港ができれば、観光客も増えるので新しいホテルもいくつか建設されるし、観光客向けのいろいろなお店も増えます。すると住民の働く場所ができるので、賛成する人もいるでしょう。しかしあれほど美しく、生き物の豊富な白保の海を埋め立ててしまうことで、今後あらゆる海の恵みが享受できなくなるということを、賛成している人たちは本当にわかっているのか疑問ですね。あとで大きな痛手を被るといっても、「海はなんぼでもあるさ」という人もいます。空港ができても、観光客が島民の何倍も増えても、美しい海がいつまでもあると思っているのです。漁業資源も無限だと思っているのですよ。


■『白保』という写真集を出されましたね。

 小さな本ですが、白保の美しさをみんなに知らせたかったのです。これがベストセラーになって、中学生や高校生も大勢買って観てくれているのです。「お父さん、お母さん、こういう島や海があるのを知っていた?」と家族の話題になっていると聞きました。本当に嬉しかったですよ。僕たち日本人は、ずっと海に食わせてもらってきたようなもの。長い目で見て、海とどう付き合っていかなくてはならないか。きちんと状況を踏まえた上で、子供たちにも伝えなくてはならない。それが僕たち大人の使命ではないかと思います。




海は必ず蘇る

■講演でも環境問題を取り上げられています。みなさんの反応はいかがですか。

 僕は長い間、美しい海も、汚れた海もたくさん見てきました。本当に美しくて、ここは天国かと思うような海が、やがて我々人間のせいで痛めつけられて、SOSを発するようになる。そんな様子を目の当たりにして、ずっと写真に収めてきました。
 たとえば小学校で講演を行うときは、子供たちにも生の写真を見てもらって、わかりやすく説明しています。10年前に撮った色とりどりの珊瑚礁は、キラキラと太陽が輝いていて魚が無数に泳いでいる。しかし最近撮った同じ場所は、魚が一匹もいなくなった瓦礫の山。その写真を見て子供たちはみんな「えーっ」と驚きます。だけど僕は、ただそれだけでは終わりたくはない。死んだ珊瑚だけで終わってしまい、何をやっても自然は回復しないと思われるのが一番困るのです。僕自身、どこかで希望を持ちたいのです。だから「瓦礫の中をよく見てください。赤ちゃん珊瑚がポツンポツンと顔を出しています。この赤ちゃん珊瑚が順調に成長すれば、4、5年後には大産卵を行います。すると卵が着床して、必ず珊瑚礁は蘇ります」と説明します。赤ちゃん珊瑚を見つけて写真を撮り、人々に見せることで「自然は必ず元に戻る」と伝えたいのです。

生後3歳ほどの珊瑚の赤ちゃん。5歳ほどで産卵活動に加わっていく。

■蘇った海の例があったら教えてください。

 奥尻島の例ですが、僕が行った14年前、岩はどれも真っ白で、海草一本生えていませんでした。餌になる海草がないからウニもアワビも捕れない。そこで漁師たちを中心に、一生懸命山に広葉樹を植えたのです。この前、同じ場所へ潜ったら前が見えないくらい昆布だらけ。その中にはアワビ、サザエ、ウニがびっしりいて、昆布をバクバク食べているのですよ。驚きましたし、感動しましたよ。そうした写真を昔の写真と一緒に紹介することによって、「これが自然の力。コツコツとした行動でこんなに自然が蘇る」ということを伝えたいのです。僕は自然を滅ぼすのも人間だけれど、蘇らせるのも人間だと思っています。

コラム4
水中写真家を辞めようと思った悲しい体験

 中村征夫氏は、水中写真家を辞めようと思ったことが一度あるという。それはNHKのリポーターとして行った奥尻島で、地震と津波にあったときだそうだ。逃げるのが1、2秒遅ければ死んでいたという。
 「初めて海を憎みました。奥尻島の人たちは優しくて本当にいい人たち。ああいう現実を目の当たりにすると、大好きだった海が大嫌いになったのです。数ヶ月の間は辞める覚悟でいました。そのときに考えたのは生き残った意味。お前にもう1回命を与えるから、海は美しいだけではない、豊穣な恵みを与えるだけでもない、魔物のような恐ろしさもある。人はそんな海とともに生きていかなければならない。それをきちんと人々に伝えなさいと、そういわれている気がしたのです。だから環境保全の運動もしているわけです。残された人生は、微力ながら海の現状を伝えて環境修復に貢献したいですね」。


■そう聞くと自分でも何かできるかもしれないと思いますね。

 講演会の質疑応答では、「何かしなければいけないと思いました。どこの環境保護団体に入ればいいですか」という大人の方が多いです(笑)。だから僕は、「どこにも入る必要はありません。そうではなくて、まず自分の身のまわりから始めてください」と話します。僕は一生天然物の魚介類を食っていきたいから、東京湾をこれ以上汚したくはない。だから着古したTシャツを切って台所においておき、調理に使った油などを吸収させて生ゴミに出しています。下水道に油を流さないだけでも、海の保護につながります。「こうすると東京湾のハゼが喜んでくれるかな」、そんな小さなことから始めればいいのです。
 あとは家のまわりをよく見てみることですね。もし小川があれば、水質を隣近所の方たちと話し合うといい。汚れていたら、ちょっと上流まで行けば原因が突き止められることもありますし、ずさんな工事を行っているかもしれない。話し合えばより良い工法に変わるかもしれないですからね。
 海に大きな影響を与える地球温暖化ですが、その対策としても、人がいない部屋の無駄な照明を消す。買い物にはエコバッグを持参してレジ袋をもらわない。冷房時は設定温度を下げすぎない、暖房時は設定温度を上げすぎない。そういう個人的なところから始めればいいと思います。自分の家の中から、身のまわりから、環境に役立つことはないかと気を配ればいいのです。それが実は地球環境を守る、一番手っ取り早くて確実な方法なのですから。だから大げさに考えたり、難しく考える必要はまったくないのです。


■美しい海より環境が悪化した海が注目される。そのことをどう思いますか。

 僕のポリシー、カメラマンとしてのスタンスは、“常に写真に真実を写す”。それに徹しています。僕の写真に嘘はありません。ドキュメントの世界を、一人のドキュメンタリストとしてずっと見続けていきたい。人も撮るし、生き物も撮る。きれいなものも撮るけれども、壊滅的なダメージを受けている海の姿も、海をよく知っている僕が人々に伝えなくてはいけないと思っています。そうすることで、地球の環境を必ず良くしていくことができると信じていますから。


知っ得データベース
Business ADVANCE 「リーダー戦略考」で取り上げたテーマに関するリンク集です !

<中村征夫氏ホームページ>
■写真家中村征夫公式ページ

<環境全般を支援するポータルサイト>
■環境goo

<海洋環境に取り組む活動団体>
■海の環境NPO OWS
■特定非営利活動法人 海の環境教育NPO bridge(ブリッジ)

<海洋環境に関わる協会・機関>
■環境省 地球環境・国際環境協力
■独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
■JAMSTEC(独立行政法人 海洋研究開発機構)
■マリンブルー21(社団法人 海と渚環境美化推進機構)
■財団法人 海洋生物環境研究所
■財団法人 環日本海環境協力センター(NPEC)