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なぜつながる?通信の仕組み 歴史と未来

第7回 インターネット誕生の経緯

日常生活に欠かせなくなったインターネット。そのインターネットはどのように作られたものなのでしょうか?今回はインターネット誕生の経緯について紹介します。

2008年10月7日

スプートニク・ショックと電話中継基地爆破テロ

 日常のあらゆる分野に進出し、生活に欠かせないものとなっているインターネット。その誕生の経緯はどんなものだったのでしょうか?1949年(昭和24年)8月29日、ソビエト連邦(以下ソ連)がセミパラチンスク核実験場で原爆実験を成功させました。翌1950年(昭和25年)、アメリカはこうしたソ連の核攻撃に備え、ソ連の爆撃機を撃退しアメリカ本土を守るための防空システム「レーダー防空システム半自動式防空管制組織(SAGE)」を構築することとなったのです。このSAGEに応用されたのが当時、実用化が進みつつあったコンピュータで、通信に関する基礎技術が構築されました。

 しかし、核攻撃からの防空という意味では目的を果たすことはできませんでした。その原因は、1957年(昭和32年)10月4日にソ連が世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げ成功です。人工衛星の成功は、弾道ミサイルが直接目的地に飛ばすことが可能になったことにより、レーダーで敵を捕まえ、その後に航空機を出撃させるというコンセプトのSAGEでは迎撃はほぼ不可能になってしまったのです。

 このスプートニク打ち上げ成功は、アメリカ国内でソ連にあらゆる面で追い抜かれるかもしれないという、スプートニク・ショックと呼ばれるこの危機感につながり、アメリカ国内で技術を高めるための研究機関設立や学術研究などが広がるきっかけとなりました。その中の一つが後のインターネットの原点ともなるARPAnetを作り出すことになる高等研究計画局(ARPA)です。1958年(昭和33年)にアメリカ国防総省によって設立されたARPAは、大学などにある先端技術を短期間で軍事技術へ転用させるための管理組織として設立されました。

ARPAnet構築の経緯 説明図

 当時、もう一つ、インターネット誕生のきっかけとなる重要な事件が起こりました。1961年(昭和36年)、アメリカのユタ州で起きた電話中継基地爆破テロです。軍用回線も一時的に完全停止するほどの被害を受けました。この事件を契機に、1966年(昭和41年)から新たに安全性の高い通信システムをARPAが主体となって研究することとなったのです。

インターネットの基礎となったARPAnet

 新たな通信システムのポイントは三つあります。一つは「分散型ネットワーク」です。これまでの通信システムでは、電話のように個人宅から電話局そして個人宅というように、電話局という中継点を通って通信を行なってきました。しかし、前述のテロのように中継点が破壊されてしまうと、通話ができなくなってしまうという欠陥があります。そこで、分散型ネットワークでは中継点を多く設置し、一つの中継点が壊れても、別の中継点を経由して通信ができるようにしたのです。

分散型ネットワーク 説明図

 二つめの大きな特徴はパケット通信の採用です。パケット通信は通信を行なうときに、データを特定の単位ごとに小分けにして送ることです。荷物を決められた箱のサイズに詰めて送るといった感じです。この小包に番号と宛先をつけて送り、受信者が番号をもとにして小包を並べ直して、もとのデータを再現する、それがパケット通信です。

 パケット通信のメリットは、データが小分けにされているため、ノイズなどでパケット損失しても、受信者が番号と宛先を照らし合わせて、不足分を問い合わせ、壊れたパケットだけ再度送り返せばよいこと。これにより、データ送信の安全性が非常に高まったわけです。

 三つめの特徴として、異なるメーカーのコンピュータ同士を接続するための機器であるInterface Message Processor(IMP)が開発されたことです。IMPは現在のルーターの先祖にあたり、パケットを通信相手に届けるための中継装置です。当時のコンピュータは大学など施設ごとにメーカーもOSも異なるため、互換性がまったくありませんでした。そこで、コンピュータとコンピュータの間に小さなコンピュータであるIMPを挟み、データをやり取りするための必要最小限のルールである通信プロトコルを用いることで異なるメーカーのコンピュータ同士がデータ通信できるようになったのです。

Interface Message Processor 説明図

 これらの通信システムを取り入れて作られたのが、研究および調査を目的として設けられたネットワーク「ARPAnet」です。ARPAnetは大学間のコンピュータをネットワークでつなぎ、情報を共有・交換して学術研究を進めていくという目的のために作られました。1969年にはカリフォルニア大学ロサンジェルス校、スタンフォード研究所、カリフォルニア大学サンタバーバラ校、ユタ大学の四つの大学内のコンピュータが結ばれました(第一次ARPAnet)。

 その後、アメリカ国内のさまざまな大学や研究機関を結び、規模を拡大していきました(第二〜三次ARPAnet)。1971年には、ARPAnetで送受信が可能な電子メールの実現、1973年はハードウェア同士を物理的につなぐための規格であるイーサネット、ファイル転送用プロトコルFTPが考え出されました。こうした技術が現在のインターネットの基本となったのです。

インターネット誕生

 1969年(昭和44年)当時の第一次ARPAnetには、現在のインターネットと大きく異なる点がありました。それは通信プロトコルにTCP/IPが使われていないことです。通信プロトコルとは、通信のルールを決めたもので、上記のパケット通信で紹介した番号と宛先などの他に、文字情報、物理的な特性などさまざまな情報が決められています。

 当時、ARPANetで使われた通信プロトコルは、Network Control Protocol(NCP)と呼ばれていました。NCPは、互換性を保つために必要最小限の項目をまとめたものであり、さまざまな機能が不足しており、小規模の環境ならともかく、高速に拡大しているARPAnetの拡張スピードに追い付かなかったのです。

 そこで、1974年(昭和49年)頃から新たな通信プロトコルであるTCP/IPが研究されるようになりました。TCP/IPはパケット通信を効率的に行なうよう作られたものです。もともとはTCPとIPという二つの言葉を組み合わせて作られたもの。TCPが「配送手段」、IPが「宛先」の意味を持ちます。特徴の一つは、データが相手側に到達することを保証している点です。途中でうまく送信できずに止まってしまっても、必ず再送信をかけることで確実な通信ができようになっています。

 このTCP/IPを開発したヴィントンG.サーフ博士とロバートE.カーン博士が1974年(昭和49年)に発表した論文の中に、初めてインターネット(Internet)という言葉が登場します。分散型ネットワークでは計算機の接続があたかも網の目(net)のように見えること、さらにコンピュータ同士が相互(inter)に接続されるという言葉を組み合わせることにより生まれました。

インターネット誕生 説明図

 その後、さまざまな拡張が行なわれ、1978年(昭和53年)にTCP/IPは標準化され、1983年(昭和58年)1月1日、ARPAnetの通信プロトコルがNCPからTCP/IPに切り換えられました。現在では、この日が事実上のインターネットの誕生の日とされています。

ナガハタ トシヒロ

フリーライター兼編集者として、主にパソコン関連のレビューおよびテスト記事のライティングおよび雑誌編集を手がけるフリーライター。

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