
過去2回にわたって電話の成り立ちと普及について紹介してきました。今回は電話の大きな節目となる通信自由化への道筋を紹介します。
2008年6月10日
国策として電話の敷設・普及が進められた日本とは異なり、アメリカの電話事業は1877年のスタート時点から電話の父「グラハム・ベル」が設立した「ベル電話会社」(後のAT&T)という民間企業により運営されていました。途中、紆余曲折はあるものの、ベル電話会社はアメリカの電話事業を独占することになります。
市場主義の盟主を標榜するアメリカでこのような独占形態になったのは、電話のような高価なインフラに複数の競合会社が多重投資するよりも、単独の企業が独占的に敷設していったほうが効率的に電話の普及が進められると判断されたためです。
こうした独占を認める代わりに、電話会社には全国どこでも安定的に利用でき、料金面・サービス水準で公平、価格決定については政府による認可が必要で、なおかつ常識的な価格体系をすべてのユーザに提供する「ユニバーサルサービス」という制約が課せられることとなりました。この制度は今でも内容には違いがあるものの、日本のNTTはもちろんのことガスや水道といったインフラに用いられています。

その後、AT&Tは長距離電話、地域電話網、通信機器メーカーを吸収する形で巨大化していきます。巨大化するAT&Tに対し、アメリカの司法省は1913、1949、1974年と反トラスト法(米国における独占禁止法)でAT&Tを提訴する形で圧力をかけています。この結果、前2回の訴訟で電話会社の買収の禁止、別の電話会社の地域網とAT&Tの持つ長距離網の相互接続、子会社である通信機器会社の事業範囲の制約が行なわれ、1974年の訴訟ではコンピュータや情報通信事業への進出の代わりに、地域網を提供する地域電話会社がAT&Tから切り離されることになりました。しかし、政府による電話会社への過度な制約が続くと、技術の進化に合わせた対応ができなくなり、効率が悪化することになります。
こうした状況を打ち破ったのが、1977年に誕生したカーター政権です。カーター政権は、市場経済の導入により競争を促し、サービスの向上や規制を撤廃・緩和する「ディレギュレーション政策」を通信だけでなく、航空事業や電力などあらゆる業種にたいして打ち出しました。
この結果、通信の自由化が行なわれることになります。最終的にAT&Tは1984年に長距離電話会社と地域電話会社7社に分割が行なわれました。その後、多くの通信関連企業が誕生して、競争を繰り広げていくこととなります。
日本国内の電話はインフラ整備を税金による予算投入と固定電話を利用するための権利「電話加入権」を利用するための料金である施設設置負担金で成り立っており、政府主導で行なわれ公営とされてきました。こうした電話設備の運用とサービス提供を担っていたのが電電公社です。民間企業と公営という違いはあるものの、電電公社時代はアメリカのAT&Tと同様に、国内通信は電電公社、国際通信は国際電信電話株式会社による独占が行なわれてきました。
アメリカのAT&T提訴などの動向の影響もあって、国内でも通信事業の独占による弊害が指摘されるようになりました。さらに政府の財政赤字解消という課題もあったことから、1981年(昭和56年)には臨時行政調査会が設置され、電電公社、日本専売公社、日本国有鉄道の三公社の民営化を含む見直しが行なわれました。電電公社の独占する通信事業では回線利用自由化、新規基幹幹線への参入を可能とするための法整備が検討されることとなったのです。
そして1984年(昭和59年)12月、電気通信事業法をはじめとするいわゆる電気通信改革三法が国会を通過、1985年(昭和60年)4月に電電公社は「NTT」となり民営化されました。法律の施行により、さまざまな変化が起きたのですが、利用者側から見て分かりやすいのが電話機販売・購入が自由にできる「端末設備の自由化」です。

それまでは、電電公社が電話端末(いわゆる黒電話)をレンタルという形で提供していたのに対し、通信自由化によって自由に売買できるようになったのです。
1987年(昭和62年)には10万円を切る普及タイプのファクシミリが登場、1988年(昭和63年)には電話とファクシミリ、データ通信を同時に行なうことのできる総合デジタル通信網(ISDN)のサービスが始まるなど通信形態も多様化していきます。
この当時はNTTは東西に分離・分割は行われておらず、電電公社時代の全国にあるインフラ設備をNTTがそのまま資産として引き継ぐことになったため、事実上の独占をしているという批判がありました。さらに、アメリカのクリントン政権の市場開放圧力もあり、NTTもJRのように地域ごとに分割する「分割論」が再燃します。
そして1997年(平成9年)に改正NTT法が国会で成立、1999年(平成11年)にはNTT東日本、NTT西日本という二つの地域会社、長距離会社としてNTTコミュニケーションズという形に分割されました。このうちのNTTコミュニケーションズはNTT法の制約を受けない完全民間企業となっています。

この改正NTT法以後、さまざまな形で規制緩和が行なわれ、通信事業の競争促進が図られることとなりました。そのうちの一つに電話加入権の廃止も含まれています。電話加入権の目的であるすでに固定電話網の設備投資が終了していること、電話加入権の存在が、電話新規加入や電話の増設を妨げているなどの意見もあるからです。
実際に2005年(平成17年)3月には、電話加入権料を半額にするなど徐々に縮小・廃止する方向に向かっていますが、電話加入権を資産として計上している個人や企業も多く、先の半額化による資産の目減りによる訴訟なども起きており、完全廃止にはまだ紆余曲折がありそうです。
また、1990年(平成2年)代後半から始まるインターネットの幕開けによる常時接続回線やケータイ電話の普及、2001年(平成13年)に開始された「Bフレッツ」などの光回線の登場により、電話自体もIP電話といった新しい技術が登場しています。これらについては、別の機会に紹介しますが、現在の電話は声を伝えるという視点から全く別のコミュニケーション手段に変化しつつあるといえます。
ナガハタ トシヒロ
フリーライター兼編集者として、主にパソコン関連のレビューおよびテスト記事のライティングおよび雑誌編集を手がけるフリーライター。
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