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まだ暑さが残る日もあるものの、秋の気配を感じる9月。野や山では種類も豊富な実りの時期を迎えるが、川では“落ち鮎”とともに美味しいとされる “下り鰻”のシーズンが始まる。
河川や湖沼で5〜12年育ち、成熟年齢に達した鰻は9月下旬〜10月下旬頃、産卵のために河口から海に下りる。これが下り鰻で、脂がのって身も締まり、古くから食通をうならせてきた。ことに利根川産の「下利根下り鰻(下の下り鰻)」はいまでも上物と珍重されている。また、冬を越すために脂をたっぷり蓄えた冬場の鰻“寒の鰻”は下り鰻を凌ぐともいわれる。夏場の土用の丑の頃が鰻の旬と思われがちだが、天然鰻がこれから旬を迎えることをご存知の方は意外と少ないのではないだろうか。
江戸時代末期、葛飾北斎や歌川広重らとともに活躍した一勇斎国芳による浮世絵。さばいた鰻を横にある炭火で焼いて販売していた当時の様子がわかります(写真提供:鰻割烹「伊豆栄」)。
開いて串を打った鰻を白焼きにし、蒸籠(せいろ)で蒸したあと、醤油とみりんを合わせたタレで焼き上げる“江戸前の蒲焼き”スタイルは、江戸文化が成熟した文化文政期(1804〜1830)に完成した。土用の丑の日に鰻を食べる習慣もこの頃に始まるが、蒲焼きが人気を呼び、江戸の鰻で需要をまかないきれなくなると、大量の鰻が地方から運ばれた。江戸前で捕れる鰻を上物とし、「旅鰻(りょまん)」と呼ばれる他所から入ってきたものは一段品質が落ちるとされていた。
蒲焼きは“蕎麦”“天ぷら”“寿司”と並ぶ江戸四大食として知られているが、当時「江戸前大蒲焼番付」など相撲の番付のような鰻屋の評判記も発行され、旨い店や鰻の産地なども取りざたされている。今でいう“グルメ本”や“ランキング誌”の先駆けである。ちなみに、“江戸前”というと寿司を連想しがちだが、元来は鰻をさす江戸っ子の言葉といわれている。
なお、当時の蒲焼きは「附け飯」というご飯を付けた形で、ご飯に鰻が乗る「鰻丼」の発祥は文化年間(1804〜1817)、冷めにくいようにと鰻丼に「蓋」が付いたのは明治時代に入ってから。また、漆塗りの重箱に蒲焼きを納めた「鰻重」は昭和35年、東京の鰻屋「重箱」が始めたとされるが、高級感があって体裁もよく、その後他店にも広まっていった。
白っぽく寸胴なのが一般の養殖鰻(上)。「共水」のブランド鰻は黒っぽく丈長で、より天然鰻に近く、鰻本来の慈味豊かな風味が楽しめるという。[写真提供: (株)共水]
ご存知のように、現在私たちが食べている鰻はその9割以上が養殖物だ。
「鰻料理店などの鰻は活鰻(かつまん)と呼ばれる生きた鰻を使いますが、天然モノは全流通量のうち0.3%ほどしかありません」と語るのは『日本養殖新聞』の髙嶋 茂男記者。東京・勝どきにある同社は昭和44年以来、タブロイド版の新聞を発行する鰻業界紙で、国内外の生産・流通事情に精通する。
「一般に川魚は天然モノより、養殖モノのほうが美味しいといわれることがあります。これは川魚特有の泥臭さのためで、川底や池・湖などの泥底に生息する鰻ではより顕著に現れます」。鰻は昼間、岩の隙間や底に潜み、夜になると小魚やエビ、カニ、カエルなどを捕食する生態から、水質や餌、季節によってもその質が大きく変わる。
「時には泥の臭みが鼻についたり、形が揃わない、不漁で数を用意できないなど、天然モノならではの当たり外れがあるようです」。美食家で知られる故・北大路魯山人は「養殖鰻でも良い餌を食べているモノは美味しいし、天然鰻でも彼らの好む餌にありつけなかったときは、必ずしも美味くはない」と、両者を食べ比べたうえで、生育環境の重要性を説いている。
「最近では、これまでの養殖鰻と差別化を図るため、餌や独自の養殖方法にこだわった、かつての天然鰻本来の美味しさを味わえる“ブランド鰻”も出てきています」と髙嶋記者。鰻の養殖は卵から成魚に育てる完全養殖が難しく、鰻の稚魚であるシラスウナギを漁獲して養鰻池で生育させる“畜養”という方法をとる。一般に、鰻は200gほどのものが美味とされ、通常12月頃にシラスを池に入れ、夏場の土用の丑の日に合わせて半年から1年以内に出荷する。ちなみに、6月に出回る鰻を“新仔(しんこ) ”と呼ぶが、淡白な味わいながら “初物好き”に人気が高い。
一方、ブランド鰻は伏流水など良質な水質と厳選された餌による飼育環境下で、一般の養殖鰻よりも時間をかけてゆっくり育てられる。そうして手間暇をかけて育てられた鰻の肉質は甘味があり、脂は充分乗っているもののしつこさがなく、天然モノにきわめて近い味わいだという。品質が高い鰻の産地は全国に十数ヶ所あるが、なかでも静岡県大井川の「共水(きょうすい)うなぎ」と、銚子市宮原町にある問屋の忠平が手掛ける「うなぎ坂東太郎(ばんどうたろう)」はブランド鰻として名高い。
鰻を調理する伝統の技術も見逃せない。昔から“串打ち3年、裂き8年、焼き一生”といわれるが、鰻を焼くにはそれほど熟練の職人技を要するという例えでもある。壷に入ったタレに串を直接漬けることを繰り返し、継ぎ足してできたタレには、鰻の旨味が溶け込んで、その店独自の味を生んでいる。炭火に滴り落ちた鰻の脂とタレが相まって、店先にあの芳しい香りが漂い、鼻腔をくすぐるのである。
折しも季節は食欲の秋。鰻屋の職人の腕が冴える“割きたて”“焼きたて”の鰻に舌鼓を打つのもオツなものだろう。
【取材・写真協力】
『(株)日本養殖新聞』
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