
このコーナーはBusiness ADVANCEの本誌に掲載された内容を拡大・再編集してお届けしています。

新茶が芽吹く新茶前線は3月中旬に種子島や屋久島に始まり、鮮やかな新緑の波となって桜前線さながらに日本列島を北上、ちょうど八十八夜の頃に京都や静岡といった茶産地に到達する。今まさに、その新茶シーズンの到来である。
ペットボトルのお茶飲料は今もブームだが、近年は各地に喫茶店ならぬ「日本茶茶房」がオープンし、馥郁(ふくいく)と香り高く、吟味した美味しいお茶を提供する。かつてこの時期には祖母や母が新茶を買い求め、家族団らんの場で新茶の味を楽しんだ思い出がある。かすかな記憶でしかないものの、あのときの新茶の香りすら甦るようだ。
せっかく飲むなら美味しいお茶を飲みたいもの。どうすれば家庭で美味しいお茶を淹れることができ、ゆっくり味わい、楽しむことができるのだろうか…。


お茶は中国から伝来したといわれている。日本最初のお茶は1,200年以上も前の奈良時代に遡る。茶の葉を高温の蒸気で蒸し、つき固めて団子状にした「餅茶(へいちゃ)」とよばれるもので、最澄や空海といった入唐僧がもたらしたとされる。飲む際は火で炙って乾燥させ、粉にして生姜などで味付けして飲んでいたが、遣唐使の廃止とともに廃れていく。
お茶が再びもたらされるのは、400年ほど後の鎌倉初期。日本臨済宗の開祖となる禅僧・栄西が蒸した葉を揉まずに乾燥させた「碾茶(てんちゃ)」を伝え、自身も我が国初の茶の書『喫茶養生記』を著した。宇治茶の基礎は、栄西が持ち帰った茶の種子を譲り受けた華厳宗の明恵上人(みょうえしょうにん)が京都・栂尾(とがのお)に茶園を作ったことに始まる。
当時は砕いた碾茶を茶臼で挽き、その粉末に湯を注いで茶筅で攪拌するなどして飲まれていた。これが抹茶のルーツで、室町時代に武士階級に普及すると、桃山時代には千利休が「茶の湯」の喫茶文化を大成する。しかし、お茶を飲むようになったとはいえ、当時はまだ茶の葉を粉にしたり、煎じて飲むなどの飲み方であり、現在のように急須で簡単に淹れることができる煎茶の飲み方とはなっていない。

お茶の美味しい淹れ方の基礎知識
「私が心がけているのは、皆さん一人ひとりが“自分が美味しいと思えるお茶の淹れ方”ができるようお手伝いをするということです」と高宇さんは語る。
お茶はお湯の温度によって浸出する成分の量が変わり、味を変える。熱いお湯で出すと苦みのもとになるカフェインや渋みのもとになるカテキンが多く抽出される。
旨味や甘みのもとはテアニンと呼ばれるアミノ酸の一種で、低温でも充分にお湯に溶けだすという性質を持つ。一般的な目安として渋いお茶が飲みたければ熱湯で、甘いお茶が飲みたいのならお湯の温度を下げればよい。ただ、新茶の場合はお湯の温度を少しだけ高めにすると、芽吹いたばかりの若々しい茶葉の香りが際立つという。

茶葉を釜で炒って揉み、急須にお湯を注げば美味しいお茶が飲める「淹茶法(えんちゃほう)」は、江戸時代初期の承応3年(1654年)に渡来した黄檗宗(おうばくしゅう)の開祖・隠元禅師がもたらした。揉むことで茶葉の細胞膜に傷が付くため、熱湯を注いでしばらく待っているだけでお茶の葉の成分が抽出される。中国・明時代の新しいお茶の飲み方である。
隠元が伝えたいわゆる「煎茶」により、手間をかけなくても美味しいお茶を淹れることができるようになった。また、煎茶の作り方以外にも喫茶法とともに茶道具も伝え、京都・宇治に開山した萬福寺には隠元愛用と伝わる大茶瓶紫罐(急須)が残されている。しかし、この頃の茶葉の色はまだ茶色である。
煎茶の製法が格段に進歩するのは、8代将軍徳川吉宗の頃だ。元文3年(1738年)、宇治田原湯屋谷の茶業家・永谷宗圓(ながたにそうえん)が茶葉を蒸して揉み、乾かすという蒸製煎茶製法(宇治製煎茶法)を確立する。これが俗にいう「青製煎茶製法」である。
茶葉に鮮やかな緑色が残り、色や香りに優れた煎茶はまず江戸で大人気となった。販売したのは『山本山』の屋号を持つ日本橋の茶商山本嘉兵衛。宗圓の子孫が創業することになるのが『永谷園』である。新たな煎茶製法は全国へ広がって、改良を加えながら現在の蒸製煎茶製法へ至っている。


東京・北区赤羽に3代続くお茶専門店『思月園』がある。オーナーの高宇政光さんは日本茶インストラクター制度設立に奔走し、自身も日本茶インストラクター(※1)の第1期生である。茶業とともに日本茶の知識を広めようと、国内外でセミナーを開催し「日本茶のソムリエ」と呼ばれる。
「煎茶は幕末から明治時代にかけて、生糸とともに主要な輸出用商品としてアメリカに輸出されていました」と高宇さん。明治政府は煎茶製造を奨励し、日本中で生産された煎茶のほとんどがアメリカへ輸出された。当時アメリカでは紅茶を飲む習慣は少なく、緑茶にミルクや砂糖を入れて飲んでいた。「その後、アメリカで紅茶との競争に敗れた煎茶は、20世紀になってようやく日本へ戻ってくるのですが、実際に日本人の飲み物として普及するのは高度成長期が始まる1960年代のこと」であるという。それも沸かしたお湯を保温できる卓上ポットと小ぶりの急須が家庭の食卓に行き渡ってからのことであった。
それまでの日本では、地域に根ざした庶民の日常茶や新芽を摘み取った残りの茶葉で作る番茶が一般的であった。まさに目からウロコの話である。「ですから、煎茶が緑茶の80%を占める現在でも、番茶を淹れる方法で煎茶を入れる方が多いんです」と高宇さんは説明する。
新芽や若葉を摘んで作る煎茶は、渋みを抑えて旨味成分を引き出すよう、一度沸騰したお湯を70〜80度に冷まして急須に注ぐ。上級煎茶ほど温めのお湯で淹れ、浸出時間は60秒程度。一般的な煎茶はやや高めの80〜90度のお湯を注ぎ、浸出時間は約60秒。
成長した葉を原料としたり、地域に根ざした製法で作った番茶は旨味や渋み成分が少ないため、茶葉を入れた急須に熱湯を一気に注ぎ入れる淹れ方をする。
※1:日本茶インストラクター
日本茶の普及活動の推進と日本茶の文化の継承や創造を目的に設立された、NPO法人「日本茶インストラクター協会」が認定する資格。同協会では、日本茶の専門的な知識や技術を認定する資格制度「日本茶インストラクター制度」を設け、「日本茶インストラクター(中級)」「日本茶アドバイザー(初級)」を制定。現在2,300名の日本茶インストラクターと、約2,500名の日本茶アドバイザーが全国各地で活躍している。


茶の湯は生活スタイルや建築にまで大きな影響を及ぼした。蒸気で蒸す「蒸し製緑茶」は日本独自の文化を産み、新たな喫茶法を誕生させてもいる。たとえば取っ手の位置が注ぎ口の90度にある横手急須は、畳に座るという生活文化からきているといわれている。江戸末期に畳敷きの部屋が広まり、畳に座って膝前で使いやすいように考案されたもののようでもある。
手軽で身近なお茶にもさまざまな歴史があり、文化を作ってきた経緯がある。「日常茶飯」という言葉もあるほどだ。たかがお茶、されどお茶。休息のひと時に欠かせないお茶は単なる飲み物ではなく、私たち日本人が培ってきたアイデンティティーや心のゆとりともいえるようである。




煎茶を淹れる際の基礎知識
爽やかな香りと甘みや渋みが特徴の煎茶は、淹れ方によって渋い味、ほの甘い味とさまざまに変化する。「香り」は高い温度のお湯を使って淹れた方がより強く感じ、「味」はお湯の温度変化に左右される。90度くらいのお湯で淹れると渋く、70度くらいに冷ましたお湯で淹れると、ほんのりした甘みのある煎茶が入るという。

【写真提供】
日本茶インストラクター協会
【取材協力】
有限会社 思月園
東京都北区赤羽1-33-6
03-3901-3566
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