革新のプロジェクト 災害緊急情報システム構築プロジェクト

2011年3月11日、特に東北地方に甚大な被害をもたらした東日本大震災。その中でも、大きな被害を受けた地域の一つである宮城県・石巻市の経験から情報システムを構築し、各地にモデル展開するプロジェクトが発足しました。営業を担当した東北支店のメンバーたちは、被災地の想いに応え、その経験をどのようなかたちで具現化していったのでしょうか―。

想いをひとつに。
被災した街に、誓いを立てる。

上田 幸宏 第二営業本部
経済学部
1996年入社

石巻市が新たな災害緊急情報システム整備を検討している。その情報が入り、NTT Comは東北支店を営業のフロントに、東京の開発チームと共同でプロジェクトに臨むことを決定。営業担当者は直ちに、石巻市に向かい、その要望に耳を傾けました。
宮城県石巻市は、東日本大震災で最も被害を受けた地域の一つです。死者3,154名、行方不明849名、住宅全壊19,107棟―発災当時は、住民に対して情報を配信するインフラが津波で流され、余震情報、避難所・避難者情報、救援物資情報など、最も必要とされる情報が届かない状況でした。求められるのは、さまざまな方面から飛び込んでくる情報をいかに効率よく集約・整理し、適切・迅速に配信できるか。被災地の経験を活かして、人々の想いをシステムというかたちにして全国に届けるための挑戦が始まったのです。
「大学時代に東北で学んでいたこと、私自身も被災した一人であることから、被災地に貢献できる仕事がしたい、しなければならないと思っていました。被災地の皆さんのお役に立つシステムを構築する必要があるため、中途半端なものはつくれません。東京での官公庁営業経験を活かして、被災地域の皆さんの想いを実現したい。そんな強い意気込みを持っていました」(上田 幸宏)
「東北支店に配属されたのは、震災後のことでした。至る場所で深刻な被害を目の当たりにする中で、ICTサービスの提供を通じて自分にできることを探していたんです。入社2年目でこのようなプロジェクトを任される。その重責に身震いしたことを覚えています」(安藤 雄一郎)
マネージャーの上田と営業担当者の安藤。ともに、強い想いを抱いていたようです。彼らはこのプロジェクトへの想いをひとつにしようと、東京の開発チームのメンバーとともに、被災した地域を見て回ったといいます。人の生死に関わり、その後の速やかな復旧・復興活動にも大きく役立つ……。そんなシステムをつくりあげてみせる。彼らは、倒壊した街並みを見つめながら、誓いを立てたのでした。

オープンソースを用いて、
水平展開しやすいシステムを。

安藤 雄一郎 第三営業本部
商学部
2011年入社

上田・安藤を中心としたメンバーは、石巻市の担当者を週1回以上のペースで訪問し、提案を重ねていきました。震災時に混乱の中で、悲惨な状況に懸命に対応したお客さまの想いはとても強いもので、要求も非常に高いものだったといいます。会議は半日以上に及ぶこともしばしば。安藤は、当時の経験をこう振り返ってくれました。
「9カ月にわたる折衝の中で、お客さまが重視されていたのは『全国に広げていけるシステムであること』、『中小の自治体でも導入できるコストを実現すること』でした。機能の高度化はもちろんのこと、お客さまが重視する二つのポイントをどう実現するかが難しいところでした。」(安藤)
長きに渡る提案活動の後、最終的には入札によって見事に受注が決定。「受注できた要因は、すべてオープンソースで開発し、そのソースコードを開示することを提案し、お客さまに評価いただけたこと。これによって他自治体への水平展開を見据えることができ、かつ、お客さまのターゲットプライスに見合った提案ができたのだと思います。しかし、どんなにすごいシステムをつくっても、使っていただく方々に合ったものでなければ、広がっていかない。目的は被災地の経験や想いをシステムにして、全国に届けていくこと。使う人のことを考えたシステムをつくりたかった」と上田が話すように、石巻市の想いと彼らの懸命の努力によって、そのゴールが明確に見え始めてきたのです。

時代をつくってこそ、
NTT Comの仕事。

受注が決定してもすぐに開発は行われず、どのようなシステムにしていくか、お客さまを交えた議論が半年間続きました。「震災時の経験を活かした機能を備えていること」というお客さまの要望に対し、「災害発生時、職員と市民の方々はどう動いたのか」「なぜ住民への情報伝達がうまくいかなかったのか」など、震災当時の状況に照らし合わせながら、実際の業務に深く踏み込んだかたちで、徹底的に機能の検討を行っていたためです。お客さまと開発メンバーの間に立って、プロジェクトの窓口を担当していた安藤は、お客さまの要望を何とか実現しようと懸命の努力を重ねていたといいます。
「このシステムの大きな特長は、公的機関からの情報、被害状況、住民・職員の安否情報等を集約・一元管理できる『情報集約機能』と、集約した情報をどこにいても即座に把握することができる『情報配信機能』にあります。混沌とした状況でも、必要な情報を整理し、それらを必要とする人たちに届けることで、より行き届いた住民支援(公助)と災害からの自助活動を可能にします。東北支店と東京の開発チームが、ロケーションが遠いながらもうまく連携を取れたことで、お客さまにご満足いただける機能を実現できたと思っています」(安藤)
「ICTでお客さまの期待以上のものを、そして新しい時代をつくっていくのがNTT Comの仕事。いわれたとおりのものではなく、120%、150%の価値を目指し、提供するのが我々の役目だと思っています」(上田)

使ってもらえなければ、
意味がない。

菅野 千鶴 第二営業本部
情報通信工学科
2008年入社

どんなに優れたシステムが出来上がっても、それが的確に使われなければ、意味がありません。2013年5月の開発終了後、運用開始に向かって努力したのが菅野でした。
「安藤が異動になったため、その想いを受け継いでプロジェクトに参加。運用コストを抑えつつも、品質を担保したいお客さまと社内外のパートナーとの折衝をはじめ、システムがしっかり運用されるように、サポートを行いました。このシステムは市役所の職員をはじめ、学校の先生などさまざまな人によって使われます。皆さんが的確に操作できるよう、およそ400人を対象とした講習会を20回に分けて開催しました。開発時のマニュアルは存在したのですが、一般の方々に対して、よりわかりやすいマニュアルをつくる、講習会の内容や方向性を検討するなどしたほか、講習会での講師も自ら担当しました。すべては、このシステムをうまく使っていただき、その価値を最大限に発揮させたかったからです」(菅野 千鶴)
このシステムは10月初旬に、石巻市の総合防災訓練と同時に運用を開始。訓練ではタブレット端末が用意され、実際に市民の皆さんによる操作演習も行われました。この防災訓練の模様や情報システムの存在は、地元紙はもちろん、全国メディアによって報道され、大きな注目を集めたのです。
「偶然にも、その日は私の誕生日。注目を集めていたこともあって、うまくいかなかったらどうしようと不安でしたが、順調なスタートを切ることができました。本当に、最高の誕生日プレゼントをいただいたと思っています。また、しばらくして開催された総合防災訓練を振り返るイベントで、『とても使いやすかった』『このシステムを全国に広めてください』というお言葉を市民の皆さまからいただいたときは、とても嬉しい気持ちになりました」(菅野)

私たちには、
社会を変えていく使命がある。

上田、安藤、菅野らの努力によって生まれた「災害緊急情報システム」は、石巻市の自治体関係者や市民の皆さまにご利用いただく一方、現在、多くの自治体へ提案を行っています。営業担当を務める菅野が「災害に備えて、石巻市の経験や想いを受け取りたいというお客さまが増えています」と話すように、その反響は実に大きく、すでに他自治体で導入が決定し、東北エリアでも複数自治体への導入提案が進んでいます。このプロジェクトを通じて、メンバーが得たものとは何だったのか。これから目指すものは何か。メンバーは次のように話しています。
「新人のうちから、このようなプロジェクトに関われたことは大きな財産になりました。現在は、東京に転勤となり中央省庁を担当するチームに所属しています。今後は、日本モデルともいえるシステムづくりを実現して、それをグローバルに展開することで、世界における日本のプレゼンス向上に貢献していきたいと思っています」(安藤)
「学生時代を宮城県で過ごした私にとって、このプロジェクトは特別なものでした。システムが完成して終わりではありません。この想いを全国各地に届けることで、このプロジェクトをより価値あるものにしていきたいですね」(菅野)
「自治体の方の想いに寄り添い、使い勝手の良いシステムをつくれたことは大きな成果でした。日本はもちろんですが、地震や津波などは東南アジアをはじめとした世界各国でも深刻な被害をもたらしています。そういった地域への支援といった意味からも、今回開発したシステムを各地に拡大・展開していきたいと思っています」(上田)
このプロジェクトは、ICTで安心・安全な世の中づくりに貢献する重要な意義を持ったものでした。しかし、東日本大震災による被害はいまだ甚大なものがあり、解決すべき課題も多く残っています。NTT Comは、そうした社会的課題をICT基盤と技術を駆使して解決していきます。彼らが創造する未来は明るいものに違いありません。なぜなら、ICTには無限の可能性があるのですから。